ジーナちゃんの魔法にてシーメル王国へと戻った俺たちであったが、俺たちを待っていたのは満面の笑みを浮かべた桜であった。
輝くような笑顔を浮かべたまま、可愛らしい口を動かして愛らしい声を紡ぐ。
「おかえりなさい。お兄ちゃん」
恐ろしいほどの圧と共に。
「……」
俺は桜の圧に言葉を失ってしまったが、桜は少しも止まらない。
何も変わらない可愛らしい笑顔で同じ言葉を繰り返すだけだ。
「おかえりなさい。お兄ちゃん」
「あ、あぁ……ただいま」
俺は兄としての威厳を保つために、必死に体を動かして言葉を紡ぐ。
もはや威厳など少しも残っていないかもしれないが、それでもと言葉を向けた。
ここで情けない姿を見せてしまっては桜が失望してしまうだろうから。
桜の隣で呆れた様な顔をしているリリィちゃんの目が冷たくなってしまうだろうから。
俺は必死に体を動かして兄としての姿を見せるのだった。
しかし、その努力もむなしく、桜は特大のため息を吐くと俺の後ろにいたドロシーさん達を見やる。
そして、スッと目を細めた。
「お兄ちゃん。ちょっと」
「え?」
「ここじゃ話せないから。ちょっと」
「あ、あぁ……」
小さな手を動かして、こっちへ来いと示す桜について、隣の部屋に向かった俺はいきなり足を思いきり踏まれてしまった。
そして、我慢の糸が切れたとでも言うように叫ぶ桜に多数の言葉をぶつけられる。
「信じらんない! 何!? あの人たち! どういう格好してるの!? 」
「これには理由があるんだ」
「どういう理由があるっていうのさ!」
「彼女たちは苦しい立場にあって、仕方なく体を売って生活していたんだよ」
「それで? お兄ちゃんはそういう人たちがカワイソウだからって家に連れてきたってワケ!?」
「いや、まぁ……そうなんだけど」
「信じらんない!! 別にそういう生活をしている人たちはあの人たちだけじゃないでしょ? それであの人たちだけ救ってどうするの?」
「少なくともドロシーさん達は救われるだろう?」
「自己満足だよ! そんなの!」
「まぁ、その通りだな」
桜のいう事は何も間違えちゃいない。
これはただの自己満足だ。
何の言い訳もない。真実その通りである。
「でもさ。俺はずっとそうなんだよ。これまでも、これからも、ずっとそうだ」
「……」
「シーメル王国の子供達も。リリィちゃんもフィオナちゃんも、ココちゃんも同じだ。俺は世界中に同じような苦しみを感じている人が居る事は知っていても、知り合って助けたいと願った子だけを助けようとしている。あの雪の日に桜を拾ったときから、ずっと変わらない」
「っ、ずるい」
「そうだね。お兄ちゃんはズルい」
桜が唇を尖らせながら俺に寄りかかるのを受け止めながら俺は苦笑する。
桜にはいつも迷惑をかけているなと。
「我儘なお兄ちゃんでごめんな?」
「ホントだよ」
「桜にはいつも助けられているよ」
「……なら、さ」
「うん?」
「お兄ちゃんは、ずっと桜の傍に居てよ」
「当然だろ? 俺は桜のお兄ちゃんなんだから」
「なら、良い。許してあげる」
「ありがとう。桜」
俺は寄りかかってきた桜をギュッと抱きしめて感謝を告げる。
そして、落ち着いてから桜と共にドロシーさん達が待っている部屋に戻るのだった。
「無事だったんだ。てっきりサクラちゃんに殺されちゃったかと」
「許してもらったよ」
「今回だけね」
「今回だけを繰り返して、その内女の子が百人くらいに増えてそう」
「それは正直、もう覚悟してるから」
諦めた様な声色で呟く桜に、そんな事ないよ。と言おうとしたが……正直その可能性もそれなりに残っているため、余計な事は言わないでおいた。
ここで妙な事を言っても、後々に自分の首を絞めるだけだろうからだ。
というワケで桜の説得も無事完了し。
ドロシーさん達の事情を聴く事にした。
が、まぁ。俺はある程度の事情を知っているため、主に桜達に情報を連携する為である。
