エルネストさんとお茶を飲みながら話をしていた俺達だったが、部屋の外からノックの音が聞こえ、俺達は会話を止める。
「大丈夫だぞ」
「失礼しますね」
そして柔らかく耳心地の良い声が聞こえたかと思うと、部屋の中に入って来たのは艶やかな黒髪の落ち着いた美人さんだった。
衝撃的な美しさである。
思わず目でその姿を追ってしまい、桜に脇を小突かれ、ココちゃんに手を引っ張られる。
「あらあら。それほど強く見つめられると困ってしまいますね。それに近くのお姫様を蔑ろにしてはいけませんよ」
「……これは、申し訳ないです!」
「ふふ。困った方ですね」
俺は女性に謝ったのだが、更に激しく桜に小突かれてしまった。
そんな俺の姿にエルネストさんがワハハと笑う。
「なんだ。お前にもそんな部分があったのだな! 人間味があって実に良いぞ。なぁ、頼子」
「えぇ、そうですね」
頼子さんと呼ばれた女性は柔らかく微笑み、エルネストさんの近くまで移動した。
そして、鈴が鳴る様な声で言葉を紡ぐ。
「はじめまして。私は頼子と申します」
「自分は亮と言います! 小峰亮です!」
「聞いていますよ。セオストを守って下さった若き英雄とか」
「光栄です!」
俺は思わずソファーから立ち上がって、挨拶をしたのだが、いよいよ怒りを表に出した桜によりソファーに引き戻されてしまう。
そして、流石に冷静さを取り戻そうと大きく深呼吸をして意識を取り戻そうとしたのだが……。
その前に衝撃が落ちてきた。
「これほど熱い視線を向けて下さるのは嬉しいのですが、私は既婚者なんです」
「は……?」
「しかも二人の子供が居ます」
「……?」
俺は突然やってきた衝撃に何もしゃべる事が出来ず、ソファーに崩れ落ちた。
頭が、理解が追いつかなかった。
既婚者?
いや、そんな……。
え? いやいや。
そんなワケがないだろう。
「かっはっは! 動揺しているな小僧。紹介しておこう。頼子。ソラリアとレイシリアの母親だ」
「な……なるほど。ソラちゃんとレイシリアさんのお母上でござんしたか」
「お兄ちゃん。言葉遣い」
「あっ、あぁ。すまんな」
俺は動揺を消しきる事が出来ず、あわあわとしながら言葉を重ねるが、そんな俺にクスリと笑って、頼子さんは微笑みながら言葉を向けるのだった。
「改めて自己紹介させていただきますね。私は頼子。ソラちゃんとレイちゃんのお母さんをやってます。亮君のような若くて格好いい子に好意を向けられるのは嬉しいけれど。こんなオバサンよりも、もっと若い子に目を向けた方が良いんじゃないかしら」
「は、はぁ……なるほど」
「だって、お兄ちゃん!」
「そうだな」
出会って即座に振られてしまい、ショックも大きいが、ここに来た目的を思い出して俺は気合を入れなおした。
両頬を自らの手で叩いて意識を取り戻す。
「っ!」
「あら」
「ふむ?」
「申し訳ないです。あまりにも頼子さんが美しくて自分を見失っていました。仕事の話に戻りましょう」
「お、おぅ。それは構わないが……頼子が来たという事は?」
「えぇ。既にソラちゃんとレイちゃんの準備は終わってますよ。いつでも大丈夫です」
「という訳だ。小僧。それにお嬢ちゃん達。タイミングは任せる」
エルネストさんの言葉に俺は桜とココちゃんを見て、頷いた。
二人はいつでも大丈夫だと大きく頷いている。
実に頼もしい事だ。
という訳で、ソラちゃん達の居る場所へ向かおうとしたのだが……その前にエルネストさんから待ったが入る。
「そういえば忘れていた。そっちのメイド服着た嬢ちゃん。確か名前はココだったか?」
「っ! ……はい」
「この家の中に居る時は、あんまり気にしなくても良いぞ。お前さんが獣人でも気にする人間は居ないからな」
「エルネストさん……!」
