シーメル王国に新しく誕生した拠点にて、俺は新しい日々を始めた訳だが。
「これは……少し予想外でしたね」
「シーメル王国に来てから初めてアリア様の想定を超えられたのは嬉しいですよ」
「えぇ。本当に。私も嬉しいですね」
少しばかりの嫌味も軽く弾きながら、アリア様は俺の姿を見てクスリと笑う。
俺はそんなアリア様に白旗を上げながら、倒れる様に寄り掛かって来た子を受け止めた。
そして、そのままスゥスゥと眠り始めた少女の頭を撫でる。
「リョウ様は大人気の様ですね」
「どうやらそうみたいです。自分でも驚きですが……」
「そうなのですか? 私としては当然の話かと思っていました」
「まぁ、自分が特別凄いだろう。なんて思いこむのは一部の人間だけですよ。大半の人間は自分など大した人間ではないと思うものです」
「そういう物ですか?」
「えぇ、そういう物です」
「そういう物ですか」
何とも適当な会話をしながらも、アリア様は俺の正面に座り、畳の上に置かれた背の低いテーブルに手を置く。
何となくその姿に物足りない物を感じて、俺はお茶でも飲みますか? と問うてみるのだった。
「あら。ヤマト風のお部屋ですし。出て来るのもヤマトのお茶なのでしょうか?」
「いや、シーメル王国のお茶ですね。四軒ほど先の店で買ってきました」
「あぁ、なるほど。あの店のお茶は美味しいですからね」
アリア様は和室にティーカップという非常に似合わない組み合わせの中でも、ごく普通に、普段通りという様な姿でティーカップを手に取り美味しそうにお茶を飲んでいた。
謎に絵になるな。
「それで」
「はい」
「本日はどの様なご用件で?」
「リョウ様に依頼があって来ました」
「はい」
「……?」
なるほど、と頷いているとアリア様が不思議そうな顔をして首を傾げていた。
なんだろうか?
「どうかされたのですか?」
「あ、いえ。今日は嫌だなー。というお顔はされないのだな。と思いまして」
「まぁ、どの様な顔をしようとも依頼は発生しておりますし。どうあってもアリア様からの依頼を受ける事になるので……」
「そうですか。それは話が早くて助かります」
それとなく放った嫌味を、さらりとかわし、アリア様はなんて事もない様にお茶を飲んだ。
実は傷ついている。
みたいな事もなく、ティーカップをテーブルに置いてからもニコリと微笑んでいる。
相変わらずの強さである。
「妹想いのお兄ちゃんで、私は助かっていますよ。リョウお兄ちゃん」
「……もう良いですから。そういうのは間に合ってます」
「あら。怒ってしまいましたか?」
「別に怒ってはいませんよ。妹ポイントは稼がなくても依頼は受けますよ。という話です」
「ふふ。そうなのでしょうけれど。私もリョウ様に嫌われたくはないですからね」
「嫌う事は無いから安心して下さい。何が起きてもね」
と、ごく当たり前のことを言ったのだが。
何故かアリア様は酷く驚いた様な顔で俺を見ていた。
なんだ? なにか変な事を言ったか?
「リョウ様は……口が上手いですね」
「アリア様じゃあるまいし。俺は思っている事しか言いませんよ」
「っ! そ、そうですか」
なんとまぁビックリ。
アリア様が完全に黙り込んでしまったではないか。
これも何かの罠だろうか。と一瞬考えたが……まぁ純粋に予想外な事を言われて動揺しているという方が丸いか。
俺ははぁ、とため息を一つ吐いてから甘え方をよく知らないであろう妹に一つ忠告をする。
「アリアちゃん」
「は、はい!?」
「謀略だ。騙し合いだをしなくても、無条件で味方になってくれる人間は居るんだよ。兄とか妹とかの肩書が無くてもね」
「……」
「ま。何か理由が欲しいのなら、冒険者リョウは妹狂いだから。妹みたいなアリアちゃんのお願いを無条件で引き受ける。でも良いけどさ」
「本当に……」
「うん?」
「リョウ様は、お母様みたいな方ですね」
「それは完全に予想外な言葉だったな?」
今まで兄やら何やらに例えられてきた事はあったが、母親に例えられたことは無かった。
が、ここにきて、謎に母親の様だと言われてしまう。
しかし、俺の記憶に残るアリアちゃんの母親は、あの城に居た、アリアちゃんを犠牲にしてでも自分だけ生き残りたいと叫んでいた愚物だったが。
アレに似ていると言われるのは、少しも嬉しくは無いな?
