夜の闇の中、元気に冒険を始めた子供達を追いかけて、歩き始めた俺達であったが。
特にコレといった問題は発生せず、おっかなびっくり歩く子供たちには何ら危険が無いまま時が過ぎる。
そして、それは子供たちがジャイアントボアのいた場所までたどり着いても同じで、やはり何かが起きる様な事は無かった。
まぁ、スタンロイツ帝国は騎士団が強く、帝都の周辺などは定期的に騎士団が見回りをしている為、何か危険が起きる可能性も少ないワケだが。
それでも、何か危険が起きる可能性はあるため、俺は一応警戒を続けているのだ。
「あれー? 何もねぇなー」
「別の所に居るのかな?」
「いや……ここで、間違いないよ」
「そうなの?」
「あぁ。ここ。見てごらん? 地面が他の場所よりも湿ってるだろ? これは大量の液体が流された証拠だ。でも雨は降ってないし。ここだけ湿っているというのも不自然だ」
「あー。ホントだ」
「それに、この場所。不自然に草が倒れてる。まるで重い何かが倒れたみたいにね」
「へぇー。なるほどなぁー」
子供たちの先頭に立っていた少年は、数少ない手がかりから真実を導き出して子供たちに語っていた。
その洞察力はかなりのもので、正直俺よりも頭が良いんじゃないかと思う程だ。
俺に出来る事は近づいて斬ることだけだからな。
「でも……まさか本当にジャイアントボアが倒されていたなんて……。スタンロイツの冒険者がそんなに強いなんて聞いたこと無いけど」
「あ。それならさ。倒したのはリョウじゃねぇかな!」
「リョウ……? いや、彼はセオストの冒険者だろう? 何故スタンロイツにいる」
「知らねぇけど。父ちゃんが言ってたんだよ。まさかあの英雄がスタンロイツに来てくれるとはー。ってさ」
「っ!? それは本当の話かい!? 本当にリョウがスタンロイツ帝国に!?」
「あ、あぁ……俺は見てねぇけど、父ちゃんが」
「確か、ローレンの父親は入国管理をやっていたね。という事は真実か。そうか。リョウが……! なら、確かに納得だ。ジャイアントボアはリョウが倒したんだろう」
リック少年は納得したという様な様子でうんうんと頷いていた。
しかし、そんなリック少年の推理に納得が出来なかったのか、少女の一人が声を上げた。
「そのリョウ? って人がスタンロイツに来てたのは本当だとしても、ジャイアントボアを倒したかどうかは分からないんじゃない?」
「チッチッチ。分かってないな。リョウがジャイアントボアの話を聞いて依頼を受けないワケがない」
「分かんないじゃない」
「『ドラゴンと新しい英雄』読んでないの!? ドラゴンに襲われてピンチだったお姫様の元に現れて剣一本でドラゴンを退治する話! ドラゴンにだって立ち向かうリョウが、ジャイアントボアなんかに逃げ出すワケ無いじゃないか!」
「あぁ、俺も見たぜ! ドラゴンが吐き出した炎をズバーッて斬るんだよな。カッケーよなぁ」
「うんうん。実際には誇張だと思うけど。彼は勇気がある人だ。そして助けを求める声には真摯に応える。それはどの本を見ても同じだ。きっと素晴らしい人なのだろう」
勘弁して欲しい。
さっきまで冷静に推理していた君はどこへ行ったのか。
俺は皆の中心人物であった少年を思う。
そして、ツンツンと脇を突かれて意識をそちらに向ければ、笑いをこらえている様な声が聞こえてきた。
『素晴らしい英雄ですね。リョウ様』
『もしかしなくても、バカにしてますね?』
『まさかまさか! 子供たちのヒーローなのだなと思っています。ふふっ、ふふふ』
笑みが零れておりますよ。お姫様。
と言いたいところであるが、俺はぐっとその言葉を飲み込む。
ミーシャ様はきっとテントで俺が微妙な顔をしながら本を読んでいたのを思い出しているのだろう。
まったく可愛らしいことだよ。
「じゃあ、どうする?」
「んー。リョウが居るのなら、彼に全てを任せるというのもアリだ」
