獣人ギハルトさんとの戦いは、デールとの戦いとは違い、かなりの死闘となった。
居合だけでは決着がつかない以上、慣れていない飛び道具を必殺とする事は出来ず、近距離での削り合いへと移行したからだ。
元々はこういう形で戦闘を行っていたのだから、何も問題は無いように思うだろう。
しかし、一撃、一撃が致命傷となってしまう相手との戦いは、かなり神経を削り、体力も奪われてゆく。
普段の魔物狩りよりも、ずっと厳しい戦いは、ヤマトでの戦いを思い出すようである。
だが、ヤマトでの戦いと同じ部分は敵だけではなく、環境という所もよく似ていた。
試合形式という事で乱戦とならない事や、リンちゃんという癒し手が居る事だ。
まぁ、こんな事を考えている事がリンちゃんにバレれば、また小言を言われてしまうだろうが。
心の中で思う事は自由だろう。
バレなければ。
という訳で、心の中でリンちゃんに謝罪しつつ、いざとなればリンちゃんに助けてもらえるという事で、多少傷付いても問題ない作戦へと俺は移行する事にした。
死ななければ無傷という奴だ。
後でリンちゃんに死ぬほど怒られそうだが、まぁ死ななければ無傷だからな。
何も問題は無いだろう。
「……ふぅ」
「降参でもするか?」
「まさか。俺は降参するくらいなら命を捨てて勝ちを拾う人間ですよ」
「くっくっく。戦場でもなく、たかが試合でよく言う」
「それを言うなら、ギハルトさんも同じでしょう? たかが試合。獣人としての強さは見せつけたのだから、勝負を止めても良いのでは?」
俺はギハルトさんへ笑い掛けながらあり得ない提案をした。
ギハルトさんは居合を破った後も、俺との攻防を続け、全身に傷を負っていた。
浅い傷が殆どではあるが、ところどころに深い傷跡もあり、ギハルトさんも決して余裕がある姿ではない。
それが分かっているから、あえてギハルトさんに、そう投げかける。
だが、ギハルトさんは俺の想像通り、ガハハと笑うと、余裕を見せながら笑った。
そんなモノ。無いだろうに。
「バカを言うな! 大人しく首を垂れてはは敗北を認めるだと? そんな事をするくらいなら、食らいついてでも勝利を奪いに行くさ。俺はまだ戦える。降参などあり得ない」
「ふっ。どうやら似た者同士みたいですね。俺達は」
「まぁ分かっていた事ではあるがな」
軽い会話をしながらも、互いを静かに見据えた、それぞれの武器を構える。
俺は神刀。
ギハルトさんは肥大化した両手と、その手から生えている剣の様に固く鋭い爪だ。
互いに致命傷を与えることの出来る武器でありながら、互いの技量がそれを許さない。
二人は終わりのない攻防戦を繰り広げていた。
だが、そろそろ終わりにしたいところだ。
どの道、このまま続けていても体力的な問題もあり、俺の負けなのだから。
「そろそろ……仕掛けますよ」
「律儀な奴だな。お前は……。しかし、俺もそろそろこの読み合いにも飽きてきた。俺も終わらせるぜ」
「とことん、気が合いますね」
「戦いが好きな者同士、似る所もあるさ」
俺は別に戦いが好きと言うワケじゃないんだが。
と思ったが、それは口にせず黙っておく。
そして、静かに神刀を強く握りしめた。
「それに……全力のお前と戦えるのも、それほど長くは無いだろうしな。どうせなら弱らせた獲物ではなく、全力の獲物を倒してこそ価値がある。そうだろう?」
「確かに。その通りですね」
俺はフッと笑ってから、ギハルトさんに向かって一歩二歩と歩き始めた。
そんな俺に合わせてギハルトさんもゆっくりと俺に向かって歩き……互いに互いの有効攻撃範囲の直前で強く地面を蹴った。
歩いていたのは、そろそろ戦闘を始めようという合図でしか無く、互いに接近戦をしようという訳ではない。
だから決着は、ここまで気が狂う程続けてきた高速戦闘だ。
俺は戦っても良いと定められた範囲の中を走りながら、ギハルトさんの隙を探し、不意に死角へと入り、神刀を振り上げて突っ込んだ。
