意識を取り戻した彼を待っていたのは、更なるアンデッドだった。
懸命に反撃する派遣社員達だったが、戦いは更に困難になってゆく。
不意に背後から力強い手が、俺を持ち上げる。
「しっかりしろ、坊主」
酒臭い息が俺の感覚を現実に引き戻す。
(床?)
俺は自分の手が床を必死に押し返そうとして、腕立て伏せみたいになっているのを見る。
頭がガンガンする。
俺は腰砕け、ふにゃふにゃの足に気合を入れ、手をついて霞む視界をしばたたく。
うっかり巫女の死体に触りそうになり、反射的に振り払ったら、重くてぐにゃっとした感触がかえってきた。
(なまあったか……死体じゃねぇ?おい!翠か、コレ?)
視界がはれてくると、床にくたっとのびた翠が目に入った。
(やばい!)
きーんと麻痺した聴覚に閉口したまま周囲を見回すと、三衛門とフリードリヒが周囲を飛び回る巫女の幽霊と殴り合っていた。
黄泉醜女(よもつしこめ)の巫女の手には禍々しい黒い剣があり、そこだけくっきりと目に映る。
対する三衛門の手には先祖伝来の手斧、フリードリヒの手には銀でコーティングされたコンバットナイフ。
(精神攻撃か……ちくしょう)
幽霊……多分、スペクターの叫びを食らって、伸びちまってたようだ。
しかし、死人相手なのに翠までのびてるんじゃ、分が悪い。
俺は翠の装具ベルトを勝手に漁って液体グレネードを掴み出し、バルブを捻る。
「水爆弾いくぞ」
叫びざま手近にコロコロと転がして、銀玉を装填したベレッタを引き抜く。
足元で噴出した水が俺達を濡らし、幽霊の慟哭が木霊する。
俺は後先の事など考えずに、黄泉醜女に向かって引き金を引きまくった。
銀の弾丸は不気味な青い電荷の軌跡を曳いて幽体を貫通し、幾分かのダメージを与える。
しかし、ユーカラをうなり上げながら振り回される三衛門の手斧は激しい青色の炎を上げて幽体に突き刺さり、銀の弾丸以上の激烈なダメージを黄泉醜女に与えた。
(魔鍛冶師の手腕褒むべきかな!)
巨大な魔猿と化したフリードリヒが斬り下げたコンバットナイフが、巫女の背中を深々と切り裂き、幽体の背中にでかい裂け目をこしらえる。
アレは銀のコーティングの威力と言うより、ヤツの強靱種としての強力な“気”生命波動が、死者のマイナスエネルギーに干渉しているのだろう。
(弱ってる)
俺が最後の銀玉をつめた弾装を再装填している間に、三衛門の手斧が頭を割り、フリードリヒのナイフが背中を滅多刺しにして、よこしまな存在に致命的な損傷を与えた。
俺の回復しつつあった聴覚に魂消える様な絶叫が突き刺さる。
存在を失いかけた巫女の魂が、黒い照魔鏡に吸い込まれる所を俺は見た。
最悪なのは、引きずり込まれた瞬間、鏡の中で大蛇に咥えられた悪霊の瞳にやたらと人間的な恐怖を見ちまった事だ。
あれじゃ、化け物じゃなくて人が殺される所を見ちまったのに等しい。
地面に剣が突き立つ微かな音が事の終わりを告げた。
「フラー、やったネ」
フリードリヒの間抜けな勝ち鬨が実に効率的に体の力を奪ってくれる。
俺は体の力が抜けるまま本気で地面にぶっ倒れた。
(んあ……)
蒼白で目を瞑って唇を震わせている翠と横顔をつき合わせて、そういえばまだ、彼女がぶっ倒れたままだった事を思い出す。
体を捻って気付けカプセルを取り出そうとした時、俺の体を地味な地響きが揺らした。
「おい、次はなんだってんだ」
「サムラーイロボが動き出しちゃったーヨ」
「嘘だろッ!」
「てめぇら、ちゃっちゃと立ちやがれ」
俺は跳ね起きてベレッタをしまい、ぶらぶらと暴れるショットガンを構えなおす。
