スタンロイツ帝国の見回りをしていた所、ふとした事で以前話をした騎士団の団長さんと話をする事になった。
話の内容は、ドロシーさんが新しく作っているお店に関する物である。
まだオープンはしていないが、店の雰囲気を見るに、そこまで待たずとも店を開く事が出来そうではあった。
無論、ドロシーさんにお伺いを立てなければいけない状況ではあるのだが。
「以前皇帝陛下とお話させていただいた際にですね。皇帝陛下にお願い事をしまして」
「陛下に?」
「はい。騎士団の中から希望者を募って、例の店に招待する事は可能かと」
「おぉー!? ま、まさか! その様なお願いを!」
「えぇ。それで、皇帝陛下は快く受けて下さっておりますので、後はこちらからお話を持ちかけるだけというコトになったのですが」
「是非! 是非ともよろしくお願いいたします!!」
「落ち着いて下さい。可能であればすぐにでも招待させていただければと思うのですが……実はまだ開店していなくてですね」
「あ……なるほど」
お店の話が始まると興奮して、叫びだしそうな勢いの団長さんであったが、まだ準備中という情報を伝えると少し落ち着いた様だった。
まぁ、公共の場だしな。
少しは落ち着いてくれると助かるという物だ。
「開店の時期に関してはドロシーさんに聞いておきますので、また続報あれば皇帝陛下に伝えておきますよ」
「ありがとうございます! 団員たちにも良い報告として伝えておきます」
「はい」
それから。
俺は団長さんに騎士団への連絡をお願いし、喫茶店の席に戻った。
そして、椅子に座りながらモグモグとお菓子を食べているノーラちゃんを抱き上げる。
「あの人、どうしたの?」
「あぁ。例のドロシーさんの店のお客さんだよ。早く店に行きたいんだ」
「ふぅん」
「いきなり興味が無くなっちゃったね。桜」
「まぁ、ね」
「私は、興味ありますよ。リョウ様」
「あぁ、そうなんですね。少し意外ですが」
「ね」
「え? あれ? そうですか? 私としては外の世界のお話は何でも楽しいのですが」
「あー。なるほど」
ミーシャ様が零した言葉に、俺はあぁと納得して頷いた。
そして、紅茶を飲みながら話をしようとしたのだが。ふと店員のお姉さんがこちらをジッと見ている事に気づいた。
「あのー?」
「は、はぁーい。なんでしょうか?」
「あ、いえ。何か用事があるのかなと思いまして。こちらを見られておりましたし」
「あ! こ、これは失礼いたしました。少々興味のあるお話が聞こえて来た物ですから」
「興味?」
「えぇ。何やらスタンロイツ帝国にいかがわしい店が出来るというお話ですよね?」
「いや、違いますね」
ニッコリと笑顔でとんでもない言葉を放ってきた店員のお姉さんに俺はすぐ否定の言葉を投げた。
いかがわしい店では無いのだ。
「あら。違うのですか?」
「えぇ、まぁ。あくまで話をするだけのお店ですから。食事をしつつ、女性とお話出来るだけの店です」
「……」
「お兄ちゃん。十分怪しい店だよ。ソレ」
「え」
「そうですねぇ。私も聞く限りでは、やはりいかがわしい店なのだなと」
「いやいやいや! 俺の説明が駄目なだけで、変な店では無いんですよ!」
「はぁ……なるほど」
駄目だ。
店員のお姉さんはまるで信じられないという様な顔で呟いている。
何とか理解して貰わねば!
