世界国家連合議会に到着してからも色々な問題が起ったが、何とか無事にアリア姫様を会議室へ送り出す事に成功した。
後は中で行われる会議が終わるのを待ち、そして何かあった際には中へ飛び込んでアリア姫様を助けるだけである。
という訳で俺はレオさんや、ココちゃんジーナちゃんらと共に会議室の外にある中庭で立っていた。
会議室はガラスで中が見える様になっているが、声は届かない。
そういう魔術が使われているらしい。
俺は小さな体で一生懸命何かを訴えているアリア姫様を見守りつつ、世界の王や支配者たちを順番に見ていた。
「リョウ」
「どうしました? レオさん」
「お前は姫様の案をどう思う?」
「先ほど廊下で話していた奴ですか?」
「そうだ」
「まぁ、無謀でしょうね。成功する筈がない」
「……人は愚かで、争いを忘れられないから、か?」
「違いますよ」
俺は視界の中にアリア姫様を入れたままレオさんに視線を移した。
「レオさん達が大人しくしているのは、アリア姫様が居るからでしょう?」
「……」
「だからアリア姫様がいなくなった時点で、俺は争いが起ると思ってます」
「なかなか、鋭いな」
かすかに笑い、そんな言葉をかけてきたレオさんに俺も笑いかけた。
そう。別にレオさんもジュードさんも人間を認めては居ないのだ。
愛しても居ない。
ただ、アリア姫様が居るから。
アリア姫様が自分たちの為に小さな体で頑張っているから。
だから、共に居るし、協力しているだけだ。
アリア姫様がいなくなれば、枷は無くなり、シーメル王国へ、人間へ怒りをぶつける事になるだろう。
同胞を傷つけられてきた怒りを。
そして、アリア姫様を失った悲しみを、ただぶつけるに違いない。
「アリア姫様はな。お優しい方なのだ」
「それは、まぁ、そうでしょうね」
「ふっ、お前の考えている以上だよ。リョウ。あの御方は、お前が考えている以上に慈悲深く……そして悲しいくらいにお自分を軽んじてらっしゃる」
「……」
「アリア様がな。シーメル国へ初めて来たとき、獣人の現状を知り、このままでは世界を巻き込む戦争が起きると国王に直訴したのさ」
「結果は……」
「言うまでも無いだろう? 国王はアリア様の前で、まだ幼い獣人の子を殺した。自らに意見した罰だとな」
「……」
俺は未だ姿も見たことのない者に対して激しい怒りを覚える。
そして、その時のアリア姫様を想って胸が痛んだ。
「それからだ。アリア様は、何をどうやっても世界を平和にしなくてはいけないと考え始めたのさ」
レオさんが呟くように言った言葉に、俺は何とも言えない気持ちを抱えて、ガラスの向こうで言葉を重ねているであろうアリア姫様を見た。
周囲の国王たちはあまり彼女に興味を持っていない様に見える。
「平和。それで、あの様な策を」
「まぁな。しかし、あれはアリア様の考えている本当の策ではない」
「……!」
「リョウ。あの方はな。シーメル王国の獣人を救うために、反乱を起こすつもりなのだ」
「っ! まさか」
「そのまさかさ。既に準備は進んでいる。後は時期を見て実行するだけだ」
「それを俺に話しても、良いんですか?」
「あぁ」
確かに俺は少しの旅でレオさん達と親しくなった。
だが、それだけだ。
俺は人間で、レオさん達は獣人である。
その様に信じても良いのかという問いに、レオさんは何の躊躇いもなく頷いた。
「リョウ。お前にはな、頼みがあるのだ」
「頼み?」
「シーメル王国で反乱を起こす際には、アリア様をセオストで……お前の所で匿っていてくれ」
「っ!」
「アリア様が考えている反乱は、なるべく血を流さず王城を制圧する。というもの……無論それにジュード達も賛成しているが。お前は止まると思うか?」
「いえ。おそらくは止まらないでしょう。最悪はシーメル王国の人間が全て死ぬ」