「そう警戒するな。小僧。俺だって血も涙もない人間じゃない。ソラリア達と同じくらいの子を傷つけて喜ぶような人間じゃない」
「……」
「そもそも、もし獣人の存在を絶対に許せないと感じているのなら、こんな事をわざわざ言わず、出会ってすぐに斬ってるだろ。こんな話が出てきている時点で……俺にとってもこの家にとっても大した事じゃないという事だ」
エルネストさんの言葉に俺はなるほど、と静かに頷いた。
そして、ココちゃんに目配せをすると、ココちゃんは耳を隠していた帽子をとる。
怯えているのか、耳はペタンと頭の上で寝ているが、それでも頑張ってジッとエルネストさんを見つめ返した。
「……」
「それほど怯えんでも、俺も頼子も……ソラリアもレイシリアも、君を虐める事はないよ」
「……うん」
「だから、あの子達と友達になってくれると嬉しい」
エルネストさんの言葉に、ココちゃんはコクリと頷いてから俺の背中に隠れた。
恐怖はまだあるが、それ以上の勇気で、自分を出すことを選択してくれたのだ。
この行動自体は、正直な所良かったのか悪かったのか分からない。
分からないが、ココちゃんをココちゃんとして受け入れてくれる場所が増える事はとても良い事だと思う。
だから、ソラちゃん達が特別な相手という様な顔はせず、普通の友達としてココちゃんを受け入れてくれたら……嬉しいだろうなとは想った。
という訳で、俺たちは応接室を出て、頼子さんに案内されるままソラちゃん達が待つ場所へ向けて歩き始めた。
のだが……。
不意に廊下を歩く頼子さんの足が止まり、何ごとかと前を見れば一人の少女が廊下の真ん中に立ち、こちらをジッと見ている事に気づいた。
「お母さん」
「レイちゃん」
二人がほぼ同時に互いを呼び合った事で、俺はその少女がソラちゃんの妹であるという事に気づいた。
しかし、どうやらソラちゃんとは違い、物静かな子らしい。
頼子さんと呼び合った後も、ジッと頼子さんや俺たちを見たまま口を開かない。
「どうしたの? レイちゃん」
「ソラちゃんと、ロッティちゃんが二人で遊んでるから、レイちゃんはお外で遊ぼうかなって思って、お散歩してたの」
「あら。そうなの? これからお勉強の時間よって教えたのに、しょうがない子ねぇ」
俺はレイちゃんと頼子さんの会話に少し疑問を覚え、口を挟んだ。
「頼子さん。ロッティちゃんというのは?」
「ロッティちゃんというのは、セオスト家のシャーロットちゃんの事ですね」
「なるほど」
俺は以前お話したシャーロット様の事を思い出し、後ろに居る耳を出したままのココちゃんへ視線を向けるが、頼子さんはその視線の意味に気づいて、すぐに言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。ロッティちゃんもソラちゃんやレイちゃんと同じ良い子ですから。獣人だからと差別する様な事はしません」
「なるほど、それは良かった」
俺はホッと一息ついて、廊下の正面に視線を戻した。
とりあえず確認も終わったし、先へ進もうとしていたのだが……。
「この人が例の先生?」
「そうよ。レイちゃん」
「ふーん。じゃあ……」
不意に頼子さんと話をしていたレイちゃんが俺に向かって走ってきたのだ。
一瞬見えた右手の影には光る何かがあり、その輝き方から、それが刃物であると認識できる。
俺はそこまで確認してから、飛び込んでくるレイちゃんが傷つかない様に気を付けながら、右手に持ったナイフを抜き取り、レイちゃん自身は受け止めてから怪我をしない様にそっと廊下に下ろす。
「危ない事をしちゃだめだよ」
「おー。すごい。つよそう」
「あら。ごめんなさい。亮さん。レイちゃんったら」
どこか気の抜けたような声で喜ぶレイちゃんと、だいぶ遅れて微笑む頼子さんに俺は何とも言えない笑みを返しながら、色々大変そうな仕事だなと心の中でため息を吐くのだった。