ミーシャ様の提案を受けて、俺はひとまずしなければいけない行動を考えていた。
が、甘い匂いの影響だろうか。
腕の中で寝ていたノーラちゃんがモゾモゾと動き始める。
「ん?」
「んー」
「ノーラちゃん。おはようかな?」
「……ん」
そして、ノーラちゃんはくぅーと声を上げるとゆっくりと瞼を開いて目を覚ました。
それから、俺を見て以前と同じ様に小さな声で「ママ」と呟く。
「あら。リョウ様はママ様になられたのですね」
「そうみたいですね。ならパパを見つけないと」
「あらあら。男性同士で?」
「お兄ちゃんが可愛い女の子に囲まれてるのに何もしない理由は……!」
「こらこら。そこ! 妙な噂を作らないの!」
「はぁーい」
「ふふ。申し訳ございません」
「まったく」
俺はどうしようもないなとため息を吐きながら再びノーラちゃんへと視線を落とした。
そして、ノーラちゃんの状況を確かめようとしたのだが……ノーラちゃんはどうやら桜をジッと見ている様だった。
家に居た時もそうだが、桜に何かあるのだろうか?
「ノーラちゃん? 桜が気になるのかな?」
「桜お姉ちゃんだよ~。こんにちは~」
「……しんじゅの、みこ」
「ん?」
「なんて?」
俺と桜は互いに視線を交わしながら首を傾げる。
しんじゅのみこ?
どういう意味だろうか。
真珠、新樹……いや、神樹か。
神樹の巫女。
神樹の巫女?
「神樹の巫女……か」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「あー。いや。なんでもないよ」
桜はどうやらノーラちゃんの言葉に気づいていない様で、俺はとりあえず誤魔化す。
が、しかいs。そうか。
まぁ、桜は楓ちゃんとは血の繋がった姉妹なのだから、神樹の巫女という存在の可能性は十分にあるという事か。
ならば、いざという時に桜をヤマトに送るのは良さそうだが。
それはそれとして、何故それをノーラちゃんが知っているのか。
それが分からない。
もしかしてヤマトの関係者なのだろうか?
「ノーラちゃん。君は……」
「ママ」
「あー、うん。まぁ、そうだね。俺はママだね」
そして、さらに分からないのは俺を指さしてママと言う所だ。
桜は割と正確な所を言っているのに、何故俺はママなのだろうか?
なんかママ的な要素ある??
「ノーラさん。こんにちは。私は、ミーシャ。です」
「……ん」
「ふふ。握手しませんか?」
「……ん」
ミーシャ様はジッと自身を見つめているノーラちゃんに軽く手を振り、握手をしようと手を伸ばした。
しかし、ノーラちゃんは不思議そうな顔をしながらその手をジッと見つめ、指でツンツンと突く。
そして、ふわりと笑う。
それは初めて見た花が咲く様な笑顔で、俺は思わず言葉を飲み込んでしまった。
しかも……。
「みーしゃ」
「あら! あらあらあら」
「ノーラちゃん。私は桜。サクラだよ」
「みこ」
「なんで~!?」
「ママ」
「何故なのか」
それから俺たちは何度かノーラちゃんに試したが、何度言っても呼び方が変わる事は無かった。
俺はママである。
そして、ノーラちゃんが飽きたのかツマラナそうな顔をしていた為、俺はとりあえずテーブルの上に置かれたクッキーを一つ取り、ノーラちゃんに手渡した。
ノーラちゃんは最初不思議そうな顔をしていたが、俺が同じクッキーをテーブルから取り、食べるとノーラちゃんも同じ様に食べた。
「ん~~!」
「おいしい?」
「ん!」
「じゃあ、もっと食べていいよ」
「ん」
俺はクッキーが気に入ったらしいノーラちゃんにクッキーの沢山入った皿を渡して、どうぞと言った。
ノーラちゃんは嬉しそうにそれを食べて、満面の笑みで微笑むのだった。
そんなノーラちゃんに笑いかけてから、俺はミーシャ様へと顔を向ける。
「それで、話が流れちゃったんですけど。さっきの話で」
「トラップの話ですね?」
「えぇ。結構良いと思うんですけど。一応許可を取らないといけないと思うんですよね」
