お風呂を貸して欲しいと言ってきた少女、ミリーちゃんの話を聞いて、このまま放置というワケにはいかなくなってしまった。
別に何かをしなきゃいけないって事は無いのだが、このまま見捨てておくというのも気分が悪い。
別に世界中の人間を救わなきゃいけないって事は無いだろうが、目の前に倒れている人を無視して進む様な人間にはなりたくないのだ。
「ミリーちゃんはさ」
「はい?」
「このままで良いの?」
「このまま、というのは」
「このまま体を売って生活するのをさ。街道で仕事をしているのは、別に好きでやってる訳じゃないんだろう? 危険も多いし、デメリットも多い」
「まぁ……そうですね」
「その上でさ。そのままの生活を続けるのは問題ないのかなって気になるんだよ」
「……リョウさん」
「俺の悪い癖だっていうのは分かってるけど、このままには出来ないよ。俺はフィオナちゃん達のお兄ちゃんなんだからさ」
「はぁ……」
フィオナちゃんは俺の言葉に深いため息を吐く。
そして、もう口は挟まないと手を横に振るのだった。
そんな俺たちのやり取りを見ていたミリーちゃんはおずおずと口を開いた。
が、顔はたき火を見たまま、どこか遠くを見ている様な表情をしていた。
「そりゃ、アタシだって、このままで良いとは思ってないですよ。いつか貴族か騎士か冒険者か分からないですけど、ゴミみたいに扱われて、殺されるんでしょうし」
「……」
「でも、アタシ、バカだから……。これしか出来ないんですよ。力だって強くないから、戦う事は出来ないし」
「君の特技は? 何かある?」
「特技? こう口で……」
「違う違う。そういう事じゃなくて、料理を作れるとか、裁縫が出来るとか、掃除が得意とか。そういう事だよ」
「え、っと……料理はとりあえず食べられるモノなら……裁縫はまぁ、自分の服を縫ってるので……掃除は、ちょっとよく分からないですね」
「分からないという事は、出来る可能性もあるワケだ」
「ま、まぁ……それはそうなんですけど。って、これ、何の話なんですか?」
「大した話じゃないよ。君を雇おうかと思ってね」
「雇う!? アタシを!?」
「そう。そして、俺が買うのは君の体じゃなくて、君の労働力だ」
「ろーどーりょく」
「俺の家の掃除をしたりとか、料理の手伝いをしたりさ。まぁ、他にも色々と仕事はあるけどね」
「なんで……?」
「何故と問われても難しいけど。君がどういう人間かを知った。そして、そのまま放置出来ないと思った。だからこその提案だ」
「えと……ごめんなさい。アタシ、本当に頭悪くて……。これって、どういう冗談なんですかね」
「冗談じゃない。俺は今、本気で君に話をしている」
「でも! アタシ、本当に、何も出来なくて!」
「今聞いた。でも、本当に何も出来ないかは試してみなきゃ分からないだろ?」
「……!」
「少なくとも。料理が出来るのであれば、料理をする前の下準備の仕事が山ほどあるよ。ウチは大家族なモンでね」
ミリーちゃんは言葉を失っている様で、呆然としたまま俺を見ていた。
俺はこれ以上ミリーちゃんに掛ける言葉は見つからず、ただ彼女の返答を待つ。
「それ、なら」
「うん?」
「それなら! もし、本当に! お兄さんが、アタシみたいな底辺のゴミを拾おうと考えて下さっているのなら!」
「……」
「アタシの妹を、救ってあげて欲しいんです!」
「妹?」
「はい。アタシと違って、頭のいい子で! きっとお役に立てますから! だから!」
ミリーちゃんは折角お風呂に入ったというのに、土下座をする様な勢いで地面に跪いて頭を下げた。
その勢いは、先ほどまでとは比べ物にならず、俺はまだまだ聞かなきゃならない事があるみたいだなと嘆息するのだった。
「妹ちゃんは今、どこに?」
「帝都で暮らしています! でも、お金が無くて、家を追い出されそうで……!」
「なるほど。じゃあすぐにでも向かわなきゃいけない感じかな。明日にも迎えに行かないと駄目とか」
「え……いや、そこまでじゃないと思うんですけど……今月分は払ってますし」
