二夜連続で俺の前に現れた女性の幽霊の正体は、アリアちゃんのお母さんであった。
そう言われると、確かにアリアちゃんとよく似ているし、王族の方という事で物腰も丁寧で、見惚れてしまいそうな物である。
しかし、そんなアリアちゃんのお母さんはアリアちゃんに自分が母であると名乗るつもりは無いようで……。
「理由を……聞きたい所ですが、あまり長い話は出来そうにありませんし。どうしましょうか」
俺はふむと考えながらたき火の向こうで首を傾げている女性を見つめた。
アリアちゃんのお母さんは、おっとりとした穏やかな表情を浮かべたまま、俺をただジッと見つめており、相変わらずというか言葉は伝えられない様だった。
はてさて、どうしたものか。
「アリアちゃんは、貴女のお墓に向かっております。それはご存知ですか?」
アリアちゃんのお母さんはコクリとと小さく頷く。
「であるならば、アリアちゃんが未だ、貴女への強い想いがあるのはご存知でしょう? その上で貴女はアリアちゃんの想いに応えないのですか?」
俺の言葉を受けて、あわあわとしているアリアちゃんのお母さんを見ていると、少しばかり言葉が強くなってしまっただろうか。
と不安になってしまったが、言わねばならない事はあるのだ。
言うべき事は言わねばならない。
あの小さな少女は小さな体には大きすぎる物を持ちながら戦っているのだから。
その想いには応えるべきだと俺は思う。
そう、思う。
「どうなんでしょうか」
『……!』
アリアちゃんのお母さんは何かを俺に伝えようとしていたが、少ししてからはぁと嘆息した。
そして、俺をジィーッと見つめる。
何だ?
何か俺に求めている物があるのか?
困っている事があるのなら協力するが……。
「どうしたんでしょうか? 俺が出来ることなら、協力しますよ」
俺はジッとアリアちゃんのお母さんを見つめ返しながらそう言葉を返したのだが。
先ほどまで何かを訴える様な目線を向けていたアリアちゃんのお母さんは、何故か今度は戸惑った様な顔で俺を見ている。
その表情の変化の意味は、分からない……。
何が気になるのだろうか。
「そんなに頼みにくい事なのでしょうか」
『……?』
「ん?」
口パクではあるが何かを伝えようとしている様子に、俺はアリアちゃんのお母さんに意識を集中した。
何を言おうとしているのか。その口元へと目線を向ける。
「い、い、の?」
アリアちゃんのお母さんはコクリと頷く。
どうやら俺に良いかどうか聞いているらしい。
まぁ、協力すると言っているのだから問題は無い。
だから、俺はアリアちゃんのお母さんに肯定を返した……のだが。
次の瞬間、たき火の向こうからこちらに飛び移って来たアリアちゃんのお母さんが俺の体にぶつかった。
そして、そのまま何処かへと消えてしまうのだった。
いったい何だったんだと俺は自分の手なんかを見ながら確認してみるが特に何も分からない。
しかし、何だろうか。
酷く奇妙な感覚だ……。
「……アリアちゃんのお母さん?」
俺は何だか内側から響く奇妙な感覚に導かれて、アリアちゃんのお母さんに呼びかけてみた。
するとどうだろう。
『はい』
俺の中から声が聞こえるでは無いだろうか。
姿は見えないが、声だけが俺の中で響く。
「えと、あの……もしかして何ですけど。アリアちゃんのお母さんは今、俺の中から話しかけていますか?」
『はい。その通りです』
「……なるほど」
これは、アレだろうか。
憑りつかれた。という奴だろうか?
一応体に何か悪影響が出ているという様な事は無いように思うが。
それもいつまで大丈夫かは分からない。
もしかしたら少しずつ体を蝕んでゆくタイプのアレかもしれないし。
気が付いたら精神や肉体が削られてゆくタイプの奴かもしれない。
「……これって、何か悪影響とかあったりするんでしょうか」
と言ってから、俺はしまった! と叫びたい気持ちになってしまった。
いや、これでは何か悪影響があると決めつけている様では無いか。
アリアちゃんのお母さんも別に悪意があって俺に憑いたワケではなく、言葉を伝えたかっただけだろうし。
用事が終わればさっさと離れるだろう。
うん。
間違いない。
そうだよな。
いきなり疑うのは良くない。
まずは相手を信じてみよう……。
『はい。あります』
「あるのかい!」
思わずツッコんでしまった。
なんだ。俺の勘は正しかったという事か。
しかし、悪影響か。
どんな悪影響があるのだろうか。
死ぬのとか衰弱するのとかはゴメンなのだが……。
どの程度、体への影響があるのだろうか。
いや、心への影響とかも嫌なのだが……。
「悪影響って、どの程度のものなのでしょうか?」
『当分の間、離れる事が出来なくなります』
「それだけ?」
『他には、私が喋っていて煩いな。とか……』
「それだけ?」
『は、はい。それだけですね』
「それだけかぁ……それは良かった」
俺は良かったと安堵の息を吐き、背中に置いた重い荷物に寄りかかりながら空を見上げる。
そこにある星空は何も変わらず美しく輝いており、俺の悩みなどいかに小さな物であったか教えている様であった。
『それだけって! だ、大丈夫なんですか!?』
「えぇ、まぁ。声が聞こえるだけですし。死ぬってワケでも無いですからね」
『でも! 知らない人が自分の中に居るんですよ!? 嫌じゃ無いのですか!?』
「別に、声がするだけでしょう? 大した事じゃないですよ。死ぬわけでも無いですし」
『死ななければ何が起きても大丈夫だと!?』
「えぇ。人間。そんなものじゃないですか?」
『違うと思います!』
ハッキリと否定されてしまった。
が、まぁ。
人によって感じ方は色々だからな。
その辺りの考え方がすれ違うのは仕方のない事だろう。
「まぁ、良いじゃないですか。それよりも……アリアちゃんの話を聞かせて下さい」
『……アリアの話、ですか』
酷く重々しい声が俺の中から聞こえ、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
これから何が話されるのか。
その先を少し緊張しながら待つ。
だが……。
『とても! とても可愛らしく成長したと思いました! 生まれた時から愛らしい子でしたが、まさかここまで可愛らしいとは! とても素晴らしいですね!』
「……は?」
『アリアは生まれた時からとても可愛らしかったのです! 小さな手で私の指を握って、私に微笑んでいたんです! その可愛らしさと言ったら! 言ったら!』
俺の中から叫ぶアリアちゃんのお母さんの声に、俺は何も口を挟めないまま、ただどうすれば良いか分からず、手を動かしてしまう。
しかし、そんな俺にアリアちゃんのお母さんは何の遠慮もなく想いを投げるのだった。
いや、本当に、何の遠慮もなく。
『アリアは私にとっての天使なのです! 父も母も兄も、私をのけ者とする中、あの子だけが私に愛を求めた。そして、私もあの子に愛を。これこそが本当の愛。私たちは真実の愛で結ばれた本当の家族だったのです』
「えー、あー」
『分かって下さいますか? 分かって下さいますよね? そう! そうなのです! アリアは可愛らしいというだけでなく、その心も美しい天使なのです。あの子以上に美しい心を持つ子は居ないでしょう! だからこそ、私もあの子の為なら何でも出来た。何でもしてあげたいと思っていたのです』
止まらない。
まるで止まる事のないアリアちゃんのお母さんの暴走は、そのままいつまでも止まらず、語り続けるのだった。
俺は何となく、アリアちゃんにアリアちゃんのお母さんが会わない理由を察したのであった。
まぁ、これだけ愛情が強いのなら……それはそうだろう。
という様な気持ちである。