巫女のなれの果てを振り捨てた神像……いや、武者像は俺達の方にゆっくりとのし歩いてくる所だった。
立ってみるとやはりでかい、2mは超えている。
(畜生、なんでRPGかM72を持ってこなかっただろうなぁ)
俺は一応顔面の辺りを狙って速射した。
ショットシェルと一粒弾が鎧の表面で激しく火花を散らし、はじける。
しかし、強固な金属で作られた面当てと、強化ガラスは全然破れない。
「マジかよ」
やばい、実にやばい。
こんなヤツに、対抗できる様な火力を今日は持ってきていない。
(ていうか、零細派遣に扱えるヤツじゃねぇぞ)
床に転がったままの翠を抱え上げた俺の前に、岩みたいな短躯が立ち塞がった。
「……戦友、もう眠っちまえよ」
火酒のフラスクをぐぐっと呷った三衛門はゲップを一つ漏らし武者像に襲い掛かる。
並の人間程の素早さで振り払う腕をかいくぐり、踏み鳴らす足を切り払い、激しい火花を散らす。
「U、う、UGUFURURUッ!」
今までに無い奇声を上げながらフリードリヒが武者像に襲い掛かる。
単なる素手の打撃が俺の銃撃でさしたる傷がつかなかった装甲に明らかなへこみをつけていた。
(やっと奥の手を出しやがったか)
強靭種の奥の手、鬼人化。
精神集中で普段抑えている潜在能力を引き出すとか、なんとかだが、腕力と治癒力が目に見えて上がるのはいい。
でも、普段から無謀なのが余計に無謀になりやがるし、声をかけずに近寄った日には無差別に殴られるんで味方にも迷惑な事この上ない。
しかし、二人の猛攻を受けながらも、武者像は俺の方に手を伸ばしてにじり寄ってくる。
妙な執着ぶりだ。
俺は無駄と知りつつ右手でベレッタを抜いて後じさり、無意識に足元のボールを避けた。
(って、首か)
うっかりボールに長い髪の毛がくっついているのに気がついてしまう。
そんな場合じゃないが、俺は怖気を奮った。
俺たちが全滅すれば、翠も同じ羽目になる。
(おい、まさか……)
俺はいやあな直感を感じつつ、全力で中央の島の渡り廊下に翠を引きずり、ぱっと左に離れてベレッタの全弾を奴の顔面に注ぎ込む。
(ガン無視かよ)
武者像は、俺達3人の攻撃をほぼ無視してぎしぎしと渡り廊下の翠に手を伸ばした。
俺が翠にとびついて引っ張るのとフリードリヒが武者像の腕に体当たりをかましたのはほぼ同時だった。
きわどい所でそれた手がむき出しの地面を引っ掻き、岩くれを削り取る。
間違いない、奴は食えなかった贄を欲しがっているのだ。
穢れた魂では満たせない虚ろを、翠から搾り出した魂で満たすつもりに違いない。
(いい加減、目ぇ醒ましてくれ……てか、結構重いんだが)
本人に知られたら絞め殺されそうな事を考えながら俺は必死に翠を引きずって、来た道を退却し始めた。
奴がまだ贄を喰らって完成していないっていうんなら、完成しちまったらどんなになる事やら。
(大体、こんな力仕事、俺の……仕事、じゃ、ない……)
フリードリヒ辺りなら喜んで代わってくれる筈だが、生憎と、あっちはあっちで手一杯だ。
我ながらじれったくなる様な速度だが、散々妨害を受け、解剖台を蹴散らしながら追ってくる武者像の速度はもっと遅い。
俺は貴重な数秒を費やし、襟首を掴んで引きずっていた翠を担ぎ上げる。
ファイアマンズキャリー、人間襟巻きだ。
やりあってる二人には悪いが、正直、戦って勝てる相手じゃない。
俺は敵に背を向け、出せる限りの速度で来た道を戻り始めた。
To Be Countinued...
いよいよクライマックスフェイズです。
九郎達、派遣社員はこの戦いを切り抜ける事が出来るのでしょうか?