辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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殆ど解説パート。
文字数の割に物語が進まない問題。


眠れる獅子

「それで?この国についてのお前の所感はどうなんだ。」

「問題点が幾つか、既にサンバルド侯には共有しているのですが……」

「構わん、お前から直接聞きたい。」

「ならば少しばかりお時間を頂きまして。」

 

サンバルドが抱える問題点……とはいえ私に分かるのは軍事的な面だけなのだが。

 

「一つ、圧倒的な頭数の不足。」

「それほど酷いのか。」

「正直言って絶望的ですな、実情としては帝国との戦どころか、目先の海賊討伐にも苦労している状態が続いております。一騎当千の武勇を持つ騎士が数人居こそしますが、これだけでは戦線を維持することは不可能。局地的な勝利は得れても平押しで負けかねませぬ。」

 

この世界において、絶対的な個に対して幾ら弱者が群れようとも意味がない。

それこそ武器も持ったことのないような百姓が千と一斉に蜂起したところで、マサムネは血の一滴も流さず、額に汗が浮かぶことさえなく全てを鏖殺せしめるだろう。

しかし、戦場の勝敗を分けるのはその多数の雑兵である。

たとえ弱兵の群れだとしても、数の暴力とは全ての基準なのだ。

攻撃側ならば侵攻時の露払い、反抗に備え確保した地点の防衛。

防衛側なら頭数はそのまま、敵の猛攻から稼げる時間に直結する。

グランマリス軍もマサムネ・アマツカゼという男の絶対の武に戦いの要を任せてはいるが、その最強の駒を確実に攻勢に向かわせられるように全体では兵を堅実に動かす。

つまるところ、その余剰を生み出すのが雑兵の命なのだ。

サンバルドには一切の余剰がない、という事だった。

 

「頭数ばかりはな……徴兵制というのも手だが……」

「正直なところ勧めかねます。」

「だが、アマツカゼ領では徴兵制度を取り入れていなかったか?」

「はい、しかしアレは我が領地の特性故の存在である為。」

 

アマツカゼ領の女子は12から15で成人するまで3年間のうち、半年を兵役に就く事を義務付けている。無論、遠征隊の志願兵のような過酷なモノではなく、最低限の教養と剣術、槍の扱いなどを学ばせる程度だが。

副次的な効果として領地への愛着心を増強する為、というのもある。

領民らが普段持ち歩く手斧や鉈は片手剣。

鋤や箒、釣り竿などは槍として扱える。

アマツカゼ領は領地全体で高い識字率と身の回りの品での自己防衛法を浸透させており、領民ほぼ全てが非常時には予備役として利用出来る……という具合であった。

 

「殿下もご存知の通り、初代アマツカゼ領主は極東からの流民であり、海賊として生計を立てておりました。その配下であり、今の領民の祖もまた、遡れば殆どが海賊です。」

「それは有名な話だからな、当時のアマツカゼ領主は周辺で最も猛き海賊の長であり、グランマリスの海岸線一帯を支配していた___そして当時の王は戦いではなく対話による解決を望み、一滴の血も流すことなく現在のアマツカゼ領をグランマリスに編入したと。」

「ええ、我らは賎しい出自であります。しかしながら、祖よりずっと戦人であるのです。故にこそ初代領主が領地を治めるに当たり、徴兵制をとる事としても容易く馴染みました。ですが……」

「……あー、なるほど。理解したぞ、お前の言いたい事が。このような言い方をするのは悪いが……アマツカゼは元より海賊が立ち上げた國、故に戦いが身近であった。」

「しかしサンバルドはその興りよりずっと商人の街であります。急な徴兵制を始めたところで反発は必死であり、その成果が望めるのも早くて十年は先の事となるでしょう。」

 

帝国と本格的な戦闘になるのは凡そ3年の後、遅くとも5年。

あまりに時間が足りぬ。

何よりアマツカゼの民は元より徴兵制を『そういうもの』として受け入れているのだ。

アマツカゼに弱兵なし。

領主たるマサムネに直接仕える4つの武家も、それ以外の兵も。

極端な故郷への偏愛がアマツカゼ領の武名を支えている。

 

一方でサンバルドの民は、話を聞く限りでも未だ思想が割れている。

まず国を一つに纏め、その後でようやく機能するかどうか、といったところなのだ。

 

「そして二つ目、兵の質……これはかなり個人差が大きいですが。」

「そこまでなのか?私と同行してきた騎士は見たところかなり場数を踏んでいたようだぞ。」

「その差なのです。新兵や、内陸部の兵は一度も生命を賭した闘争を経験しておりませぬ。一方でサンバルド侯直属の騎士や、海岸部で海賊と日々戦う兵はそれなりに死線をくぐって来ている。相対的な練度の差が、総動員での戦闘では混乱の元凶となりかねませぬ。」

