俺が熱い思いを姫君に伝えていると、どこからともなく誰かの笑う声が響いてきた。
何だろうかと周囲を見渡すと、俺たちが入って来た入り口とは反対側……俺の座っている場所の後ろ側から一人の男が扉に寄り掛かりながら笑っている。
勝手に入って大丈夫なのだろうか、と一瞬不安になったが、よく見て見れば、最初に姫君に会った時にしていた姿と同じで……。
しかもよく見れば姫君と同じ顔立ちをしていた。
つまりは姫君の双子の兄であろう。双子なだけあり、よく似ている。
「ハッハッハ。いつもの依頼の話にしてはやけに長いから気になって来てみれば、中々面白い話をしているじゃないか? ミーシャ。父上」
「ディルクか。客人の前だぞ」
「これは失礼いたしました。冒険者殿。私はデパルダム王国、第一王子ディルク・フィー・デパルダムと申します。貴殿の名をお伺いしても?」
「自分はリョウ。冒険者です」
「リョウ……? はて、何処かで聞いた様な名ですね。よく聞くような名でもありませんし。どこで聞いたか……あぁ! 思い出しました。もしや貴方はセオストの冒険者では?」
「えぇ。確かに」
「では貴方が噂の。新しい英雄ですか」
「そこまで凄いモノではありませんけどね」
「なるほど。実力も精神性も高い。上手く象徴にされましたか。貴方は苦労が多そうだ。気苦労お察ししますよ」
肩を竦めながら歩くディルク殿下に俺は首を傾げる。
象徴にされた、とはどういう事だろうか?
「ディルク」
「良いでしょう。父上。彼も知る権利くらいはある」
「しかしな……」
「まぁ貴族の恥という考えは分かりますが、何も知らぬ者を利用するのは悪以外の何物でもありませんよ。我々は王族。清く正しく見える様にしなくてはね」
ディルク殿下は軽い調子で話しながら俺たちが座っていたソファーの近くまで来ると、持っていた簡易な椅子に座り、足を組んだ。
実に様になっているのは、彼が普段からそうしたポーズで話をしているからだろうか。
「さて、冒険者リョウ殿……と、そちらの麗しい姫君は?」
「あぁ、同じチームのフィオナちゃんです」
「なるほど。同じチームという事は冒険者……? いや、しかし。その様な荒事をしている様には思えませんね。とてもお美しい。どうでしょうか。私の妻として王宮で生活をする気はございませんか?」
「いえ。私などは、普通の庶民ですから。王宮での生活なんて出来ませんよ」
「なるほど。しかし、愛妾という立場であれば、面倒な政務などはありませんが?」
「申し訳ございませんが。私は、地位や名誉にはあまり興味が無くて。私を一心に愛して下さる方が好みなんです」
「であれば、何も問題はありません。私は貴女を心から愛すると誓いましょう」
フィオナちゃんはニコニコと微笑んでいたが、おそらくは面倒だなぁという感情を持っている様に見えた。
まぁ、真実面倒なのだろう。
なら、ここは兄として止めるべきかと俺は声を上げようとしたのだが、俺が動く気配を感じたのかフィオナちゃんは一瞬俺を見てから、フッと笑う。
「分かりました。そこまで仰るのなら、私も一つだけ条件を付けましょう」
「愛の試練という事ですね。分かりました。見事に打ち勝ってみせましょう」
「では、リョウさんに勝ってください。正面から一対一で」
「な……なるほど。これは手厳しい。いや、ホントに。本当に? リョウ殿に勝て、と?」
「えぇ。勿論です。これは最低条件ですね」
ディルク殿下は俺を見て、うーんと唸ってからフィオナちゃんに視線を戻した。
が、フィオナちゃんは一切条件を緩めるつもりはないと、ツーンとした表情をしている。
「これは降参だ。流石に私も英雄に勝てると思う程自惚れてはおりません。非常に惜しいですが、貴女様の事は諦めましょう」
「ありがとうございます」
「いや……しかし。姫君の条件が無かったとしても、個人的にはリョウ殿の力は気になりますな。どの程度の相手と戦った事があるのでしょうか?」