しかし、これをギハルトさんは予測しており、俺の振り上げた神刀を受け止めようと左腕を前に出す。
これは、左腕を犠牲にしながら、俺の神刀を止めて、右手で俺を殴りつけ、終わらせようとしているのだろう。
だが、それは読んでいた。
俺は軽く飛び上がった体を地面に付けた瞬間に後ろへと移動し、突きの構えを取って、切っ先をギハルトさんへと向ける。
これにはギハルトさんも驚いたようで、何とか高速移動をしながら両腕で体を護るようにして体の前で交差させていた。
巨大な筋肉で無理やりにでも刺突を止めようという判断だろう。
ならばと、俺は威力を半分以下まで落として突きをくりだした。
俺の突きは本来の威力ですら腕を貫通するくらいの威力であったというのに、威力を落とした為、ギハルトさんの腕の半分くらいまで突き刺した所で止まってしまう。
だが、それでも構わないとギハルトさんが動き出すよりも早く俺はさらに前へと飛び込んだ。
俺が移動するのに合わせて、神刀もギハルトさんの腕を斬りながら移動し、俺がギハルトさんの懐に踏み込む頃にはギハルトさんの腕に深い傷跡を残していた。
しかし、俺の目的はこれではない。
ギハルトさんの腕に傷を残したのはついで、だ。
「読み違えたな! リョウ! ここは俺の領域だ!」
「えぇ!」
「!?」
「だからこそ、ここならば、致命の一撃を与えられる!」
そう。
俺の目的は、ギハルトさんの懐に飛び込んで、深手を負わせる事にある。
だから、俺は飛び込んだ勢いのまま、神刀をギハルトさんへと振り下ろして、肩から腰の辺りまで切り裂いた。
全身税霊。全ての力を入れ、その体に傷を与えてゆく。
これで倒れてくれ、と祈りながら。
だが、ギハルトさんはそれでも止まらず、巨大な腕を俺に向かって突き出して俺を殴りつけるのだった。
咄嗟に刀の鍔でその攻撃を受けたが、衝撃は一切消すことが出来ず、俺はゴロゴロと地面を転がって、衝撃を逃がす。
そして、何とか全ての衝撃を受けきってから、左手を支えにして立ち上がろうとしたのだが、衝撃を受けた傷は深く、熱い物が喉に伝わり、俺はゲホッと大量の血を吐いてしまった。
肺が壊れてしまったのだろうか?
いや、呼吸は出来る。
だが、胸の辺りが熱く、激しい痛みを発していることから、骨が折れている可能性があると思われた。
致命傷か?
否。
否だ。
俺はまだ立てる。
まだ戦える。
「俺、は! まだ! 負けていない!」
そして、気合と共に立ち上がり、神刀を構えてギハルトさんを見据えた。
が……どうやらもう全ては終わっていたらしい。
霞んだ視界の先で、ギハルトさんは仰向けで倒れており、戦闘継続は困難な様であった。
その様子に、俺はふらつく体を何とか両足で支えながら審判を見る。
「勝者! 冒険者! リョウ!」
「……!」
俺はその声を聞いて、ギハルトさんと同じ様に仰向けで倒れた。
もう指先一つだって動かす力はない。
気力も、体力も、精神力も何も残っちゃいない。
限界も限界だ。
「リョウさん!」
「あー。リンちゃんか」
「今、傷を治しますからね!」
「俺より、ギハルトさんの方を先に頼むよ」
「そちらは先に治しました! 先ほどリョウさんが立ち上がった時に、見ていなかったのですか?」
「そうなんだ。ゴメン。全然見てなかった」
「重傷ですね。これは! まったく、もう!」
「ゴメンって」
「私は便利な治癒の魔導具とかじゃないんですからね!」
「分かっております」
先ほど心の中で思っていた事は絶対に喋れないなと俺は苦笑した。
そして、こちらへ歩いてくるギハルトさんへと視線を向ける。
「よう。リョウ。お前もボロボロだな」
「まぁ、かなり強い人と戦っていたので」
「そうか。奇遇だな。実は俺もなんだ」
ワハハと俺達は笑い合いながら、ギハルトさんが向けてきた拳に俺も手を上げて拳を合わせる。
実りの多い戦いであった。
俺は、満足だ。