「一律に揃った兵でないというのは確かに問題があるな……」

「一応、此方の方は稚拙ながら私に考えがあります。レナーテ殿、剣をお貸し頂いても?」

「問題はありませぬが……」

「……あまりに自然だったので気にしてなかったのだが、誰だ?」

 

完全に場に溶け込んでいた故、リズベットは発言を聞くまでその場にいた兵に気付かなかった。

小柄な女である。

その風貌はサンバルドの一般的な歩兵のそれ。

一律に支給される隊服を、極わずかに胴体だけ補強された安物。

布鎧と言えば聞こえは良いが、実際のところは気休め程度の差しかない。

そもそものサイズが合ってないのだろう。

緩く締めてこそあるが今にもずり落ちそうな不安定さが見て取れる。

 

「お初にお目にかかります、グランマリスのリズベット殿下。私はサンバルド侯国訓練兵、レナーテと申します。賎しい生まれ故、姓はありませぬが。」

「いや、そんなに丁寧で無くとも構わない……それで何故ここに?」

「サンバルド侯から直接頼まれましてな。士気があまりに酷い他のサンバルドの兵卒と比べ、良き気迫と闘争心を感じた為だと。兵を志願した理由も単純で実に良い。」

「軍には飯を食う為に入りました、食い詰めの貧乏人です。」

 

そう言って手渡されたカトラスを引き抜く。

これもまた、帝国傘下に広く支給される数打ちの量産品である。

サーベルを左手に、右手に自らの大太刀を鞘のまま携えて構える。

太刀の幅広で肉厚な刀身な正面からの攻めを退け、軽快に動く左手では舞うように流麗な曲刀の連撃を放つ。嵐のようなそれが止むと同時にそれまで盾として機能していた太刀を力いっぱい叩き付け、先程までとは打って変わって力強く極めて破壊的な剣舞となる。

 

「……サンバルド騎士の剣術、使えるとはな。」

「見様見真似に過ぎませぬ、実用には耐えかねるでしょう。」

 

この一見奇妙な戦い方が、サンバルド騎士の流儀。

利き手に大剣、戦鎚、人によっては馬上で扱う突撃槍をも片手で扱う。

そして逆手には使い慣れ、身体の一部とさえ言える曲刀。

……サンバルド騎士は海賊上がりの者が多い。

利き手の長物はいつかの略奪で奪った武器であり、船上以外……陸の上では此方を主体として豪快に戦い、敵の守りを打ち崩す。反対に海上ではそれを盾とし精密な攻撃を尊ぶ。

海戦が激化し、仮に長物を取り落としたとしても元来自らの者でない為被害は少ない。

ある種ドライな、機能性の塊であった。

扱えれば実に強力で、実戦から生まれた剣術なのは疑いようもない。

 

「しかしこれを修めるのはあまりに困難であり、ましてや一般兵では不可能でしょう。」

「……しかし、サンバルド兵にとってこの剣技が誉れとなっているのは事実です。」

「誇り高くあるのは大事な事だ、レナーテ殿。しかし守れねば意味がない。剣術、槍術、弓術に武器を失った時の徒手空拳や柔術に至るまで。武とは戦う為のもの、見た目だけの舞踊ではない。」

 

マサムネはそう言うと曲刀を一度テーブルに置き、大太刀を抜刀して大上段に構える。

 

「この大上段がグランマリス両手剣術の尤も基礎たる型。(ヴォルケ)の構え。」

次いで大太刀を正眼に構え、身体の正中線上に真っ直ぐと刀身を這わせる。

「中段、(ヴァサー)の構え。刺突と防御に重きを置いた手堅い構え。この二つが全ての基本だ、そして多少構えが異なるが片手剣でも大きくは変わらぬ。本来グランマリスでは片手剣と盾を併用するのでこの国には両手剣術をベースとした方が向いていると考えた。」

 

マサムネは大太刀を納刀するとカトラスを再び構え、先程と同じ動きを繰り返す。

重心の差により僅かな違いこそあれ、確かに外観は殆ど大差ない構え方に見える。

 

「これを学んでもらう。少なくとも今よりずっと早く『使える』ようになるはずだ。」

「しかし、今からやり方を変えたとして混乱するだけにはならないでしょうか。」

「そこは既に学んでいる者はそのまま、新兵のみこのやり方に変え、部隊を然と分ける。……それと貴殿はこのやり方よりサンバルド流の方が向いているだろう。」

 

そう言ってマサムネはカトラスを手渡すと、近くの椅子に立てかけた剣を持つ。

見事な装飾が施された外観ながら、握りには上等な舐めし革が使われており、カトラスと比べて刀身は1.4倍程長いが濡れたように冷たく薄い。

サンバルドでも上等の……主に騎士階級の者が扱うサーベルであった。

 

