風呂でゆっくりと安らいでから着替え、外に出た俺を待っていたのはココちゃんであった。
迷子の様な不安そうな顔で俺をジッと見上げている。
何かあったのだろうか?
「どうしたの? ココちゃん」
「……お兄ちゃん」
「うん」
俺は床にしゃがみ込んで、話すのを迷っている雰囲気のココちゃんと視線を合わせた。
そして、ココちゃんが話したくなる瞬間をゆっくりと待つ。
「あの、ね。ココね」
「うん」
「ココ、お兄ちゃんとお話するの、好きなの」
「俺もココちゃんとお話するの、好きだよ」
「っ! そっかぁ……よかった」
両手で胸を押さえながら心の底から嬉しそうな笑顔でホッと息を漏らすココちゃんに俺は微笑み、頭を撫でる。
その感触がくすぐったいのか、ココちゃんは笑顔のまま耳をピコピコと動かすのだった。
それから少しの間ココちゃんと戯れていたのだが、不意に上から声が掛かり、俺は視線を声のする方へ向けた。
「あれー? ココちゃんにはなでなでしてるー」
「ん? あぁ、ジーナちゃん。どうしたの」
「ココちゃんにはなでなでしてるなーって思って」
「えー、っと? ジーナちゃんもやって欲しいって話?」
「んー。そうだね! やって欲しいかな!」
ジーナちゃんは体を丸めて小さくしながら俺のすぐ近くまで下りてくる。
そして、頭を俺に向けてふよふよと浮き続けるのだった。
俺はそんなジーナちゃんの頭を軽く撫で、どんな感じ? と問うた。
どんな感じも何も無いのだが、まぁ……何となく気になったのだ。
「んー! 良い感じ!」
「そりゃ良かった」
「でも、おかしいね」
「何がかな」
「だって、リョウお兄ちゃんは、何か悲しい事があって、なでなで出来なくなったって聞いたんだけど」
ジーナちゃんがむー。と口を尖らせながら言った言葉に俺はオリビアさんの事を思い出して申し訳なくなってしまった。
まさかジーナちゃんにも心配をかけてしまったとは。
というか、もしかしてココちゃんがここに来たのも同じような理由だろうか。
「ココちゃんも、もしかしてジーナちゃんの話、どこかで聞いた?」
「……うん」
「そっか。それは悪いことをしたなぁ。不安にさせちゃったね」
「ううん。ココは大丈夫」
「ありがとう」
俺は言葉では大丈夫と言いながらも不安そうな顔で俺の服を掴むココちゃんを抱き上げながら立ち上がった。
先ほどまでよりも近くで体温を感じるからかココちゃんは安心した様に吐息を漏らす。
しっかりと抱き上げて、俺がここに居るとココちゃんに教えながらココちゃんに微笑んだ。
「あー。イイナー。ジーナちゃんもー」
「うおっ」
「にしし」
そして、ふわふわと浮いていたジーナちゃんが浮いたまま俺の首に腕を回して抱き着いてくる。
浮いている為、重量は感じないが、直接首に腕が回った為、少しばかりビックリして声を上げてしまうのだった。
しかし、数秒もすれば慣れて、そのままジーナちゃんの好きにさせた。
「このまま廊下に居ると寒いし、リビングの方に行こうか」
「はーい」
「うん」
それから俺は、ジーナちゃんとココちゃんを連れたままリビングへと足を踏み入れたのだが、直後に聞こえた叫び声によって俺は驚きのままに飛び跳ねそうになる。
「お兄ちゃん! なにやってるの!?」
「っ! 何って、風呂に入ってきたところだけど」
「私には一緒に入れないって言ったのに! ココちゃんとは同じお風呂に入ったの!?」
「いや。ココちゃんは入り口で会っただけで、一緒には入ってないぞ」
「……ホント?」
「あぁ」
「なでなでもしてない?」
「なでなではしたぞ」
「なんでっ!」
叫ぶ桜に、俺はどうしたものかと考える。
何がそんなに気に入らないのだろうか。
ココちゃんは桜にとっても可愛い妹だったと思うんだが……。
「桜。ココちゃんは俺達の妹だろう?」
「当然だよ!」
「なら可愛がるのは当然では?」
「その通りだよ!」
「……なでなでも普通では?」
「当たり前だよ!」
