諸々のやるべき事も全て終わった為、俺達は森の奥にあった湖から、シーメル王国へと戻る事になった。
とは言っても、帰りはジーナちゃんの転移でパパっと移動である。
「うん。荷物は全部持ったよ」
「あーい」
「忘れ物をしても戻ってくる事は出来ませんからね。しっかりと確認しましょう。お母様も大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫よ。アリア」
「では、ジーナさん。お願いします」
俺とアリアちゃんは何も問題が無いことを互いに確認し、頷いてからジーナちゃんに声を掛けた。
アリアちゃんの言葉にジーナちゃんは、うむと大仰に頷いて。地面に光る円を描く。
光の円には解読不能な文字が並び、文字ごと円がクルクルと高速で回り始め、俺達の足元で大きな光を放ち始めた。
そして……!
眩いばかりの光で世界が照らされ、俺は目がくらみそうな光の中に飛び込む事となった。
次の瞬間。
俺達はシーメル王国にある俺達の家の前に立っていた。
「無事戻ってくる事が出来ましたね」
「そうだね」
「では、予定通り、私は城に行ってきますので、リョウさんはお母様をお願いします」
「分かったよ。では、マリア様。俺に付いてきてください」
「はい……! わかりましたわ。あなた様」
マリア様はお姫様らしいお姿で淑やかに微笑んだ。
その姿を見ていると思わずドキリとしてしまったが、やや離れた所から感じるアリアちゃんの貫く様なジトーっとした視線にハッとなる。
「そ、そんな目で見なくても大丈夫だよ!?」
「そうですか。まぁ、私はまだ何も言っていませんが。まぁ、私から言う事は何もありませんよ。えぇ。本当に全く何も」
「……ハイ」
「リョウさんをお父様と呼ぶ日が来なければ、良いですがね」
結構ハッキリと嫌味を言葉に混ぜながらアリアちゃんは城の方へと歩いて行った。
その顔にはハッキリと怒りが含まれており、俺は冷や汗を一つ流しながら、はぁと溜息を零す。
怒りの原因は、お母様を俺に取られそうになっているからか。
もしくは俺がお母様にとられそうだからか。
……自分で言うのも何だが。まぁ両方だろうなと思う。
「あーあ」
「そういう言い方は勘弁して欲しいかな。ジーナちゃん」
「別に良いけどさ。アリアちゃんがプンプンしてるのは、変わらないよ?」
「分かってるよ。大丈夫・分かってるから」
「それなら良いけどねー。リョウ君はあっちへふわふわ、こっちへふわふわしてるから。みんな怒っちゃうんだろうなぁー」
「まぁ、そうだね。うん。そうだろうね」
「きっとサクラちゃんもプンプンだろうなぁー」
俺はこれから先に待っているであろう苦難に思わずふらついてしまうが、何とか自分を支える。
そして、倒れそうになる俺を支えようとしてくれたマリア様にお礼をいうのだった。
「あーあ」
「……ジーナちゃん?」
「なぁに?」
「いや。もしかして、ジーナちゃんも、怒ってるのかな。って……」
「あーあ」
「ハイ」
大変怒ってらっしゃるという事はよく伝わりました。
俺はこれ以上怒らせない様に気を付けなきゃなと思いながら、パッと消えてしまったジーナちゃんをそのままに、マリア様の手を取る。
さて、目の前にあるのは懐かしい……という程でもないが、シーメル王国に新しく生まれた我が家だ。
そして、ここには俺の大切な家族が暮らしている。
俺はゴクリと唾を飲み込んで……いざと玄関へと歩きだそうとした。
だが、そんな俺の前で、玄関がガチャリと開き、中から二人の少女が顔を見せた。
それは俺にとって酷く予想外な子達であった。
何故なら、彼女たちはシーメル王国に来ておらず、セオストで生活していたハズの子達だったからだ。
「あ! リョウさん! おかえりー!」
「お久しぶりです」
「フィオナちゃん! それにリリィちゃんも! こっちに来てたの!?」
「はい! 三階の工事まで終わったという事でセオストの家と繋いだんだ。私たちもこっちには来たばかりで! これからリリィと二人でシーメル王国を見てみよー! っていう話になったんだけど……」
