異界冒険譚   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第35話『閉ざされた世界(シーメル)の外へ!』

 いよいよ作戦が始まる。

 と身構えていた俺だったが、それほど複雑なことはなく、作戦は非常にシンプルであった。

 夜目が利く獣人を先頭に置き、先の安全を確保してから俺とアレクシスさんとヴィルヘルムさんが獣人の子供達を連れて、周囲を警戒しつつ、急ぐ。

 そして、最後尾にはジュードさんたちの様な武闘派の獣人達が何かあった際の対応をする。

 

 一団の中にはアリア姫様も含まれている為、ややピリピリとした空気が漂っていたが、シーメル王国の国内は穏やかで、戦闘行動などは一切なく、例の王族しか通れない道まで来る事が出来たのである。

 

「運が良かったですね」

 

 俺は緊張している何人かの子供達を落ち着かせながら、同じように子供達を安心させているヴィルヘルムさんに話しかけた。

 しかしヴィルヘルムさんの反応は微妙だった。

 

「あー、まぁ、そうだな。運が良かったといえば良かった」

「えと、実は何かトラブルが起こっていたという事ですか?」

「あー、いや。そういう事じゃないんだ。ただ、な。運が良かったと言われると何とも微妙でな」

「……?」

「ここまでの道は全てアリア姫が選んでいただろう?」

「えぇ、まぁ」

「だから、俺たちはここまで何のトラブルもなく来る事が出来たんだよ。騎士が見回るルートも、夜間に動いている店の関係者や客の動きも、アリア姫は全て把握してるからな」

「……いや、え? そんな事、あり得ますか? 騎士の巡回ルートは分かりますよ? でも、酒場とかで飲んだ人の動きなんてわからないでしょう? 読みようがない」

「まぁ、俺も前に聞いただけだから具体的な説明は出来ないんだが、例えば、リョウは家にいた時、朝起きてからサクラちゃんと出かけるまである程度決まった動きをするだろ?」

「え、えぇ、まぁ」

「そういう風にある程度決まった動きをする人間は避けつつ、突発的な動きは先方の獣人が見つけてルートの選択か、進む時間の調整なんかをやっていけば、こうやって無事たどり着けるって訳だ」

「……そんな事、現実に可能なんですか?」

「わからないな。でも、実際に起こっているし、俺がアリア姫と共に何かをするといつもこんな風だよ。だから偶然かどうか俺からは何とも言えん」

 

 俺はヴィルヘルムさんの言葉に頷きながら、獣人達と話をしているアリア姫様を見た。

 それは特に意識した行動ではなかったし、向こうに気づかれる為の何かをした訳でも無かった。

 だが、俺の視線を感じてか、もしくは俺の行動を読んでいたのか。

 アリア姫様は自然な仕草で俺に視線を返し、ニコリと笑うのだった。

 

「どうだ? 信じたくなっただろう?」

「……えぇ、まぁ」

 

 ヴィルヘルムさんの言葉に俺は苦笑しながら、自分の仕事に意識を戻した。

 多分考えすぎないほうが良い話だ。

 俺は頭の良い方じゃないし。考えすぎればおかしくなる。

 運かアリア姫様の力か。

 あまり深くは考えすぎず、子供たちが安全な様に行動しよう。それが良い。

 

 そして、俺達は色々な疑問を残しつつもシーメル王国を脱出し、国外へ向かった。

 目指すはシーメル王国の西方、スタンロイツ帝国のシナード領だ。

 

 

 王族専用の脱出通路とやらを抜けて、外へ出た俺たちを待ち受けていたのは、どこまでも広がる大きな平原だった。

 

 背後にはシーメル王国の巨大な壁が見えているが、アリア姫様の話では向こうからこちらを見ることは出来ないらしい。

 まぁ、普通に考えれば国を捨てて逃げる時の為の通路なのだから、国の方から見えたら侵略者に丸見えという事だからな。

 当然と言えば当然。

 

「ではここから真っすぐにシナード領を目指します!」

 

 アリア姫様の声を合図として俺たちは歩き始めた。

 しかし、ここで俺はふと気になった事があり、ヴィルヘルムさんに問いかける。

 

