さて。
スタンロイツ帝国の帝都内で拾った女の子ノーラちゃんを連れて街を見回っていた俺であったが。
まぁー。何も起こらなかった。
妙な予言というか、不吉な事を言う老女も出なかったし。
魔物も出ない。
闇を纏った男も出ない。
何ともまぁ、平和そのものという様な所であった。
そして、眠ったままのノーラちゃんを抱えながら街を一通り巡り、ある甘味屋さんで美人なお姉さんの店員に呼びかけられ、俺たちは休憩がてらそのお店に立ち寄った。
「今日は女の子いっぱい連れて。お仕事は良いんですか? リョウ様」
「いやー、あはは。これでも今仕事中なんですよ。街の見回りをしてまして」
「あら。そうだったんですか? では、休憩に、あまーい物。食べていきませんか?」
「良いですね。ではいただきましょうか」
なんて言いながら俺は店の前にある椅子に座ったのだけれども。
そんな俺に向けられたのは桜の冷たい声と目であった。
「お兄ちゃん……」
「な、ど、どうしたんだい? 桜。そんな怖い顔をして」
「お兄ちゃんってさ。年上の女の人にすぐデレデレするよね」
「誤解だよ! 誤解! そんな、事無いと思うよ!? 女の人にすぐ手を出す様な人間じゃないって!」
「『手は』出さないよね。知ってる。『手は』ね」
「凄い色々と言い含んだ言い方だね……? 桜」
冷や汗を流しながら桜に問いかけるが、桜は鼻を鳴らし、俺の横にあった椅子にやや乱暴な仕草で座る。
そして、円形のテーブルの左手側に桜が座り、正面にミーシャ様が座った。
「サクラ様。それほど心配されずとも、リョウ様は男性の店員しか居ないお店にもよく立ち寄られますよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。ですから、女性の店員さんにデレデレとされていたとしても、ご心配は要らないかと」
「ナルホド」
これは、フォローされているのか?
俺はミーシャ様と桜の会話を見ながら首を傾げるが、ミーシャ様は微笑むばかりで真相は不明だった。
そして、少し待っていると店員さんが注文を聞きに来てくれたため、とりあえずオススメをと言っておいた。
まぁ、何が良いとかよく分からないしな。
それから。
紅茶とジャムと、いくつかの茶菓子が来たため、俺たちはそれらを食しながら会話を楽しむのだった。
「しかし、今日も何も起きませんねぇ。平和なのは良い事ですが。それはそれとして不安な気持ちにもなります」
「そうですね。あの男の正体も分からないままですし」
「あー。例の怪しい男の話?」
「そう。スタンロイツ帝国を狙っているのは確かだからさ。何かが起きる可能性はあるんだけど」
「でも、お兄ちゃんが倒したんでしょ? なら、何かが起きるも何も無いんじゃないの? 仲間が居るのなら、確かにまた狙われるかもしれないけどさ。お兄ちゃんが怖いから来ないかもよ」
「確かに、そう言われるとそういう可能性もあるかもしれないけどさ」
「うん」
「……俺は、多分、あの男を倒して無いんだよ」
「え? そうなの!?」
「あぁ。斬った感覚が無かった。ダメージを負わせた様な感覚も。まるで水を斬ってるみたいな感じって言ったら分かるかな」
「あー。水を切っても、また元に戻っちゃうもんね」
桜が俺の例えに納得し、頷いてくれたが……ミーシャ様は少し考える様な仕草をしながら紅茶を口にしていた。
何か思う所があるのだろうか。
「……」
「ミーシャ様?」
「あ、申し訳ございません。何かございましたか?」
「あ、いえ。何か悩んでいるのかなと思いまして」
「悩み……というワケでは無いのですが。あの男性。もしや人では無いのでは? と考えておりまして」
「人じゃない?」
「はい。アレは魔術で作り出した人形の様な物ではないかと」
ミーシャ様の言葉に、俺はふむと考える。
あの時の戦いの事だ。
そして、あの男が言っていた言葉も同時に思い出していた。
