辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「とんでもない演説の結果海賊の戦力約三百人を上手い事引き入れたワケだが……」
「彼女らには他の小規模な海賊らにも声をかけるように伝えました。劇的な増加こそしないでしょうが実数としてはある程度余裕が出来るかと。」
「それで?その数をどう纏めるのだ?」
「海賊は海賊らしくサンバルド侯に率いて頂こうかと。まずは海賊らと我らグランマリスを主体として攻勢を執り、サンバルドとエギルラーンを結ぶ島国を可能な限り占領します。」
「なるほど、出城とするわけか。」
「はい。属国とはいえサンバルドは飛び地、エギルラーンとは海を隔てて凄まじい距離があります。その間を一切の補給なく軍を動かすというのはさしもの侵略国家といえど不可能でしょう。」
数百の船、数万の兵からなる大船団。
それが事実なのであれば……それに伴う補給路は命綱だろう。
占領下にある小国から摘発するのは明白だ、ならそれを潰してやれば良い。
「ただでさえ大軍を動かすのには金と時がかかる、その間にサンバルド兵を鍛え直し、戦えるように仕立てる。厳しいが部隊長となれる様、騎士の育て方をしなければな。」
「可能であれば決戦も向こうの領域内で行いたく。」
「無論だ、大陸を荒らされる訳にもいかぬ……とはいえ理想論という事も理解しろ。もしも海戦、或いは向こうへの反抗侵攻での決戦が叶わない時にはサンバルド……或いはグランマリスでの本土決戦となることも覚悟せねばならぬ……まぁ、それはそれとして。」
ふぅ、と複雑な話を一度切る。
あの演説から一夜明け、館に戻ったマサムネとリズベットは未だ議論を続けていた。
「お前が彼処まで雄弁に語れるとは、正直意外だったぞ。」
「私にも分かりませぬ、その場の勢いで何やら凄まじい事を口走ったように思えますが……」
「結果が全てだ。結果としてあのならず者どもの心を掴み、戦力として数えられるようにした。間違いなくお前の手柄だよマサムネ。だから気にするな。」
「左様でしょうか。」
「ああ、誇って良い。恐らくは私や、アンジェでもああは出来ぬ。」
そこまで言ってリズベットは昔を思い出す。
騎士学校を卒業する際の試験。
座学では200点の内120点、それが卒業の条件。
特段厳しいモノではない、事実として落第した者は今までいなかったと聞く。
私は196点で歴代最高点を取り、総合でも首席で卒業。
アンジェは170辺りだったが……マサムネは121点。ギリギリである。
その内容は、半分が領主としての教養を問う政治の問題。
もう半分は騎士としての軍事面での才覚と知識を問う問題。
マサムネは領主としての教養で21点という脅威の点を叩き出し、それを100点満点の軍才で補って辛うじて卒業した奇人であった。
当時は何をどうやったらその配点になるのか、全く謎であったが……
なるほど、やはり。
マサムネ・アマツカゼという男は全てが戦いの為に在るのだ。
恐らくはその存在全てが。
全身全霊、血の一滴に至るまでが武で構成されている。
頭が悪い、本人はそう自嘲するがそれは真ではない。
アマツカゼという純粋かつ絶対の暴力に不要である。
故に身につかぬのだ。
「お前にも確かにグランマリス王家の血が通っている事を痛感したよ。そういうのはアンジェの専門分野だと思っていたのだがな……」
アンジェは馬鹿だが、王としての才覚だけは母すら凌駕している。
諸人を魅せ、傅かせる魔性の力。
偉大なる祖、女王マリスが持ったとされる魅力を、奴は確かに継いでいる。
そして目の前の男も……少なくとも、戦争という状況下では劣らぬ光を放つのだ。
「仮だがアンジェや私が王位を放棄したらお前が継げよ、案外向いてるぞ。」
「ご冗談を……私に務まるとお思いか?」
「思うさ。お前は周りが思うより……というよりお前が思うより思慮深い性格だ。私やアンジェには全く縁のないタイプの性格のな。お前やクラウにも才はあるよ、王として求められる別の方向の才能がな。」
「ハハ、私にそんなものがあったとして機能するのは戦争の折だけでしょうに。」
「マサムネ殿!準備が出来たとの事です!」
「む、レナーテ殿か。」
部屋の入口で小兵の兵士が声を張る。
マサムネに見込まれて以来、すっかりグランマリス大使らの側仕えのようになったレナーテだ。
一応サンバルド兵の訓練にも参加は出来ているとの事だが、休息は取れているのだろうか?
