夕ご飯を食べてからミーシャ様は相当に疲れていたのかすぐに寝てしまった。
まぁ、明日もまた歩くから、体力を取り戻すためにも寝て貰った方が良いのは確かである。
しかし……あの調子じゃあ明日は歩けないかもしれないなぁ。なんて俺は夕ご飯の後片付けをしながら考えるのだった。
「あ。片付けやってくれてたの?」
「まね。俺は手が空いてたし」
「それはそれは。どうもありがとうございます~」
「いえいえ。これくらいは構わないよぉー」
なんてふざけながら俺たちは言葉を交わし、フィオナちゃんはハァーと深い息を吐きながらたき火の前に座った。
どうやら相当に疲れているようだ。
肉体的にではなく、精神的に。
「やっぱりさ。転移で移動する方が良いんじゃないかな」
「でも、顧客の要望だしね。歩いていくって言うのはさ」
「それはそうだけどさぁ! 危ないんだってアピールすれば、転移で移動してくれると思うんだよね」
「まぁ、ミーシャ様は優しいだろうしね。頷いてくれるとは思うけど……ミーシャ様はそうやって周りのお願いにずっと自分を押し殺してきたんでしょ?」
「あ……」
「良いじゃないの。歩いていくくらいはさ。ささやかなお願いだよ」
「うぅ……それを言われると困っちゃうんだけど」
「まぁ、フィオナちゃんの気持ちも分かるよ。王族とずっと一緒っていうのは緊張するしね。色々気を遣わないといけないし」
「うん……」
「厳しいなら俺が代わっても別に大丈夫だよ? 色々な事でさ」
「駄目! だって、ミーシャさん、すっごい美人だし。体だって、大人って感じだもん」
「……何の話?」
「え? お風呂の話じゃないの?」
「何故、そこだけの話になるのか……まぁ、良いけどさ」
俺はため息を吐きながら、テントで寝ている小さな気配に意識を向けつつ話を続ける。
「王族と話をしたり、一緒に居たりするのが負担なら俺が代わるよ。って話。お風呂は……まぁ、出来なくはないけど」
「駄目!」
「分かってるって。そこは一人で頑張ってもらうか、フィオナちゃんに頑張ってもらうさ」
「……うん」
「でも、そのどちらにしてもさ。フィオナちゃんの負担はそれなりに減らせるんじゃない? って話」
「でも、リョウさんは大丈夫なの?」
「まぁ、俺は何だかんだ色々な王族と話をしてきたからさ。多少なら何も問題は無いんだ」
「……強いなぁ」
「強いというよりも慣れかな。王族って言っても人間だからね。斬られたら傷つくし、大怪我をすれば命に関わる。変わらないよ」
「それって、ちょっと暴論じゃない?」
「かもね。でも、俺が言いたいのはさ。変わらないって事なんだよ。俺もフィオナちゃんも、ミーシャ様もさ。同じ人間だ」
「それには、大きな声で違うって叫びたいんだけど。まず、私とリョウさんが違うし」
「でも、同じご飯を食べて同じ様に喋ってる。同じじゃない?」
「それは……確かに、そういう所を見たら同じだけど」
「なら、同じなんだよ。怖い事は何もない。ミーシャ様に悪意は無いんだ。なら、警戒も要らないだろう?」
「うーん」
「いっそ。友達みたいな気持ちで話してみれば良いんだよ。明日はきっと今日よりもいっぱい休憩するだろうしね」
俺は思い悩むフィオナちゃんに笑いかけた。
きっと、フィオナちゃんの悩みはそれほど大きなものではないのだと。
「ま。何事もチャレンジだ。これに慣れれば、次も王族がらみの仕事が出来るよ」
「あんまりやりたくはないけどね……でも、これも実績か! 分かった! 私、頑張るよ!」
「その意気だよ!」
「うん! じゃあ寝るね!」
そして気合を入れたフィオナちゃんは俺の横にいそいそと寝袋を取り出してきた。
「何をやってるんだい?」
「え? 寝るんだけど」
「君が寝る場所は向こう。テントの中だよ」
「えぇー!? 無理無理無理! 無理だって!」
「でも、朝起きた時、一人だったら寂しいんじゃないかなぁ。一緒に旅をするって所を楽しみにしているみたいだし」
「う……。分かったよぉ」
フィオナちゃんは深いため息を吐きながら寝袋を片付ける。
そして、助けを求める様な目を俺に向けた。
「ねぇ。もし、私が酷い寝相で……ミーシャさんに迷惑かけてたら、テントから外に出してね」
「分かった。分かった。大丈夫。見てるから」
「お願いだよ?」
「大丈夫だよ」
何度も確認するように振り返るフィオナちゃんに笑いかけて、手を振った。
心配性というか、なんというか。
いや、でも普通の人はフィオナちゃんみたいな感じなのかもしれないな、とも思う。
俺が外の世界から来た人間だから貴族とかにも何も思わないだけで。
普通は貴族の事をもっと気にしているのか……?