「えっと、ですね。実際の接触は無くてですね。ただ話をするだけなんですよ」
「ちなみに。リョウ様」
「は、はい。何でしょうか」
「仮に。リョウ様の仰る通り、お話をするだけだとして、それでどの様に集客をするのでしょうか? 先ほどからお話を伺っていると、料理やお酒などが良いというワケではないのでしょう?」
「確かに、一流の名店とかと比べると、そこまででは無いでしょうが、それでも美味しい料理ですよ」
「……ふぅん」
意味が分からないという様な顔で、ため息を吐かれてしまった。
しかも、やや呆れた様なため息である。
ここから何か挽回の一手は撃てない物だろうか。
「私はそこまでいかがわしいお店だとは思いませんよ」
「……ミーシャ様?」
「そうなのですか?」
「えぇ。私も、その様なお店があれば通ってみたいと思いますから」
「「そうなのですか!?」」
思わず、俺と桜の声が重なってしまう。
が、ミーシャ様はクスリと笑ってから言葉を続けた。
「私は人とお話する事が好きですが、それが難しい状況です。それは、私個人の問題であったり、周囲の問題であったりするのですが。それを気にせず、楽しくお話出来るというコトであれば、その体験にお金を払うというのはそこまでおかしな話では無いと思いますよ」
「そう……でしょうか?」
「えぇ。例えば、リョウ様が自らの英雄譚を語ってくれるというコトであれば、お話を聞きたい方も居るでしょう?」
「それは! 確かに、そうですが……。でも、それはリョウ様が英雄だからで」
「同じことですよ。店員さんがどの様な人生を歩み、何を思って、このお店で働き、美味しい紅茶を淹れてくれるのか。私は何も知りません。ですから、お話を聞けば、きっと楽しいだろうと思います」
「……」
かなり驚いた顔で店員のお姉さんはミーシャ様の話を聞いていたのだが、最後には納得した様で小さく頷いて裏の方へ戻っていった。
それを見て、ミーシャ様は笑みを深め、俺と桜は両手をパチパチと叩くのだった。
「凄いです。ミーシャ様。素晴らしいお言葉でした」
「あー。はは。少し恥ずかしいですね」
「いえいえ。恥ずかしがる様なコトなど何もありませんよ。ミーシャ様は本当に頭が良い」
「そう言っていただけると嬉しいですね。賢しい女貴族など、あまり好かれる物ではありませんから」
「そうなのですか?」
「えぇ。やはり夫となる者よりも劣っている事が、妻に求められる役割ですからね」
「嫌な役割ですねぇ」
俺はほぼ反射的に応えてしまったのだが、ミーシャ様が酷く驚いた様な顔をしていた為、やべっと思いながら言い訳を考える。
「あー、いや。なんかおかしな事を言っていたら申し訳無いんですけど」
「あ、いえいえ。そんなコトはございませんよ。とても素敵な考え方かと思います」
「……なるほど?」
「ですが、一般的な貴族の価値観から考えると、やはり少々異端であるコトは確かですね」
「そうなのですか?」
「えぇ。世界の歴史を築いてきたのは男性。世界を変えるも進めるのも男性というのが基本的な価値観ですから」
「でも、歴史には聖女様とかもいらっしゃったんですよね?」
「無論。聖女様が人類の歴史に大きく関わっている事は確かです。が、それは逆に言うと、聖女様くらいになってようやく世界に関わる事が出来るという事でもあります」
「……」
「であれば、普通の女性は。やはり男性よりも下であるという風にした方が良いのだと思いますね。男性方のプライドもありますし」
「何とも……窮屈な話ですね」
「えぇ。ですが、世界には女性の王もおりますし。もしかしたら私が知る西側諸国の常識は、東側では既に古い常識なのかもしれませんね」
ふぅと小さく息を吐きながら紅茶を飲むミーシャ様に俺は、何とも言えない気持ちを抱えていた。
それは……。
そのミーシャ様の姿が、そのまま窮屈な世界で生きる事を強要されたミーシャ様の姿そのもので、どこかでその気持ちを発散したいと考えているのでは無いか、とか。
冒険者になりたがっていたり、こうして外で活動する事を喜んでいるのは……やはり。
「ミーシャ様」
「はい?」
「俺は、正直な所。あまり頭が良くないので。気になる事は言って下さると助かります」
「……リョウ様」
「ミーシャ様は俺よりずっと頭が良い事は分かってますので。俺に対してはあまり気にしないで下さい。そうしてくれると嬉しいです」
二度、同じような言葉を繰り返して。
俺はミーシャ様に笑いかけた。
色々と抱える物はあるかもしれないが……俺達と一緒に居る時は気にしないで欲しいと。
そう、願いながら。