マリア様とココちゃんが出会い、何か問題が起きるかもしれないと考えた俺であったが。
どうやらその考えは杞憂であったようで、二人はまるで昔からそうであったように、親しく絶妙な距離を保ったまま、会話を続けていた。
俺は桜と共に少し離れた場所からそれを見つめて、うんと頷いた。
「なんか、思っていたよりも普通だね」
「そうだね。シーメル王国は獣人への差別が酷いって話を聞いてたけど、マリアさんは違うみたい」
「うん。やっぱりアリアちゃんのお母さんだから。っていうのもあるのかな」
「確かに。あるかもしれないね。二人とも落ち着いてる感じだし。あんまり人を悪く言う様な感じしないもんね」
「あー。そう言われると、そうだね」
ごく当たり前の話と言えば、当たり前の話であるが。
人を悪しきざまに言わないというのは、当たり前の様でかなり難しい事なのだ。
しかし、アリアちゃんにせよ、マリア様にせよ、その辺りは当たり前の様にやっている。
森で聞いた、マリア様が憎しみに囚われているというのは何の話だったのか。
(マリア様)
『はい。なんでしょうか? あなた様』
(マリア様のお体は、大丈夫そうですか? 怒りや憎しみなんかを封じたと言っていましたが)
『えぇ。私は確かに荒ぶる感情を封じたのですが……今はそんな感情よりも、自分に冷たく当たらない人達との交流が楽しいのだと思います』
(なるほど?)
俺が疑問を含めながら頷くと、マリア様は俺の中でクスリと笑って、マリア様の事情を話してくれる。
『私はかつて、周囲に居る人々から疎まれて生きていたのです。蔑まれ、唾を吐かれ、暴言を浴びせられて……悪い時には殴られたり、蹴られたりと』
(……)
『あなた様?』
(マリア様。今度、マリア様にその様な事を行った者を教えて下さい。今更な話ではありますが、このままというのは俺も許せない)
どこか寂しそうな声で、悲しい過去を話すマリア様に、俺は強い怒りを感じてマリア様に犯人を教えてもらおうとした。
しかし、マリア様は何故か嬉しそうな声で、俺に応える。
『あなた様。私はその様にあなた様が考えて下さる。私の事を思って下さるだけで十分なのです。もっと早くあなた様に出会いたかったという想いは確かにありますが、あなた様がその様に仰って下さるだけで、私の胸にある澱みは消えてゆきます』
(マリア様……)
『怒りも、悲しみもあります。ですが、それ以上に喜びがあるのです。私を同じ人として扱って下さる。それだけで、どれほどの喜びを感じるでしょう。きっと私の体も同じです。あなた様や妹様。そして、ココ様。皆さまへ、喜びと、愛情を感じています』
(少しでも……マリア様の痛みや苦しみが、喜びに変わってくれればと、俺も願いますよ。あなたも、あなたの体も。同じ様に)
俺はマリア様の体を見つめながら、小さく息を吐いた。
マリア様は想像よりも悪い状態では無かったが、想像よりも悪い状態であったらしい。
まったく嫌になる。
「お兄ちゃん?」
「ん? どうした? 桜」
「なんか、怒ってるみたいだったから。何かあったのかなーって」
「あぁ。ごめんごめん。ちょっとね。マリア様の話を聞いてさ」
「話?」
「そう。昔、マリア様は生前多くの人にイジメられていたらしい。そして、たった一人、マリア様を愛してくれたアリアちゃんを奪われて、殺されたんだって」
「……酷い話だね」
「まったくだ」
俺は桜の呟きに頷いて、再びココちゃんと楽しそうに話をしているマリア様の体を見やった。
俺達にとっては当たり前なこんな時間が、マリア様にとっては何よりも素敵な物なのだろう。
その気持ちに。そんな感情に、俺は拳を握りしめて、自分の中に生まれた怒りを握りつぶす。
マリア様もマリア様の体も、きっと俺の怒りを望んではいないから。
