無事にシーメル王国の東側にある長い長い人類防衛の壁を突破した俺達は、そのまま森の中へと突入した。
既に人類の生存圏を抜けている以上、ここから先は何が起きてもおかしくはない場所である。
あるのだが……。
「思っていたよりも静かですね」
「そうですね。ビックリです」
「アリア様でも驚くような事態が!?」
「……リョウ様? 何か私の事を化け物か何かだと思っていませんか?」
心の中で思っていた事を見抜かれ、俺はまさかまさかと首を振りながらかなり焦っていた。
いや、ここまで鋭いとは思っていなかった。
恐るべきはアリア様の洞察力である。
「今、多分、非常に失礼な事を考えていると思うんですが……言っておきますけれど、リョウ様はかなり分かりやすいですからね。私だけが特別ではありませんから」
「分かっておりますとも、えぇ。本当に。もう。完璧に」
アリア様のジトーっとした視線を受けながら、俺は何とか誤魔化そうと言葉を並べた。
そのお陰か、アリア様は深いため息こそ吐かれてしまったが、どうにか誤魔化す事は成功した様であった。
「もう良いです。ハァー」
「まぁまぁ。アリアちゃん。リョウ君って普段は頭良いのに、妹が絡むと途端にアホの子になっちゃうから」
「どうやらその様ですね。非常に残念な話ですが」
何やら非常に不本意な話が行われている様であるが、俺は反論しない方が良いだろうと、何度も頷いておいた。
それを見て、アリア様とジーナちゃんの視線がさらに残念な物を見る様な目に変わったが、まぁ良い。
俺の評価はひとまずしょうがない。
世の中、何の犠牲もなく全てを得る事は出来ないのだ。
失ってしまった物を考えてもしょうがない。
この犠牲により得られた物を考えよう。
それが何よりも大切である。
「ま、まぁ。とりあえずさ? 俺の事は良いから。他の事を話そうよ」
「他って、例えば?」
「例えば? 難しい事を聞くね。ジーナちゃん」
「その、難しい事を話そうって言ってたのはリョウ君なんだよ」
しょうがないなぁ。とでも言うようにジーナちゃんは肩を竦めた。
それにとても大きな申し訳なさを感じつつも、言った以上、俺から何か話題を振るかと思考する。
そして、思いついたのはシーメル王国に新しく作った家の話であった。
「そういえばさ。シーメル王国に新しい家を作ったじゃない。というか今も建設途中なんだけど」
「うん」
「その家にさ。実は天体観測の部屋を作ってさ。星の観察なんかを出来たら面白いかなって考えているんだよ」
「へー。星を見るの?」
「そう。星を見るの」
「それって、何が面白いの?」
「中々難しい質問をするね。ジーナちゃんは」
「だって、気になるんだもの」
まぁ、気になるのなら仕方ないかと俺は少しばかり考える。
何を考えるかと言われれば、無論、星を見る楽しさである。
「そうだねぇ。一つは美しさかな」
「うつくしさ?」
「そう。暗黒の世界にさ。キラキラ輝く星々がそれぞれの光り方で輝いているのを見るのは楽しいじゃない」
「んー。なるほどー?」
ジーナちゃんはイマイチ共感出来ないという感じであったが、アリア様は違ったようだ。
クスっと笑いながら俺の言葉に同意してくれる。
「リョウ様はロマンチストなのですね」
「そう言われると恥ずかしいけどね」
「恥ずかしがるような事では無いと思いますが……そうですね。美しい物を見て楽しむというのは戦士の方は恥ずかしいと感じるのかもしれませんね」
「そうなの?」
「えぇ。お花を貰って喜ぶのも私たちの様な者ばかりで、騎士の方々は持っている事も恥ずかしいという様なお姿でしたから」
「そーなんだ。お花って見てるだけで楽しいのにね!」
「そして、その気持ちとリョウ様が星を見て、楽しいと感じる気持ちが同じなんですよ。ジーナさん」
「はー。なるほどねー」
ジーナちゃんはアリア様の説明で何度も頷き、俺の言った天体観測の部屋に興味を持った様だった。
