アリアちゃんのお母さんであるマリアさんの体を口説き落す事は……まぁ、おそらく成功した。
が、新しい問題として、マリアさんの体をどうするのかという問題が発生してしまう。
そこで、俺はマリアさんの体を家に連れて行く事を思いついたワケだが……。
それをどう説明したものか、と徹夜明けの頭で、驚き固まっているアリアちゃんの前で考えるのだった。
いや、本当に。
どうしたモンか。コレ。
「それで……? これはいったいどういう事なのですか? リョウさん」
アリアちゃんはため息を吐きながら、俺の腕に抱き着いている自分の母を見つめた。
心中は複雑だろう。
結構慌てているかと思ったが、それほどでも無いらしい。
「いやぁ、どこから説明した物か……って感じなんだけど。アリアちゃん、結構落ち着いてるね」
「慌てた所で得る物は何も無いですからね……ですが、動揺はしていますよ。当然」
「まぁ、そうだよね」
ジトっとした目を俺に向けながら言葉をぶつけるアリアちゃんに、俺は素直にごめんなさいと謝った。
何事も気持ちは大事である。
「はぁ……本当に。リョウさんは、まったくもうですね」
「色々な人に言われます」
「では、反省していただきたいのですが」
「いやぁ……言われはするんですが、原因が不明なので」
「はぁー!」
かなり大きな声でため息を吐かれてしまった。
本当に申し訳ない。
何故、まったくもう。なのかは正直よく分かって無いのだけれども。
「……お母様」
「なぁに? アリア」
「お母様は、この方をどうするつもりなのですか? 私も、ですが……」
「一緒に居たいと思っているわ。アリア。それに……あなた様も」
熱っぽい視線がマリア様から俺の方へと向けられ……それと同時にジト―っとした目が再びアリアちゃんから俺に向けられた。
母娘で非常に強い目をお持ちの様だ。
俺に出来ることはペコペコと頭を下げる事しか出来ない。
「リョウさんは、お母様をどうするつもりなのですか?」
「まぁ、シーメル王国の家に連れて行こうかと思っているけれど」
「お母様は死者ですよ」
「でも、意志があって、感情があって、動いている。そんな人を冷たい湖の底には置いて行けないよ」
「ですが、お母様が人の住まう場所に行けば、何かトラブルが起きるかもしれません」
「マリア様には申し訳ないと思うけど、多分……最初の内は閉じ込めておくことになると思う。外へは出られない様に」
「であるならば、湖の底に居るのと変わらないでしょう?」
「いいや。違う」
「……?」
「シーメル王国にはアリアちゃんが居る。例え俺の家に閉じ込められているのだとしても……君が会いに来ることは出来る」
「……なんで」
アリアちゃんは酷く苦しそうな顔で俺を見つめながら言葉を零した。
だが、その質問に対する答えは悩まずともすぐに浮かぶモノだ。
「君が、そうあって欲しいと願っている。俺がそう感じたからだよ」
「いつ私が、そうあって欲しいなどとリョウさんに言ったのですか!?」
「言ってはいないさ。俺が勝手に。アリアちゃんがそう考えているんだろうって、思っただけだよ。ただ、それだけさ」
「……ずるい」
「前も言っただろう? 大人はズルいんだ。だから、別に会いたくないのなら会わなくてもいい。でも、会いたいのなら、会えるんだよ。言葉を交わす事が出来る。触れ合う事が出来る。そういう機会を俺は作りたかっただけだ」
「ほんとうに……ずるいですよ」
「ごめん」
アリアちゃんは唇を尖らせて、辛そうに両手を胸の前で握り合わせながらマリア様を見つめた。
その瞳に、マリア様は微笑みながら俺から離れ、両手を広げる。
「アリア」
「……出来ません」
「大丈夫。ここには私達しか居ないわ」
「でも……」
「私はアリアのお母さんだもの。アリアの事を抱きしめたいの。ね? おねがい」
「……ずるいです。その言い方」
「リョウ様も言っていたでしょう? 大人はズルいの」
