ゆっくりと、丁寧にパメラちゃんの髪を洗い終わった俺は、次に高級な液体石鹼を使って、パメラちゃんの体を洗ってゆく。
パメラちゃんは目をキュッと閉じて緊張している様だ。
まぁ、俺にそういう事をされるかもしれないと思っているワケだし。当然と言えば、当然か。
しかし、こういう姿を見ていると、やはり俺の事をそういう対象としては見ていないというのがよく分かる。
だから付き合ったり、結婚したり、そういう事をするのはパメラちゃんが打算ではなく、心から好きになった人として欲しいと兄としては願うワケだが。
現状では中々それも難しいだろう。
まだ彼女たちにとって、前の世界で生きていた経験は今もなお現実のものとして残っているのだ。
無論、今の生活でそういう事をする必要はないが、生活に無くとも心には残っている。
そこをどうするか、が今後の課題かな。とは思っている。
「うん。終わり」
「……?」
「じゃあ後はお風呂に入ろうか。温泉みたいな見た目は気分があがるねぇ」
「え? あれ?」
「よいしょっと」
「っ!? お、お兄さん!?」
俺はパメラちゃんを抱き上げて、そのまま風呂の方へと向かった。
そして、湯に足を入れて、ゆっくりとパメラちゃんを下ろす。
無論、顔がお湯に入らない様に支えながら……だ。
「え、えと……お兄さん?」
「どうしたの? パメラちゃん」
「これから、どうなるんですか?」
「十分に温まったら、お湯を出て、体を拭いて、服を着るね」
「私と……そのするのでは?」
「無いですね」
「えっ……! えぇー!?」
パメラちゃんは酷く驚いてバタバタと暴れながら俺から離れようとした。
が、流石に危ない為、俺はそんなパメラちゃんを抱き寄せて溺れない様にする。
「危ないよ。お湯の中で暴れたら」
「っ! ご、ごめんなさい……! でも」
「でも?」
「なんで……? 私と、するんじゃないの?」
「しません」
「えっ……」
「俺がパメラちゃんに提案したのは、君を洗いたいという事だけだからね」
「で、でも! 洗って終わりなんて、おかしい!」
「おかしくはないよ」
「でも、凄い慣れてたし」
「病気の妹がいたからね。慣れているんだ。こういうのは」
「う、うぅ……」
パメラちゃんは唸りながら唇を尖らせていた。
非常に可愛らしい姿であるが、酷く不満そうな姿である為、俺はパメラちゃんの不満を解消する為に思考する。
「パメラちゃんはさ。どうして俺とそういう事がしたいの?」
「それは……」
「やっぱり対価の問題? でも、それは納得してたよね」
「うん……でも、私、お姉ちゃんに何も返せて無いから」
「……」
「だから……」
「お姉ちゃんと同じ様に、体を売って、お姉ちゃんを助けたかった?」
「……うん」
「そっか。それはまた……難しいね」
「難しい?」
「あぁ。難しいよ。とても難しい」
過去はどうやっても変えられない。
人はそれぞれの過去を持って、未来へ向けて歩いているのだから当然だ。
しかし、その過去が重みとなっている場合はどうすれば良いのか。
そんな重荷、捨ててしまえ。と関係ない人は言うだろう。
言うコトが出来る。
だが、彼女にとって、それは重荷ではなく、大切な思い出なのだ。
捨てる事など出来る筈がない。
「難しいねえ」
「私って、そんなに魅力ない?」
「いや?」
「でも、難しいって」
「そういう意味じゃないよ。パメラちゃんは可愛い。それは間違いない」
「なら、何が難しいの?」
「パメラちゃんの気持ちがさ。難しいんだ。俺とパメラちゃんは違う人間だからね」
「……? それは、そうだけど」
「うん。だからさ。俺の気持ちをどうやってパメラちゃんに伝えれば良いかなって、悩んでる」
パメラちゃんは酷く難しそうな顔をしながら俺を見上げた。
「私、何か間違えた事しちゃったのかな」
「間違い。とは言いたくないけど。俺の気持ちとは違うかな」
「……?」
