(桜視点)
鬼ごっこで疲れた体をエルネストさん家のお風呂で癒しながら、私はとんでもなく高い天井を眺めた。
お湯に体を浮かしながら、流れるままに流れる。
「はぁー。おちつく」
「さくらお姉ちゃん。おつかれさま」
「うん。ココちゃんもお疲れ様ー」
私はお湯に浮かんだままテキトーな返事をココちゃんに返す。
ココちゃんはお湯に肩まで沈んで、ホッとした顔でまどろんでいた。
お湯に濡れた耳はいつもよりしっとりとしていて、ペタリと後ろに倒れている。
おそらくはリラックスしているという事だろうか。
確か、前に調べたけどそんな感じだった筈だ。
「ココちゃんはさ」
「……うん」
ちょっと寝そうな声だ。
本当に眠ることは無いのだろうが、声だけ聴いていたら今にも寝てしまいそうな空気に感じる。
「今、楽しい?」
「……たのしい」
「そっか」
なら良かったと、私は姉としての満足感を覚え笑みを浮かべる。
お兄ちゃんもきっと喜んでいる事だろう。
獣人という存在は、私が考えているよりも面倒な存在みたいだから。
「ホント、こっちの世界は面倒だねぇ」
「こっちの世界?」
「んー? あぁ、ソラちゃんかぁ」
独り言の様に呟いた言葉を拾われた為、誰だろうかと視線を向けてみれば、そこにはソラちゃんがいた。
どうやらレイちゃんやシャーロットちゃんとわちゃわちゃしていて、体を洗うのに時間がかかっていたらしい。
何故か疲れた顔でお湯の中に入った。
向こうではレイちゃんがお湯の中に飛び込み、シャーロットちゃんから怒られている。
何とも見慣れた光景であるが、ソラちゃんが一人でこっちに来るのは珍しいことだった。
「こっちに一人で来るなんて珍しいね」
「まぁ、たまには、ね」
「フーン」
「なに? その顔」
「別に。何か心変わりでもあったのかなって思っただけ」
「……心変わりってほど凄い話でも無いけどさ。そろそろちゃんと話をしようかと思っただけ」
「なるほどね」
私はお風呂の中に座り、ソラちゃんへと視線を合わせる。
流石にお風呂にプカプカ浮いたまま話をするというのはあまり良くないからね。
「そういう事なら、ちゃんとお話、しようか」
「……うん。ありがと」
ソラちゃんもお風呂の中に座り、やや真剣な顔をしながら私を見つめる。
何となく、お兄ちゃんの妹として距離を置いていた私達であるが、いくつかの戦場を超えて、遂に触れ合う様な距離へと近づいてきたのである。
「じゃあ、とりあえずさっきの話から聞いても良い?」
「さっきの話?」
「そう。こっちの世界って話。じゃあサクラちゃんとかお兄ちゃんはどこの世界から来たの?」
「セオストの外の世界だよ」
「それは、分かるけど!」
「……ヤマトっていう国から来たの。聞いた事あるでしょ? セオストの南にある国」
「ヤマト……!」
私は流石に異世界から来た。なんていう事は出来ず、実際に昔いた世界の話をする事にした。
まぁ、昔の事だからそこまで詳細には語れないけれども。
「ヤマトっていう国は、まぁ、何ていうか強い事が正しいみたいな国なんだ。だから弱い人っていうのは、あんまり偉くない」
「……なんか聞いた事ある気がする」
「うん。それでね。ヤマトではさ。成人の儀式って奴があるんだけど」
「成人の儀式?」
「そ。一人で森に入って魔物を倒してくるの」
「……危なくないの?」
「一応見てる大人は居るからそこまで危険じゃないよ。でも、まぁそれも絶対じゃないからね」
なんて、ホントは危険なんて少しもないんだけど脅してみたりもする。
お兄ちゃんが見てないし、ちょっとぐらいなら意地悪しても良いでしょ。
それに、エルネストさんの依頼はソラちゃんに外に行きたくないなーって思わせる事なんだし。
丁度いい。丁度いい。
「森は危ないからねー。毎年、少なくない人が怪我をするんだよ」
