シーメル王国からスタンロイツ帝国のシナード領へ向かう依頼であったが、シーメル王国を出てから丸一日。事件らしい事件は起きていない。
たまに子供たちが元気すぎて、何処かへ走って行ってしまう事もあったが、俺とヴィルヘルムさんが走り回る事で何とか誰も居なくなることなく旅は続いていた。
しかし、ヴィルヘルムさんの言葉によれば本番はここからである。
「もうそろそろ森が見えてきて、そこから先はスタンロイツ帝国の領土に入ってるからな。ここからは何が起きてもおかしくはない。気を付けるんだぞ」
「……スタンロイツ帝国というのはそんなにも危険な国なんですか?」
「まぁ、そうだな。正直な所、世界に多く存在する国の中でも、最も敵に回してはいけない国だ」
「それほどですか」
「理由は色々とあるが、一番大きいのは帝国の魔女と呼ばれる魔法使いの存在かな」
「魔法使いですか? それは魔術師とは違うんですか?」
「あぁ。何せ魔術ってのは魔法使いの使う魔法を人間が使おうとして生み出された物だからな。模造品なんだよ。だから威力も範囲も効果も、何もかも桁違いだ」
「それほどですか」
「あぁ、それほどだ」
ヴィルヘルムさんは大きく頷くと、遠くに見える山を指さして笑う。
「例えばだ。歴史に名を残すような偉大な魔術師なら、あの山にある全ての木をたった一つの魔術で燃やす事が出来る」
「すさまじいですね」
遠くに見える山はかなりの大きさと広さがあり、生半可な力では全ての木を燃やすことなど出来る事では無いだろう。
無論、色々な条件が重なれば別だろうが、そういう話では無いだろうし。
「しかし、だ」
「……?」
「魔法使いが魔法を使えば、あの山がこの世界から消失する。どういう魔法を使うにせよ。この景色から山そのものが消える事になるだろうな」
「……いや、冗談ですよね?」
「冗談みたいな話だがな。真実だ。魔法と魔術にはそれだけ大きな違いがある」
俺は思わず言葉を失ってしまいながら、頭の中に魔法を使う魔法使いを描いた。
箒を持って、その箒を向けた先からビームの様なものが出て山を吹き飛ばすのを。
まるでアニメみたいな姿だが、それがこの世界における魔法使いの真実なのだろう。
「なるほど、魔法使いですか……それは出会いたくないですね」
「そういう事だ。ま、とは言っても、帝国の魔女はあまり帝国の領土を離れないらしいし、出会う事は無いと思うけどな」
「それは良かったです」
とは言いつつ、一応警戒は必要だろう。
俺は、魔女なる存在について詳しく聞くべくヴィルヘルムさんに問いかけようとした。
しかし……。
「ヴィルヘルムさん。その帝国の魔女という人は……」
「ひどーい! まだそんな呼び方してるのー!?」
「「っ!?」」
その少女は、まったく気配を感じさせないまま俺とヴィルヘルムさんのすぐ後ろに立っていた。
いや、浮いていた。
星空の様に深く蒼い髪を靡かせて、童女の様に純粋な顔で笑うその少女は……戸惑う子供達の中で両腕を振り上げながら怒っているというポーズを取った。
が、リリィちゃんやフィオナちゃんと同じくらいの見た目の少女がやるには少々幼すぎており、異様な後継でもあった。
「帝国の魔女!? なんでここに!?」
「だーかーら! ジーナちゃんは、魔女。なんて可愛くない名前じゃなくて、魔法少女って名前があるの! えーい。おしおきー! ジーナちゃんぱんち!」
少女が右腕を振りかぶり、ヴィルヘルムさんに向けて放つ。
速度はない。威力も無さそうに見える。
だから、一瞬で槍を構えたヴィルヘルムさんが容易く防ぐものかと思われたその一撃は、ヴィルヘルムさんを遠くへ吹き飛ばすという異常な結果を見せた。
「ヴィルヘルムさん!」
ヴィルヘルムさんが吹き飛ばされて、子供たちが泣き叫ぶ中、俺は脅威を排除するべく刀を抜こうとした。
しかし、泣いている子供達の事や、足にしがみついてるココちゃんの事を思い出し、冷静さを取り戻す。