「サンバルド侯から貴殿にだ。」

「私にですか!?……何故?」

「先の見事な戦いを評して、との事だ。彼女は手づから渡せない事を悔やんで居られたぞ。」

 

恭しく諸手を差し出して受け取るレナーテに、若かりし頃をふと思い出して苦笑する。

……いや、それほど歳はとってないのだが。

騎士学校を卒業したのが遙か昔のように感じる。

あまりに多くの事があり過ぎて……恐らくはこれからもあるのだろう。

 

カトラスよりも長く、やや重みのあるサーベルに少し違和感を覚えていたレナーテであったが、数回振るえば瞬く間にコツを掴み、やがて片手で自在に振り回せるようになってきた。

体格にこそ恵まれていないが、天性の武才がある。

その事を心から惜しく思うとともに、その生まれが、飢えが彼女を軍へと導き、今に至ったと考えればままならぬものである。

 

「とまぁ此方は私が。基礎の基礎を一週間掛けて仕込めば後は勝手に習熟します。」

「一度教えたら後は手隙の時間で各々練度を上げられる。その手軽さは我が国の利点だな。」

「グランマリス軍はとかく数が多いですから。より能率的に、最低限使える兵を育てる方法というのは古くから然と研究されております。」

 

「そして三つ目、こちらは解決がそもそも不可能な可能性さえあり、前述の二つとも関係があるのですが。中、小隊単位での指揮を取れる者の圧倒的な不足。サンバルドは元より総動員での総力戦というものを経験しておらず……また、騎士階級に値する者が少な過ぎます。」

「上からの指示を把握し、前線で兵を率いる将が足りないというところか。」

「はい。こればかりは私の頭ではどうやっても解決せず。知恵をお貸し願いたい。」

「ふむ……何もかもが足りぬなこの国は……」

「申し上げた通り、総力戦をする想定の軍ではありませぬ。例え帝国の指示通りに我が国を攻める尖兵とされたところで文字通りに使い捨てにしかならないのでしょうな。」

「……少し待て。サンバルド侯と実情を擦り合わせてから考えたい。」

「無論。私は早速訓練兵たちをシゴいてくるよう頼まれておりますので、レナーテ殿も。」

「お供致します。」

 

そう言って部屋を出たマサムネは兵詰所へと向かいながら考える。

今は来たる戦いに備えて南に注視しているが、グランマリスは、領地は大丈夫だろうか。

北にラグマルム、西に遊牧民族、東の果て、極東の倭国。

我が国を脅かす脅威はあまりに多い。

グランマリスの軍事力は強大でこそあるが、戦争の要たる暴力の一角である自分と、全ての戦略を司る将軍であるリズベットが国を離れているというのは本来危険である。

 

いかんな、先々の事など考えても愚かな自分には何も分からぬではないか。

とにかく今は目先の問題を一つずつ解決していく。

マサムネ・アマツカゼとは全くそれで良いのだ。

 

「おや、アレは……」

「どうなさいました?」

 

館の暗がりに紛れるように、白い影が視界の端を横切る。

マサムネは超人たるその脚力によってそれに追い付き、顔を綻ばせて声を掛けた。

 

「テレジア殿、実に久しく。」

「……マサムネ殿か、久しぶりだな。」

「えぇ、だいたい十年ぶりくらいでしょうか?随分と風貌が変わられたようで。」

「それは其方もだろう、あの頃はまだ可愛げもあったろうに。」

「ハハ、尤もですな。」

 

日に焼けた快活な少女は部屋に籠りきり、地にに使わぬ白絹のような髪と肌となり。

幼くして母の後を継いだ少年は並び立つ者無き剛体の騎士となった。

 

「お出かけですか?」

「……少し外へ。」

「それは良い、サンバルド侯から外に連れ出してやってくれと頼まれておりましたが……自発的に外出なさるならば問題はありますまい。それでは!」

「……ああ、それでは。」

 

去っていくテレジアの後ろ姿を見送り、踵を返すと慌てながらレナーテが漸く追いついてくる。

 

「マサムネ殿、一体何が……?」

「いや……何でもない。そういう事にしてくれ。」

 

 

 

違和感があった。

何か致命的な事を見落としているような。

だが、有り得ぬ話である。

ほんの一瞬、テレジアに追いついた瞬間の、瞬き一つの時間。

濃密な殺気を感じ取った気がした。

かつて狼の王に感じたような。

ヒトならざる者の、人外の香りが確かにしたのだ。

 




サンバルドは総力戦を一切考慮していない模様。
あくまで海賊の警戒と国内の治安維持だけで回ってたから仕方ないね……
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