いっぱい泣いて、泣いて泣いて。
泣き続けたアリアちゃんが落ち着いてから俺は寒いだろうとアリアちゃんをたき火の近くに連れて行った。
そろそろ夏の気配がしてきたとは言え、まだまだ春の終わりだ。
夜はまだ少しばかり冷える。
風邪をひいては大変だと、アリアちゃんを抱きかかえたままたき火の勢いを強くしていたのだが。
どうも、俺の傍を離れるのは嫌らしく俺の服をギュッと捕まえたまま動かない。
いや、まぁアリアちゃんが良いのなら別に良いのだけれど。
服を全て脱いでいて裸な訳だし。何かしら服を着ようとは思わないのかね。
しかし、それを言うと傷付くかもしれないし。
難しい所だ。
「……リョウさんは。あ! りょ、リョウ様は」
「良いよ。リョウさん、で。まぁ、呼び捨てでリョウ。とかでも良いけど」
「いえ。その様なワケには……。あ、でも夫婦であるのならその様に呼ぶべきなのでしょうか」
「いや、夫婦では無いので?」
「えぇ!? ですが、裸を見られ、さらに、あんなに情熱的に抱きしめられて……」
「あー。もう大丈夫そうだね。じゃあ下ろすよ」
「わ、わわ、まって。待って下さい。もう少し。もう少しだけ、このままで!」
「はぁ……」
「ごめんなさい。何だか少し甘えたい気分で」
「まぁ、それくらいは良いけどね」
俺はアリアちゃんを抱きかかえたままたき火の前に座り、ふぅとたき火を見つめる。
たき火は俺の事情も、アリアちゃんの事情も知らず、パチパチと燃えているだけだ。
「アリアちゃんはさ」
「……はい」
「もっと甘えた方が良いと思うんだよね」
「えと……? 私、結構甘えている方だと思いますが」
「まだまだ! 全然だよ。ウチの甘えん坊大将であるジーナちゃんや桜に比べたらまだまだ。あ、最近はリリィちゃんも中々な甘えん坊だけど」
「ふふ」
冗談の様に俺が話している事にアリアちゃんはクスリと笑う。
そして、俺に体重を預けながら「そうですね」と呟いた。
「私は、幼い頃に母を亡くしてから、ずっと一人で生きてきたので、甘え方がよく分からないという所があります」
「なら、これから学んでいけば良いさ」
「ふふ。アリアにイケナイ事を教えてくれるんですか? お兄ちゃん」
「イケナイ事は、教えてやれないけどね。可愛いアリアちゃんが、もっと可愛くなる事は教えられるよ」
アリアちゃんの頭を撫でながら俺は笑いかけた。
しかし、あまりにも自然なノリでアリアちゃんの頭を撫でてしまったが、やらかしたなと自分の頭を抱えたくなってしまう。
アリアちゃんは妹の様に扱ってはいるが、実際のところ妹では無いのだ。
あんまり馴れ馴れしくしても、それはそれで良くないだろう。
「あーっとだね。今のは」
「ふふ。お兄ちゃん? また言い訳ですか?」
「そういうつもりは無いんだけど」
「お兄ちゃんなら、ドンと構えて下さい。そうでなくては、私も素直に甘えられません」
「まぁ、そうだね。そりゃそうだ。では、ドンと構えておきましょう。お兄ちゃんに任せたまえ、と」
「はい!」
キラキラと輝く様な笑顔でアリアちゃんは頷いた。
そのアリアちゃんの笑顔は今までに見たどんな笑顔よりも眩しくて、可愛らしい物であった。
おそらくは、これこそがアリアちゃんの本来の笑顔なのだろうと思う。
国を守らねばならない重責と、自分の胸の内を明かす事の出来ない孤独が、アリアちゃんの笑顔を当たり障りのない物に変えてしまった。
それは何だか寂しくて、悲しくて……少し残念な物であったが、俺はこのアリアちゃんの笑顔を守る為に出来る事を知っている。
だから……。
「まぁ、これからもさ。甘えたくなったら俺達の家に来なよ。桜たちも居るし。俺も居る。大勢で楽しみたい時と、二人きりで甘えたい時。色々あるだろうけどさ。アリアちゃんが思うように、願うように行動してくれるのが一番だ」
「……リョウさん。でも、リョウさんはずっとシーメル王国に居てくれるワケではないんですよね? 私、リョウさんにはずっとシーメル王国に居て欲しくて」