『我が。魔力が、失われる……!』
魔力が失われるというのは、あの男の持っている魔力が失われるという意味かと思ったが、今まで神刀で斬る事で魔力が失われるなんて現象は一度も無かった。
まぁ、俺が気づいていないというだけの可能性もあるが。
しかし、しかしだ。
もし、あの男の体が魔術で作られた人形の様な物であるとするならば。
斬られる事で内部にある魔力が失われ、体が崩壊した。という考え方も出来る訳か。
「ミーシャ様」
「……はい」
「例えば、なのですが、魔術を使ってこう魔力を固めて人の様に動かすという事は可能なのでしょうか?」
「不可能ではないと思います。その様な魔術があれば、出来るかと」
「なるほど」
「なに? お兄ちゃんも何か心当たりとかあるの?」
「まぁ、そうだね。それなりにはあるかな」
俺はあの男と戦った時の事を桜たちに話す事にした。
「あの男と戦った時、水を斬ってるみたいだっていう話があったでしょ?」
「うん」
「それとは別にさ。あの男を斬った時、あの男が言ってたんだよ。我が魔力が失われるってさ」
「魔力が失われる……ですか」
「はい。俺の持っている武器は魔術を斬る、魔力の繋がりを断つ事が出来るので、その影響かと思います」
「あー。なるほど。それで、魔術で魔力を固めて、人の様にって話?」
「そう。流石桜は頭が良いな」
「まぁね!」
俺はニッコリと嬉しそうな顔で微笑んでいる桜を褒め褒めしつつ、真剣な顔をしているミーシャ様へと再び視線を戻した。
「リョウ様のお話を伺った上で……やはり、アレは魔術であったのだろうと私も思います。ですが、そう考えると……」
「本体は無事であるという事ですね」
「はい。ですが、流石に人と同じ様に動く人形の魔術など、魔力の消費が激しく早々容易く作れるものではないでしょう」
「え? そうなのですか?」
「えぇ。まぁ……。魔術は規模、緻密さ、使用時間、環境などで使用量がかなり変わりますし。魔術によってはそれなりに準備をしないと、そもそも使えない物も多くあります」
「あー。ポータルで使っている魔術。とかみたいな物ですか」
「そうですね。大規模転移魔術。アレもまたそれ相応の準備と時間が必要な魔術の一つですね」
「そう考えると、今はまだ準備をしている所……という可能性もある訳ですね」
「はい。その可能性は十分にあります」
俺はミーシャ様のお話にふむ、と呟きながら腕を組んで目を閉じた。
そして、天を仰ぎながら思考を巡らせる。
「ですが、幸いという話でもありますが」
「幸い?」
「はい。あの方が魔術で体を作っている可能性があると分かれば、罠を張る事も出来るという事です」
「罠、罠ですか」
俺はスタンロイツ帝国の周辺にワイヤートラップを仕掛ける。みたいな想像をしたが、それでは普通の人間でも引っかかってしまうし。
地雷か?
とも思ったが、ワイヤートラップと何も変わりはない。
おそらく普通の人間への被害が最も大きいだろう。
「ふむ?」
「なーんかさ。お兄ちゃんの考えてる事がちょっと分かるよ?」
「本当か!? 桜!」
「まぁね。これでも妹をやっていて長いですから」
「それは、確かに。そうかもしれないな」
なんて、俺と桜がイチャイチャ会話をしていたら、ミーシャ様がクスリと笑って、罠について詳しく話をしてくれた。
「罠というのは、魔術トラップの事です」
「魔術トラップ、ですか?」
「お兄ちゃん。多分だけど、踏んだら爆発するとか、そういうトラップじゃないからね」
「……! よく分かったな。桜」
「まったく。コレだもんなぁー」
「ふふ。流石に無差別で何かが起きる罠ではありません。危険ですしね」
「まぁ、そうですね。確かに」
「ですので、魔術を使用している存在が足を踏み入れた時、その存在を感知する罠を、スタンロイツ帝国全体に仕掛けるんです」
なるほどなぁー。なんて頷いていたが。
これはもしかしたら相当な事なのでは? と俺は考えるのだった。