笑顔で話していたハズのフィオナちゃんが不意にスッと目を細めると、俺の隣に立っていたマリア様へと視線を向ける。
上から下へ。そして、おそらくは俺とマリア様が手を繋いでいる辺りで視線を止めた。
「へー」
そして、フィオナちゃんの口から出たとは思えない様な低く重い声が聞こえる。
「ふぃ、フィオナちゃん……?」
「はい! なんでしょ?」
先ほど聞こえた声が幻だったのかと思う程に明るい声がフィオナちゃんから聞こえ、俺は軽く混乱してしまうが……大丈夫だ。
大丈夫。
「あの。リョウさん。そちらの方は」
「あぁ。こちらの方は……えと、まぁ諸事情あって、我が家で暮らすことになってね」
流石にアリアちゃんのお母さんなんだけど、実は死者で一緒には居られないから我が家で暮らしてもらうんだ。とは言えまい。
俺はおかしいと思われない様に誤魔化しながら伝えたのだが……それが良くなかったのだろう。
「はい! 私は、リョウ様に是非。こちらの家に住んでいただきたいと情熱的に迫られまして」
「へー。情熱的に。へー」
何だろうか。
リリィちゃんからも低く重い声が聞こえた様な気がする。
正直リリィちゃんを直視するのが怖いくらいだ。
「えーっと。誤解が無いように言うと、だね。こちらのご婦人は俺が手を出して良いような御方では無いので、そういうアレコレは無いんですよ。いや、本当に。まったく」
「そうなんですか? 本当に?」
やや怖い顔をしたリリィちゃんが俺ではなく、マリア様に問いかける。
かなり圧がある感じの問いかけであったが、マリア様はまるで揺るがず、微笑みを浮かべたまま頷いた。
「えぇ。そうですね。リョウ様からは二人きりの時以外は、その様にと」
「へー」
「では二人きりの時には?」
「私の事をマリアと呼んで下さるそうですね」
「はー。それはそれは」
「情熱的ですねぇ。本当に」
ジトーっとした目が俺に突き刺さる。
しかもフィオナちゃんとリリィちゃんの二人分だ。
この目線が刃であったのなら、俺の体はもう串刺しになっていた事だろう。
だが、いつまでもここに居る訳にはいかないし。
二人も正直話を聞いてくれそうな感じがしない。
なので、俺は強硬突破する事にした。
とりあえず後回し作戦である。
「あー。そろそろ中に入らないといけないし! 詳しい話は後でね! 後! 後で必ず話すから」
「へー」
「そうですか」
二人からはもう冷たい声しか聞こえてきていなかったが、俺はマリア様の手を引いて、急いで家の中に入った。
俺の動きを追う様に二人の視線がジーっと付いてきていたが、気にしている余裕は無い。
「あら。強引ですね。リョウ様。昨夜の様に……されるのですか?」
「昨夜の様に」
「へー」
「誤解! 全部誤解だから!」
「誤解」
「へー」
やっぱりもうダメか! と俺は半分以上諦めて家の中に飛び込んだ。
どちらにせよ。話し合いをするのなら、もっと落ち着いた空気が必要である。
あんな処刑を待つ罪人の様な空気の中でやる事じゃないだろう。
だが……俺はここでも、過ちをしてしまっていた。
そう。
ちゃんとフィオナちゃんとリリィちゃんに事情を説明すれば良かったのだ。
そうしていたならば。
我が家における最も注意しなければいけない相手と戦う際に、味方を増やした状態で挑む事が出来ただろう。
「おかえり♪ お兄ちゃん♪」
声だけを聞けば、非常に楽しそうな声が後ろから聞こえる。
扉の方を向いている俺の背後、という事は……その人物は廊下の所に立っているのだろう。
聞こえてくる声は、とても聴きなれた声で。
普段ならば、その声を聞いて安堵感を覚えるのだが。
今日は何故か……恐怖しか感じなかった。
「えー、あー」
「うん」
「桜? ただいま」
「うん。おかえり! それで」
「あ、あぁ……」
冷や汗が背中につつーっと流れる。
「お話。聞かせて貰えるよね?」
満面の笑みを浮かべた桜に、俺は「ハイ」と小さく応えるのだった。