不意に始まったノーラちゃんとソラちゃんのお料理教室であるが。
当初思っていたよりも、二人の関係は良好で、特に問題も起きる事なく順調にお菓子作りが進行していった。
「今度はこの粉に、水を入れます。危ないのでお姉ちゃんがやるからね」
「うん」
「よいしょ……! とと」
「大丈夫? ソラちゃん。手伝おうか?」
「だ、大丈夫! お姉ちゃんだから!」
ヨタヨタと、大き目なボールに水を入れて運ぶソラちゃんに協力しようかと申し入れたが、断られてしまった。
まぁ、妹の前で良い所を見せたいという気持ちはよく分かるけれども。
「まーまー。見てるだけで、だいじょーぶだよ」
「そうなの?」
「うん。ソラちゃんは慣れてるし。三回に二回くらいしか零さないから」
「結構な頻度で零しているね」
「まーねー。でも、お水だし。良いかなーって」
「まぁ、零れてもそんなに被害が無いから良いかって感じかな?」
「そゆこと」
レイちゃんはグデーっとテーブルの上に体を預けながら、ボーっとソラちゃんのお菓子づくりを見て呟いていた。
どうやらソラちゃんの手伝いをするつもりはなく、ただ見守るだけの様だ。
「いいんだよー。レイちゃんは食べる係だから」
「そうなの?」
「うん。ちゃんと係はわけないとねー」
「もー。また勝手な事言ってる! ほーらー! そろそろかき混ぜの時間だよ! 手伝って!」
「えぇー。レイちゃんは食べる係なのにぃー」
「そんなものはありません! 働かざるもの食うべからず! ってよく言われてるでしょ!」
「ちぇー。はぁーい」
レイちゃんは全身で不満があります。という様な顔をしながらも銀色のボールを受け取り、一生懸命かき混ぜていた。
手伝うのは嫌だが、適当な事をやって美味しくないお菓子が出来るのも嫌。という事なのだろう。
なんとも可愛らしい事だ。
俺は、可愛らしいレイちゃんと、ノーラちゃんの手伝いをしているソラちゃんに微笑みつつ、何か手伝える事はあるか? とソラちゃんに問うた。
ソラちゃんは少し考えながらキッチンの中を見渡して……じゃあと口を開く。
「じゃあさ。お庭にお茶会用の場所を用意して貰っても良い? テーブルとか、椅子とか出して欲しいかも」
「了解だよ。じゃあ行ってくるね」
「うん」
ちょうど良い肉体労働系の仕事を貰った俺は腕まくりをしながらキッチンを出て、廊下を進み……裏口から庭に出て、お茶会をしているであろう場所へと向かう。
そして、ちょうど良さそうな場所を見つけて、そこにテーブルと椅子を運搬した。
が、まぁ、何とも質素である為、テーブルクロスを運んだり、花瓶なんかを用意したりしようと頼子さんを探す。
「あ、頼子さん! 申し訳ない。ちょっと聞きたい事がありまして」
「聞きたい事、ですか?」
「はい。ソラちゃん達とお茶会をしようという話になりまして、花瓶と花でも用意出来たらなと」
「あぁ、花瓶を探しているのですね。少々お待ちください。お庭に持って行きますよ。ちょうどお花もありますので、一緒に」
「っ! 申し訳ございません! 何か気を遣わせてしまって」
「いえいえ。飾る場所にも困っていた物ですから。ちょうど良かったですよ」
頼子さんは何でもない事の様に言葉を残して、そのまま去っていった。
俺はと言えば、やる事もないし。またキッチンにでも戻るかと足をキッチンに向けていたのだが。
その道中でエルネストさんに話しかけられ、足を止めた。
「リョウ」
「はい? エルネストさん。どうしたんですか?」
「いや。一応話をしておこうと思ってな」
「話、ですか?」
俺に用事があるという話はソラちゃんの作り話であったと思うが、実はエルネストさんも何か用事があったのだろうか?