「ご苦労だ、だが休みは取れ。疲れが滲んでいるぞ?」
「心配ご無用、この程度なら問題はありませぬ。」
「……何かお前に似てるな、気に入ったのがわかる気もする。」
「私にか?……まぁ、そうだな。強兵たるには休みも大切だ、無理はしないようにな……さて、どれほど効果があるものか分かりませぬが……」
「何、駄目なら駄目で二の矢三の矢を放つだけさ。お前は心配せず暴れれば良い。」
「マサムネ殿を連れて参りました!」
「うむ、来たかマサムネ。付き合ってくれて感謝するぞ。」
「此方こそ、サンバルド騎士の技を間近で見られるとあらば断る理由がありませぬ。」
街中の一角、広めのスペースを簡易な柵で囲っただけの本当にシンプルな場所。
突然兵らによって占拠された事による混乱からか、数多の民が野次馬に興じていた。
そこにサンバルド侯と二人の騎士が控えていた。
サンバルド兵は一般に鎧を身に付けぬ。
しかしながら騎士の片割れはグランマリスで使われるような板金鎧を身に付け、傍らには巨大な……一般には馬上で使う突撃槍を置いていた。
もう片方も軽装ながら部分的に補強された革鎧と鉢金で生命に直接関わる箇所のみを守り、一方で軽装を維持する事で海戦の折に落水したときに溺死しないような武装。
想定される戦場がまるで違うように見えるが、リズベットは直感した。
強い、それも相当に。
少なくとも自分では勝てぬ、アンジェやラインハルトならば一応は……
無傷とは言わずとも勝利は出来るのだろうが。
しかしそれに並ぶ強者であるのは間違いない。
比武に相応しい強者を用意するよう言ったが、サンバルド騎士の層は案外厚い。
極少数の強者と、多数の弱兵の二極化が進行しているのだろう。
「それでどちらから?私は二人同時でも構いませぬが。」
「然らば、私から。」
鎧を纏った騎士が構える。
武器は右腕の突撃槍と、やはり曲刀。
「……気になるかね?」
「生憎と、馬上槍を徒歩で使う者は初めてみたものでね。」
「かつてサンドラと略奪を行う内、多数の武具を試したが私にはこれが一番しっくり来た。とはいえ心配は要らんよ。この鎧も槍もグランマリスの者から奪ったわけじゃない。」
「で、あろうな。明らかに意匠が違う……帝国の物か。」
「ご名答!」
騎士は此方を指差して褒め称えるが、イカれている。
サンバルドは元々帝国の属国である。
つまりだ、この女は自らの主君の主君に弓引き、略奪した装備を纏っている。
どう考えても頭がおかしい。
「随分とネジが外れているな、嫌いではない。」
「それは結構、いざ参らん!」
腰だめに引いた槍を構えての突進。
会話の最中には遠かった距離を一足で詰めてくる。
刺突というよりかはまるで砲撃のような迫力の一閃を、マサムネは大太刀でもって叩き落とす。
一撃で槍を砕くつもりまであったが、猛打を受けて尚巨槍は健在。
軌道を逸れ、地に突き刺さった槍を支点として跳躍。
通常有り得ぬ空中からの強襲を身を捩ってギリギリ回避すると、その着地に回し蹴りを放つ。
丸太のような太過ぎる脚が鳩尾を捉え、鎧ごしにダメージを与える。
相当な苦痛であろうに、呻き声を少し上げただけで体勢を立て直し再び構え直す。
「おーおー、今のは痛いなぁ……手ぇ貸そうか?」
「不要だ!グランマリスで最も猛き騎士とは聞いていたが……」
「無理すんなって。元々私らの戦い方は決闘をするようなモンじゃないんだから、さ!」
そう言って軽装の騎士が短剣を投げる。
不意を付かれたとはいえ人外の反応速度を持つマサムネには問題ない。
ナイフを必要最小限の動きで回避、回避の勢いを踵に移し、強く踏み込む事で推進剤へと変化。弾かれたような速度で騎士の眼前へと移動する。
「ありゃ、速すぎ。ホントに人間?」
「少なくともそのつもりだ。」
「強いねぇ。でもさ、目を離しちゃいけないよ。」
「!?」
背後に殺気を感じたマサムネは重心を引っこ抜くことで無理やり回転。
空中ではあらゆる攻めを回避出来ないという摂理をその剛力で解決する。
だが無理な機動であった為か、頬の薄皮一枚を切り裂かれ仄かに血が滲む。
「なるほど。やはり持っているのか。」
「何の話?」
「今ので言い逃れする者もいまい、どうやったら投擲した短剣が壁に跳弾するのだ。」
「案外そういう技があるのかもよ、貴方が知らないだけでさ。」
「考えとしては面白い!」
大太刀の峰で女騎士を強かに打つ。
骨をも砕けんとばかりの威力であり、比武とはいえ模擬戦で成す威力ではない。
しかしマサムネは半ば確信していた。
そしてその推測は事実となる。
