やや緊張しながらセオスト家に来た俺であったが……その空気はすぐに壊された。
何故なら領主であるセオストさんは非常に気さくな方であったからだ。
「いやぁー。セオストを守った英雄殿にこうして会えるとは! 嬉しい限りですよ。握手しても良いですかな?」
「もちろんです。セオスト様」
「様だなんて呼ばないで下され。私はそれほど大した人間では無いんだ。ま! セオスト家が素晴らしい家である事は確かだがね? ハッハッハ。友人の様にルーカスと呼んでくれ。あ、いや。外ではセオスト様と呼んでくれた方が良いがな! 貴族家がなんだと面倒な者たちが居る事は確かだからな! ワッハッハ」
「ありがとうございます。ではルーカス様と」
「いやいや。英雄殿と友人になれるとは、領主をやっていて一番良かった瞬間だな! エルネスト老とも親しく出来るし、良い事ばかりだよ! ワッハッハ」
「無礼な事をお聞きしますが……ルーカス様は、英雄という名に何か憧れの様なものがあるのですか?」
「あぁ、あるな! 私とて男だ。男に生まれたからには剣を持って誰かの為に戦いたいものよ! まぁ、剣など持った事はないから、振り回す事など出来んがな! ワッハッハ!」
実に、楽しそうに笑うルーカス様を見て、俺はここに来るまで感じていた不安が少しずつ薄れてゆくのを感じる。
無論これが演技という可能性もあるが……それを言い始めたら何も信用できないという話でもある。
ひとまず信用して、何か不穏な気配を感じたら行動。
これで良いような気もする。
「あなた。そろそろお話しも終わりにしませんと、今日はあなたとお話しをする為に来たわけではありませんよ」
「はっ! そうであった! いやー申し訳ない。ついつい楽しくてな。話し込んでしまった。思えばエルネスト老に初めて会った時もそうであった……」
「あなた!」
「すまんすまん! そう怒らんでくれ。私もちゃんと反省している」
奥さんと思われる人に怒鳴られて、ルーカス様は謝りながらソファーから立ち上がった。
そして、部屋の隅にいた人を呼ぶと、娘さんを呼んでくる様に言う。
「ごめんなさいね。リョウさん。お忙しい所を呼んでいるのに。この人ったら話が長くて」
「いえいえ。今日は他に用事もありませんので」
「なに!? そうなのかね! では夕食もウチで食べてゆくと良い。シェフに言っておこう!」
「あーいや……あ、行ってしまった」
「重ね重ね申し訳ございませんね。あの人ったら嬉しくなると人の話もあまり聞かなくて」
「い、いえ……食事はありがたいので」
切れ目の美人であるフレイヤ様は、怖そうな顔のまま口元を釣り上げて面白そうな物を見るような目で笑うと、分かりましたと呟いた。
話をしているだけだが、緊張する。
別に何か責められている訳では無いのだが、ふとした時に威圧感の様なものを感じるのだ。
気のせいかもしれないが。
「時に。リョウさんと仰ったかしら」
「は、はい!」
「貴方、どの様な方が好みですの?」
「……好みと言いますと」
「結婚をするならどの様な女性が良いのか、と聞いているのです。それとも男性が好みかしら?」
「あ、いえ。私は女性が好みですね」
「それで?」
「えー、いや。そこまで詳細に好みを考えた事は無いのですが……強いて言うなら年上の女性ですかね?」
「年下は何故駄目なのです」
「駄目という事は無いのですが……妹の様に感じてしまうと言いますか」
「なるほど。まぁリョウさんはまだ若いですからね。五年か十年もすれば若い方が良いと思う事でしょう」
「は、はぁ。なるほど……?」
「それで? リョウさんの好みが年下という事までは分かりました。他には何か無いのですか?」
「いや、俺は……」
「無いのですか?」
「……えー、いや。少々お待ちください」
俺は背中に冷や汗を流しながら考えていた。
この異様な押しは何なんだ、と。
年下が好きなんて言ってないんだが、気が付いたら年下が好きという事になっていた。
意味が分からない。
それに、他の好みって言われてもな。
何とか絞り出したのが年上っていう話なんだが……。
「えーと、物静かな子ですかね」
「なるほど。しかし、元気のある子というのもそれはそれで良い所があるとは思いませんか? 特に年下であれば」
「それは、まぁ……子供は元気な方が良いとは思いますが」
「ではそういう事ですわね。リョウさんの好みは年下で元気の良い子と」
「……?」
何故だろうな。
言った覚えのない事が全て好みとして決まってゆく。
この儀式は何なんだ?