俺は、エルネストさんに言われるまま一つの空き部屋に入って、エルネストさんの話に耳を傾ける。
「……」
「どうしたんですか? エルネストさん」
「いや……お前が連れていた少女が少し気になってな」
「気になる?」
「あぁ。あの少女……お前はどこで拾った」
「えと、スタンロイツ帝国の路地裏ですね。廃材の下で眠ってまして、保護しました」
「……そうか」
「何か、おかしな点でもあるのでしょうか?」
「まぁ、おかしな点しかないと言えば、おかしな点しか無いが……」
何とも歯切れの悪いエルネストさんを見ながら、俺は首を傾げた。
何か気になる事があるのであれば、何でも話してもらいたいものだが。
それで何か争いになるという事も無いのだから。
「何かあるのなら聞きますよ?」
「うむ……まぁ、そうだな。ならば、話そうか」
「はい」
エルネストさんはコホンと咳ばらいをすると、真剣な眼差しで俺を見据えた。
「以前……あの、ノーラという少女を見かけたことがある様な気がするのだ」
「それは……まぁ、あり得るんじゃないですか? 家がスタンロイツ帝国にあるという風でも無かったですし」
「……それが、三十年以上前でも、か?」
「……まさか」
「あぁ。その通り。まさかな話さ。だから、あまり気にしなくても良いとは思うのだがな」
「……でも、一応。という小尾ですよね?」
「あぁ。そういう事だ。まさかとは思うが、一応話をしておいても良いか。という話だな」
俺はゴクリと唾を飲み込んで、エルネストさんに『一応』尋ねてみる事にした。
あまり良い期待は持たないままに。
「エルネストさん。一応、俺も確認したいんですが……ノーラちゃんは、エルネストさんが見かけた時、何をしていたんですか?」
「……」
「エルネストさん……!」
何故か言い淀んでしまったエルネストさんを急かして、俺は続く言葉を求める。
そんな俺の対応に、エルネストさんはため息を一つ吐いてから、口を開いた。
「あくまでこれは俺が見ただけの話だ。それが真実かどうかは分からん」
「それは……分かっています」
「うむ。では、話すが……あの少女とよく似た者は、戦場で獣人も人間も関係なく、近づいた者を皆殺しにしていたのだ」
「っ!」
「理由は分からん。が、その力が圧倒的であったという事はよく分かる」
「……」
「おそらくは魔術か、何かの力だとは思うが、彼女は触れるだけで、その者を殺す事が出来たのだ……いや、殺すというよりも解体か?」
「解体?」
「あぁ。触れた先からまるで枯れ木の様に砕けて、地面に落ちて、塵となり消えていった。アレがどういう力だったか、それは俺にも分からん」
「エルネストさんは、その時……?」
「こっちも忙しかったからな。特に触れずに終わったよ。だが、こちらをジッと見つめる瞳には、どこか寒い物を感じた。まるで人を殺しているという自覚がないまま、ただ、手に持ったオモチャが壊れてしまった。という様な顔にな」
「そう……ですか」
俺はエルネストさんの話を重く受け止めながら、目を閉じて考える。
ノーラちゃんと、エルネストさんが過去に会ったという少女が同一人物かどうか。
普通に考えればあり得ない話である。
どう見ても、ノーラちゃんはソラちゃん達よりも年下に見えるし。
三十年間同じ姿などあり得ない。
だが、ミクちゃん達の例があるし。
スタンロイツ帝国の皇帝陛下だって500年も生きているという。
それを考えるのであれば、ノーラちゃんが彼らと同じ様に、普通の人間では考えられない程に長生きをしている可能性はある。
だが、あくまで可能性だ。
ノーラちゃんがそうであると決めつけるのは良くないし。
もし、仮に同一人物だとしても、今のノーラちゃんは何も悪いことをしていないのだ。
人を傷つける所だって見たことがない。
ならば……ひとまずは見守るのが正解なのでは無いだろうか。
と、俺は静かに結論を出すのだった。