壮絶な峰打ちの一刀を素手で容易く受け止められた。
命中はしている、しかし押し込む感覚がまるでない。
自らの力と同等の膂力で弾き返されている。
「まるで青竹を叩いているようだ。当たっているのに当たっておらぬ。」
「危な……限界ってモノがあるんだけど。」
「全力ではない、貴殿の力を見込んで少しだけギアを上げたのだ。そしてそのカラクリもある程度は分かった。生木を押したら撓り、反発するように。曲げた鉄の板が元の姿に戻らんとするように。貴殿の力は……例えるならば、弾性の付与。そんなところか。」
「……凄いねぇ、これでも今までバレた事なかったのに。」
ケラケラと笑う妙齢の女騎士は、朗らかな雰囲気をそのままに二刀を構える。
右にカトラス、左にナイフ。
サンバルド騎士の定石とは外れたものの、海上戦を想定し独自に磨いたモノなのだろう。
そしてその前を固めるように鎧を纏った騎士も変則二刀を構えた。
「……海賊の戦い方。集団での乱戦に秀でた無駄のない戦法だ。」
「卑怯とは言わないよね?」
「無論。武を競うとは、そういう事だ。死合に非ず仕合なれば、生命を奪うことはない。しかしそれと等しい覚悟を持ってやられば意味がない。」
故にこそ、此方も全力で答えるのが礼儀というもの。
中段の太刀を下段に構え直す。
「名誉に掛けて、先に言っておく。手を抜いていたわけでは断じてない。サンバルド騎士の技を少しでも見続けたい、そう思っていただけだ。しかし全力で応えねば不作法というもの。」
「貴公、良き騎士だな。なればこそ私も全霊をもって応えよう!」
「あらやる気だ。じゃあ任せちゃうか。私は退散、頑張ってねぇ。」
激励を込めて背中を軽く叩き、ひらひらと手を振って軽装の騎士は下がっていく。
鎧を纏った騎士は曲刀を納刀し、槍を構えたまま身体を捩る。
「そう言えば、名を聞いていなかった。」
「言葉は不要、武人ならば剣を交わせばそれに勝る交流はない。」
「ハハハ、それもそうだ!いざ!」
身体を捩って、
名をレネイ、騎士となった今でも姓はない。
物心ついたときには既に家族も居らず、スラムでゴミを漁っていた。
未来など考える余裕はなく、ただそのまま落ちるところまで落ち続け、後は海賊にでもなるしかないという時に彼女は若き日のサンバルド侯に見出された。
彼女には当然、先の騎士のような魔法などはない。
ただ生まれながらに、強靭で嫋かな肉を有していた。
全身が撥条細工のように脈動するのだ。
魔力を持たぬ身で、大領地を治める異国の男騎士。
主たるサンバルド侯から話を聞き、一方的なシンパシーを抱いていた相手。
実際に対面してみて……その身体の強さは想像を遥かに超えていた。
肉の量も、質も、その
極々短時間の攻防でそれを理解した。
何と天晴れか暴の極地。何と素晴らしきや鍛錬の結晶。
なれど、私にも意地がある。
サンバルドにて最速。
鎧を纏い、誰よりも重い装備を背負って尚、迅さだけでは絶対であった。
撥条の身体に万力の如き力を、弾性でさらに引き絞り。
その弾みは極限の初速を伴って放たれる。
「一念だ、真っ直ぐに突撃する、その心意気が伝わってくる。良い、とても良い!」
「………『飛槍』!」
かつてサンバルド侯の海賊団、僅か数人と500からなる最も猛き大海賊の開戦の狼煙を挙げた技。 跳躍の一跳びでまるで砲弾のように飛翔し、敵船を貫く姿をサンバルド侯は冗談混じりに称えた。
力を解き放った踏み込みは、音すら置き去りにして真っ直ぐに突き進む。
瞬き一つ惜しい刹那の時。
二人の武器が交錯し、見ていた群衆が耳を塞ぐ程の轟音。
爆発したような衝撃が収まり、再び皆が二人に注視した時決着はついていた。
マサムネの刃がレネイの首元、皮一枚のところで止まっている。
その手は空手であり、少しして回転しながら落下した槍が地に突き刺さった。
静寂の後に、先の轟音が囀りのように感じる程の歓声と拍手が二人に浴びせられる。
「……見事!」
「薄氷を踏むようなギリギリの勝利であった。サンバルド騎士の底力を魅せて貰ったよ。」
槍の穂先が眼前に迫った瞬間。
その一瞬を捉え、太刀の握り。頭の部分で上方向に弾く。
速度のあるもの程、軌道を逸れた時には力が揺らぐモノ。
それを利用した、極東の受け太刀の技術である。
二国が誇る最高峰の騎士たちによる仕合。
その熱はサンバルドの一般兵らのみならず、群衆まで巻き込んだ。
奇しくも先にマサムネがそうしたように。
熱狂でもって民を導く切っ掛けとなるのだった。
レネイちゃんはバフ付きならラインハルトより強いです。めっちゃ速い。