お。思っていたよりも結構冷静だな。
と思っていたのだが。
「しかし。せっかく良い機会だし。僕らでジャイアントボアを呼び寄せた奴を捕まえるというのも良いかもしれない」
「えぇー!? 危ないんじゃない!?」
「大丈夫だ。いざとなれば城壁の中に逃げれば良いし。城壁の中にはリョウが居るんだから。すぐに助けてくれる。間違いない」
「ホントに、大丈夫かなぁ」
信頼が重いなと考えながら、俺は子供たちが次、どこへ向かうのかと考えていたのだが。
瞬間、突如子供たちのすぐ目の前に現れた気配に俺は、顔を上げた。
「繋がりが消えた故。何事かと思えば……消えているではないか」
「っ!? 誰だ!」
「まさか、この小物共がやったのか? いや、あり得ぬ」
「お、お前……! ジャイアントボアで街を攻撃するって言ってたやつだな! 悪い奴め! 僕らで退治してやる!」
「お前たちの様な弱き小物に構っている暇はない。我は強き力の持ち主を探しているのだ。失せろ」
「バカにすんなよ!」
黒い外套をかぶり、頭から全身を隠した闇の存在に、臆する事なく少年の一人が木剣を振り上げて突撃した。
だが、闇をまとった存在はそんな少年を弾き飛ばし地面に落ちた木剣を踏み砕く。
「下らぬ児戯だ」
「ローレン!」
「お、俺の……剣が! 父ちゃんに貰った、俺の剣……!」
少年にケガはない様だが、少年は剣を砕かれた事で泣いてしまう。
それを見て、俺の右手に力が入った。
まだ動くべきじゃないと頭は考えていても、精神は今すぐに飛び出したい気持ちである。
だが、まだ……まだ闇をまとった存在は決定的な何かをしていない。
ただの不審者である可能性もあるのだ。
「煩わしい事だ。いや、しかし。子の嘆きや悲しみは、強き力を持つ者を呼び寄せる事が出来るかもしれない」
ぶわっと男の中にあった闇が夜の空に広がった瞬間、俺は駆けだしていた。
その闇にはありったけの悪意が込められていたから。
「まずは、小娘……貴様からだ。四肢を砕き、頭蓋を砕いて街に憎悪をふりまいてやろう」
「っ!? やだっ! 離して! やだっ!」
「ミーちゃん!!」
「クハハハ。良い悲鳴だ。さぁ、我が眷属を滅ぼした強き者を……を?」
「おい」
「……? だ、誰」
「ジャイアントボアを倒した奴に会いたいんだろう?」
「あ、あなたは……!」
俺は透明になる為の外套を脱ぎ捨てて、闇を神刀で切り裂き、捕まっていた少女を抱き上げながら、闇に向かって声を向けた。
「会いに来てやったぞ」
「リョウ!!」
「貴様は……強き者か!」
「それは知らん。だが……お前を滅ぼすために来た事は。間違いじゃない」
少女を抱えながら真っすぐに闇を見据えて、俺は片手で神刀を強く握りしめた。
そして、再び膨れ上がろうとしていた闇の中心に神刀を突き刺す。
「ふ、ははは。闇にその様な攻撃は通用しないぞ。強き者」
「本当にそうか?」
「……? な、なんだ……! この力は、我が。魔力が、失われる……! なんだ、その力は!」
「さて。どうかな。正解を教えるつもりはないから、あの世でじっくりと考えるんだな」
俺は少女を抱きしめたまま片手で神刀を振るい、男の闇を切り裂いていった。
俺の斬撃は確かに男の纏う闇に届いている様で、男は斬られるたびに悲鳴を上げ……そして最後に本体へ神刀を突き刺す事で、外套ごと完全に消え去ってしまった。
倒したのか……?
いや、それにしては感触が薄い。
逃がしてしまったと考える方が自然だろう。
「……何者だ?」
と、俺は声を零しながら考えるが、どうやら今はそれどころでは無い様で。
よほど黒い外套の男が怖かったのか、子供たちが泣きながら俺のズボンにしがみついている所だった。
やはり助けに来るのが少し遅れたか。
「みんな。大丈夫だったか?」
そして、俺はとりあえず、子供達を落ち着かせる様に笑顔で語り掛けるのだった。