なら、何故なでなでを責められたんだろうか。
何か気分が悪いのかな。
「リョウお兄ちゃん。サクラちゃんには色々とあるんだよ」
「そうなのか」
「テキトーな事言わないでジーナちゃん!」
ジーナちゃんはニシシと笑いながら俺から離れ、空中にふわふわと浮きながらお腹を抱えて笑う。
そんなジーナちゃんに桜は更に怒りを爆発させるのだった。
そして、二人の言い合い……というか、一方的に桜が叫んでいるだけなのだが。
桜の叫び声に何事かと二階にいたミクちゃんが下りてくるのだった。
「何事ですか?」
「あぁ、騒がしくして申し訳ないです」
「いえ。ここはリョウさんの家ですし。私は借りているだけなので、それは良いんですが……何かトラブルですか?」
「トラブルと言えばトラブルなんですが、解決方法が見えないタイプのトラブルです」
「それは、それは……大変ですね」
「えぇ、本当に」
同情する様なミクちゃんの言葉に、俺は同意した。
しかし、そんな俺を見て、ミクちゃんはクスリと笑う。
「でも、あまり大変だな。という様な顔はしていませんよ」
「そうですか?」
「えぇ、この場所が好きだな。彼女たちと過ごす場所が、彼女たちと過ごす時間が愛おしいなと考えている様な顔をしています」
「……まぁ、そうですね」
嘘偽りは一切なく、俺はミクちゃんの言葉に頷いた。
そう。楽しいは楽しいのだ。
桜が元気にしている姿を見るのが嬉しい。
ココちゃんが何にも怯える事なく、桜たちを見て微笑んでいる姿を見るのは嬉しい。
フィオナちゃんやリリィちゃんが桜たちを見て、オロオロとしながらも楽しそうにしているのが嬉しい。
ジーナちゃんやミクちゃんがこの場所を楽しいと思ってくれている事が嬉しい。
ただ、それだけだ。
この場所にある全てが俺にとっては宝物と同じだった。
全てが愛おしい。
「これ以上なく、素晴らしい場所ですよ。ここは」
「それは……とても素敵ですね」
「えぇ」
ミクちゃんも俺と同じ景色を見ながら微笑んだ。
その姿は、その目は……どこか遠くの景色を見ている様で、もう会えない誰かを思っている様で。
もしかしたら、俺と同じ様な経験を彼女もしたんじゃないか。
なんて考えてしまうのだった。
「ミクちゃんも」
「はい? なんでしょうか」
「今年はこの家で過ごすワケですし。一緒に遊びましょう。実は色々なゲームを買ってまして。みんなで遊べそうなゲームもありますよ」
「それは楽しみですね」
「ココが、選んだゲームも、あるよ」
「あら。それは素敵ですね。では後々楽しませていただきます」
俺に抱き上げられていたココちゃんが、ミクちゃんへ視線を落としながら楽しそうに語り、ミクちゃんもそれを受け止めて笑う。
その姿もまた、愛おしいモノだった。
このままずっとこの場所の景色を楽しんでいても良いが、それだといつまでも大騒ぎが終わらなそうだし、俺は終わりの合図とばかりに両手を叩くのだった。
「はいはい。そろそろ喧嘩は終わりだ。勝負は言い争いじゃなくて、ゲームでつけようじゃないか」
「いーよ! ジーナちゃん、サイキョーだから!」
「私も良いですよ! そんな簡単には負けませんから!」
「うん。いいね。じゃあ今からゲームを……始めても良いんだけど、最後に忘れ物が無いかだけ確認しておこうか」
「「わすれもの?」」
「そう。今も外はずっと雪が降り積もってるからね。後数日したら外出は難しくなるだろ? その前に外での用事は全て終わらせておこうと思ってさ」
俺の提案に皆、忘れ物は無いかと考える。
そして、まだ忘れ物があった事を思い出した。
「もう今年は外に出られませんし! 最後に挨拶はしておきたいですね」
「あー、春が来たら新年なんだっけ」
「そうですね。西側の国々はセオストが雪で塞がっている間に年越しとなりますが、セオストの新年は春になってからです」
「なるほど。じゃあ雪で埋まる前に最後の挨拶に行こうか」
こうして俺達は今年お世話になった人達の下へ挨拶に行くのだった。