目覚めたノーラちゃんと接してから何となく察している事ではあるのだが……ノーラちゃんは人と接するのがあまり得意では無いらしい。
人見知りというか。人を怖がっているというか。
どう表現すれば良いか難しいが、とにかく人と話をするのは苦手なようだ。
しかし、それでも俺には懐いてくれている様で、ご飯も口元まで持って行くとモグモグと食べてくれているのだった。
そして、十分に食べたのか、ノーラちゃんはウトウトとしながら俺にもたれかかって来た。
「眠いなら、寝ちゃった方が良いよ」
「う……ん」
「よしよし」
「……うん」
ノーラちゃんは、少しずつ瞼を落としてゆき、そのまま俺に寄り掛かりつつ眠りの世界に旅立とうとしていたのだが、不意にバッと顔を上げて、キョロキョロと周囲を見始めた。
何だろうかと思っていると、どうやら部屋の中に桜が入って来たタイミングだった様で、ノーラちゃんはジッと桜を見つめている。
「サクラちゃん。見られてるよ」
「うん? あぁ、お兄ちゃんが拾ってきた子か。どうしたんだろう?」
「分かんないけど……サクラちゃん、凄いね」
「何の話?」
桜はよく分からないという様な顔で首を傾げながら俺の近くに歩いてきて、ノーラちゃんの前にしゃがみながら微笑んだ。
「おはよう。どうしたのかな? ノーラちゃん」
「う、うん……ママ」
「ママ? 私が?」
「んーん。ママ」
ノーラちゃんは俺に振り返りながらママと口にして再びギュッと抱き着く。
その様子に桜はよく分からないという様な顔で首を傾げた。
「お兄ちゃん。ママになったの?」
「どうやらね。最近ママになったんだよ」
「ふぅん。お兄ちゃんも大変だねぇ。それで……私はなんで呼ばれたんだろう?」
「俺がママなら桜はパパじゃないかな?」
「それならお兄ちゃんがパパで良いじゃん」
「そればっかりはノーラちゃんに聞かないと分からないね」
俺は俺にしがみつきながら小さく寝息を立てているノーラちゃんを見やった。
どうやら眠ってしまったらしい。
「色々と聞くのは、まぁ。起きてからかな」
俺はおどける様に桜へと告げたが、桜はハァとため息を吐いて、近くにある椅子を持ってきて座った。
そして、俺が食べている最中だった朝食に手を出し、サンドイッチを一つ掴んで食べる。
「はしたないぞ」
「良いでしょ。お腹減ってるんだから」
「まったく……まぁ良いけどな」
「んぐ、んぐ……っと、うん。それでさ」
「うん?」
「この子。今度はどういうアレで拾ってきたの?」
「ノーラちゃんは……路地裏で寝てたんだ。一人で。それで、スタンロイツ帝国は夜、寒くなるから家にひとまず連れて行こうって連れて来たワケ」
「じゃあ、とりあえずこれから親探し?」
「したい所だけど、どうだろうな。俺の事をママって呼んでるくらいだし。親の顔とか覚えてるのかな?」
「確かに……お兄ちゃんに似てるママを探すのはちょっと大変そうだしね」
「いや。そういう話ではなくてだね。桜君」
俺のツッコミに桜はナハハと笑いながらふわりとかわす。
そして、やや真剣な顔になりながら言葉を続けた。
「実際。なんでお兄ちゃんを親だと認識しているのかは謎じゃない? だって、初対面でしょ?」
「それはそうなんだよね」
「この子。ノーラちゃんだっけ? ノーラちゃんは十歳くらいには見えるし。親の顔を認識出来ないとは思えない。だから……」
「何か特殊な事情があるんじゃないかってこと?」
「そゆこと」
後ろから近づいて来たフィオナちゃんの言葉に桜は振り返りながら人差し指を向けた。
何だか面白がっている様な気配があるな
「でも、実際どうするの? この後、街の見回りがあるでしょ?」
「そうだねぇ」
「全部ミーシャさんに任せる?」
「いやいや。それはあり得ないよ。ミーシャさんはあくまで社会見学みたいなモンで、依頼は俺が受けた物だから」