だから、マリア様の体がせめて喜ぶようにと俺は桜にお願い事をすることにするのだった。
「なぁ。桜」
「なぁに?」
「今日は、家族みんなで食事をしようか」
「そうだね。それが良いかも」
「喜んでくれると良いけどな」
「うん」
俺は桜と短く言葉を交わし合いながら頷く。
そして、俺はこのまま二人を見つめていようと思ったのだが……。
「そういえばさ」
「うん?」
「家族団らんをするのなら……お兄ちゃんにはやらなきゃいけない事があるよね?」
「……そうだな」
俺は忘れていた訳ではないが、再び思考の中に戻って来たフィオナちゃんとリリィちゃんに説明しなければいけない案件を思い出した。
そして、桜にココちゃんとマリア様の事をお願いし、シーメル王国の家に戻るのだった。
戻って早々に二人を探しに行こうとしていたのだが……どうやらその必要は無いらしく。
フィオナちゃんとリリィちゃんは、シーメル王国の家の三階にある暫定俺の部屋にいるのだった。
「おかえりさない」
「待ってたんですよ。リョウさん」
二人はニッコリと微笑みながら俺を迎え入れる。
大変可愛らしい笑顔であるが、その笑みにはとても強い恐怖を感じるのだった。
俺は二人が座っているソファーの正面に座り事情を話すべく口を開こうとした。
しかし……。
「ねーねー! なんか面白い話聞いたんだけど! リョウさんが女の人連れ込んだって本当!?」
「ちょ、ちょっと。モモちゃん。言い方が」
俺の部屋の扉を破壊する様な勢いでケラケラと笑いながらモモちゃんとリンちゃんが飛び込んでくるのだった。
厄介な事になった。
非常に厄介な事になった。
だが、しかし。逆に考えれば非常に都合のいい展開になったとも言える。
なにせ、モモちゃんとリンちゃんにも事情を話そうとしていたのだから。
というワケで、俺は二人も部屋に招き入れて、ソファーに座って貰う。
俺は座る場所が無くなった為、部屋の中に置いてあった椅子を持ってきて、二つのソファーの横に置いて、話をするのだった。
「えー。まず最初に。あの女性は俺の恋人でも、結婚相手でも何でもありません」
「へー」
「そうなんだー」
「嘘じゃないから。だいたいこんな事で嘘を吐いてもしょうがないでしょ」
「ま。そりゃそうだね。それで? そのリョウ君が連れ込んだ人って、どういう人なの?」
「モモちゃん。言い方に気を付けないと」
「良いじゃないの。で? どうなの?」
茶化す様なモモちゃんの良い方に、助かったと感謝しつつも、どこか軽い空気の中で俺は口を開く。
「まず、これから話す話は他言無用でお願いしたいんだけど」
「お。何か色々ありそうな感じ」
「実は、あの人は……アリアちゃんのお母さんなんだよ」
「へー。アリアちゃんのお母さんと良い仲になったの? リョウ君」
「なってない。なってない。諸事情で預かってるだけ」
「ふぅん」
「面白くないなぁーっていう顔止めてね」
「いやー。でも、それなら何で他言無用で。なんて言ったの? 浮気だから?」
「違うよ」
俺は話に付いてくる事が出来ていないフィオナちゃんとリリィちゃんをさらに置き去りにして、衝撃的な話を放つ。
「アリアちゃんのお母さんは、既に亡くなっている方なんだよ」
「そうなのですか?」
「うん」
「まさか、死者が死者のまま動き回るとは……その様な事が起こるのですね」
「確かに。聞いたこと無いよね。リンは、聖女の力で何とかそういう事って出来るの?」
「いえ。不可能です。聖女の力はあくまで人を癒す事しか出来ませんから。命が絶たれているのなら、動くはずがありません」
リンちゃんの言葉は非常に分かりやすく、そして当然とも言える様な話だった。
その話に俺もモモちゃんも頷いていたのだが、衝撃が遅れてやってきたのかフィオナちゃんとリリィちゃんが、ややしてから叫び声を上げるのだった。