俺が考えているよりも、巨人の歩く速度は速く、俺が壁の上に登ってそれほどしないで、巨人は壁に激突した。
とは言っても、とんでもない巨体である為、下半身をぶつけた程度のものだ。
しかし、巨人にとってはそうであっても、俺たちにとっては大災害である。
大壁の上は激しい揺れに襲われ、何人かの騎士が地面に落ちてゆくのが見えた。
鎧があるから無事だとは思うが……人の心配ばかりもしていられない。
俺は揺れの中で、刀を抜きながら巨人が振り下ろしてきた手を縦に切り裂いた。
瞬間、手は腕から離れ、大壁の上に落ちて大量の水に変わる。
まるで台風の中を出歩ていた時の様に全身がびしょ濡れになりながらも俺は叫んだ。
「今だ!!」
声が空に響き渡った瞬間、一部が破壊された大壁の向こうから大壁の一部が射出され、巨人に向かって飛んで行く。
凄まじい勢いで飛んで行く巨石は巨人の体を一部奪い取り、遠くの森に落ちた。
「すごーい! 効いてるよ! 効いてる!」
「あぁ。やっぱり質量弾は有効だったみたいだ。魔術が効かなくても、魔術を利用すればいくらでもダメージは与えられる!」
「ジーナちゃんキックみたいな感じ?」
「……ジーナちゃんキックがどんな技か分からないけど、たぶん同じなんじゃないかな」
「なるほどー」
俺は苦しんでいる様に表面の水を揺らしながら動き回る巨人を見て、次なる攻撃を刀で切り裂いて防ぎ、巨石が撃ちだされるのを見て、巨人の次なる攻撃を見極める。
が、中々に厄介だ。
既にこちらの攻撃が危険であることを理解したのだろう。
上手く魔力石に当たらない様に体を動かしてかわしているのだ。
「厄介だな」
「どうする?」
「そうだね。あと、もう少しだけ様子を……」
「リョウさん! ジーナさん!」
もう少し様子を見ようと言おうとした瞬間、金色に瞳を輝かせたミクちゃんの叫ぶ声が聞こえ、俺はハッと巨人全体へと意識を移した。
そして、次なる攻撃を察し、声を上げる。
止めるのは……もう間に合わない!
「掴まれ!! 壁に攻撃をしてくるぞ!」
そして、俺の言葉が周囲に騎士に届いたか、届かないかというタイミングに、巨人が壁を蹴り、大壁を揺らす。
先ほどよりも激しい揺れに、騎士たちもたまらず地面に伏せるが、揺れだけではなく、巨人は驚くような攻撃に出た。
そう。こちらが崩れた大壁を利用して攻撃していた様に。
巨人も大壁の破片を手に取り、空から落としてきたのだ。
俺の刀で魔力を切り裂く事は出来るが、巨石を破壊する事は出来ない。
このまま石に潰されてしまう! となった瞬間、大壁の遥か向こうから突っ込んできた何かが、落ちてくる巨石に向かって飛び込み、それを粉々に砕いた。
「っ!?」
「わぁー! すごーい!」
そして、巨石を砕いた主は俺のすぐそばに着地すると折れてしまった剣を棄て、近くにいた騎士から剣を借り受ける。
「随分と腕が落ちた。この程度で剣を折ってしまうとはな」
「エルネストさん!」
「おぅ。小僧。元気にやっとるな。ソラリアが寂しがっていたぞ。今度ウチに来い」
「え? いや、それは構いませんが」
「よし。受けたな。後で正式に冒険者組合へ依頼を出しておく。なるべく早めに受けろよ。あぁ、そうだ。例の食堂で働いているという妹も連れてこい。ソラリアの興味を外から内に向けさせるのだ。良いな? 成功報酬は弾むぞ」
「わ、分かりました」
緊急事態だというのに、平然と日常の会話をしながら巨人が落としてくる巨石を砕く老人。エドワルド・エルネストはうむうむと頷きながら俺の返答に満足し、再び壊れた剣を棄てながら笑う。
「ではこの騒がしい状況をさっさと終わらせるとしよう」
「エルネストさんに何か策が……?」
「無い!」
「えぇ……」
「だが、お前には託されたものがあるのだろう? ならば行け。ちょうど、向こうから手助けも来ている様だしな」
「向こう?」
