勝負はほぼ一瞬で終わった。
こちらの様子を伺いながら移動しようとしていたココちゃんの前まで駆け抜けて、驚いたココちゃんが逃げようと背を向けた瞬間に、ココちゃんのバランスを崩したのだ。
足がしっかりと地面を踏みしめていなければ、加速は出来ない。
後は倒れそうになるココちゃんを抱きとめれば、鬼ごっこは終了。というワケだ。
「はい。お疲れ様」
「……? え? あれ?」
「俺の勝ちだね。ココちゃん」
「え? ココは、え?」
イマイチ状況が理解できていないココちゃんを横抱きにしたまま俺は桜たちの元へと戻った。
そして、呆然としているみんなに状況を伝える。
「という訳で。捕まえたよ」
「っ……!」
「ん?」
「す、すごーい! ぱぴゅーん! って飛んでったよ!」
「見てた。先生凄い」
「リョウ様……! 素敵」
小さなお子様たちに大盛況。
なんとも気恥ずかしい事であるが、褒められて悪い気はしない。
素直に賞賛を受け取りながら、ココちゃんを椅子の上に下ろした。
まだビックリしていたが、少しずつ状況を理解出来るようになってきたらしく、ハッと、ビックリしてからショボーンと落ち込んでしまった。
前に比べると随分と感情豊かになってきたなぁと感慨深い。
だが、それはそれ。
落ち込んでいるなら励ましたいと思うのが兄という生き物だ。
「よし。じゃあココちゃん。もう一回やろうか」
「……もう、いっかい?」
「そう。ただし、今度は少しだけルールを変えて」
「うん」
「ルールは簡単。ココちゃんがお姉ちゃん達と協力して俺を捕まえることだ。ただし、タッチじゃ駄目。俺が持っている物を奪わないと駄目だ」
俺はテーブルの上に置いてあったハンカチを一つ手に取り、それを手首に巻き付ける。
「一応引っ張れば取れる筈だから、上手く掴んで俺から奪えたらココちゃん達の勝ち」
「……捕まえられなかったら、お兄ちゃんの勝ち」
「そういう事だ。他のルールはさっきと変わらず、この庭の見える場所。良いかな?」
「うん」
「じゃ、作戦会議だ」
俺はココちゃんがルールを理解し、そして周囲で黙って聞いていた桜たちもルールを把握した事を察し、合図をしてから近くの椅子に座る。
とりあえず、これから動くからその前の補給だ。
連日鬼ごっこで遊んでいるからか、桜たちの体力もバカには出来ない。
最悪は昼過ぎまで走り続ける事になるだろう。
そうなる前に、今のうちに紅茶を飲んでおこうという話だ。
「ふふ。楽しそうですね。亮さん」
「そうですね。かなり楽しいです」
「それはとても良かった」
「……」
「亮さんが来てくれる様になってから、ソラちゃんやレイちゃんも楽しそうで……エドワルドさんも、嬉しそうです」
「まぁ、依頼はソラちゃんの興味をセオストの中に置いておくという事でしたからね。良かったですよ。機嫌が悪くならなくて」
「ふふ。そうですね」
頼子さんは穏やかに微笑みながら俺のカップに紅茶を追加してくれた。
そして本当に心の底から嬉しそうな顔でソラちゃん達を見つめる。
「どうしても英雄の孫というのは難しい立場ですからね。お友達を作りたいと思っても簡単ではありません」
「……そうですね」
「まぁ、運よくあの子たちにはシャーロットちゃんが居ましたが、それでも三人だけの世界というのは寂しいモノですから。亮さんのお陰で、ココちゃんや桜ちゃんというお友達が出来た事はとても嬉しく思っていますよ」
「俺は……大した事してませんよ。ただ、桜やココちゃんが歩み寄っただけ。二人が優しい子だったからですよ」
「そうですか? 亮さんがそう仰るのなら、そういう事にしますけどね。お兄さん」
「兄としては妹二人が誇らしいです」
「ふふ。そうですね」
そして、頼子さんとの語らいも終わりが見え始めたころ、遂に作戦会議も終わったらしく桜が実に嬉しそうな顔で近づいてきた。
