アリアちゃんのお母さんの案内で、湖の奥にあるという花畑へと行った俺達であったが。
その場所にあったのは予想よりもずっと大きな花畑であった。
まさに一面の花畑という表現が正しいであろうその場所は、どこまでも広がる平原の入り口と思われる場所に広がっていた。
どうやらちょうど先ほどの湖が森の終わりの場所であったようで、湖の周りに立っていた木々を超えた向こう側にはどこまでも広がる開けた空間が存在していたのだ。
「まさか、こんな場所があったとは……!」
「リョウ様は森の向こう側へ来るのは初めてですか?」
「そうですね。森の向こう側へと出た事は無かったです」
「なるほど。では、紹介しましょう。ここが世界の果て。です」
「世界の、果て?」
アリアちゃんの表現に俺は強い違和感を覚えた。
いや、普通世界の果てと言えば断崖絶壁とか、見渡す限りの海が広がっているとか。そういう物だろう。
まぁ、断崖絶壁も海もその先へ行く事は出来るのだから、正確には世界の果てでは無いのだけれども。
そこから先へと進む事が出来ないのであれば、その場所を世界の果てと表現しても良いと思う。
だが、ここにあるのはただの平原だ。
花畑の向こうに広がっているのは草原の様だし。まだまだ世界の果てというのは早すぎる様な気がした。
進もうと思えば、いくらでも進めるはずだ。
しかし……。
「何か、あるんですか? この平原には」
「いえ。何かがあるという様な事はありません」
「……?」
「ですが、如何な冒険者でも、この先へ行きたいとは思わないのです」
「思わないというのは、また……妙な言葉ですね」
俺は何かあるのだろうかと、近くにあった石を拾い遠投の感覚で草原の方に投げてみた。
が、特に何もない。
普通に地面へと落ちただけだ。
「うん……?」
「リョウ様は、この平原が怖くは無いのですか?」
「いえ。まったく」
どこか震えている声でアリアちゃんが問うた質問に、俺は首を振って応えた。
むしろ逆に、何を怖がっているのか教えて欲しいくらいだ。
「アリアちゃんは、何かが怖い?」
「そうですね。見ているだけで逃げ出したくなるくらいです」
「そんなの!?」
俺はアリアちゃんが怖くない様にと手を繋ぎながら、平原の向こう側を見た。
くねくね踊っている奴が居るかもしれないし。
手を振っていて、こっちに歩いてくる度にデカくなる奴が居るかもしれない。
ジッと目を凝らしながら、アリアちゃんが怖がる対象を探すべく見渡した。
しかし、それらしいモノは何も見つからない。
どこまでも終わりのない平原が広がるばかりである。
ならば上か。と上に視線を向けてみるが、結果は同じであった。
青い空が広がる世界には何もなく、ただ呑気な雲が流れているだけである。
「はて……?」
「ふふ。リョウ様にはこの感覚が伝わらないと考えると、少し、羨ましいですね」
「感覚、かぁ」
俺は冷や汗を一つ長しながら頷くアリアちゃんにどこか不思議な物を感じながら、第三者に意見を聞いてみる事にする。
その人物とは、俺と同じく平然とこの場所に立っているジーナちゃんである。
「ジーナちゃんは何か感じる?」
「んー? そうだなぁ」
しかし、ジーナちゃんもどこかふわふわとしており、普段よりも落ち着かない様子だった。
いつもなら、もうちょっと明るいのだが、今はかなり大人しいというか。
そわそわとしながらも、あまり楽しい気分では無いようだ。
「怖くはないよ。でも、落ち着かない感じかな」
「それって、何でか分かる?」
「うーん。多分ね。魔力のせいだよ」
「魔力?」
「そう。ここの魔力は濃すぎるんだ。なんて言うのかな。肌にビリビリ来る感じ?」
「なるほど?」
俺はイマイチ分からんなぁと思いながら空気を掴む様に右手を前に差し出して横に奮ってみた。
その際に広げた手を閉じる事も忘れない。
そして、手元に戻してから手を広げて、匂いを嗅いでみたり、感触を確かめてみたりする。
