ミリーちゃんを抱きしめたまま夜を明かし、翌日の朝になってから俺はまだスヤスヤと寝ているミリーちゃんとフィオナちゃんをそのままにテントから外へと出た。
気持ちの良い朝である。
雲一つない快晴。
そして、山の向こうには輝く様な太陽がゆっくりと世界を照らしている。
空気も澄んでいて、深呼吸すれば冷たく心地よい空気が肺いっぱいに入ってきた。
これ以上ないくらい素晴らしい朝だと言えるだろう、
「さて、どうしようかな」
と一人で呟いてみたが、まぁやることは決まっている。
フィオナちゃんもまだ起きてこないだろうし。一人の時間は鍛錬だ。
とにかく自分を鍛える事に全力を注ぐべきだろう。
というワケで、俺は神刀を抜いて基本の型を繰り返す事にした。
強くなる為には、基本のキこそが何より大切であり、基本の積み重ねが俺を強くするのだ。
であれば、毎日基本を続ける事は何よりも正しいという事になる。
なので、俺は今日も今日とて神刀を振り回し、力を高めてゆくのだった。
そして、起きてからそれなりの時間鍛錬をしていた俺であるが、フィオナちゃんが起きてきたため、鍛錬を止める事にした。
「今日もリョウさんは早起きだねぇー。そして今日も訓練と、真面目だなぁ」
「真面目。というか癖みたいなもんだよ。習慣とも言うかな」
「ふぅん」
「こういう基本の積み重ねが大切なんだ。フィオナちゃんもやってみるかい?」
「遠慮しておきます。私は朝食の準備もあるし」
「朝食なら俺が作っても良いけど」
「これは私の仕事だから! ほら、リョウさんは水浴びでもしてきなよ。汗流したんでしょ」
「そうだね。じゃあ、後はよろしく」
「うん。ゆっくりで良いからねー」
フィオナちゃんは手をヒラヒラと振って、俺を送り出すと火の準備を始めた。
寝起きですぐに朝食の準備を始めるとは真面目だなぁと思いながら、俺は近くにある川へと向かうのだった。
そして、川に飛び込みながら汗を落として、軽く体を拭いてから服の汚れを取る魔道具を使い、再び着る。
だいぶ簡単に済ませてしまったが、まぁこれで十分だろうとも思う。
旅での水浴びなら汚れが取れる程度で良いのだ。
どうせすぐ汚れる事になるし。
王族や貴族の人と会うことがあるのなら、その前にしっかりとした場所で身を清めればいい。
というワケで、サクッと水浴びをしてテントへと戻ったのだが、テントは少々困った事になっている様だった。
何故なら、すでにミリーちゃんが起きており、くるくるとテントの周りを歩き回りながら、何かを探していたからだ。
何かというのはまぁ、俺の事だろう。
「っ! お兄さん!」
「やぁ。ミリーちゃん。おはよう」
「どこに行ってたんですか!? やっぱりアタシの事、嫌になっちゃったんですか!? それとも……!」
「大丈夫。大丈夫。落ち着いて。昨日の夜から意見は変わってないよ。ちゃんとミリーちゃんの面倒もパメラちゃんの面倒も見るから、大丈夫」
「ほんと……?」
「本当だから。ちょっと水浴びをしてきただけだよ」
かなり動揺していたのか、俺の服を掴んで叫んでいたミリーちゃんは俺の言葉を聞いて、ひとまず落ち着いたようだ。
たった一日で随分と懐かれたものだなと思う。
「さ。朝食にしよう」
「あ……」
「どうしたの?」
ミリーちゃんは俺に微笑みかけた後、ふらっとふらついて、そのまま俺にもたれかかった。
俺は咄嗟にミリーちゃんを支えたが、ミリーちゃんは自分で立っていられない様で、俺に寄りかかったままである。
「あ、はは……なんか、安心したら、力抜けちゃいました」
「しょうがない子だね」
「きゃっ」
俺はミリーちゃんをそのまま抱き上げると、朝食の準備をしてくれているフィオナちゃんの元へと向かった。
ミリーちゃんを抱き上げたまま歩いてきた俺に、フィオナちゃんは非常に微妙な視線を向けてきたが、ミリーちゃんは一人で歩けなかったのだから仕方ないだろう。
そんな目で見ないで欲しい。
「あら。もうお嫁さん候補にしたんですか?」
「そういう話は止めてね」
「お、お嫁さん!? で、でも、アタシ。そんな……! 良いんですか? アタシなんかで……? あ、でも、よく使っている人からは良い具合だって……」
