世界国家連合議会の定例会議も終わり、やや疲れた顔で戻ってきたアリア姫様を侍女の人が受け止め、そのまま客室に連れて行った。
ジーナちゃんやココちゃんも一緒に付いており、何かあればすぐ知らせてくれるだろうと、俺はレオさんらと共に扉の向こうで待っていたのだが。
「よう。会議は終わったみたいだな」
「アレクさん。そちらの用事も終わったみたいですね」
「まぁ、な。終わったというか、始まったというか」
「……?」
アレクシスさんは微妙な顔をすると、俺の近くに近づいて声を潜めながら話す。
「実のところ、予定が少しばかり変わってな。潜入の件は無かった事になったんだよ」
「では、情報は?」
「別のルートから手に入る。そこは心配するな」
「分かりました」
そして、にこやかに笑うと、俺から離れてやや大きな声で言葉を続けた。
「まぁ、色々あったが、これでアリア姫の護衛任務は終わりというわけだ」
「……分かりました。という事はこれでようやくセオストに戻れるという事ですね」
「そういう事だ」
それからワザとらしいくらい明るい声で話をしていた俺とアレクさんであったが、背中の向こうにある扉が開き、中から苦笑いをしながらアリア姫様が顔を覗かせる。
「お二人とも。申し訳ございませんが、まだ任務は終わってませんよ。私はこれからシーメル王国に戻るんですからね」
「いや、帰りはポータルを使えば良いじゃないですか。議会のポータルは連続使用も出来るでしょう?」
「いえいえ。せっかくですから、帰りも送ってもらおうかと思いまして」
「……俺たちもそんなに暇じゃないんですけどね?」
「依頼料ならしっかりと出しますが」
「いや、そういう話じゃあ」
「ではどの様な問題があるのでしょうか? セオストが今危機に瀕している。という事なら私も考えますが」
「……」
「アレク」
「なんだ。ヴィル」
「言わなくても分かるだろ?」
「チッ。俺は負けてねぇぞ。相手が子供だから遠慮してやってるんだ」
「はいはい」
アレクシスさんは言い訳を一つ落としつつ、アリア姫様の依頼を受ける事にしたようだ。
そして、俺は無邪気に笑うアリア姫様を見つつ、こんな風に笑い続ける未来は無いものかと考えていた。
そんな時だ。
ふと、アレクシスさん達の向こう側から一人の少女が歩いてくるのが見えた。
まるでこの場所が自分の家だ、とでも言うように堂々と廊下の中央を歩いている。
不思議な子供だ。
桜と同じくらいの年に見えるが、その割には随分としっかりしている様に見える。
「こんにちは。皆さん」
「あ、ミクさん。こんにちは」
「アリア姫様もお元気そうで何よりです。今回は定例会議でこちらに?」
「はい。お父様は少々別の用事がありまして。私が代わりに」
ニコニコと笑顔で言葉を交わす二人の少女。
何も知らず見ていれば、なんて事はない微笑ましい光景であるが、片方はシーメル王国という国のお姫様である。
いくらアリア姫様が良いとしても、周囲から見るとまずいんじゃないか……。
なんて思いながら周囲を確認すると、どうやらそんな風に考えているのは俺だけだったようだ。
シーメル王国の関係者でない人々も特に違和感は持たず通り過ぎて行った。
「しかし、アリア姫様とこんな所で会えるとは、私も運が良かったです」
「というと?」
「いえ、実はアリア姫様とお話してみたいなと前々から思っていたんです! ですから、道中ご一緒してもよろしいですか?」
「えぇ!? そうなのですか! 嬉しいです! こちらこそよろしくお願いしますね!」
ニコニコと語り合う少女たちを、何となく見ながら俺はヴィルヘルムさんとアレクシスさんに確認するべくスッと二人に近づいた。
「……良いんですか? あの子。どこの誰か知りませんが」
「大丈夫だ」
「あぁ、彼女はな。リョウ。世界国家連合議会所属、災害対策局の局長だ」
「……よく分からないですけど、もしかして偉い方ですか?」