エルネストさんの言葉に森の方を見て、かつて一度だけすれ違った人の気配に俺はジーナちゃんへ声をかけた。
「ジーナちゃん!」
「はい! ジーナちゃんです!」
「向こうから走ってくる人に、伝言を頼む。道を開いて欲しいと、そうすれば核は俺が潰すと」
「えーっと。うん、分かった!」
ジーナちゃんは頷いて、すぐに俺たちの前から消えた。
それを見ていたエルネストさんが、驚きながら小さな声で呟いた。
「……まさか帝国の魔女がこんな所に居るとはな」
「エルネストさん!」
「む?」
「彼女は魔女ではなく、セオストを守ろうと戦っている一人の女の子です」
「……ふっ、なるほどな」
「名をジーナちゃんと言います」
「そうか。分かった。であれば何もいう事はあるまい」
「ありがとうございます」
俺はエルネストさんに頭を下げてから、一言断り走り出した。
向かうのは大壁にぶつかっている巨人の体だ。
ジーナちゃんに使ってもらった魔法で巨人の体に足を吸い付けて、俺は上半身を目指し、駆け上がってゆく。
だが、巨人の俺の刀の強さを知っているからか、足元にある水の体を変化させて俺の体を弾き飛ばそうと、または取り込もうとしてくる。
複雑に動き回る足元を上手く走って、俺はひたすらに登っていたのだが、いよいよ危機を感じたのだろう。
巨人は両手を使って俺の体を払い落とそうとした。
瞬間、光が空に走る――。
それは以前ロボットと戦った時と同じ、天を斬る一撃。
俺と同じ刀を持つ人の一撃であった。
その一撃は魔力石を砕く事は出来なかったが、その表面を露出させる事に成功していた。
天斬りの一撃と共に巨人の上を走り出していた俺は、体の限界を超えて足を高速で動かす。
焦りからか両腕を動かす事が出来ずにいた巨人は体から無数の水をはじき出し、弾丸の様に俺を撃つが、このチャンスに足を止めるような俺じゃないのだ。
そのまま露出している魔力石に向かって飛び込み、横に両断した。
ボロボロの体で空中に体を投げ出して、振り返りながら魔力石を見ると、両断した魔力石を何とかくっつけてまだ再生しようとしている巨人が見えた。
しかし、どこからか飛んできた一発の弾丸が、魔力石の中央に突き刺さり、そこから砕くのを見て、俺は落ちながら笑みを浮かべた。
このセオストで、銃を使っている人は一人しかいないし。
とんでもない距離の狙撃を成功させる人間も一人しかいない。
これでセオストは救われたと、俺は力を抜きながら森の中へと落ちてゆくのだった。
どうやら意識を失っていたらしい俺が目を覚ました時、周囲は金色の光に包まれていた。
いや、光じゃない。毛並みか?
「っ!」
『どうやら目を覚ました様だね』
「あ、あなたは」
『久しぶりだね。あの時の小僧』
「……えぇ。お久しぶりです。森の神」
俺は痛む体を何とか起こそうとしたが、森の神のしっぽで押さえつけられ、そのまま森の神の上で寝る事になってしまった。
「……?」
『もう少し寝ていな。人間の町までは送ってやろう』
「それは……ありがとうございます。ですが」
『なに。森で騒いでいた新入りを消してくれた礼と、娘の為さ』
「むすめ……?」
『あぁ。どうやらお前の所にいる様だね。面倒を見てくれると助かるよ』
狐の姿をした森の神の姿を思い出し、俺はココちゃんの事かと納得した。
神にとって、獣人はもしかしたら子供の様な物なのかもしれないと。
「分かりました。大切にします」
『そうかい。悪いね』
「いえ」
『あの子は人間が嫌いだったが。お前の事は嫌いじゃないようだ』
「それは、嬉しいです……ね」
『もう限界も近いようだね。寝な。起きたら人間の町で目覚めるだろうさ』
「……はい」
俺はふわふわの布団よりも柔らかな森の神の上で目を閉じて力を抜いた。
ゆらゆらと動くあたたかな感触は、遠い昔に消えた父と母のぬくもりを思い出す様であった。