その一撃の行方は……?
今回、最終回となります。
「どっちも離れろッ」
俺の叫びが聞こえたのか、フリードリヒの注意が一瞬こっちを向いた。
武者像の腕がフリードリヒの肩を掴んで引き剥がし、地面に叩き付け、足がその上に落ちる。
水っぽい破裂音と何かが砕ける音がした。
俺は足を踏み切って動きが止まった武者像の胸、黒い太陽が輝くそこに照準していたライフルのトリガーを引き絞る。
耳を聾する衝撃波とリコイルキャンセラーの重力波エフェクトに翻弄された俺の知覚が回復した時、胸にぽっかり穴の空いた武者像から何体もの悪霊が吸い出され坂を転げ落ちていくのが見えた。
耳を塞ぎたくなる絶叫、地響きと金物が崩れる音が木霊する。
酸欠と三半規管のシェイクで視界がぐるんぐるんに回る中、俺も三衛門もへたり込んで喘いでいた。
とても、やったなんて実感が湧いてこない。
(次に何もないだろうな……?)
不安と恐怖で、一刻も早く逃げ出したい。
それが実感、でも、指一本動かせないんだ。
翠はふらふらとフリードリヒの落ちた所に歩み寄ると、喉の詰まった様な声を上げ、へなへなと座り込んだ。
気力を何とか奮いたたせ、俺が這いずりながら近づくと、確かに血まみれの肉塊みたいなものが転がっているのが見えてきた。
手足は全部あっちこっち曲がっちゃいけない所で曲がってるし、折れた肋骨が肉を裂いて飛び出して来ているし、裂けた脇腹からはグレーがかったピンクの腸がはみ出ている。
普通の人間だったら、死を待つばかりだ。
だが、奴は生きていた。
強靭種はそう簡単には死なない。
しかし。
「……治癒の祈念も効かないのにどうすればいいのよ」
そう、魔法が効かないのだ。
翠は魔法だけしか治療術を知らない訳じゃないが、こんな挽肉みたいな状態の奴を治療する程の外科技術は無い。
今まで聞いた中じゃ一番泣き声に近い声だ。
「救急ヘリでも呼ぶか?」
緊張感の欠片も無い俺の呟きに、柳眉を逆立てた翠が立ち上がろうとした時、その裾を誰かが掴んだ。
「Gehen Sie nicht……」
弱弱しい声。
動かない手の指がはだけた小袖の裾をつまんでいた。
「……Mutti」
「行かないで、ママ、か」
俺の方を翠が見たので、軽く首を左右に振る。
もう、いい加減、全てがしんどい。
翠は座り込み、そっとフリードリヒの頭を抱いた。
おや、涙がぼろぼろ出てる。
意外と涙もろいもんだ。
(結構可愛いとこあるじゃないか……)
しばらく沈黙していると、妙な音が聞こえてきた。
(んん?)
何か、ちゅうちゅう吸引する音。
「へ……」
ぎょっとした顔の翠が身を引き離すと、ちゅぽん、とかいう間抜けな音が響いた。
何がとは言わないがピンと立ってる。
(結構色素濃いな……翠のやつ、サラシ派か)
「むー、Mutti、もっと~」
「なッ、何で生きてるのよッ」
何か動揺して無茶苦茶言ってるなぁ、翠。
「強靭種は……即死じゃなきゃ、時間はかかっても大体治ると思うぜ……そこまで酷くやられたの見たの初めてだったか?」
「*+/-?@#&”%」
息も絶え絶えだが、仕方なく説明してやると、慌てて小袖の前を掻き合わせて結構な長ちちをしまい込んだ翠の怒声が空間を満たし、俺は、またも不意に目の前に生じた壁に激突していた。
だが、今回は腕立て伏せに至るまでの気力等無く、俺の意識はひたすらに闇に沈んでいく。
「ん……翠」
「気分はどうですか、今先生を呼びますからね」
俺が次に目を醒ましたのは、病院のベッドの上だった。
巫女姿の看護士(翠ではないが、乳はでかかった)が連れてきた神主姿の先生に幾つか質問され、特に異常なしとなった俺ははれて病院をおん出された。
もう傷と消耗は治ってる患者に無駄なベッドを割いてる余裕は無いらしい。
後藤事務所に連絡を入れると、後藤のおっさん、大体事は収まって報酬は口座に振り込んだから細かい事情は端末に送付した報告書を見て他の連中に聞けとか適当な事を抜かしやがった。
ついでに俺の分の報告書もすぐ書いて出せと仰せだ。