「あー。うん。そうなんだけどさ。実はちょっとコッソリと秘密の仕掛けが……って、アリアちゃんも前に聞いたから知ってるよね?」
「てへ。バレちゃいましたか」
しれっと、まーた悪いことを考えて居たアリアちゃんに注意をしつつ俺は、はぁとため息を吐いた。
そんな俺にアリアちゃんは少し焦った様に体を起こす。
「リョウさん。怒っちゃいましたか?」
「怒ってないよ。全然。怒ってない。ただ、俺の可愛い妹はいたずらっ子だなぁ。って思っただけさ」
アリアちゃんをギュッと抱きしめて、何も怖いことなど無いのだと伝える。
そして、そろそろ周囲も寒くなって来たため、俺はアリアちゃんへと服を着る様に促す事にした。
「さ。そろそろ眠る時間だよ。服を着てテントに戻りなさい」
「えぇー。もう少しだけ。駄目ですか?」
「駄目です。このままズルズルと伸ばしていったら朝になっちゃうからね。こういう所は厳しいよ」
「はぁーい」
アリアちゃんは渋々といった様子で俺から降りて、置いてあった服を着てゆく。
一応たき火の近くにおいてあったから十分に暖かいようで、ぬくぬくと嬉しそうな顔をしていた。
「さ。子供は寝る時間だ」
「……リョウさん」
「うん?」
「私が寝るまで……手を繋いでて、くれますか?」
「もちろん。アリアちゃんが怖い夢を見ない様にね」
俺はアリアちゃんと共にテントへと行き、両手を広げながら寝ているジーナちゃんの隣に寝るアリアちゃんのさらに隣で横になった。
無論、ここで寝るつもりはない。
アリアちゃんが眠るまで、ここで見守り、手を繋いでいるだけだ。
「さ、おやすみ」
「……はい」
「良い夢を」
「……ふふ」
「アリアちゃん?」
「やっぱり、リョウさんは、お母様みたいです。すごく、よく……にている」
アリアちゃんは、おそらくは相当に眠かったのだろう。
ウトウトとしながら少しの間話をしていたが、それほどしないでスゥスゥと小さな寝息を立てて眠り始めてしまった。
俺はそんなアリアちゃんを見つめ、落ち着いた顔で眠り続けている事を確認して、そっとテントを出る。
そして、心の中へと語り掛けた。
(確認したいことがあります。アリアちゃんのお母さん)
『はい。なんでしょうか?』
(あなたの体は、あれで完全に動きを止めたのでしょうか?)
『いいえ。残念ながら。あの程度では数日もすれば再び動きだすと思います』
(うーん。その場合、彼女はここから出て、人類を襲い始める可能性がある、と?)
『そうですね。その可能性が高いと思います』
(なるほど)
困ったもんだなと思い、俺は湖の前で腕を組みながら考える。
何かしら対処をしなければ、アリアちゃんのお母さんの体は再び動き出してアリアちゃんを襲うだろう。
無論、殺すという意図は無いだろうが、己の傍に置いて離さない筈だ。
あれからはそういう意志を感じた。
ならば、どうするか?
俺はひとまず思いついた事を順番に確認していこうとアリアちゃんのお母さんへと声をかけた。
(何か、他に意識を逸らす事が出来れば、アリアちゃんが狙われる事もなくなるのでは?)
『そうですね。可能性は高いと思います』
(であれば、どうやって意識を逸らすか……ですか)
ふむと俺は思考の海へ沈もうとしたのだが。
アリアちゃんのお母さんから衝撃的な提案が帰ってきた。
『では、私に良い考えがあります』
(ほぅ?)
『実は私、生前は人との触れ合いが殆どありませんでした』
(……)
『ですから。アリアへ私の全ての気持ちを向けたのですが……もし、アリア以外に私へ触れる方が居れば』
(意識を逸らす事が出来る。という訳ですね?)
『はい。ですから……私を恋に落として下さい!』
(なるほど)
(え? なんですって?)
アリアちゃんのお母さんの言葉に、俺は思わず聞き返してしまったのだが、何度聞いても返ってくる答えは同じだったのである。