「どの程度……と言われると難しいのですが、ヤマトの侍……は分かりにくいですか」
「夕ご飯のお肉が足りないので、ジャイアントボアを狩ってくるね。と言って、単独で狩りきるくらいの人ですね」
「なんと……! ジャイアントボアを、そんなちょっとした散歩の様な感覚で……! それはまた」
ディルク殿下はやや引いた様な顔をしながら頷いていたが、そこで「ん?」と何かに気づく。
「今のお話では。姫君とリョウ殿は一緒に生活をしていると……あ、いや。冒険者であればその様な事も……」
「えぇ。リョウさんの家にお邪魔しています。同棲という奴ですね」
「なるほど。姫君とリョウ殿は恋人……もしくは夫婦のご関係でしたか。これは失礼を。美しい方を見るとつい声をかけてしまうのですが、愛する方が居る御方に手を出す様な愚か者ではございませんので、深く謝罪をさせていただきたい」
「あ! いえいえ! フィオナちゃんは妹の様な子なので。夫婦とか恋人とかではありませんよ」
「あぁ、そうでしたか。では先ほどの試練も納得ですね。兄たるもの。妹の結婚相手には強くあって欲しいですからな。自分よりも」
「えぇ。それには非常に同意です」
「もう……お兄様」
「まさかリョウさんと同じ様な気持ちの方が居たとは……」
俺はミーシャ様とフィオナちゃんの呆れた様な声を聞きながら、ディルク殿下と握手をした。
やはり兄とはそういう生き物であると強く理解出来た瞬間である。
感動だ。
「先ほどリョウ殿のお話は少し聞いていたのですが……なんでも我が妹、ミーシャに外の世界を見せたいとか」
「えぇ。愛らしい姫君が、世界の美しさを知らぬというのは酷く残酷な事だと思いまして……つい。失礼をしました」
「いえ……! いえ! その様な事はありませんよ! リョウ殿!」
「ディルク殿下?」
「私は長く、ミーシャには堅苦しい想いをさせてきたと胸を痛めておりました。ですが、その想いを! 同じ様に感じて下さる方が居るとは! 父上もミーシャも仕方がない事だと諦めておりましたが、私は常に! 何か手段は無いかと考えていたのです!! だが、まさか! まさか!! 私と同じ『兄』という称号を持つ方が! 共鳴して下さるとは!!」
「ディルク。少し落ち着かんか。お前も貴族だろう?」
「何を恥ずかしがる事がございましょう! 父上! 兄として妹の不幸を嘆き! 幸福であって欲しいと願う! この心の! どこに、恥があるというのか! 貴殿もそう思われるでしょう!? リョウ殿! 妹を不幸にしたまま何も出来ぬ兄以上に恥じる事などないと!」
「えぇ。まったくその通りですね。しかし、ディルク殿下。たった一つ。たった一つだけ、私は殿下のお言葉を否定しなくてはいけない。妹君の為に努力し続けた貴方は恥などではない。立派な兄です」
「リョウ殿……!」
俺はディルク殿下と生涯の友となった様な心地で強く友情を交わし合った。
例え、周囲の目線が酷く冷めた様な、呆れたような物になっていたとしても!
「よもや、ディルクと同じ様な考えを持った者が居るとは……」
「そうですわね。私も驚きです」
「……私も同じ気持ちですよ。陛下。ミーシャ様」
「まぁ。フィオナ様も?」
「フィオナ。と呼んで下さい。ミーシャ様」
「であれば私も、ミーシャと」
「いえ! お姫様をその様な呼び方は! 私は本当に何もない庶民ですし。冒険者ランクも低くて……」
「ふふ。ですが、同じ、過保護で、少々困ったお兄さんを持つお友達ではありませんか」
「……ミーシャ様」
「ミーシャ。ですよ」
「えと、ミーシャ……さん」
俺はディルク殿下と共に、眼下で行われている愛らしいやり取りを無言のまま見つめていた。
そして、小さな友情が結ばれた事を確認し、ディルク殿下と再び強く手を握り合うのだった。
妹は最高だ!!