「それは……」
「別に権力はありませんよ。リョウさん」
「っ! 俺の名前」
「少し前に冒険者として登録された方ですよね。確か、ヤマトの方からいらっしゃった方とか」
「……えぇ、まぁ」
「ふふ。そんなに警戒しないで下さい。別に生まれた国や『世界』が違っても、私は貴方たちと敵対するつもりはありませんから」
「では、どの様な目的が?」
「私はただ世界を守りたいだけです。大いなる脅威から」
「大いなる脅威」
「そう。脅威は様々な場所に存在していますからね。私はそんな世界を滅ぼしてしまう様な『災害』を防ぐ為に活動しているワケです」
「……なるほど」
色々な思惑を含みながら語る少女に、俺は警戒心を持ちながら笑顔を作った。
そして、ミクさんから差し出された手を握り返すのだった。
それから。
アリア姫様の準備が終わるまで、俺はミクちゃんやアレクシスさん達と共に廊下で色々な話をする。
「という訳でな。ここにいるミク様は世界を救った勇者パーティの一人ってワケだ」
「しかも七回な」
「それは……凄いですね」
「大したことはありませんよ。私よりも頑張った子が居ますからね」
謙遜した様に笑うミクちゃんを見て、なるほどと頷きながら、ふと気になった疑問を口にする。
「しかし、7回も世界が滅びかけているとは……随分と危険が多いんですね」
「あー。リョウ?」
「なんですか?」
「こちらにいらっしゃるミク様はな。見た目通りの年齢じゃないんだ」
「そうなんですか?」
突然神妙な顔で妙な事を言ってきたアレクシスさんに首を傾げて問う。
そして、そんな俺の疑問にアレクシスさんはフッと笑いながら答えてくれるのだった。
「あぁ。なんとミク様はな。500年も前から我々人類を見守って下さっているのさ。くっ、くくく」
「アレク」
「良いだろ。少しくらい」
「しかしな。ミクさんが可哀想だろう」
アレクシスさんを諫めるヴィルヘルムさんの言葉に、俺は何気なくミクちゃんを見たのだが……。
そこには頬を膨らませて怒りを示しているミクちゃんが居た。
どう考えても500年も生きている人には見えない。
いじけている姿など、桜とよく似ている。
「アレクシスさんも冗談が上手いですね」
「いやいや。冗談じゃないんだって」
「こんなに可愛いミクちゃんが500年前から生きている? あり得ないでしょう」
「むー!」
俺の言葉に反応してか、ミクちゃんがうなり声をあげた。
が、まぁ可愛いだけである。
小さな子供というのはどこの子であっても可愛いものだ。
「リョウ。後悔するなよ」
「何も後悔する事は無いですよ」
「まぁ、お前がそれで良いのなら、俺は何も言わんがな」
「どういう意味ですか?」
「……いや、何でもねぇよ」
アレクシスさんの意味深な言葉に聞き返したが、答えは貰えず、アレクシスさんに続く様に怒りを滲ませた笑みを浮かべたミクちゃんに服を掴まれた。
絶対に逃がさないとでも言うように、強く強く服を捕まれる。
「どうかしましたか?」
「ふ、ふふふ。リョウさん。貴方は実に面白い人の様ですね」
「それほどでもありませんが」
「面白い! 人の! 様ですね!」
「え、えぇ、はい」
「えぇ、えぇ、本当に。本当に面白い。面白いですよ!」
「あの、落ち着いてください。ミクちゃん」
俺が落ち着かせようと声を掛けた瞬間、ミクちゃんは爆発した。
怒りを通り越して、笑うしかないとでもいう様な笑みで俺を見据える。
「ふ、ふふふ。決めました。セオストでは、リョウさんと共に行動します! ぜぇーったいに断れない依頼を冒険者組合に申請しますからね! 覚悟しておいて下さいね!」
「まぁ、それは構いませんが。あんまり危ない事をしちゃだめですよ」
「きー! 私を子供扱いして! 後悔しても知らないですよ!」
「はい」
「きー!!」
それからアリア姫様が出てくるまで、ミクちゃんの癇癪は続くのだった。