「パメラちゃんにはパメラちゃんの考えがあって、俺には俺の考えがある。だから、パメラちゃんの考えが間違えている事は無いし。俺の考えが間違えているという事も無いんだよ」
「でも、正解はあるでしょ?」
「まぁ、そうだね。正解というのはあるかもしれない」
「かも?」
「そう。かも、だよ」
パメラちゃんは俺の言葉に、更に難しい顔をしてしまった。
難解な問題にぶつかってしまった。とでも言う様な顔だ。
「足し算とか引き算とかさ。計算には正解があるんだけど。世界にはさ。一見正しい様に見えて、人によっては正しい事の様に思えたり、間違いの様に思えたりする事があるんだよ。そして、今回も、そういう話なんだ」
「……」
「俺はパメラちゃん達が、自分を傷つける様な事をしないで生きていて欲しいと考えている。でも、パメラちゃんはミリーちゃんとの思い出、過去があるから、その手段を取る事が正しい事だと考えている」
「……うん」
「だからさ。俺がパメラちゃんに違うよ。って言うのは間違いだって思うんだ。だって、それはパメラちゃんの想いを否定する行為だろう?」
「うん」
「そう考えると、いっそ俺がパメラちゃんを抱いてしまえば良いのかもしれないけどさ。それは俺の中の想いが反対するんだよ。俺は妹には幸せになって貰いたいからね。俺みたいな奴が手を出すべきじゃないと考えている」
「……お兄さんは、凄い人だと思いますが」
「みんなそう言うけどね。俺は残念ながらそう思ってないんだ。行き当たりばったりだし。いつもギリギリで何とかなってる。いつ死ぬかも分からない様な無鉄砲な人間だよ。まぁ、だからこそ多くの物を残したいと考えているんだけど。そっちも上手くは無くてね」
「……」
「だからさ。パメラちゃんには、ミリーちゃんもそうだけど。こんな奴じゃなくて、もっと良い人を見つけて欲しいって、考えてる。二人の事を一番に考えてくれる様な。命知らずじゃない奴をね」
「お兄さんは……どうしてそんなに死にたがっているんですか?」
不意に。
パメラちゃんから投げられた言葉に、俺は思わず固まってしまった。
それは、おそらく……俺にとってあまり理解出来ない言葉であったから。
いや、理解はしているのだが、目を逸らしているというべきか。
「……そう見える?」
「はい」
「ハッキリ言うね」
「それをお兄さんが望まれている様に見えましたので」
「まぁ……そうだね。確かに。そうかもしれない」
俺は自分の感情を口にしながら、自分を理解しようと思考を回す。
しかし、そうか。
俺は、死にたがっているのか。
言われてみると、確かにそうかもしれないな。
死ねない理由はあるが……この世に未練もない。
いや、むしろ、この世から去る方法を……仕方なく、この世を去る方法を探している。とでもいう様な。
「お兄さんの事、ずっとよく分からなくて……考えてたんですけど。そう考えると全部スッキリするんです。ドロシー姉さんの事、好みだって言ってても、一切手を出さないし。前から居る人だって、同じ。助ける、守るって言いながら場所だけ作って、自分達で生きられる方法を作ろうとしてる。まるで……いつ自分が居なくなっても良いように。そういう風に考えている様に思える。でも、病気とか、そういうのは無いですし。だから……! むぐ!」
「それくらいで大丈夫だよ。パメラちゃん」
俺な人差し指で、よく回るパメラちゃんの口を止めた。
そしてハァと息を吐いてから……何となく自分の中に残るしこりを思い出す。
やっぱり俺じゃ、兄さんにはなれないな。という諦めのため息と共に。
「さ。そろそろお風呂を出ようか」
「お兄さん! まだ話は……!」
「パメラちゃん」
「……!」
「世の中には、多分。知らない方が良い事もあるんだよ。きっとね」
だから、もうお話は終わり。とパメラちゃんの言葉を俺は止めた。
知らなくて良い事も、世の中には確かにある筈だから。