玄関で、あまりの怒りに怒りを通り越して笑顔になってしまっている桜を見ながら俺は思考を高速回転させる。
状況は考えうる限りの最悪だ。
しかし、まだ終わりじゃない。まだ終わってなどいない。
まだ起死回生の一手は打てるはずだ!
考えろ!! 小峰亮!
「あー。そのだな。桜……」
「お兄ちゃん。話は奥でしようか」
「いや、とりあえず、ここでも……」
「お兄ちゃん。話は、奥で、しようか」
「……ハイ。ソウデスネ」
桜はニッコリと可愛らしい笑顔のまま、圧を俺に向けると廊下の先へと進んで行った。
その背中を見送りながら俺は、ひとまずマリア様に玄関で靴を脱いでもらう様に言って……。
「えと、お靴を脱げば良いんですよね」
「はい……」
うんしょ、うんしょと靴に手を伸ばして脱ごうとしているマリア様をしばし眺めた。
立ったまま靴を脱ごうとしているせいか、上手く靴を脱ぐ事が出来ず、悪戦苦闘しているのだが。
慣れていないのに、一生懸命頑張っている姿はとても可愛らしいものだ。
「お兄ちゃん?」
「あ、あぁ! すぐに行くからな!」
俺は背後から聞こえてきた重い声に背筋をピッと伸ばしながら返事をした。
そして、上着を脱いで式台に敷いてマリア様に座って頂く様に言う。
「申し訳ございません。マリア様、こちらへ座って頂けますか?」
「え……ですが、リョウ様のお召し物が……」
「問題ありません。マリア様をお守りする為でしたら、本望でしょう」
「は、はぃ……」
俺はマリア様の手を取り、微笑み、俯かれながらゆっくりと式台へと座ろうとしているマリア様を導いた。
そして、玄関でマリア様の靴を丁寧に外す。
マリア様の足はとても美しく……触れている感触もとても滑らかで、あぁ。王族なんだなぁとシミジミ感じた。
「りょ、リョウ様。どうしましょう?」
「……? どうされました?」
「あ、いえ。靴を脱いだ足はどうすれば、良いでしょうか」
「あぁ。それでしたら。私の膝の上に」
「えぇ!?」
「あぁ、汚いかとご心配ですか? であれば……」
タオルをバッグから出しましょうか、なんて言おうとした瞬間マリア様が大きな声をあげる。
「いえいえいえ! 汚いだなんて……ただ、リョウ様に失礼では無いかと」
「その様な事はありませんよ。俺から提案している事ですし。どうぞ、ご遠慮なく」
「で、では……失礼させていただいて……」
おずおずとマリア様は跪いている俺の太ももに足を乗せる。
湖から引き揚げた時と同じく、それほど重さは感じない。
死しているからなのか。もしくは、お姫様だったからなのか。
理由は分からないが、少し心配になる重さである。
「ど、どうでしょうか」
「えぇ。何も問題はございませんよ」
不安そうにしているマリア様に微笑んで、俺はもう片方の靴も脱いでもらい、靴を脱がせ終わってからグイっとマリア様を抱き上げる。
別に一人で立てない事も無いだろうが、玄関は段差も多いし、躓いても大変だからな。
ひとまず最大の安全策を取るという訳だ。
そして俺も、マリア様を抱きかかえたまま靴を脱いで玄関に上がり、そのまま廊下を進んでゆく。
廊下の先に居た桜は、何故だろうか。
先ほどまでの怒りを霧散させて俺とマリア様をジッと見据えていた。
静かな瞳だ。
「……なるほどね。少し分かった様な気がするよ」
「桜?」
「本当は一階の子供部屋で話そうかと思ったんだけど……誰も居ない部屋の方が良さそうだね?」
「あぁ。助かるよ。桜」
「了解。じゃあそっちに行こうか」
桜は小さくため息を吐いて、廊下の途中にあった転移用魔導具を作動させた。
そして、俺とマリア様も転移で桜と共に上層階へと移動するのだった。
「三階はさ。私たちしか住んでないから。その人の秘密も外には出ないよ」
「もう桜はこの人の正体に気付いている感じか?」
「ううん。全然。でも、多分だけど、貴族とかそういう感じの人なんでしょ?」
「あぁ。そうだよ」
「やっぱりね。まぁ、そうだろうと思ったけどさ。それならそうと早めに説明が欲しかったかな」
「あぁ。確かにね。ごめんよ。桜」
「いいよ」
桜は、少し安心した様な顔ではぁと溜息を吐いて俺が抱えているマリア様を見やる。
それから「とりあえず落ち着ける部屋に行こうか」と言って廊下を歩き始めた。
俺は桜に付いて廊下を歩き、おそらくはまだ誰の部屋とも決まっていないであろう部屋に入る。
しかし、一応ソファーやテーブルはある様なので俺はソファーにマリア様を下ろし、その隣に座った。
正面には桜が座り、お茶を用意してくれる。
「では、お話聞かせて貰いましょうか」
「あぁ」
桜はお茶を飲みながら落ち着いた表情をしており、マリア様は初めて見る緑茶におっかなビックリしている様だが、俺と桜が飲んでいる為、勇気を出して飲んでみようとしている様だった。
しかし、死者はお茶とか飲めるんだろうか?
