辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「帰ったぞ!!!」
「おかえりなさい、サンバルド侯。それで首尾は?」
「取り敢えずこの辺りを根城にしていた海賊の、大きいのを取り敢えず五つ連れてきた。一つは反発したので腕尽くで黙らせたが、残り四つは私の名を出したら其方から従ってきたよ。」
「それだけ『海獅子』の偉力が凄まじいのですな。」
サンバルド侯が拿捕してきた船は中々の大きさであり、少なく見積もって各船に三十は乗る事が出来るだろう。それが十数隻。数の上ではかなり大きい。
降りてきた彼女らの顔立ちを見るに皆、マトモな生まれでないことは想像がつく。
マサムネは無骨な男であるが、その出自はグランマリスでも有数の青き血である。
故にこそ、彼女らがどのような人生を歩んできたのか、それは分からぬ。
だがその風貌は荒事に慣れた者である事は明白。望んだ通りの人材だ。
何ゆえ連れてこられたのか。それすら分からず混乱する海賊どもの前に立ち、マサムネが名乗る。
「良くぞ集まってくれた。私はグランマリス辺境伯、アマツカゼだ。」
「グランマリス……?隣国のお貴族様がわざわざ何の用だ。」
「ふむ、見るからに……見るからに反発心のあるといったところか。とはいえ貴殿らの出自を鑑みれば、私のような貴族であるというだけで面白くない。そんな者も少なくなかろう。」
「何を考えてるか知らんが、私らは明日の食い物にも困ってる現状なんだよ!そこにわざわざ金子の取り立てでもする気なのかい!?」
「まさか……むしろ私は貴殿らにチャンスを与えに来たのだぞ。」
群衆のざわめきを感じ、マサムネは口角を上げる。
この混乱が、この無秩序が必要であった。
人は混乱している時、荒唐無稽な話でさえつい聞いてしまう。
マサムネは胸いっぱいに空気を吸い、その全てを吐き出さんばかりに叫ぶ。
「間もなくこの国に!否、この大陸に南からの厄災が訪れる!その厄災とはエギルラーン!かの邪智暴虐たる帝国がとうとうこの豊かな地に目を付けたのだ!!!この脅威に対し、我らグランマリスとサンバルドを手を結び、真っ向から対抗する!だが……」
一度呼吸を整え、辺りを見渡す。
マサムネの大声に呑まれ、先程反発した海賊の女どもすら黙りこくっていた。
そしてこの短時間でも力強い声色に、既に聞き入っている者すらいた。
「兵が足らぬ、武器が足らぬ、船が足らぬ……何もかもが我には足らぬのだ。だからこそ、我々は貴殿らを探し、ここに招致した。」
「待ってくれ、私たちに戦争に参加しろってのかい!?」
「そうだ。金ならば幾らでも用意出来る、皆を傭兵として雇い入れたい。そう考えている。」
「例え金を出したとして、命を賭ける理由は?私らは誰一人ここの民じゃあない。」
「であろうな、見ればわかる。」
「それを急に知らん国の為に戦えだって!?虫が良すぎるんじゃないか!?」
「そもそも金だってしっかりと払われる保証がない。無法者を相手にアンタらが口約束と誤魔化して、なかった事にされるかもしれない。」
「仮に滞りなく支払われたとして、帝国の側がより高く雇うと言ったら?その分丸損じゃないか。」
雑音を許せば一斉に不満が爆発する。
しかし、言わせておけばよい。
むしろ今全て吐き出させねばこの先に差し支える。
とはいえ頃合いか。
「鎮まれ。」
決して語気を荒らげるでも、声を張るでもない。
ただ努めて冷静に、しかし僅かな殺気を込めて窘める。
それでざわめきが静まる。
「何ゆえ戦うのか?帝国に雇われる?なるほど、結構結構、好きにすれば良いが。帝国は貴様らなど視界の端にさえ入れておらぬぞ。そもそもあの侵略国家は他国を滅ぼすに足る兵を常駐させている、海賊なぞに頼る必要はないだろうな。」
「だが、不利なのは事実だろう。そんな負け戦に何ゆえ参加せねばならぬのだ。」
「___それは守りに入ったなら、その仮定での話だ。」
さて、ここからが肝心だ。
以降、一切弱い言葉は吐かぬ。
狂気と勇気が織り成す狂熱にて海賊どもの心を手中に収めるのだ。
自らの理性が正気を取り戻さぬよう、念入りに殺しておく。
マサムネ・アマツカゼという存在。
グランマリスの剣にして圧倒的な暴力。