マリア様は湖の中に居た時とは違い、優しくアリアちゃんを抱きしめると、微笑みながら歌を謳う。
それは、まるで子守歌の様に心が安らぐ、とても美しい歌だった。
そして、その歌が聞こえたのかテントの中から、いつもの様に大あくびをしてジーナちゃんがノソノソと出て来た。
「あれ? なんか、死んでる人が居るね」
「分かるんだ」
「そりゃ分かるよぉー。だって魔力の動きがおかしいモン」
「そうなんだ」
と頷きながらマリア様を見るが……まぁ、当然分からない。
何が何やら。という様な感じである。
「それで? なんで死んでる人とアリアちゃんが抱き合ってるの?」
「二人は親子なんだよ」
「へー。じゃあ生き返らせたんだ」
非常に軽いノリでジーナちゃんは納得し、ふわふわと浮きながら何かを探す。
「ねー。ジーナちゃんの朝ごはんはー!?」
「はいはい。ちょっと待ってね。干し肉で良い?」
「おぉー! 朝から肉! 良いねー。もーらいっ!」
俺の手からひょいッと干し肉を奪って、ジーナちゃんはモグモグと食べながら抱き合う二人をあんまり興味無さそうに見ている。
何となく前に居るし、見てるかー。くらいの気軽さだ。
「あのさ。ジーナちゃん」
「んー?」
「死んだ方が、生きてる人と一緒に居ると、何かマズい事とかあるのかな?」
「えー? 無いんじゃない? 別に死んだからって何かが起きる訳じゃないしー」
「そうなんだ」
「うん。前にね。子供が死んじゃったからって生き返らせた人が居たけど、子供はなーんにもしなかったよ」
「……子供は、って事は周りは何かあったの?」
「うん。子供を生き返らせたお母さんがねー。こんなの私の子供じゃない―! って言って、子供を殺しちゃったんだ」
「え」
「ほら、死んだ人ってそれ以上変わらないから。成長しない子供を見ているのが耐えられなかったんだね。でも、母親に殺される時でも、子供は何もしなかったよ。ただ、悲しそうな顔をして、そのまま死んじゃった」
「それは……悲しい話だね」
「うん。そうだね。ジーナちゃんもそう思うよ」
ジーナちゃんの話を聞いて思うのは……やはり生者と死者は共に居るべきでは無いのだろうという事だ。
いつか、その関係に歪みが生まれるから。
でも、でも……今この瞬間だけは。
共に居ても良いんじゃないかと俺は抱き合う母娘を見て思うのだ。
「だから、さ」
「うん?」
「もしもの時は、リョウ君にお願いしても良い? 私は、もう二度と見たくないから」
「あぁ。分かっているよ」
「ごめんねー」
「いやいや。俺が持ち込んだ問題だから……。それに、俺もみんなが悲しむ顔は、見たくないからね」
そう。
初めから覚悟はしていた。
何も問題はない。
『申し訳ございません。あなた様。私、あなたにとても重い物を背負わせてしまいました』
(良いんですよ。俺もそうあって欲しいと願って、行動した結果です。これ以上の幸福は無いのだろうと思います)
『あなた様……!』
(だから、俺は……アリアちゃんが傷つくような事が。マリア様が悲しむ様な事が無いようにと願うだけです)
どうか。
この世界に神様が居るのであれば、と俺は心の中で願う。祈る。
そして。
十分に親子の触れ合いが終わった事で、アリアちゃんが咳払いをしながらマリア様から離れた。
いよいよ帰還の頃合いである。
「コホン。お恥ずかしい所をお見せしました」
「別に恥ずかしい所はなかったと思いますが」
「それでも……! 私は恥ずかしいのです。子供の様に……!」
「昨晩はあんなに甘えていたのになぁ」
「わーわー!! その件は! ご内密にお願いしますよ!」
「えー!? ジーナちゃん、気になるなぁ」
「駄目です! こればっかりはジーナさんでも内緒です!」
「えー」
不満そうなジーナちゃんと、慌てているアリアちゃん。
そしてアリアちゃんを優しく見守っているマリア様と。
ひとまず今回の旅は十分に満足のいくものだったと思う。
「では、帰りますか。シーメル王国に」
俺はみんなに声を掛け、撤収の準備を始めるのだった。