まぁ、飲めるのなら良いんだけど。
「まず、最初に言っておきたい事がある」
「うん」
「この話は他言無用で頼む。とは言っても、多分家族には話すから、家族までは伝えても良いけど」
「その、家族ってどこまでの人?」
「俺と桜とココちゃん。それにフィオナちゃんとリリィちゃん。までは話しても良い」
「モモちゃん達は駄目って事?」
「うーん。モモちゃんとリンちゃんは大丈夫だと思うんだけど……正直何とも言えないんだ」
「なるほどね」
桜はとりあえず、ここまでの話に納得出来たと頷く。
そして、続きを話して欲しいと俺を見やった。
「で、だ……。本題の話だね。この人がどういう人なのかっていう話」
「うん」
「……色々と遠回しな言い方も出来るんだけど……まぁ、ぶっちゃけて言うと、この人はアリアちゃんのお母さんで」
「え」
「しかも、お亡くなりになっている方なんだ」
「えぇぇええええ!?」
桜は先ほどまでの落ち着いた様子はどうしたのか。
大きな声で叫ぶと、マリア様を見て、え? え? と言葉を繰り返す。
その表情は驚愕に満ちており、言葉という物を発せる様な状態ではない様だった。
しいて言うならば、うめき声だけ出せる様な。そんな感じだ。
「えと。お兄ちゃん。本当にごめんなんだけど」
「あぁ」
「今言った話って、全部……本当?」
「あぁ。嘘を言っても仕方が無いだろう? 全部本当だよ」
「本当なんだ……」
桜は困ったなぁとでも言う様な顔で呟く。
いや、本当に申し訳ないのだけれども……一つも嘘は言っていないのだ。
全て真実で、全て今、ここにある事実である。
「それで……お兄ちゃんは、この人を、どうするの?」
「正直な所、お兄ちゃんも少し悩んでるんだけど……」
「うん。きっと悩んでるのは私たちの事だよね。でも、私は気にしないっていう前提で話すと、どう考えてる?」
「この家で一緒に暮らそうかなって思ってる」
「……まぁ、お兄ちゃんならそう言うよね」
「勿論! 桜が嫌なら別の手段を考えるから……!」
「良いよ。全然。どうせ別の手段って言っても、お兄ちゃんと、アリアちゃんのお母さんが別の家で暮らすっていう感じの奴だろうし」
「よく分かったね」
「まぁ、これでもお兄ちゃんの妹を長くやってるからね」
苦笑している桜に、あぁと頷いてから俺は改めてどうしようか? と桜に問うた。
桜はそうだね。と呟いてから少し考えて、妹として姉として一つの答えを出すのだった。
「とりあえずはココちゃんに聞いてみたい……いや、会ってみるべきかな」
「まぁ、そうだね。桜が良いのなら……次はココちゃんかね」
俺は桜の考えに同意し、お茶を飲もうとしているマリア様を見やった。
ふーふーとお茶に息を吹きかけて、少ししてから飲もうとしていたが、どうも猫舌なのか上手く飲めていない様だ。
そんなマリア様を見て、少し癒されつつ次なる相手ココちゃんと話してみようか、と桜に告げるのだった。