求められているのはそれだ。
知性や、冷静さなどでは決してない。
ハッ、ハッ、ハッと短く呼吸をし、頭の中を真白に染め上げていく。
「帝国は、エギルラーンは確かに強大だ。強く、残忍で、容赦なく、徹底的に我ら両国の土地、民を凌辱し、祖霊を辱め、奴らの文化で塗り替えんとするのだろう。恐らくは、我らの骸を踏み越えた先で。そうだな……私が命尽きるその時まで、百の艦船と万の兵を切り捨て力尽きた私の屍を踏みつけ、高笑いするだろう。」
一度演説を止め、辺りを見回す。
女子のそれとも、歌劇に出る去勢された少年のそれとも違う。
成熟した男の、野太い声が響き渡っている。
皆聞き入っていた。
「だからこそ、そうならない為に。そうさせない為に力が必要なのだ。」
「それでも私たちに直接関係は無いだろう。海賊である私たちはただ逃げれば良いだけ。」
「なるほど、そうやって逃げ続けた果てが貴様らの現状だと気付く事も出来ないか。」
「ああ!?」
「目の前の壁から逃れ、支配から逃れ、責任から逃れた現状が今のお前たちだ。違うか?」
恐らくは一つ二つくらい思い当たるフシがあったのだろう。
数人がその言葉に激昂する素振りこそみせたが、すぐさま拳を握って俯く。
海賊らの中でも、幾らか歳を重ねた40前後の女ども。
「私には師がいる。極東の騎士、侍の一人であった者が。彼女は私に得難き数多くの戦う技と、極東に伝わる戦人の知恵を授けてくれた。師に曰く、強兵は迅速を尊ぶと。そして敵の強みにこそ弱点があるのだと。」
困惑が広がる海賊どもに見えるように海図を広げる。
それはサンバルドとエギルラーン間を描いた航路図。
両国とその間に点在する多くの小国が描かれている。
マサムネはそれを一度台に置くと、短剣を突き立てた。
サンバルドでも、エギルラーンでもなく。
島々に属する小国を刃で貫いたのだ。
「攻勢だ、護りの時こそ攻め掛かり、敵を挫かねばならぬ。奴らは蝗の如き侵略者。侵攻し、奪ったモノを食い潰し何も生まずただ次の獲物を狙う畜生にも劣る野蛮人ども。なればこそ、奴らに防衛戦という概念は存在しない。貴殿らと、サンバルド軍、それを歴戦のグランマリス兵が支える。帝国本土の軍ならいざ知らず、取り巻き共は瞬く間に総崩れとなるだろう。」
「話が掴めぬのだが……」
「貴殿らへの褒賞の話だよ。金も、武器も与えてやる。必要なのは命を賭ける覚悟だけだ。国盗り戦に成功したその後、貴様らが生き残ったなら……」
一度息を吐き切り、ゆっくりと面々の方を見据える。
マサムネ・アマツカゼという男は愚者である。
マサムネ・アマツカゼという男は狂人である。
しかし、自らの役割を理解している。
常に最短経路で、常に最速の方法で問題を解決せんとする。
小難しい事を思案したり、後先考えて損得勘定をするのは彼の役割でない。
アマツカゼという暴力装置に求められた機能を十全に果たす。
彼はその為だけに動いている。
その為に自らの知性と正気を否定し、心の底まで狂っている。
「国をくれてやろう、奪った島にお前たちの国を。」
「国……?」
「そうだ、選択を誤り、流されるままに堕ち続け、帰る場所も失ったお前たちに。新たな故郷を創る事を許そう。戦いに備え鍛える事も、商売をして銭を稼ぐも、次へ命を紡ぐ事も許そう。」
マサムネは握り拳を振り上げる。
力強く、天高く掲げ、海賊どもの末端にまで届くように。
自らの正当性と力を誇示するように堂々と。
「最早流れる事もない!咎人として追われる事さえない!生まれや、育ちによって差別される事もなく、ただ在るように生きる事が出来る国を!お前たちに与えてやるぞ!!!」
長らく海を放浪する各海賊らの年長者は考える。
彼女らは生まれながらの被差別者であったり、国を追われた咎人であった。
婚約者が居たにも関わらず、無実の罪で国を追われた者がいた。
国元に子を置き去りにせざるを得なかった者もいた。
無法者として永き時を海の上で過ごしても、尚後悔が残り続けていた。
今更、最早私たちに未来はない。
しかし……一味には十代、二十代の者も少なくなかった。
年若く、未来があるハズの彼女たち。
その笑顔を見る度に、内心では心が傷んでいた。