「もうこっちの準備は出来たよ。お兄ちゃん」
「そうか。なら始めようか」
「うん。じゃあお兄ちゃんが逃げてから十カウントだよね?」
「ま、そんな感じだな」
と言いながら立ち上がろうとしたら、ソラちゃんとレイちゃんが俺の背後に向かって走り、シャーロットちゃんと桜が正面に立つ。
残されたココちゃんが桜のやや後ろから両手を広げてジッと俺を見ていた。
「封じ込め作戦か。考えたな桜」
「当然だよ! 私たちはずっとココちゃんと追いかけっこしてたんだから!」
ジリジリと俺を追い詰める様に囲みながらその時を待つ桜たちに俺は笑みを深めた。
実に素晴らしい。
遊びとは本気でやってこそだとは思っているが、ここまでしっかりと獲物を追い詰めるのは流石としか言いようがない。
やはり桜は素晴らしいな。
「だが」
「っ!? ココちゃん!」
「まだ甘い」
俺は近くに置いてあった椅子に右足をかけて重心を右足に集中する。
そして、全ての体重が乗った瞬間に、勢いよく右足で椅子を蹴り、空へと飛んだ。
とりあえず椅子が壊れていない事を確認し、掃除は後でやろうと心に誓う。
「向こう! リョウお兄ちゃんが飛んだ方にいそげー!」
「駄目! 全員で動いたら!」
実はまだスタートとは言ってないので、ゲームは始まってないのだが、桜たちは必死に俺が落ちてくる場所へと向かって走ってくる。
が、桜たちが来る前に俺は再び地面を蹴って、空に舞う。
「あー! また!」
「もー! ぴょんぴょんぴょんぴょん~!」
「わっはっはっは」
俺は高笑いと共に、今度は地面に降りてから勢いよく走り出した。
上手く障害物をかわしながら走る事で、後方に桜たちがひとまとめになっていくのを確認する。
そしてそのままつかず離れずの距離を取って障害物競争をするのだった。
池を飛び越え、砂山を登り、木の上に登って、飛び降りて~。
どこまでも俺は走っていく。
やがて、桜たちは体力を失い、最後に残っているのはココちゃんだけとなった。
が、ココちゃんは一人で追うのは諦め、桜の所にしゃがみ込んで桜の汗を拭っていた。
優しい子だ。
何故俺がこういう風に分けたのか、独りで勝つことの無意味さをよく分かっている様だった。
俺はそんなココちゃんを見て、一息つくと、二人に近づいて、悲しい事実を教えた。
「桜」
「うぇ……なぁ、にぃ? おに、ちゃん」
「いや、まだスタートの合図はしてないからゲームはやってなかったんだが」
「はっ! がくっ……」
「さ、さくらおねえちゃーん!」
桜は力を失いそのまま地面に仰向けで倒れてしまうのだった。
ついでに、俺の言葉が聞こえたソラちゃんやレイちゃん。シャーロットちゃんも同じ様に天を仰ぎながら倒れてしまった。
悲しい事だ。
ズルい事をする時は、ズルい事をされるかもしれない。という覚悟が必要だなと思う。
「という訳だ。次からをちゃんとズルしないで正々堂々と戦おうな」
「ぁーい」
桜はゆるゆると手を上げ。
「わかったー」
「うすー」
「わかりましたわ」
ソラちゃん達も桜と同じ様に疲れ切った体で手を挙げるのだった。
素直でよろしい。
「じゃあ次は俺も作戦会議に参加させてもらおうかな。そろそろみんな走る事にも慣れてきた事だし。本格的に逃げ方と捕まえ方を教えていこう」
俺は寝転んでいる少女たちに向けてそんな事を告げ、一人一人抱き上げて椅子まで運んでいくのだった。
そして、全員が元気になるまでに次なる鬼ごっこへ向けて準備を進めてゆく。
「い、いま、気づいたんだけど」
「ん? どうした」
「もしかして、さっきの追いかけっこって、ご褒美は……?」
「何も決めてなかったから無かったよ」
「は……がくっ」
「さ、さくらおねえちゃーん!」
桜、次からは色々気を付けられる様になると良いな。