ダニエルの妹であるシャーロット様が乱入し、場は騒然となった。
が、流石は兄として長い時間を生きてきたダニエルである。
その動きは非常に速かった。
「シャーロット。落ち着きなさい」
「っ! お兄様……!」
「確かにリョウはお前のお客様だが、そもそもの問題はお前がいつまで経っても部屋から出てこなかった事が原因だろう?」
「それは、そうですけれど……!」
「であれば、お前が降りてくるまで私たちがお客人の相手をするのが当然では無いか?」
「……はい。その通りです」
「よろしい。では、セオスト家の人間として恥ずかしくない様に、しっかりとおもてなしをしなさい」
「はい」
シャーロット様は応接室に飛び込んできた時とは打って変わり、表情を引き締めると、凛々しくスカートをつまみながら挨拶をする。
確か、お貴族様の挨拶だった様な気がする。
うろ覚えだが。
「初めまして。私はセオスト自由商業都市を管理運営するセオスト家の長女、シャーロット・テリエ・セオストと申します」
「これは丁寧にありがとうございます。私は名乗る程の地位もありませんが、このセオストで冒険者をさせていただいております小峰亮と申します」
「……コミネ?」
「あぁ、家名ですね。名は亮。家名が小峰と申します」
「家名と名が逆なのですね」
「そうですね。私が生まれた場所では」
言ってからヤマトでは違ったらどうしようかと一瞬思ったけれど、最悪俺が生まれた場所ではそうだったと押し通せば良いかと思考を回す。
そして、特に疑問を持ってはいないシャーロット様を見ながら、ふと昔テレビで見た貴族への挨拶を思い出した。
俺はシャーロット様の前で跪いてから、自然な形で前に下ろされているシャーロット様の手を取り、その手の甲に唇を落とした。
確かこんな感じだったと思う。
あまり自信はないが……。
一応言っておくか。
「慣れぬ挨拶の為、不手際があれば申し訳ございません」
「い、いえ!」
顔を真っ赤にして俺がキスした方の手を逆の手で包み込んで、後ずさるシャーロット様を見ながら、やらかしたかなと少しばかり冷や汗をかいた。
最悪はセオストを脱出しないといけないわけだが……流石に俺の行動で脱走は桜たちに申し訳ない。
もっと弁明するべきか?
と思っていたらダニエルがシャーロット様に言葉を投げてくれた。
「シャーロット」
「っ! お、おおお、お兄様!」
「少し落ち着きなさい」
「でも!」
「リョウはヤマトの方だ。別に意味があってその挨拶をしたワケでは無いだろう。なぁ? リョウ」
「え? えぇ、そうですね。貴族の方が行っていた挨拶を真似したのですが……何か問題がありましたか?」
「ほら見ろ。お前の勘違いだ」
「う……! そ、そうみたいですわね」
ダニエルの言葉で落ち着いたと思われるシャーロット様は深呼吸をしてから再び俺に近くのソファーへ座る様に促した。
そして、何故かそのまま俺の隣に座る。
「あの? シャーロット様?」
「え? あっ! 申し訳ございません! 私はこっち。こっちですわよね」
あははと笑いながら正面に移動するシャーロット様にセオスト家の方々は大きなため息を零した。
何となく部屋の空気から、シャーロット様がどういう子かを少し察した。
もしかしたら桜と少し似ているかもしれない。
「こほん。それでですね。本日リョウ様をお呼びした件なのですが」
「はい」
「……」
「……?」
シャーロット様は俺をジッと見つめ、瞳が合うとそのまま固まってしまった。
何か言葉を発しようとしているが、うまく出来ないようだ。
恥ずかしがり屋なのかもしれない。
どうしたものかなと、シャーロット様の隣に座るダニエルに視線を向けると、彼は小さく頷いてくれた。
「シャーロット」
「はっ!」
「何かリョウに聞きたい話があったんだろう?」
「そ、そうでした! リョウ様!」
「はい」
「……」
「……? シャーロット様?」
「はっ! 申し訳ございません! そ、その、リョウ様があまりにも、その、凛々しくて」
