アリアちゃんのお母さんが眠っているという湖へのお墓参りであるが。
目的の場所にたどり着いたし。
色々な目的も達成できた為、夕食を食べた俺は周囲に魔物への探知罠を設置し、最後の睡眠に入る事にした。
重い荷物を背もたれにし、座りながら眠る。
俺の想定では夜にアリアちゃんが動くだろうが、何かが起きる前に助ければ良いだけだし。
とりあえずは好きにさせよう。
そう思って、俺は腕を組みながら目を閉じた。
俺が眠りに入ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。
ゴソゴソと音がして、テントから誰かが出てくる気配がする。
足音の感じからして、おそらくはアリアちゃんだろう。
そして、アリアちゃんと思われる足音は俺に近づいてくると、しゃがみ込んで、俺の顔を覗き込んでいる様だった。
だが、そこは鋼の意思を持つ俺。
一切反応を見せる事はなく狸寝入りを決め込む。
「起きてますよね?」
妙に確信をもってアリアちゃんが話しかけるが、アリアちゃんが狸寝入りだと気づくはずも無いため、俺はそのまま狸寝入りを続行した。
そして、しばしの沈黙があってから、俺の頬に小さな手が触れる。
「起きないと、誓いの口づけをしちゃいますよー?」
先ほどよりも自信が無いのだろう。
声は少し小さくなり、俺の頬に触れている手も、触れるか触れないかという様な控え目な感じである。
「……どうやら寝ている様ですね」
アリアちゃんはホッと安心した様に息を吐くと、俺のすぐ傍で何やら動き始める。
おそらく危険な事はしていないと思うが……。
『あなた様。大変ですよ! アリアが! アリアが!』
(なんですか。騒がしい)
『起きているでは無いですか! 何故アリアが呼んでいるのに返事をしないのです!』
(俺が邪魔しない方が良いと思ったからですよ)
『邪魔?』
(そう。邪魔。これからアリアちゃんはアリアちゃんのお母さんと二人きりでお別れをするんでしょう。その邪魔をしたくはないんです)
『私なら、ここに居ますのに』
(でも、触れられないし。言葉も交わせないでしょう?)
そう。だから。
おそらくアリアちゃんは……これから湖に潜るつもりなのだろう。
せめて母であったモノに触れて、最期の別れをする為に。
そういう気持ちを俺はアリアちゃんから感じ取っていた。
だから、アリアちゃんが俺から離れて、湖の方から小さくトプンという音がしてから目を開ける。
『た、大変ですよー!? あなた様! アリアが! アリアが湖の中に!』
(そうですね)
『そうですね。って! 早く助けに行かなくては! アリアが! アリアがー!』
(気持ちは分かりますが、少し待って下さい。まだ何かが起きた訳じゃない。何も起きないのなら、それに越したことはないんです)
『で、でも……』
(少しだけ。もう少しだけ待って下さい。もう少し……)
『あ!』
だが、俺の祈りは通じず、湖には一つ大きな気泡が浮かび、弾けた。
そして、アリアちゃんのお母さんが大きな声を上げる。
皆まで言う必要は無い。
俺は湖に向かって走り出した。
『あなた様! 私の体が!』
(えぇ。分かってますよ!)
俺は湖に飛び込み、神刀を抜いて、アリアちゃんの体を捕まえている幽鬼を見つけて、神刀を振り下ろす。
その一撃により、アリアちゃんの体が幽鬼からは離されるが、既にアリアちゃんは意識を失っている様だった。
ちょうど良い。
『あなた様! アリアが!』
(大丈夫! まだ生きてますよ! それよりも!)
『え!?』
(殺しますよ? 良いですか!?)