「ねーねー。その天体観測の部屋って、ジーナちゃんも入っても良いの?」
「勿論。ジーナちゃんは家族なんだから。何の遠慮も要らないよ」
「わーい! やったー!」
「では私もお邪魔しても良いでしょうか?」
「当然ですよ。アリア様のお陰で家を建てられましたからね」
「あら。私には家族なんだから。と言っていただけないのでしょうか?」
「それは不敬かなと思うのですが……」
「何も不敬な事はありませんよ。どうぞ。お好きに妹でも、妻でも、私をその様に呼んで下さい」
「中々、難しい事を仰りますね。アリア様は」
「むー? 前に約束したじゃないですか。私たちしか居ない時はどうするんでしたか?」
「今日はジーナちゃんも居ますので」
「まぁ! ジーナさんに責任を押し付けるのですか? 酷い方ですね」
「いや、そういう訳じゃ……」
「何だなんだー? リョウ君がジーナちゃんを利用して悪いことをやってるのかー!?」
「いや、そういうつもりじゃないんだよ。ただ……」
「「ただ?」」
アリア様とジーナちゃんに責められ、俺は白旗を上げた。
そして、この旅の間くらいは良いかとアリアちゃんの願いを叶える事にする。
「じゃあ、アリアちゃん。この旅の間はなるべく妹として扱うよ」
「なるべく、なんですか?」
「そりゃ。他の人が居る前じゃちゃんとしないとね。そこだけはしっかりとやるよ」
「まぁ、仕方ないですね。納得しましょう」
アリアちゃんはふふっと、笑いながら頷いてくれた。
その笑顔を見ながら、俺は安堵の息を吐いてひとまず話を戻す。
「家族かどうかはまだ決まってないけど、アリアちゃんは家に自由に入って良いよ。アリアちゃんの部屋も用意したしね」
「あら。本当に用意して下さったのですね」
「そりゃ。妹に頼まれたら断れないでしょ。一番上の一番良い部屋を用意してるよ」
「一番上、ですか」
「嫌かな?」
「不満はありませんが、一人は寂しいなと思いまして……チラッ」
アリアちゃんはわざわざ口に出しながら俺の方へと視線を向けた。
どういう答えを期待しているか。何となくは分かるがそれに頷く事は出来ない。
「残念だけど、我が家は独り立ちを推奨しててね。ココちゃんも一人で寝る様にしてるんだよ」
「えー? でも、今、色々な子と一緒に寝てるじゃない」
「それは事情があるからだよ。元気な子はちゃんと一人で寝ましょう」
俺はハッキリとジーナちゃんのワガママも断ち切って、兄らしくしっかりとした口調で意見を向ける。
甘やかすばかりが兄では無いのだ。
妹の幸せの為に必要な事は、例え厳しくしたとしても、妹が幸せに生きられる様に教え導く事である。
その為ならば、兄が憎まれても、嫌われても良いのだ。
「では、残念ながら諦めるとしましょうか」
「アリアちゃん。アリアちゃん」
「はい? 何でしょうか? ジーナさん」
「リョウ君はあぁ、言ってるけどね。実は部屋に入るのは簡単なんだよ。鍵もかけてないし。家族が入って来たって分かったらリョウ君は寝たふりするから。そのまま一緒に寝ちゃえばいいの」
「まぁ、その様な方法が?」
「こらこら。そこで悪い方法を教えないよー? ジーナちゃん。悪い子だね」
「えー? 別にジーナちゃん変な事教えてないもーん」
「今、教えてたでしょ? それは悪い事だよ」
ジーナちゃんは俺の言葉にムーと唇を尖らせると、ジィーッと俺を見ながら、気持ちを撃ち返して来た。
しかもその威力はとんでもない物であった。
「ならさ。夜寝ててこわいよーって泣いてる子に、こうしたらお兄ちゃんが寝てくれるよって教えるのは悪い事なの?」
「そ、それは……」
「お兄ちゃんが来るなって言ってたからって、スンスン泣いてる子は? 駄目なの?」
「いや、それは悪い事じゃないけど……」
「でしょー? ジーナちゃんは正しいのだ」
胸を張りながら嬉しそうな顔で笑うジーナちゃんに、俺は何も言えず。
俺は、弱い! と頭を抱えてしまうのだった。