「あぁ、だろうな」
「しかし、アリア姫様が居るのなら、そこまでの強行には走らないのでは?」
「だろうな」
「……なら、アリア姫様のお気持ちを考えて、アリア姫様が居る場所でなるべく被害の少ない反乱を起こすべきだ。その時になれば俺が護衛する! だから」
「それは出来ん」
「レオさん!」
「出来んのだ! リョウ。分からないか? アリア様が何を考えているのか!」
「なにを?」
「そうだ。あの御方はな、死に場所を求めているのだ」
「……!」
「あの御方はお母上を亡くされた時から、あの幼い命を腕の中で失った時から!! その命を使う事しか考えていない! それがこれだ」
「バカな」
「何故血を流さず王城を落とせると思う!? 反乱に合わせて、アリア様が国王と王妃、そして皇太子と第一王女を殺めるからだ。罪を償う為に」
俺は血だまりの中でナイフを握りながら静かな涙を流すアリア姫様を想像して胃がムカムカとするのを感じる。
吐きそうだ。
「そして最後に、アリア様自らがその命を絶ち、争いの根を刈り取る。そういう計画なのだ」
「それをジュードさん達は知っているんですか?」
「いや、知っているのは俺だけだ。ジュードたちが知っていれば計画に反対するだろうからな」
「そうでしょうね。しかし、そうして王族を消した後、シーメル王国をどうするつもりなのですか? アリア姫様は」
「人と獣人の中から、為政者としてふさわしき者を選ぶのが理想だと言っていたが、すぐには無理だろうから、俺に王をやれと言っていたよ」
俺は何となく前の世界での事を思い出しながら、アリア姫様の想う理想は遠いだろうなと小さく息を吐いた。
民主主義は土台が大切だ。
指導者を決める前に、侵略されたら元も子もないワケだし……。
あぁ、だから獣人であり、国内でもトップクラスの実力があるレオさんなのか。
少なくともレオさんなら周囲の獣人は付いてくるだろうし。
最悪人間は他国へ逃げても問題はないワケだ。
「うまい事出来てるもんですね」
「アリア様の策だからな」
「しかし、誰も喜ばないでしょう。そんな結末は」
「だからこそ、お前にアリア様を任せたい」
「……それは、構いませんけどね」
どちらにせよだなとは思ってしまう。
仮に無理矢理セオストへ連れて行ったとしても、アリア姫様は納得しないだろうし。出来ないだろう。
苦しむ事になるのではないだろうか。
もしかしたら、命を絶つかもしれない。
いや、逆にそれは無いのか。
有効活用では無いから。
しかし、だからなんだ。
それが何だというのだ。
死んだような心で生きてどうなる。
「俺はやっぱり、アリア姫様には幸せになって貰いたいって思いますよ。あんな小さな子が、悲しんで生きるのも、死んでしまうのも、どちらも間違っていると思います」
「……だろうな」
俺はガラスの向こうで気落ちしながら水を飲んでいるアリア姫様を見て、想い、悩む。
幸せを、なんて言うのは簡単だ。
無論レオさんだって今まで何度も考えてきたことだろう。
しかし、その上で出した結論がこれという事だ。
「計画を実行する時は決まっているのですか?」
「まだだ」
「……」
「もしその時が来れば、俺はセオストに居るお前の所へ会いに行こう。アリア様と共に」
「……分かりました」
何とも言えない苦い気持ちを噛みしめて、俺は大きなため息を吐いた。
その声に反応して、離れた場所に座っていたココちゃんたちが反応するが、なんでもないと手を振って笑う。
とてもじゃないが聞かせられない話だ。
ジーナちゃんに聞こえていたら、と思うとゾッとする。
「その時が来るまでに、俺は俺で考えておきますよ」
「……あぁ」
そして俺は、それからもアリア姫様の護衛任務を静かにこなしてゆくのだった。