「おほめいただきありがとうございます」
シャーロット様に笑顔でお礼を言いながら、何とも言い難いムズムズとした感触に体を震わせる。
こういう女の子女の子した子との会話は何とも苦手だ。
桜みたいに妹だって思えば何とかなるのだが、流石に貴族のお嬢様。お姫様を妹扱いするワケにはいかないだろう。
結果として、何とも言えない微妙な対応になってしまっているわけだが……。
さて、どうしたものか。
「まったくしょうがない子だね。リョウ。すまないが、僕から依頼について話をさせて貰うよ」
「あぁ、ありがとう」
「いや、構わないともさ。まず僕らとして気になるのは、今回の魔物騒動だよ。遠くからでは何も分からなくてね。君が街を救ったという話は聞いたんだが……良ければ話を聞かせてもらえないかな」
「もちろん。ただ……一個訂正させて貰うんだけど、魔物を倒したのは俺一人の力じゃないんだ」
「ほぅ?」
俺は例の魔物と戦った時の事を思い出し、右手を強く握りしめながら語る。
「かの魔物は最初、ある冒険者のパーティが発見したんです。彼らはその魔物について急ぎ冒険者組合へと報告しました。ここでもし報告をしない。遅れるなどがあれば被害はさらに拡大したでしょう」
「……」
「そして、彼らの言葉を聞き、ヴィルヘルムさん、アレクシスさんという冒険者を加え、即時森の調査を行いました。この決断の速さが無ければ、やはりセオストへの被害は拡大したでしょう」
俺の言葉に、シャーロット様は顔を青ざめさせながら頷き、セオスト家の皆さんも事態の重さを感じ静かに頷く。
「彼らの調査により、魔物は既に街への大きすぎる脅威であるという事が判明しました。その事実が判明した段階で、ヴィルヘルムさんは街への伝言と、共に来た冒険者たちの命を最優先に。そしてアレクシスさんは自らの身を犠牲として時間稼ぎを行いました」
「そこは聞いたよ。二人とも素晴らしい冒険者だ。彼らもまた英雄と呼ばれる存在なのだとよく理解できる」
「そうですね。それから、二人のお陰で街は十分に迎撃を行う時間を確保する事ができ、俺は最後の瞬間に奴の核を斬る事が出来た。という話です」
「なるほど。君が自分の戦果を過小評価している所を除けば概ね聞いた話の通りという所か」
「……」
「僕の聞いた話じゃ、君は果敢にも魔物の弱点に向けて単身飛び込んだという話だったけれど」
「勇気で飛び込んだワケでは無いです。確実に仕留められるという確信があったんですよ」
「それはそれで誇るべきことだ。君が誇らなければ、君の言う、セオストへの被害を抑えた者たちも自分の功績を誇れないだろう? 一番の戦果を上げたのなら、まず君がそれを誇るべきだ。そうしなければ皆が救われない。僕はそう思うな」
「なるほど……確かに、それはそうですね」
「まぁ謙遜というのも嫌いじゃないが、一人で成した事では無いのなら、賛辞は素直に受け取ってくれ。その方が我々セオスト家としても助かる」
「……」
「何せ。今回の件でセオスト家は何もしていないに等しいからね。少しくらいは自慢できる話が欲しいものだ」
「であれば、お兄様も剣を持ち戦ってはいかが?」
「無茶を言うね。シャーロット。僕が現地に行って何か役に立ったと思うかい?」
「いいえ。まったく」
「であれば、僕は現状を騎士や冒険者に託し、セオスト復興の為の準備をするべきだ。違うかい?」
「違いませんけど。同じ様な立場のエルネスト様も外壁で戦っていたのでしょう?」
「かの御仁は特別だろう。誰もがあの方の様に戦えるわけではない」
「まぁ! 何もせぬまま出来ない言い訳ですか?」
「言い訳じゃない。現実の話をしているんだよ。シャーロット」
「お兄様が貧弱だという現実のお話ですか?」
ニッコリと微笑みながら、ダニエルの心を突きさしてゆくシャーロット様を見ながら、俺は同じ兄として同情する。
俺も完璧では無いし。
桜から似たような感じに責められたら悲しいだろうなと思いながら、しばし兄と妹の話を静かに聞いているのだった。