(まったく、やってれんねぇぜ)
報告書を書き上げた俺は、折角なので三人に連絡して一杯やる誘いをかけてみたが、翠には即、電話をぶち切られた。
なんか、根にもたれたらしい。
(俺が悪いのか?……まぁ、次の仕事に支障がなけりゃいいか)
そういう訳で俺は、結局三衛門とフリードリヒの三人で居酒屋の一角を占領したのだった。
「ネーネー、クロウ、ホントにボク、ミドーリのオパーイ、ちゅーちゅーしたですカ、全然憶えてないネ……何で、ナンデー」
「ああ、ああ、思いっきりちゅっぱちゅっぱ音がしてたぞ……ったく、ちゅぱ衛門かよ、次会う時までに命乞いの台詞でも考えとけ、死にたくなきゃな」
「うぃ~」
「よし、ボク決めましタ、ミドーリのオパーイ、ちゅぱちゅぱしちゃっタ責任トリマース、愛の告白で~ス!指輪の用意しなくちゃ!」
「おめー、いつもそれ、やってるじゃん……」
この最低の呑み会で確認した所によると、結局あの後、伊勢神宮から派遣された処理部隊が警察と宇宙軍の立会いの下あの場所を浄化し、証拠物件を持ち出した後に現場は封鎖、現状のまま保存されているらしい。
俺は三日三晩寝てたので肝心な旬を見逃してしまったが、新しく黒い太陽の活動痕跡が発見された事はそれなりにワイドショーを賑わしていた。
後藤のおっさん、取材のとき、しっかりと宣伝してたなぁ。
ま、流石に安全保障の為、俺たちの事は出してなかったようだが。
黒い太陽のカルトはまだ活動しているので、正直洒落にならない。
しばらくは気をつけなければ。
ちなみに三衛門のおっさんが妙にあの遺跡にこだわった件について水を向けて見たが、言葉少なく、不機嫌に明かした所によれば、どうもおっさんとその戦友は黒い太陽の献体候補だったらしい。
しかも、それを知ったのはひょんな事で盗み見た書類の上だった。
要するに志願した訳でもないのに、献体志願扱いだったらしい。
知らない間に献体として消費されていった戦友の成れの果てをどうしても探してしまうという事だ。
ある意味、三衛門の戦争は終わっていないという事か。
ま、事件は俺達の手を離れた。
(次の仕事までせいぜい英気を養う事にしよう……)
おちついてレールガンの試し撃ちが出来なかったのは残念だったが、戦利品をさばいて分配されていた報酬はちょっとしたものだった。
ちなみに俺は今度はちゃんと、NBCM対応のガスマスクを買った。
次からは、妙な臭いに悩まされる事だけは無さそうだ。
ただ、フィットネスのタダ券については……正直、金券屋の前で迷った。
(翠の奴、口利いてくれないだろうしなぁ)
結局一束買ったが、流石にほとぼりが冷めるまで直にあうのはやばい予感がびんびんきたので、とりあえず郵送しておいたが……ちゃんと届いただろうか。
ま、いい。
今回も又、生きて帰ってこられた。
「次は……自前の長物買うか」
次の仕事が楽しみだ。
今度はどんな“未知”が過去から現れるのだろう?
それは“時滑り”が起きるまで分からない。
せいぜい生きて帰って来られる事を祈るとしよう。
いや、その前に……
(次もちゃんと仕事が来ますように……)
世の中、まだまだ不景気なのである。
END
全話読了ありがとう御座います。
これにて、九郎達、派遣社員のちょっとした冒険は終わりとなります。
これからも彼等の冒険は多分続いて行きます……だって、生活できないので。
ロマンもへったくれも無いのですが、まぁ、派遣社員だから仕方ないですね。
このお話、そもそもが、D&Dモダンを身内で遊ぼうとした時、あのルールには背景世界が附属していない為、それっぽい現代ファンタジー世界を設定したのですが、世界観を説明するのに小説でも書いて読んで貰うかなぁ、と書いたものでした。
十年も前に書いたものですが、少しでも楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
宜しければ、評価、感想など頂ければ尚嬉しいです!
他作品もありますので、宜しければそちらもどうぞ。