「あ! ご、ごめんなさい。そういえば、リョウ様には私の事情をお話しておりませんでしたね」
「アリアちゃんの事情?」
「そうなのです。実は、私は前国王と前王妃の子では無いのです」
「な……」
「前国王には妹がおりまして、その妹が、どこかの誰かと作った子。それが私なのです」
アリアちゃんの話は、酷く驚く話で……。
しかし、どこか納得の出来る話だった。
「それはまぁ……なるほど、な感じでしたが」
「そうなのですか?」
「まぁ……アリア様は自分が母親に似ていると言っていましたけど、王城で見た人とはあんまり似てなかったなぁと思ってましたし。聡明さも、少し見ただけでしたが、あまり似てませんでしたしね。という事は、アリア様は母の美しさと、父の聡明さを受け継いだのかもしれませんね」
「本当に……リョウ様は」
「うん?」
「ズルい人ですね」
「え」
ポロリと涙を一つ零したアリア様に、俺は動揺して腰を浮かせそうになったが、足に感じるいくつかの確かな重さが俺の体を畳の上に縛り付ける。
そして、子供達が起きない様にと気を付けながら慎重に言葉を向けた。
「アリア様に何か失礼な事をしてしまっていたのなら、申し訳ないのですが」
「いえ。そういう事はありませんよ。ただ、リョウ様は、リョウ様なんだなぁ、と感じただけで」
「……なるほど」
意味が分からない。
分からないが、納得していたので、これで良しとしよう。そうしよう。
「あー。アリア様?」
「あら。もうお兄ちゃんはおしまい。なのですか?」
「いやぁ。まぁ。今日はもう閉店ですかね。そろそろ子供達も起きる時間ですし」
「そうですか。それは残念ですが……仕方ありませんね」
アリア様は俺の明らかに適当な言い訳にも頷いて、ふわりと笑う。
そして、少しばかりの躊躇いを置いてから俺に向かってゆっくりと口を開き、話し始めた。
その依頼の内容を。
「実は……リョウ様には護衛の依頼をお願いしたいのです」
「護衛の、依頼ですか」
なるほど、と頷きながら実の所。何も分かってはいない。
まだ依頼内容を聞いていないのだから当然と言えば当然であるのだが……。
俺はジッと、アリア様見つめながら、言葉の続きを待っていたのだが。
どうも様子がおかしく、アリア様は最初に護衛の依頼だと言った以降は特に何も口にしない。
行く先とか、日程とか、気になる事は色々とあるが……まぁ話しにくい事なのかもしれない。
どこかで誰かが聞いているかもしれないという懸念があるのだろうか。
まぁ、今日は護衛が外で待っているし、色々と気になることが……。
「リョウ様」
「は、はい? なんでしょうか」
「実は、ですね」
「はい」
妙に緊張した空気を纏いながらアリア様は何かを俺に伝えようとしている。
その何か、は分からないが……酷く重要な物であるのはよく分かった。
だから、俺もアリア様同様に緊張しながら依頼内容を聞こうと待っていたのだが、アリア様から出てきたのは少しばかり意外な言葉であった。
「実は……行きたいのは、お母様の、お墓なんです」
「お母様というのは、王城に居た人ではなく?」
「はい。私と血の繋がった……お母様です」
酷く真剣な顔でアリア様は俺にそう告げた。
その言葉の重さに、俺はすぐに頷く事が出来ず、ただ小さく……なるほど、と頷く事しか出来ないのであった。