「そうですね。国全体にとなると、国家の運営にも問題が出る可能性もありますし」
「はい。なので」
「……?」
「ミーシャ様も一緒に城へ行っていただく事は、可能ですか?」
「えっ……! わ、私も……ですか? それは、構いませんが」
「申し訳ございません。俺じゃあ上手く説明が出来るかわからなくて……! あ、でも、皇帝陛下は怖い人ですけど、怖い人ではないので!」
「え? え?」
「お兄ちゃん。一言で矛盾するの。やめようよ」
「いや、しかしな。こうとしか説明が出来なくてな」
俺は別に騙してやろうとか。
混乱させてやろうとか。
そういう事を考えているワケじゃなくて、純粋に事実をそのまま話しているだけなのだ。
しかし、それが混乱を呼んでいるというのは考え物ではあった。
「ふむ。どう説明したものかな」
「そんなに難しい?」
「うーん。そうだね。人を表現するっていうのは、これほど難しいのかって思うよ」
俺はどう言ったものかと思考を巡らせながら考える。
が、良い答えは見つからず唸るばかりであった。
しかし、そんな俺にミーシャ様はクスリと笑って一つの答えを示してくれる。
「であれば、直接会ってみましょうか。そして、お話すれば見えてくるものもあるでしょう」
「それは確かにその通りではあるんですけど……よろしいのですか?」
「えぇ。ご心配は嬉しいですが、どちらにしても、私が説明しなければいけない事でありますからね」
「ごめんなさい。お兄ちゃんが、こんなので」
「いえいえ。とても助けられておりますよ。それに、人間らしい姿を見ると安心しますからね。少々リョウ様は人間離れしている所が多いですから」
「あー。まぁ、そういう考え方もありますか」
「えぇ」
ニッコリと微笑みながら桜と話をするミーシャ様はとても美しいし、桜も可愛らしいが。
話している内容は非常に悲しい物である。
いや、俺は人間なのだけれどね。
と、いつもの様に反論したい所であるが……まぁ、二人が楽しそうだし。それは良いかと俺は言葉を飲み込むのだった。
そして二人がある程度話を落ち着かせてから、これからの話をする。
「まぁ、そんなワケだからさ。皇帝陛下に面会を申し入れて……一番早くて明日かな」
「分かりました。では明日、スタンロイツ帝国の皇帝にお話をする準備をしますね。主に心の準備となりそうですが」
「心の準備は大事ですからねぇ」
「はい。私も他国の王族と面会するのは初めてですから……気合を入れないと駄目ですね」
むん! と両手を握りしめて笑うミーシャ様に俺はニコリと微笑んで頷く。
そして、お茶をしてから一度王城に行こうかという話になったのだが。
そんな俺たちの元へ一人の男が話しかけてきた。
その男は少し前に話をした男であり、その暑苦しさから俺がよく覚えていた男でもあった。
「リョウ殿!!」
「っ! あ、あなたは……騎士団の団長殿?」
「えぇ。覚えていていただけるとは! 感謝で言葉もありませんぞ!!」
凄いデカい声で、言葉もないと言っている事に違和感を覚えるが……まぁ、良いだろう。
こういうのはたとえ話とか、そういう類の奴だ。
しかし、まぁ突っ込みたくなる気持ちも仕方が無いだろう。
「ところで、俺に何か?」
「えぇ。あの……以前お話したことについて、なのですが」
「以前話した事」
と言われ、俺はふむと何のことだろうかと少し考えた。
が、思い浮かばず俺は何のことだろうかと問い返す事となった。
「あ、いえ。用件を正確に伝える事が出来ず、申し訳ございません。例の花の件ですね」
ヒソヒソと小声で教えてくれる団長さんに、俺はあぁ、と彼の要件を思い出していた。
いつかの時、彼がドロシーさんの作ったお店に彼らが行きたいという話をしていて、それの橋渡しを頼まれていたのだ。
一応皇帝陛下には話を通したけど、彼らには話してなかったなとお漏れは思い出していた。
故に、団長さんへ話を伝える事にした。