俺は水底で強い恨みを持った瞳を向け、化け物となったアリアちゃんのお母さんを見ながら心の中で叫ぶ。
それ以外に選択肢は無いだろうが、それでも何も言わずに斬る事は出来なかった。
だから……。
『お願いします』
(……本当に、申し訳ない。こんな手段しか取れなくて)
俺は謝罪しながらアリアちゃんのお母さんに神刀を振り下ろした。
俺の刃は正確にアリアちゃんのお母さんの周りにあった魔力を霧散させる。
そして、突きを心臓に向けて放ち、神刀に貫かれたアリアちゃんのお母さんは絶叫を上げながら再び水底へと沈んでいった。
おそらくは仕留める事が出来ただろう。
もし、再び動き出すとしても、それはまだまだ先の未来のハズだ。
これで、アリアちゃんが傷つく事もない。
『……申し訳ございません。あなた様に重い物を背負わせてしまいました』
(いえ。良いんですよ。言ったでしょう? 俺はアリアちゃんの兄なんですから)
『あなた様……』
俺はひとまず湖の中を見渡し、何も居ない事を確認してから浮上した。
そして、水面から水上へ……陸上へと上がると、抱き上げているアリアちゃんの状態を確かめる。
まだ生きてはいるが呼吸をしていない。
その為、冒険者セットから心臓マッサージ用にと買った弱雷撃魔術札簡易用を取り出し、アリアちゃんの胸に貼り付ける。
それから気道を確保して人工呼吸を行うのだった。
何度か心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す事でアリアちゃんは咳き込みながら水を吐き出し、何とか呼吸と意識を取り戻す事が出来たのだった。
「げほっ、げほっ、こ、こは……?」
「俺達がキャンプしてた場所だよ」
「あぁ……また、リョウ様に、迷惑をかけて、しまいましたね」
「別に迷惑なんて思ってないさ。夜中に寝ぼけて湖に落ちちゃった子を助けるくらいは、ね」
「わたしは……! いえ、そうですね。湖に、おちちゃった、まぬけ、ですね。わたしは」
ボロボロという様な姿で涙を滲ませながらそんな事を言うアリアちゃんを俺は軽く抱きしめた。
何か身に纏う物をと思ったが、今はそれよりもアリアちゃんの心が大事である。
年頃の女の子には申し訳ない事ではあるが。
「リョウ、様?」
「泣きたい時は泣くんだよ。アリアちゃん」
「でも」
「ここには俺しかいない。誰もアリアちゃんを見ている人なんかいない」
「っ!」
「俺の前では、シーメル王国の女王様じゃなくて、ただのアリアちゃんになるんだろ? なら、お兄ちゃんに泣きついたって、おかしな事は何も無いさ」
「~~!」
アリアちゃんは俺に抱き着いて、強く強く服を握りしめて泣いた。
そんなアリアちゃんを安心させる様に、俺はアリアちゃんを抱きしめる。
「アリアちゃん。シーメル王国に戻ったら、俺の中に居るアリアちゃんのお母さんと話す方法を探そう」
「ここに、俺の胸の中に。確かに存在しているんだ。何か方法はあるさ」
「大丈夫。きっと、いつか触れ合える日が、言葉を交わせる日が来るよ」
ただの慰めではある。
だが、俺は妹の為にはどんなことでも出来る男だ。
ならば、これもいつかは叶える事の出来る夢であろう。
『アリア。貴女様……!』
(アリアちゃんのお母さんも。申し訳ないが協力していただけると幸いです)
『えぇ! えぇ! 勿論ですとも! 私に出来ることなら何でも! 何でもさせて下さい!』
(ありがたいですが、何でも。なんて言ってはいけないですよ。アリアちゃんのお母さんは美人なんですから。悪い奴に利用されてしまうかもしれない)
『……!』
(だから何でもなんてしなくても良いです。ただ、いつか。アリアちゃんと一緒に話している姿を見せて下さい。それで俺は満足ですよ)
『あなた様は……』
俺はアリアちゃんの体勢が辛いかと仰向けに寝転がった。
ちょうど見上げた場所には木々がなく、青い夜空と瞬く星々が見える。
世界全部を照らすには足りないが、俺達を照らすくらいなら十分な星々の灯りが、見えていた。
それは俺のささやかな願いを叶えるには十分な光に見えて。
俺は、遠く夜空の向こうにある星々へと願いを向けるのだった。
どうか。
どうか。
この心優しい母娘に祝福を。
いつか。二人の願いが叶う様にと。
俺はただ、願うのだった。