「なら?」
「まぁ、このままノーラちゃんと一緒に行くしかないでしょ」
「まぁ……そうなるかぁ」
「なら、仕方ない!」
俺が出した結論に桜が頷きながら立ち上がった。
そして、笑いながら俺とノーラちゃんを見つめて口を開いた。
「今日は私も一緒にお出かけしてあげるよ!」
「良いのか?」
「まぁ、今日は暇だしね。ちょっとくらいなら良いよ」
「桜……!」
「それにさ。なんかさっき、私に話があったみたいだし。また話したくなった時、傍にいた方が良いでしょ?」
ニコッと笑う桜に、俺は強い喜びを感じていた。
桜も、こんな風に優しく気遣いが出来る子になったんだなぁという喜びだ。
いや、まぁ随分と前から出来ていたのだが、改めて感動。という奴だ。
「じゃあ、今日は桜もお願いできるか?」
「良いよ!」
というワケで。
桜の許可も下りたという事で、俺たちは朝食を食べ終えてからミーシャ様と共に街の見回りに行く事となった。
とは言っても、まぁ、今日も今日とて街は平和であり、何も事件などは起きていない訳だが。
「うーん。朝の空気が気持ちいいねぇ」
「早起きすると、これが良いよね」
「分かるなぁ」
俺は桜と何でもない話をしながらノーラちゃんを抱えつつ後ろに振り返った。
俺たちの後ろにはニコニコと微笑みながら立っているミーシャ様が居る。
「申し訳ございません。ミーシャ様。いきなり二人くらい増えちゃって」
「いえいえ。構いませんよ。リョウ様も妹が大好きなお兄様ですものね。突然妹が増えるという事もあると思います」
「いや、これはそういうアレじゃないんですよ。いや、ホントに」
「へぇ。ミーシャさんって初めて話すけど。結構お兄ちゃんの事正確に理解してるんだね」
「桜さん?」
「えぇ、実は私も少々困ったお兄様が居るのです。そして、リョウ様とよく似ていて」
「あぁ、そうなんですね。それは大変そう。分かりますよ。私もお兄ちゃんとはずっと一緒に居るので、苦労しますよねぇ」
「あら。サクラ様も同じなのですね。何だかお友達を見つけた様な気持ちです」
「ふふ。お兄ちゃんに苦労させられている妹同盟、ですね」
「そうですね」
ニコニコと微笑みながら握手をする桜とミーシャ様を見て、俺は何とも言えない複雑な気持ちになった。
いや、良いんだけどね。
妹が幸せそうだから、それに勝る喜びは無いんだけどね?
「まぁ、そんなワケで、私達同盟の最初のお仕事は、このノーラちゃんと対話する事ですかね」
「そうですね。新しい妹ちゃんには優しくしないと」
「気合を入れるのは良いんですけどね。お嬢さん方。ノーラちゃんは中々に気難しい子だから。大変ですよ」
「らしいねー。私にはそんな感じ無かったけど」
「あら。やっぱり兄妹で同じ様なオーラを持っているからでしょうか? 私は大変かもしれないですね」
「大丈夫ですよ! ミーシャ様は優しい雰囲気ですし! 何も問題はないかと!」
「そうだと嬉しいのですけれど」
二人は楽しそうに話をしながら歩き始め、スタンロイツ帝国の帝都をゆっくりと見回り始めた。
俺はそんな二人の後ろについて歩きながら、腕の中でスヤスヤと寝ているノーラちゃんに視線を落とす。
どうかミーシャ様にも桜にも懐いてくれよ。と祈りながら。
「ほらー。お兄ちゃん。早く行こうよー」
「リョウ様―!」
「はいはい。行くよー!」
そして、俺は駆け足で二人に合流しながら街を順に見渡す。
ちょうど遠くの山を赤く染めながら上がって来た朝陽がゆっくりと世界を照らしており、スタンロイツ帝国の街も朝陽で照らされて明るくなってきていた。
それに伴い、街の人々も家から出てきてそれぞれの仕事をしている様で……。
そんな一日の始まりに、俺は足を踏み出してゆくのだった。
さぁ、今日も一日が始まる。