異界冒険譚   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第342話『アリア様の依頼(おねがい)5』

 アリアちゃんのお母さんが俺に憑りつき、激しい勢いでアリアちゃんへの愛を語っていたが、俺は何とか心を平静にして流水のごとく全てを受け流す事に成功した。

 今、アリアちゃんのお母さんは俺の中で荒い呼吸を繰り返している。

 

 それを感じて、幽霊も疲れるんだなぁ。という見当違いの感想を胸に抱きながらもようやく人間の会話が出来そうだとアリアちゃんのお母さんに話しかけた。

 

「落ち着かれましたか」

『え、えぇ……そうですね』

「それは良かった。アリアちゃんのお母さんのお陰でアリアちゃんがいかに可愛らしい子かよく分かりましたよ」

『そうでしょう。そうでしょう。その通りなのです。そう。アレはアリアが初めて大きな欠伸をした時のコト……!』

「そのお話も大変興味があるんですが! 今は他に聞きたい事があるんですよ。アリアちゃんのお母さん!」

『他の事、ですか?』

 

 どこかキョトンとした様な顔をしながら発しているんだろうな。という様な声が俺の中に響き、俺は呆れた様な気持ちになった。

 頭にはたき火の前で座っていた、どこか世間知らずな雰囲気の女性が浮かぶが、まぁ良い。

 美しいというのは時に得だ。

 

 多少の苛立ちを感じても、この人ならまぁ良いかと思えるのだから。

 

「アリアちゃんと直接会えない理由です。あるんでしょう?」

『……その件、ですね』

「はい」

 

 というか、最初からその件の話しかしていない。

 他の話はアリアちゃんのお母さんが話したいから暴走していただけである。

 とは口が裂けてもいう事は出来ず、俺は小さく頷いた。

 

『私は既に死した人間です』

『未だ生きているアリアが私に執着するのは良くない事でしょう?』

 

「子が母を想うのは……ごく自然な感情だと思いますが」

『それは生きているのであれば、という話です。生者と死者が交わっても何も生まれる事はありません』

「ですが、アリアちゃんの心を支える事は出来るでしょう。傍にいるだけで、救われる物もある」

『出来ませんよ。触れる事の出来ない相手と共に居て、私はそれで終われる程、無欲な人間では無いのです。きっと触れたいと願ってしまう。話をしたいと考えてしまう。あの子をまた抱きしめたいと……思ってしまう』

「それは……」

『その願いが叶えば、あの子は死に運ばれ、私と同じ様な情念だけで存在し続ける異端の物となるでしょう。それを私は許せない』

 

 アリアちゃんのお母さんの話は今までの話が何だったのかと思う程に、重く苦しい話であった。

 いや、逆か。

 あれだけの愛情を持っているからこそ、アリアちゃんを傷つける存在が許せない。

 

 例え、それが自分であったとしても。

 

「それで、バレない様に見守っていたという事ですか」

『えぇ。それに……私の体には強い怒りと憎しみが封じてありますから』

「強い……怒りと憎しみ?」

『そうです。私を殺した者への憎しみ、そして……アリアを私から奪った者への憎しみです』

「……!」

『その感情は体に遺し、何とか奥底に封じる事に成功しましたが、何かのキッカケでその封印が解かれるかもしれません。もし、そうなれば私の体が私の精神を置き去りにして、残された感情だけで動き始めるでしょう』

「まさか……!」

『あの体の中に眠る感情にはアリアへの愛情もありますが、それだけです。たったそれだけで怒りや憎しみを抑える事は出来ない。そうなれば、あの体はアリア以外の全ての者を殺すまで止まらない』

 

 アリアちゃんのお母さんから語られる話は、これまでのどんな話よりも衝撃的な話であった。

 死した筈のアリアちゃんのお母さんが動き出して、人々を襲い始める。

 

 そうなれば最悪である。

 何が最悪かと言えば、おそらくアリアちゃんのお母さんの体はアリアちゃんを求めるだろうし。

 そうなれば、アリアちゃんの近くで殺戮を始めるだろう。

 そのアリアちゃんのお母さんを止めるのは誰だ?

