傷ついた体を癒し、探索を再開するがそこに拡がっていたのは、美しい自然を穢す汚穢な痕跡だった。
俺は空で戻してあったベレッタを、銀の弾丸が詰まった弾倉へ再装填し直し、スリングで胸前にぶら下がっていたショットガンに、散弾、一粒弾、散弾、一粒弾、散弾、一粒弾、散弾の順番で弾薬を補充する。
次に何が出てくるか分からないが、こうしときゃ、ちっとは対応が効く。
ブーツに何か当たった。
俺は足元に転がってる霧吹きの親玉みたいなボールを拾い上げる。
放射状に噴射ノズルがついたボールは、所謂、液体手榴弾という奴だ。
中に、聖水だの、若水だの、あるいは単なる刺激性の液体と一緒に高圧ガスを封入しておき、必要な時にバルブを捻ると、数秒後にはぶしゅっといく。
パッキンとかの関係で腐蝕性の薬品は使えないが、便利な品物だ。
何より壊れなければ繰り返し使えるって所が俺は非常に気に入っている。
俺が戦闘の後始末と次の準備をしている間に、翠は負傷してしゃがみこんでいる三衛門の様子を見ていた。
三衛門を傷つけた軍刀と銃剣を軽く調べ、毒や黴、妙な呪いが無いのを確かめてから2箇所の傷にそれぞれ軽傷治癒の加護を祈り、祝詞を唱える。
翠が施術をこなしている間にも、三衛門は腰からフラスクを出し、火酒を呷っている。
「大げさだぜ、大したこたぁねぇ」
確かに腕がもげる様な傷じゃ無いみたいだが、おっさん、そのうち死ぬぞ。
俺も軍刀を少し調べてみた。
よくある昭和新刀の安物じゃなく、刀を軍刀のこしらえに作り直した代物だ。
恐らく先祖伝来のという奴だ。
まぁ、斬られる方にしてみれば、板バネ材を型抜きしてソレっぽく仕上げた日本刀モドキだろうが、痛いもんは痛いし、血は一杯でるのは変わらない。
しかし、こいつは錆がうっすら浮いちまっているが、これじゃ、けっこう痛かったろう。
幸い毒だのカビだのはついてなかった様だが、破傷風が怖い。
銃剣の方も刃先がグラインダーで磨いたみたいにぎざぎざになっている。
こんなもんで斬られたら、ずたずたの傷がつく。
「あんたは大丈夫なの」
三衛門の傷がちゃんとふさがった事を確認して翠が振り返ると、それまで興味深そうにゾンビの装備を漁っていたフリードリヒは突然倒れてぴくぴくと痙攣し始めた。
「ミドーリ、タイヘン、タイヘン……ボク一杯血が出ちゃいました、しんじゃいます、タスケーテ、キズ看てクダサーイ」
毎度毎度アレだが、翠は仕方なさそうに一応血の付いている銃剣を確かめてからフリードリヒの近くにしゃがみ込んだ。
「ああ、イターイ、イターイです……とりあえず、ボクの股間に注目デス」
翠の正拳がフリードリヒの血で染まったわき腹に突き刺さった。
「ニェット、そこチッガーウね、イタイのそこじゃないヨ」
フリードリヒは胸に手を当てて気色悪く身を震わせる。
「イタイのはボクの胸デース、ミドーリの愛の看護でこの痛み止めてクダサアーイ」
翠は半眼で何故か俺の方を横目で睨んだ。
(おいおい、なんでアホ犬を放し飼いにしてる飼い主を見る様な目で俺を睨むんだよ)
俺が目を逸らすと、翠は俺に向けたのと百八十度違う輝く様な笑顔でフリードリヒににっこりと笑いかけ、思いっきり股間に拳を叩き付けた。
「$%&’(#”*」
奇声を上げて転がりまわるフリードリヒを捨て置き、翠は懐紙で血を拭う。
ま、今日日アレぐらいの図太さが無いと、だめ人間揃いの派遣じゃやってけないか。
しかし、いつも思うが、強靭種って連中は本当に人間なのか?