「そうか。なら、帝国について、すぐに向かうくらいで良いかな」
「え、えと……はい」
「うん。じゃあ妹ちゃんについては直接会って話を聞くとしよう」
「あ、あの!」
「どうしたの? ミリーちゃん」
「パメラは……! パメラは、雇ってもらえるのでしょうか」
「それは分からない」
「っ! あ、アタシは何をされても良いので! パメラは、パメラだけは」
「落ち着いてくれ。ミリーちゃん。パメラちゃんがどうするかは、君が決める事じゃない。パメラちゃん自身が決める事だ。彼女自身がアルルンネ帝国でやりたい事があるかもしれないし。何かやってみたい事があるかもしれない。君の意志だけで決める事は駄目だ」
「でも……」
「パメラちゃんの生活場所については分かってるよ。アルルンネ帝国に家を買うか。もしくはセオストかシーメル王国か。どこか分からないけど、どこかに君たちの住める場所を用意する。働く場所は俺の家じゃなくても良い。どこか好きな場所で探せば良いさ。君の妹さんは優秀なんだろう? なら、良い所を自分で見つけるさ」
「……リョウさんのお嫁さん。とかね」
「茶化さないの!」
俺は空気が明るくなってきたからか、言葉を差し込んできたフィオナちゃんに注意をする。
勘弁してくれ。
ここにきて、また結婚だなんだという話を増やしたくはない。
「とにかく、だ……君たち姉妹の住む場所は俺が用意する。君たちの食事も服も。そして、必要であれば仕事も用意しよう。だが、どれを選ぶかは君たち自身だ。例え姉妹だったとしても、そこに踏み込んではいけない。いいね?」
「は、はい……」
「よろしい。では夕食を食べたらよく寝ると良い。明日はアルルンネ帝国に向けて歩くからね。途中で疲れて倒れちゃうと大変だ」
俺はミリーちゃんに笑いかけ、テントで寝るように促した。
が、ミリーちゃんはそれを拒否し、俺の傍で寝ると言うのだった。
仕事は要らないと言ったのだが、朝起きたら全部夢だったら怖いからと言われてしまえば断れない。
というワケで、俺は本当なら外で寝るつもりだったのだが……ミリーちゃんとフィオナちゃんと三人で寝る事になったのである。
ミリーちゃんは横になってすぐにスゥスゥと小さな寝息を立てながら眠り始めてしまい。
そんなミリーちゃんを見ながら苦笑して、俺はミリーちゃんの頭を撫でた。
「……また家族が増えますね」
「まぁ、そうだね」
「この調子で女の子を百人くらい集めますか?」
「いや、別にそれを望んでいるわけじゃないからね」
「はいはい。そうですね」
欠片も心がこもっていない同意を受けながら、俺は小さくため息を吐いた。
どうしてこうなってしまったのか。
本当に、ただ困っている子を何とかしたいと考えていただけなんだけど……。
「……ぱぱ」
しかし、やはりというか。
抱きしめた小さな命から、縋る様な声が聞こえ、俺の服をギュッと掴む姿を見てしまえば……この手を放す事など出来ないのだ。
どうしようもない人間だなと思いながらも、こういう自分を気に入っている俺も居る。
何とも複雑怪奇な気持ちである。
が、今は無理でも、いつかミリーちゃんが笑顔で良かった。この道を選んで良かったと言える日が来れば。
それこそが何よりも嬉しい事なのだと、俺は思うのだ。
しかし、その為にも、今はこの小さな信頼に応えられるように。精一杯頑張らなければならないなと気合を入れるのだった。
「……しかし、アルルンネ帝国か」
「何か不安な事でもありますか?」
「いや。ちょっと気になってね」
「そうですか」
フィオナちゃんは俺がいない方へと体を向けて小さく呟く。
「まぁ、でも。私は良いと思いますよ。二人と言わず何人でも」
「フィオナちゃん」
「仕事はいっぱいありますし。リョウさんも、それを望んでいるんでしょう?」
「さて、どうかな……どちらにしても、話を聞いてからだろうね」
「まぁ、そうですね」
アルルンネ帝国がどういう国なのか。
そして、ミリーちゃん達の様な子は他にも居るのか。
全てはそれを知ってからだ。