「そういえば、俺たちはこの依頼が終わった後、直接西側諸国に向かうんですよね? 出国申請とかはどうするんですか?」

「それならもうアリア姫の方で調整済みだ。俺たちは明日の朝、シーメル王国を出国した事になる。記録上はな」

「なるほど。準備が良いですね」

「まぁ、慣れてるっていうのもあるだろうな。俺やアレクも、アリア姫を手伝ったのは一度や二度じゃない」

「そうなんですか?」

「あぁ。ここまで大規模なのは初めてだけどな。今までは一つの家族を逃がすとかそういう依頼だったよ」

「……家族」

「獣人の国からな、連れてこられた家族だ。家に戻る為の手伝いを俺たちがやったって話さ。家族一つくらいなら大壁を越えられるからな」

 

 遠くを見ながら語るヴィルヘルムさんに俺は、一つの想いがこみあげてくるのを感じた。

 セオストでは見なかった世界。

 その光景に俺の中の何かが暴れまわる。

 

「どうして、こんな事が起こっているんでしょうか。獣人を傷つけて……」

「まぁ、そうだなぁ。なんでだろうなぁ」

「……」

「一つは、やっぱり獣人戦争の記憶があるからかな、と思うよ」

「例の、人間と獣人が争ったという」

「そう。世界を分断する様な争いだったっていう話さ。エルネスト老くらいの年齢の人なら皆、あの時の記憶が深く刻まれている。殺して、殺されてっていう記憶がな」

「……でも、若い人たちは関係ないでしょう? あの、シーメル王国に入ってすぐの所にいた商人はそれほど年を取っているようには見えませんでした」

「まぁ、そうだな。でも、な。例えば親が獣人を傷つけても良いのだと子に教えていたらどうだ? 周りの大人たちがそれを当然だと教えていたら?」

「彼らが、そうだと」

「あぁ。シーメル王国は、獣人戦争でだいぶ酷い目に遭ったからな。戦争が終わってからも恨みは消えず、獣人へ憎しみをぶつけ続けた。あの国はずっと、そうなんだ。なら、あの国で生きる人間が皆、そうであってもおかしくはない……と俺は思う」

「……」

「そう怒るなよ。俺だってこれが正しいって思ってる訳じゃない。だからこそ、こうして獣人を逃がすための手伝いだってしてる」

「そう、ですよね」

「それに、アリア姫が王となれば、あの国はきっと変わる。古い時代の憎しみを捨てて、新しい時代へ進めるだろうさ」

「……アリア姫様」

 

 夜空の下で、遠く西方を指さして進むアリア姫様を見て、俺はなるほど、と頷いた。

 まだ出会ってそれほど時間が経っている訳ではないが、アリア姫様からは確かに何かを感じる。

 カリスマ性とでも言うのだろうか?

 この人ならば世界を変える事が出来るだろう、という希望を感じる。

 

「だから獣人は皆、アリア姫様を慕っているんですね」

「あぁ、きっとな」

 

 ヴィルヘルムさんの小さく呟いた言葉には、大きな願いが込められている様な気がした。

 アレクシスさんもそうだが、きっと二人は子供が好きなのだろう。

 傷つけられている事に憤りを感じている。

 だからこそ、アリア姫様に協力しているのだろうし。

 

「いつか、いつか……か」

 

 俺も、またヴィルヘルムさんやアレクシスさんの様に、アリア姫様のまだ小さな背中を見て、願う。

 この少女の理想が、いつか国を変える事が出来る様にと。

 

「しかし、シーメル王国も脱出しましたし、これでようやく安心出来ますね」

「何言ってんだ。リョウ。これからが本番だぞ」

「え?」

「ここからシナード領までは歩いて三日掛かるからな。向こうに着くまでは、子供が誰一人欠けない様に見てないと駄目だ。俺たちの役目はここからだからな」

「……なるほど」

 

 広い平原に出て、周囲を見ながらワクワクとした気持ちが抑えきれていない様な子供達を見て、これは大変な仕事が始まったなと俺は深く息を吐くのだった。

 しかし、だ。

 暗く、狭い場所で閉じ込められ、泣くことも笑う事も出来ず、ただ地面を見つめていた様な子達が、元気に走り回る姿を見ることが出来るのは嬉しい。

 それだけは確かだった。

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