だが、何かが掴める事はなかったのである。
「……はて」
「ダメダメ。リョウ君は魔力が無いから、魔力は感じられないと思うよ」
「そうなのか。それは残念だな」
「えぇ!? 魔力が、無い!?」
「あぁ。そうだね。残念ながら俺は魔力を持っていないんだ」
「そ、そんな方が居るのですね。ですが、確かに魔力が無ければ何も感じないかもしれません」
「そ。だからリョウ君はこの場所の異常が分からないんだ」
「なるほどなぁ」
非常に残念な様な。
分からないのだから良かった様な。
何とも言えない感情のまま俺はなるほど、と頷いた。
しかし、この場所があまり気分の良い場所でないという事なら長居はしない方が良いだろう。
俺はアリアちゃんの手を取ったまま平原を背にして、振り返った。
「リョウ様?」
「いや、ここにはあんまり長く居たくないだろうし。さっさと花を摘んで、湖の所に戻ろうか」
「……! ありがとうございます」
「礼を言われる様な事じゃないよ。さ。どの花が良いかなぁー」
俺はしゃがみ込んで、色とりどりの花の中から良さそうな物を選んで行く。
そして、すぐにしゃがんだアリアちゃんと、遅れながらこっちに来たジーナちゃんの三人で大量の花を摘み、両手いっぱいに抱えて湖の所へ戻るのだった。
大量に摘んだ花は湖に浮かべ、俺はアリアちゃんと共に両手を合わせて祈る。
アリアちゃんのお母さんは何も変わらず俺の中に居るのだけれど、どうか、アリアちゃんのお母さんの体が動き出しません様にと、祈る。
動き出してしまったら処理しなくてはいけないし。
出来る事なら、そんな事はしたくないモノである。
それから、かなり長い時間アリアちゃんは湖に向かって祈っていた。
ジーナちゃんは随分と前から祈りは止めており、俺も途中から祈って無かったが、俺もジーナちゃんも何も喋らず、ただ……アリアちゃんの祈りが終わるまで待っていた。
そして、十分に祈りが終わってからアリアちゃんは立ち上がり、振り返る。
「では、帰りましょうか」
「まぁ、それでも良いんですけど」
「え?」
「どうせなら、ここで一泊していきませんか? 時間は、まだあるんでしょう?」
「それは……はい。まだ大丈夫ですが」
「ではそうしましょう。折角ここまで来たんですし。そんな早く帰る事はありませんよ」
俺は戸惑っているアリアちゃんを説得し、さっさと湖の近くにテントを立てるのだった。
そして、どうせならと豪勢に色々な肉を用意して調理を開始する。
「おぉー! 肉だ! 肉だ! でも、使っちゃって良いの?」
「あぁ、うん。帰りはほら。ジーナちゃんの魔法でパッと移動できるでしょ?」
「あー。そうねー。じゃあ、いっか!」
ジーナちゃんはお気楽に、お肉! お肉! と楽しそうにふわふわと浮いていた。
実に良い事である。
アリアちゃんはどこか困ったなとでも言いたげな表情をしていたが、場の空気を壊すつもりは無いのだろう。
苦笑しながらも、仕方ないですね。と笑っていた。
「では、折角ですし。私もリョウ様の料理をお手伝いさせていただきましょうか」
「それは、お断りしますね」
「む! 何故ですか!」
「それはまぁ。これでアリア様に怪我でもされては冒険者として恥ですから」
「私はリョウ様の妹! という立ち位置でここに居るのでしょう!?」
「いえいえ。今、この瞬間はアリア様という依頼主であり、シーメル王国の女王様ですので」
「都合がいい事ばかり!」
「それが大人という物ですよ」
不満だと全身で示しているアリアちゃんに、俺は大人の理屈を振り回してアッサリと撃退した。
しかし、アリアちゃんはそれほど容易く敗北はしてくれない様で、ニヤリと笑うと、俺へと必殺の一撃を放つのだった。
「では雇い主の命令です! 私にも料理をさせなさい!」
「はいはい。アリアちゃん。お兄ちゃんの邪魔しないでねー」
「もー!? 何なんですか!?」
大人はズルいのだよ。