まぁ、分からないけど。
今更変わる様なもんでも無いし。なるようになるか。
という訳で、俺も火の番をしながら軽く目を閉じて眠りに入るのだった。
翌朝。
俺は、心地よい風に目を覚まし、テントの方へと目を向けた。
一応外からテントに近づく気配は感じなかったが、テントの中には意識を向けていなかったため、現在がどうなっているか分からない。
が……どうやら、なかなか面白い事になっている様だった。
「すぅすぅ」
子供の様に丸まって、小さくなりながら眠っているミーシャ様と、そんなミーシャ様に手を回し、子供を慈しむ母の様な顔で眠っているフィオナちゃんだ。
体の大きさ的には、ミーシャ様の方が大きいのだけれど、それが逆転している姿は興味深い。
初めて外に出るミーシャ様が怯えてる気配を出し、それに反応したフィオナちゃんが安心させようと手を伸ばしたという所だろうか。
フィオナちゃんはよくココちゃんと一緒に寝ているというし。
そもそもリリィちゃんもフィオナちゃんの妹みたいな感じだし。
周りを慈しんでいるのはフィオナちゃんの本質なのかもしれないな。
なんて思いながら、二人を起こさないように俺は朝食の準備を始める事にした。
本当は朝の鍛錬がしたい所ではあるのだが、初日の朝くらいはミーシャ様の動きを把握していないと恐ろしい。
もしかしたら、凄い早起きでフラフラどこかへ行ってしまう。なんて事があるかもしれないし。
「……しかし、朝食か。朝食。どうするべきか」
そして、今日も今日とて食事に何を作るかと俺は考えるのだった。
昨日はフィオナちゃんが作ってくれた最高のスープだ。
しかし、今日もスープでは面白くないだろう。
せっかくなら、旅ならではというご飯を作りたいものだと思う。
「サンドイッチでも作るか」
という訳で、俺はせっかくだから魔物の肉のいい部分を使ったサンドイッチを作る事にした。
まずは、魔物の肉を焼いて……パンを軽く切って、肉をしっかりと挟めるようにする。
それから、新鮮な野菜をカットし、他にも様々な調味料や、具材を用意してパンに挟んでゆく。
「……んにゅ。いい、においがします」
「おはようございます。ミーシャ様」
「あ……あぁ、おはようございましゅ。リョウ様」
まだ寝ぼけているのだろう。
目を擦りながらテントから出てきたミーシャ様はフラフラとしながら歩いてくると、俺がさっと用意した椅子にペタリと座る。
その様子は何とも頼りない……というか不安を誘う物だが、座ってからはある程度安定したようだ。
フラフラと体を揺らしながらも、しっかりと椅子に座ってくれていた。
「どうしましょう。朝ごはんはもう食べますか?」
「あい……」
「分かりました。では準備しちゃいますね」
一応ミーシャ様に確認をしてから、サンドイッチを最後まで完成させて、ミーシャ様に手渡そうとしたのだが……。
「あぅ……」
寝ぼけているため、うまく掴む事が出来ない様で……。
俺は仕方ないかと、サンドイッチを持ったままミーシャ様の口に近づけるのだった。
「はい。口を開いてください。あーん」
「あーん。はむ」
「おいしいですか?」
「はむ」
そして、大きく頷きながらモグモグと口を動かすミーシャ様に微笑みつつ、餌付けを続けた。