さっきのは結構な深手だったのに、多分もう傷等跡形も無いだろう。
強靭種には直接かけるタイプの魔法は全く効かないという便利だか不便だか分からん特性とトロールにちっと負ける位の治癒力が備わっている。
古今東西、魔術師も科学者もついてない強靭種(と魔法適応種)をいじくりまわして能力や遺伝の秘密を探り出そうとしたが、どんなに調べても並の人間と彼等の決定的な違いを発見する事はできていない。
俺としては昔一緒に呑んだ道教の導師くずれが言っていた、産まれながらにして仙人骨が出来ている人間っていうのが割と気に入ってるが。
しかし、そうすると、フリードリヒの奴は仙人様かその候補生扱いなのか、それは納得いかないものがある。
(ま、アホにつける薬は無いというが、そもそもつける薬自体が必要ないんだから合理的だな)
キズが治った三衛門は、ワイトの死体をゾンビが持っていた三八式でひっくり返して調べていたが、3体全てから高官の部屋で見つけたのと同じ黒い照魔鏡がその下から出てきたのを確認して唾を吐く。
俺も同じようにしてゾンビの方をひっくり返してみたら連中黒い勾玉を首にぶら下げていた。
「まちがいねぇ……黄泉戦だ」
黄泉戦(よもついくさ)は“黒い太陽”の実行部隊で、大戦中は特殊部隊として運用されていた、と言われている。
何分、表には出てこない情報だし、関係者は口を開きゃしない。
そういえば、黄泉戦の構成員は死ぬとアンデッドになる呪いがかかってたって話を聞いた事があった様な気がしないでも無い。
(ま、連中にとっちゃ祝福なのかもしれねぇけどな……)
俺は拾った液体手榴弾を翠に返し、渡り廊下に足をかける。
全員で渡り廊下を進んで、中央の大きな島に足を踏み入れると、そこは周囲の荘厳な雰囲気とは場違いに汚らしい痕跡が拡がっていた。
島には手術台が6台置かれ、いずれも体液や脂質の汚れが染み付き、取れない汚れに覆われている。
手術台の隣には簡単な作りの手押し式道具台が3台あり、ぴかぴかになるまで磨き上げられた解体道具が整然と並べられていた。
さっきはいきなり殴り合いが始まってしまったおかげで細かい所までまともに見てる余裕がなかったが、実際に渡って見ると正直、あまり長居したい場所じゃない。
一応の事、死体は見当たらないが、正面奥の渡り廊下を渡った先に何か巨大な祭壇が見えるし、でかい神像みたいなものまでその脇に置いてある。
ついで言えば、神主や巫女の格好をした死体まで転がっている様だ。
祭壇の照魔鏡は遠目にも分かる程に闇の中で黒い輝きを発しており、俺はまるで底知れぬ穴のふちに立っている様な不安に苛まれ、尻の辺りがむずむずしてきた。
(いや、覗いてるっていうか、覗かれてる方だな)
あの鏡には明らかに知覚力がある。
(何が覗いてるはしらねぇがな……)
どうせろくでもないものに決まっている。
しかし、翠は兎も角、三衛門は一体こんな所まで何を見に来たというのだろう。
ドワーフは中央の島をざっと見回した後、左から順番に小さな島にかけられた渡り廊下を試し始めている
明らかに何か探している様だ。
相変わらず空気を読めないフリードリヒの奴はスキップしながら奥の島へ乗り込んでいる。
翠は周囲を見回しながらそのゆっくりと奥の島へ歩いているが、かなり警戒している様だ。
いや、少し怖がっているのかも知れない。
(そりゃ、俺だって結構びびってるからなぁ……)
ゾンビだのワイトだののアンデッドがどうこうじゃない、この場所が嫌なのだ。
五感六感を刺激する穢れの感覚。
気が落ち着いたお陰で、余計に感覚が強まる。
心身共に汚れが蓄積していく様な嫌悪感。
翠が上の方でもそわそわして落ち着かなかったのは、俺達より余程ここの穢れに反応していたせいかも知れない。
(ていうか……大丈夫か)
俺は少し足を速めて、翠に近づいた。
「いけるか」
軽く声をかけてみると、翠は首を抑えて立ち止まる。
「正直さっさと帰りたいけど……」
ため息が結構しんどそうだ。
「一通り確かめないと人呼べないしね」
「ああ、適当に調べてさっさと引き上げよう、流石に気味が悪い」
俺と翠が喋っている間にも、三つ衛門とフリードリヒはその辺を調べまわっている。
三衛門はぱっと見た目でさがしているものが見つからなかったらしく、今奥の島に足を踏み入れる所の様だ。
(ていうか、フリードリヒ、お前、自重しろ)
フリードリヒの奴は、地面に膝をついた神像をぺちぺち叩いたり、周りをごそごそと調べまわっている。
(ふつーに危険だろが)
とりあえずその下に転がっている死体が動き出している気配は無いみたいだが。
(ていうか、ばらばらじゃねーか)
神像の足元に散らばっている死体はずたずたになった着物がひっかかってるだけだったり、胴体に大穴が開いてたり、手足が足りなかったり、明らかに馬鹿力のある何かにやられている。
ついでに両手でささげ持つように巫女だったらしき死体を握り締めているが、拳の辺りが急にすぼまってるのは大いに死因と関係ありそうだ。
下には搾り出された何かの残骸に混じってギラギラと黒い輝きを放つ剣が転がっている。
俺は早足で渡り廊下を駆け抜け、奥の島へ渡った。
(アレ?)
しかし、さっきから神像、神像っていってたが、近くに来てちゃんと見ると、こいつ大鎧みたいなものを着せられてる。
黒い太陽っていうのは胡散臭い奴らだが、基本神道の筈だ。
神道の神様に大鎧着た奴なんて居ないと思うが。
俺は珍しく少し怯えた様な表情で祭壇の前に立っている翠に聞いてみようかと思ったが、その視線の先を追って、とりあえず口を閉じた。
俺はさっきのゾンビどもが黄泉戦だったので、地面に転がっている死体は、黒い太陽の中でも秘術魔法の死霊魔術を駆使する黄泉醜女だと思い込んでいた。
だがよくよく見ると、ずたずたの神主の死体に一体だけ首の無い巫女が混じっていて、その近くに、翠のつけてるのと同じ様な照魔鏡の首飾りが落ちている。
血にまみれたそれは、この薄気味の悪い場所にあって、ほっとさせてくれる様なか細くも冴え冴えとした清涼な光を発していた。
(生贄……か)
絶対現場に居たくない、惨劇の儀式が行われた事は間違いないが。
とても成功したとは思えない状況だ。
しかし、さっきの半生ゾンビと違ってどの死体もミイラみたいになっているのはどういう事だ。
とにかく、やばい。
(タキオンバロメータは、特に変動して……ないか)
しかし気持ち悪い程緊張の高まりを感じる。
(これは)
翠が恐る恐る照魔鏡を拾い上げると、ふっと光が消えた。
何か絶対的な重量を持った物体がぶち当たり、俺は硬く、広い面積をもったそいつをもがき、押し返そうとのた打ち回る。
耳から生ぬるい液体が垂れた。
To Be Countinued...
バトルの予感。
今度こそ、九郎君は活躍できるのでしょうか?