真っ当な暮らしをして日銭を稼ぎ、良い男と恋に落ちて子を育む。
『普通の未来』が、彼女たちにはあってもおかしくなかったのだ。
娘ほども年の離れた若い部下たちに、年長の海賊らは物悲しく思う。
「さてどうする!?このような機会は二度と来ないぞ、命を賭して我らと一丸に帝国を討ち払い、新たな人生を紡ぐのか!それとも負け犬らしく再び穴ぐらへ戻り情けなく余命を惨めに過ごすのか!?……選ぶのはお前たちだ。」
熱狂のままに力強く叫んだ後、諭すように穏やかな口調で最後に問う。
その姿を見て、一人。
特に年長の者がよろよろと近付き、その足元に跪いた。
それが始まり。
狂気の騎士が放つ熱が次々に海賊らに波及し、後を追うように傅く。
最早雑音は消えていた。
その場に居た海賊全て、400と少し。
全てが跪いたのを見届けたマサムネは豪快に笑い、破顔しながらさらに叫ぶ。
「ガハハハハ!宜しい!良いか、敵は海の遥か向こう!邪悪なる帝国エギルラーンとその属国!奴らは強欲にもこの国を、この大陸を欲し、その悪辣を隠す事もなく侵攻せんとしている。かような悪逆非道を見過ごすか?否!否!否!!!我らは一つとなってこの厄災に真っ向から逆らう!」
今度は諸手を掲げ、両拳を力強く握る。
人の枠を超えた『人でなし』の膂力。
鋼鉄すらバターのように抉り取るほどの剛力を込めて握り締める。
「帝国からの小規模な偵察や小競り合い、小火程度とはいえ何度も何度も。何度も何度も何度も我らは脅威に晒され、それを上位者たる慈悲で見逃してきた!しかし最早臨界は超え、対話にによる解決は不可能となった!故に我らは義を持って奴らを殲滅する!!!」
海賊だけではない。サンバルド侯や、傍のレナーテらサンバルド兵。
演説を後方で眺めていた王女たるリズベットに至るまで。
気を抜いたらつい跪いていただろうと、皆が思った。
マサムネはそれほどまでの熱と光を放っている。
なんとも恐ろしい。まるで誘蛾灯。
気付いた時には既に心を囚われてしまっている。
「我らは耐えてきた!即ち渾身の力を込めて振り上げたこの拳こそが我らである。そして今、怒り全てを込めて帝国に正義の鉄槌を下す!」
そのまま振りかざし、海図に突き刺した短剣に拳を叩き付ける。
剛力が一点に加わった事で力は先鋭化し、海図を、机を引き裂いて砕けた。
短剣を刺した地点、帝国属国と本土をズタズタにして。
知性なき怒りの化身、そのように見えたがサンバルド侯は感心する。
器用な事だ、力任せに奮ったようでその実打点を調整している。
サンバルド側には一切の破壊が及んでいない。
「歴史に残る戦いになるぞ。間違いなく死闘になる、恐らくはこの場の全員が生還することは不可能であろう、或いは殆ど。この私さえ戦死するやもしれぬ。しかし勝利した暁には我らの子が、孫が、百年、千年先の子孫が唄として語り継ぐぞ。きっと勝利を祝して祭りなど開くぞ。」
「ハハ、そりゃ良い!今のうちに詩人を探しておこう!」
「待った!私の名も入れてもらうぞ!」 「なんでお前なんだよ!入れるなら私たちの方だろ!」
「新たな故郷に、万年語り継がれる唄にして欲しいな。」
海賊らがざわめく。
しかし最早雑音ではない。
戦いを覚悟し、その恐怖を打ち払う為の軽言だ。
「その意気だ!近隣の小規模な海賊どもにもこの演説を伝えよ。サンバルドには皆を受け入れる準備がある。今のうちに勝ち馬に乗る方が利口だと!」
リズベットは正直なところ驚いていた。
驚いていたどころか、驚愕した程だ。
マサムネ・アマツカゼという男にこれほどまでの言語化能力があるとは正直思わなかったというのが大きいのだが。
恐らく、平時ではこうなるまい。
治世にして凡夫、なれど乱世にして英雄。
マサムネという男はこのような状況に限り、その身に宿す王家の血が発露するのだ。
私やアンジェとは違う、戦乱にのみ光り輝く才。
戦いの中でのみ、人を支配するに足る光を放つ。
……とはいえ、戦いに向けた軍備を形にする。それは私の仕事だ。
マサムネが不自由なく、思いのまま戦えるように。
この世界で男の武人という立場に悩まぬように。
支えてやりたいというのが、私の偽らざる本心であった。
馬鹿だけど無能ではない。
戦乱の英雄……でもやっぱり馬鹿ではある。