 

 考えるまでもない。アリアちゃん自身である。

 

 彼女はきっと自分の心を殺して、使命を果たすだろう。

 それがどれだけ深い傷をアリアちゃんに負わせるのか。考えるまでもない。

 

 例えば、そうなった時に俺がアリアちゃんの代わりに再びアリアちゃんのお母さんを殺す事も出来るだろう。

 レオさんでも、オーウェンさんでも、誰でも良い。

 アリアちゃんが傷つかない様にと、独断専行して先に全てを終わらせる事も出来ると思う。

 

 だが、そうなった時でも、アリアちゃんはきっと自分が不甲斐ないせいで誰かに自分の役目を押し付けてしまったと考えるのでは無いだろうか。

 

「……難しい話ですね」

『そうでもありませんよ。ただ、あの子を遠くから見守るだけ。それだけで私は満足するべきなのです』

 

 本当に、そうだろうか?

 本当にそれしか道は無いのだろうか。

 

 俺は否だと思う。

 否だと思いたい。

 

 それしか道が無いなんて、あまりにも悲しすぎるから。

 

「例えば、の話なんですが……アリアちゃんのお母さんの体が動き出した時、アリアちゃんのお母さんはそれを察知する事が出来るのでしょうか?」

『え、えぇ。精神は肉体と繋がっていますからね。分かりますよ』

「ではもし、アリアちゃんのお母さんの体が動き出した時、それを俺が処理するというのはどうでしょうか?」

『……!』

「アリアちゃんに知らせる事もなく、ただ静かに、痛みもなく俺が再びアリアちゃんのお母さんの体を眠りに落とします。それならば、アリアちゃんと少しくらい交流しても良いのでは無いでしょうか」

『……あなた様は』

「俺は、まぁアリアちゃんのお母さんと生前親しかったワケではありませんし。戸惑う事も躊躇する事もありません。精神は、こうしてお話もしているので友好関係も築けていますが……だからこそ。貴女の意思を尊重し、全てを無かった事にする事も出来る」

『そこまで、お願いする事は出来ませんよ』

 

「アリアちゃんのお母さん。俺はね。アリアちゃんを妹の様に思っているんです」

『いもうと……?』

「そう。妹。だから兄として、妹の小さな願いくらいは叶えてやりたいんですよ。小さな、小さな願いはね」

『……』

「それに。アリアちゃんの兄という事は、アリアちゃんのお母さんは、俺にとっても母の様な方でしょう? そうなれば、母の願いを叶えるのも息子の役目だと思いませんか?」

『ふふ……酷い暴論ですね。私はまだ十九歳。なんですよ? あなた様の様な息子を持った覚えはありません』

「ま、まさか……! お若く、お美しいとは思っていましたが、俺とほぼ同じ年齢だったとは! 生きている間に、お会いしたかった!」

『う、美しいだなんて……そんな、誰もその様な事は仰ってませんでしたよ。恥ずかしいですね』

「なんとまぁ。見る目のない者達に囲まれていたのですね。貴女の美しさを理解出来ないとは」

『も、もう終わりです! このお話は! 終わり!』

 

 焦った様な声が俺の中から聞こえ、話は元の場所へと戻った。

 アリアちゃんと接するのか、どうかという話に。

 

『とにかく! アリアと接する事は出来ません! まだ心の準備も出来ておりませんし』

「それなら俺の体を通して触れますか?」

『え』

「それで満足出来るのか、それは分からないんですけど。アリアちゃんが望むのなら、そういう手段もアリかなと」

『うえ、えと……えぅ』

 

「まぁ、俺はこのままアリアちゃんと一緒にお墓参りに行きますし。終わってからの当分はシーメル王国に居ます。機会はいくらでもあるでしょう。もし、興味を持ったらどうぞ」

『いえ! その、あなた様は男性ですし。アリアとあまり触れ合うのも……』

「俺は兄ですから」

『暴論です……! その様なものは』

「まぁ、そうですね」

 

 俺はアリアちゃんのお母さんの言葉に頷きながら、再び重い荷物に寄り掛かって目を閉じた。

 体の奥では、アリアちゃんのお母さんがうんうんと唸っている様な声が聞こえてくるが、嫌な感覚でもない。

 時間はたっぷりとあるのだし、十分に悩めば良いさ。

 きっと、その方がよい決断をする事も出来るだろうし。

 

 と、俺は眠りに向けて進みながら考えるのだった。

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