「ミリーちゃんも。良いから。昨日も言ったけど、俺は君にそういう事を求めてはいないんだ」
「そんなにアタシって魅力ないですか?」
「そういう話じゃないんだよ」
俺は頭を抱えながらたき火の前にしゃがみこんだ。
どうにも価値観が違うというか。ズレているというか。
いや、俺の考えが正しいってわけじゃない。ただ、ミリーちゃんの生きてきた世界と俺の世界が違うだけだ。
ミリーちゃんの世界を否定してはいけない。
少しずつで良い。
少しずつ分かり合っていければ良いのだ。
「ミリーちゃん。俺はね。ミリーちゃんに幸せになって欲しいんだよ」
「しあわせ?」
「そう。幸せだ。ミリーちゃんが大好きな人と、ミリーちゃんを大切にしてくれる人と、二人の関係を大切にして生きてほしいんだ。そう願っている。だからその為の場所も用意するし、出来る限りの協力をする。これは俺の身勝手な願いだから、ミリーちゃんが俺に何かを返す必要は無いんだ」
「でも……良いんでしょうか」
「良いんだよ。ミリーちゃんは今までずっと頑張ってたんだ。だから、運良く俺がミリーちゃんを見つけた。そして、ミリーちゃんの話を聞いて、ミリーちゃんに何も怖くない場所で生きてほしいと願った。ただ、それだけの話なんだよ」
「……」
「今、ミリーちゃんの前にある幸運はミリーちゃん自身が掴んだ物なんだ。だから、何も気にしなくて良いんだよ」
言い聞かせるように、俺は言葉を尽くした。
俺の身勝手に心を砕く必要は無いのだと。
ただ、ミリーちゃんの頑張りが引き寄せた幸運なのだと。
そう告げて、ミリーちゃんを抱えたまま、ミリーちゃんと共に朝食を食べるのだった。
そして、朝食を食べ終わってから俺たちはアルルンネ帝国へ向けて歩き始めた。
街道を進んで、と言っていたが、俺たちが目的としていた国とは違う道へと進む様で……分かれ道を北の方へと進むことになる。
「依頼は大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。まだまだ日にちはあるから。ちょっと寄ったくらいなら何も問題は無いだろうさ」
「なら、まぁ、ちょっとのんびりとしますかね」
「そうだねぇ。もしかしたらかなり時間が掛かるかもしれないしね」
「……?」
俺とフィオナちゃんの話をミリーちゃんは不思議そうな顔をして聞いていた。
が、アルルンネ帝国の方へ向かうと分かってからは元気そうな笑顔になり、案内すると前に飛び出すのだった。
まぁ元気になったのなら良いかと俺はフィオナちゃんと共に街道を進み、アルルンネ帝国へと足を向けた。
そして、だいたい一日くらい歩き、遂に道の先に巨大な城壁を見つけるのだった。
「これが、アルルンネ帝国かぁー」
「結構大きい城壁だねぇ。この辺りは魔物も少ないだろうに」
「帝国ってことは他国と戦争しているんだろうしさ。そっちの対策じゃないかな」
「ナルホド。あんまり好きになれそうにない国だなぁ」
「それは俺も同感」
アルルンネ帝国全体の大きさは分からないが、帝都がこれだけ大きな城壁を築いているのなら、全体としてもかなり大きいのかもしれない。
なんて思いながらミリーちゃんの案内で城門の方へと足を向けた。
「おっと、帝都へと入るのなら身分を示してもらおうか」
「えぇ。俺はセオストの冒険者ですよ」
俺はミリーちゃんとフィオナちゃんの前に出て、冒険者の証を見せる。
城門を守っていた男たちはフンと鼻を鳴らしながら俺の身分を確認した。
そして、すぐに俺の後ろに居る二人へと視線を向ける。
「そっちの二人は?」
「俺の仲間」
「仲間ァ? 金で買った女か?」
「ギャハハハ。なぁ兄ちゃん。俺にも抱かせてくれよ。いくらだ?」
「そういうのは良いから。問題ないならさっさと通してくれ」
「チッ。面白くねぇ小僧だ。ほれ、通れよ」
「あぁ」
俺はミリーちゃんとフィオナちゃんを先に行かせ後から城門を通ろうとした。
だが、どうやらタダで通してくれるという事は無いらしく、ニヤニヤと笑う男たちは剣を抜き、俺とフィオナちゃん、ミリーちゃんの間に入るのだった。
「悪いが、今この瞬間にお前は通行止めになった」
「女どもが俺たちが貰うぜ」
「ハァ」
碌な国じゃないな。
俺は心の中で呟いて、神刀を抜くのだった。