「そ、そんなに?」
「うん。まぁ、死んじゃう事は無いけど。すっごい痛いみたいで、うぅー、うぅー、痛いよーって夜まで唸ってるんだから」
私の話を聞いているソラちゃんの顔は真っ青で、実に愉快な物であった。
しかし、ソラちゃんは私の顔が笑っている事に気づき、ハッとなった後、顔を怒りに染めた。
「か、からかってるね!?」
「さて。何の話かな」
「そう言っている顔が笑ってるじゃない!」
「あら。ちゃんと笑いを抑えなきゃ。ぷ。くふふ」
「んもー!!」
ソラちゃんの叫び声を聞きながら私は我慢できずにケラケラと笑い、ソラちゃんはお湯を叩きながら大騒ぎ。
そんな騒ぎにシャーロットちゃんやレイちゃんも近づいてきた。
「すいー。なに? たのしそう。どうしたの?」
「ソラちゃんが可愛いね。っていう話」
「なるほど。それは同意」
「同意じゃないよっ! レイちゃん!」
「ソラちゃんは、かわいい。すいー」
「レイシリア。お風呂で泳ぐのはやめなさい。はしたないわよ」
「ロッティちゃんもやれば良い。すいー」
「やらないわよ!」
レイちゃんは器用にもお湯に浮かびながら体をくるくる縦に横に回転させて遊び。
そんなレイちゃんをシャーロットちゃんは止めようとしているが、うまく出来ていない様だった。
と、まぁ。絵的には色々とうるさい場所であるが、人は揃ったし。ついでだから色々な話をしてみようかと思う。
「と、まぁ。そんな具合で私もお兄ちゃんもヤマトで生活してきたから、こっちの事はよく分からないんだよ」
「そうなんだ」
「だからセオストの話とかもあったら私は聞いてみたいかな」
「セオストの話? って言われてもなぁ。別に特別な所はない普通の街だよ。ね? シャーロット」
「そうですわね。ただ、私もソラリアもセオスト以外の場所の事は知りませんから。ここが普通かどうかは難しい話ですわね」
「みんな自分の知ってる事がふつーだと思ってるからねー。すいー」
レイちゃんの言葉に私とシャーロットちゃんとソラちゃんは互いに見つめ合い、ふむと首を傾げた。
「ヤマトじゃあ、お風呂はどうしてるの?」
「一人用のお風呂に入ったり、露天風呂っていう大きなお風呂に入ったり。セオストと同じかな」
「それは違いますわね。セオストでもお風呂に入るのは一部の方だけです。基本はシャワーで終わりですわ」
「そうなの!? でも疲れた時はお風呂に入りたいじゃない」
「それがそうでも無いわよ。そもそも疲れているんだからシャワーくらいじゃないと無理って人も居るもの」
「それはもったいない。お風呂で泳ぐのは楽しいのに。すいー」
「だから、泳ぐんじゃありません」
「すいー」
文化の違いはあるんだなぁと私はしみじみ頷く。
「食事は?」
「ヤマトは基本的に狩ってきた魔物と農作で得た食材がメインね」
「そこはセオストも同じだね」
「ただ、セオストの方が調味料は多いんじゃないかしら。ヤマトはセオストとしか商品のやり取りはしていないでしょう?」
「いや? そうでも無いんじゃないかな。出てくる料理の調味料は色々あったし。ヤマトだけで作られてる物も結構あったしね」
「そんなのあるの!?」
「うん。醤油とか味噌とか。こっちじゃ全然見ないけど、向こうじゃ普通に使われてるわよ」
「醤油! 味噌!」
「ソラリアは知ってる?」
「全然」
「レイちゃんは知ってるよ~。しょっぱーい奴と……しょっぱーい奴?」
「同じじゃないの」
「違うよー」
「ちなみに調味料を作る為の原材料は同じだよ」
「ならやっぱり同じじゃないの!」
「違うってー。ねー。サクラちゃん」
「そうだね。物も使い方も味も結構違うよ」
「「ホントにー?」」
私は混乱しているソラちゃんとシャーロットちゃんを見ながらケラケラと笑った。
中々楽しい時間である。