「ナルホドね。確かにお兄ちゃんが好きそうな、カワイソウな女の子達って感じだね」
やや嫌味が含まれている桜の言葉にドロシーさんがピクリと笑顔のまま僅かに表情を引きつらせる。
「カワイソウ。なんて言われる筋合いはないのだけれど」
「そう? でも、お兄ちゃんが来なかったら騎士の宿舎で殺されてたんでしょ? ならカワイソウ。なんじゃないの?」
ドロシーさんの言葉をさらりとかわして桜はさらに追撃の一手を放つ。
しかし、ドロシーさんも負けておらず、桜に言葉を打ち返すのだった。
「それを言うのなら、貴女はどうなのかしら。お兄さんが居なくても生きていけるの?」
「生きていけるワケ無いじゃん。それが何か? もしかして言い返したつもり?」
「ずっと甘えて生きてきた貴女に、私たちの生き方をどうこう言われたくないわ」
「あら。そう。プライドって奴? まぁ、良いけど。気に入らないって言うのなら、帰れば良いじゃん。プライド抱えて殺されに行けば?」
「偉そうに。経験も無いような小娘が」
「愛情のない経験を誇られてもねぇ。笑っちゃうけど。それが貴女のプライドってワケ」
「あら。ごめんなさい。そっちの経験を誇ったワケじゃなくて、何年もお兄さんと一緒に居るのに、手を出して貰えない貴女の貧相さを笑っただけだったの」
「チッ。お兄ちゃんがお前みたいな嫌味な女に興味持つワケ無いじゃん。黙ってろよ」
「鏡を探しているのなら借りてきましょうか。貧相なお嬢さん」
バチッと弾ける様な音が聞こえた様な気がするほど、強い目で睨み合う二人に俺はため息を吐いた。
相性は最悪という所だが、桜が元気に言い争いを出来る程度には、良い相手とも言える。
たまには喧嘩が出来る相手も必要だからな。
なんて考えていたら部屋の扉がガチャリと開いて、一人の少女が部屋の中に入ってきた。
「……あ、おはなし、してた? ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。ちょうど、これから一緒に住む女の子達と話をしててね」
「そうなんだ」
ココちゃんはなるほどと頷くと、テテテとドロシーさん達の前に移動した。
そして、ペコリと頭を下げて口を開く。
「はじめまして。ココ、です」
「……」
ドロシーさん達はココちゃんを見て、驚愕に目を見開きながら固まっていた。
まだ悪意は見えないが……獣人を疎んでいる人間は多い、合わせたのは失敗だっただろうか。
そんな事を考えながらココちゃんを急いで部屋から出すかと、動こうとした瞬間、ドロシーさんが動く。
「か……」
「か?」
「かわいいぃぃぃいいい!! ココちゃん? ココちゃんって言うのね? 私はドロシー。言えるかしら。ドロシーお姉さんよ」
「ドロシー。おねえさん」
「きゃぁあああああ! なんて可愛いの。もふもふ! すべすべ!」
ドロシーさんは悲鳴の様な歓喜の声を上げてココちゃんを抱きしめると、そのまま喜びの感情を示し続ける。
その、あまりにも予想外な姿に、俺は腰を浮かせて行動しようとした姿のまま固まっている桜と目を合わせた。
これまでココちゃんには何度か愛情を伝えていたが、俺や桜のソレは物静かな物で、ここまで激しい愛情を示した人はドロシーさんが初めてであった。
だから、俺も、桜も……そしてココちゃん自身も、この状況に戸惑いながら動く事が出来ないのだった。
「ねぇ。ココちゃん。私の子供か妹になってくれないかしら?」
「ココは、お兄ちゃんの妹だから」
「あら。そうなの? なら何も問題は無いわね。私はお兄さんの家族になるんだから。これから一緒。お願いね」
「そうなんだ。よろしく、おねがいします」
「きゃあぁぁああぁ。なんてお上手なの! 素晴らしいわ! ココちゃんはとても頭が良いのね!」
「え、へへ。ココ。頭が良い」
しかし、何だろうか。
ココちゃんがとても嬉しそうだし。これはこれで良いかと俺は頷くのだった。
背後から「家族?」と囁く様な声に意識を向けないようにと頑張りながら。