「君は……!」
「んー?」
「確か、魔法少女と言っていたな」
「うん。そうだよ! 魔法少女! ジーナちゃん!」
空中に飛びながら器用にもポーズを決める少女を見て、俺は背中に大量の汗を流しながら言葉を選ぶ。
「……君を呼ぶときは魔法少女ジーナ、で良いのかな」
「んー。ちょっと長いなー。うん。ジーナちゃんで良いよ!」
「そうか。ジーナちゃん」
「うんうん。何かなー?」
「ジーナちゃんは俺たちに何か、用があるのかな? 帝国の領土へ侵入したから迎撃しに来た、とか」
「ぜーんぜん。興味なーい。ジーナちゃんは人間同士の事になんかまるで興味ないよっ!」
「なら、なぜ」
「えー? だってーお空をお散歩してたら、ジーナちゃんの悪口言う人がいたから、メッ! ってしに来たの!」
「悪口?」
「うん。そうだよー! 帝国の魔女ってやつ! 酷いよね! 全然可愛くない呼び方! ぷんぷん!」
「そう、か。それは申し訳なかった。俺もヴィルヘルムさんもジーナちゃんの事をよく知らなくて、噂で聞いた呼び方で呼んでいただけだったんだよ。だからこれからは気を付ける」
「なんだ! 知らなかったんだ。なら良いでしょう! 許してあげる!」
「……それは、良かった」
ジーナちゃんはふわふわと浮いたまま怒りを消して、やや大人しくなった。
そこで俺は様子を見に来たアレクシスさんや付近の獣人に目配せをし、子供たちを任せる。
俺はとにかく、この脅威を遠ざけなくてはいけない。
「あの、ジーナちゃん?」
「んー? どうしたのー?」
「いや、ほら誤解も解けたことだし。俺たちはこのまま行くところがあるから」
「そうなの? じゃあジーナちゃんも付いていくー」
「……え?」
「だって面白そうだし。あ! そうだ。あなたのお名前聞いてないね! おしえてー?」
「えー、あー……まぁ、俺は亮。小峰亮っていうんだ。リョウって呼んでくれ」
「うんうん。リョウ君だねー。じゃあ行こうか」
「……」
俺はどうするかと視線をアレクシスさんや、戻ってきたヴィルヘルムさんに向ける。
二人は無言のまま頷いた。
おそらくは俺に任せるという意味だろう。
ならば……。
「わかった。じゃあ一緒に行こうか」
「うんうん。それが良いと思うよ!」
満面の笑みで喜ぶジーナちゃんを見ていると、なんだかフィオナちゃんやリリィちゃんと話しているみたいな気になるが、相手は山を一撃で吹き飛ばす魔法使いである。
油断はしない方がいいだろう。
と、それはそれとして。
俺は足にしがみついているココちゃんを見つめる。
「ココちゃん。危ないから、向こうで他の子と一緒に行こう?」
「……」
一生懸命しがみつきながら首を振るココちゃんに、俺はどうしたものかと考えていたが、結局魔法使いであるジーナちゃんが暴れれば近くでも多少遠くても変わらないかと諦めるのだった。
そして、ココちゃんを安心させる様に頭を撫でて、腕が緩んだところで抱き上げる。
イザという時に走って逃げられるように。
「じー」
「ん? どうしたの? ジーナちゃん」
「えー? いいなーって思って」
「何が?」
「その子」
ジーナちゃんがココちゃんを指さし、ココちゃんは怯えたように顔を隠した。
俺もそんなココちゃんを抱きしめながら警戒しつつジーナちゃんに再び問う。
「羨ましいっていうのは、こうやって抱き上げてほしいって意味かな?」
「ちーがーう! そっちじゃなくて、その子! 褒められてたでしょ! いい子いい子ーって!」
「……いや、俺がジーナちゃんにやるのはちょっと違うから」
「えー!? 良いじゃん良いじゃーん!」
「じゃあ、その内、機会があったらね」
「ホントにー!? 約束だよー! やーくそく! やーくそくぅ!」
元気にはしゃぐジーナちゃんを見ながら、服を強く掴んで警戒しているココちゃんを抱き上げて、俺は要らん約束をしたかなと考えるのだった。