これが何かの罠なら、この質問の果てに何があるのか想像くらいはさせて欲しい。
正直な所、この先に何があるのか今のところサッパリ分からないのだ。
「他には? 容姿や家柄など色々とあるでしょう」
「家柄とかにこだわりはないですね。私自身平民ですので」
「つまり、例え相手が貴族であっても構わないと。むしろ貴族家に入る事で自分の力がより活かせる事になるから、良いと。そういう事ですね?」
「そういう事は……」
「貴族がお嫌いなのですか? 先ほどルーカスと交わした友情は嘘であったと」
「そういう事では無いんですけれども」
「ならば問題ないでしょう。リョウさんの好みは年下の貴族で元気の良い金髪の長い髪を持つ、負けず嫌いで甘えがちな子であると」
「何か知らない間に色々と追加されているんですが……」
「あら。その様な事はありませんけど」
しれっと色々と追加する奥様に、このままではとんでもない人間にされてしまうと抵抗しようとしたのだが、俺が口を開く前に別の若い男の声が部屋に響いた。
「母上。お客様を虐めるのもそれくらいにしなよ」
「あら。ダニエル。虐めるとは心外ね。私はただ、リョウさんの好みを聞いていただけよ」
「まったく……すまないね。リョウさん。僕はダニエル。ダニエル・テリエ・セオスト。この家の跡継ぎって奴さ」
「これは丁寧にありがとうございます。俺はリョウ。冒険者です」
「知っているよ。セオストの若き英雄。セオストを守ってくれてありがとう」
爽やかな笑顔を浮かべながら握手を求めてきたダニエルさんの手を握り返し、俺も緩んだ空気に笑みを浮かべる。
「ふむ」
「何か?」
「いや、何故かな。君とは他人の様な気がしなくて……似たような空気というか、感覚を覚えるんだ」
「なるほど?」
「不思議だね。僕は君と違って剣など持った事が無いし。本を見て勉強ばかりしてきたのだけれど」
俺は少し考えてから、ダニエルさんの鍛えられていないという割には服の上からでも分かる引き締まった体を見る。
そして、爽やかに笑う好青年の姿から……確かに俺とは随分と違う様に見えた。
しかし一つだけ、生まれた世界も考え方も違うであろう俺たちに共通点がある。
「ダニエルさんは、妹さんが好きですか?」
「あぁ。シャーロットには幸せになって貰いたいと思っているよ。家のしがらみとか気にせずにね」
「……実は私も妹がいまして」
「ほう?」
「妹には誰よりも幸せになって貰いたいと常々考えているんです」
「なるほど。だからか。生まれた場所は違えど、立場は違えど、家族を想う気持ちは同じ。面白いね。リョウ」
「そうですね。ダニエルさん」
「ダニエルで良いよ。見た所僕たちの年齢はほぼ同じくらいだ。そうだろ? 敬語も辞めてくれ。少し気恥ずかしい」
「これは失礼。じゃあダニエルと呼ぶけど、良いかな」
「無論だ。これは僕からお願いした事なんだからね」
ルーカスさんもかなり話しやすかったが、ダニエルはそれ以上だ。
いくつか言葉を交わしただけで、まるで気持ちが通じ合うかの様に、心が重なる。
「リョウは異国から来たんだろう? 外の世界の事を教えてくれないか? 生憎と僕はセオストの事しか知らなくてね」
「俺に話せる事であればいくらでも」
「それは素敵だな。あ、ちょうどいい。今部屋にセオストの歴史書があるんだ。外の話を聞かせてもらう代わりに、僕はセオストの話を提供しようじゃないか。セオスト家の者しか知らない話もある。これなら対価としては釣り合うだろ?」
「それは構わないけれど、良いのかい? 俺の方が多分貰いすぎてるよ?」
「無論だ。これは友情の証とでも思ってくれればいい」
「友情か。いいね」
俺はここへ来た目的も忘れて、ダニエルと話し込んでいたのだが……部屋に飛び込んできた小さな影が目を見開き叫んだ事で、ハッと、現実を思い出すのだった。
「私が居ない間に、お兄様に取られた!!? 私が呼んだのに!」
そういえば、今日はシャーロットという子の依頼で来たのだった、と。