辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「エギルラーンの悪政耐え難し!最早かの帝国に未来はない!故に私は、エギルラーン侯爵アレッサンドラ・ファン・デル・サンバルドは帝国からの独立をここに宣言する!」
サンバルド侯は遂に自らの考えを公にした。
即ちエギルラーン傘下からの独立である。
当然の事ながらその一言でサンバルドは大いに荒れた。
民の多くは元より帝国への帰属意識が低く、彼女の選択を歓迎した。
一方で少数派の親帝国派の民は反発し、またサンバルドへ出稼ぎに来ていた帝国支配圏の民は我先にと連絡船で逃げ出していく。
実際に戦いとなり、国交が断絶された暁には故郷に帰れなくなってしまう。
その恐怖や不安が皆の判断を急がせ、街からはほんの少し活気が失われたように思われる。
兵からも離反者が出た。
あくまで帝国の兵である、という事を支えにしていた者は少なからずいた。
彼女らの心情としては何が悲しくてその帝国に弓引かねばならぬ、といったところなのだろう。
その判断は間違っていない、故に責めは出来ぬ。
「サンバルド侯……否、サンバルド王と言った方が宜しいか。」
「好きに呼べ、名称が変わったからといって他に何が変わるでもなし。」
「……彼女らを放逐して良かったのですか?彼女らは民とは違う、明確に『戦える』人間です。その上僅かとはいえ国の内情をも知り得る立場にあった者です。」
「だからといって背中から切るわけにもいくまい、船を沈めるわけにもいかぬ。」
そんなことをすればそれこそ畜生にも劣る。
あくまでエギルラーンとの戦は大義が此方にあるとせねばならぬのだ。
義を見出さねばサンバルドはあくまで返り忠という立場になってしまう。
どの道、サンバルドが離反したということは遠からず広まる。
情報を統制する程の利はない、そう判断した上での行動ではあった。
何よりすぐさま帝国が侵攻してこない理由も、ある程度分かっていたから。
「徴兵をする。取り敢えずは志願兵を優先するがな。」
「……それには問題があるというのは申したと記憶しておりますが。」
「まぁ待て、何も私たちにも考えがないわけじゃない。あの比武もその為の布石であった。両国の武の頂同士を戦わせることで民の闘争心に僅かでも火を付け、戦いへ誘う。」
「何より民からの徴用は半商半兵……殆ど普段通りの生活をしつつ、もしも本土に敵が攻め入って来た時に民が自らの身を守れるようにする為だ。自衛の為の訓練を義務付ける事とする。」
「それなら無駄にはならない……しかし、短時間で訓練し得る武器などはどうします?」
「カトラスは誰もが持っている、生活の基盤だ。だが素人が近間で命のやり取りをするというのは現実的ではない。敵の死、味方の死、恐慌状態となるのは明白だ。だからこれを使う。」
サンバルド王はごとりと腰に下げた物体をテーブルに置く。
銃と呼ばれるもの。
マスケット銃などと称され、戦場でも一部の傭兵などが好んで使う兵器。
それを小型化し、服の下に隠し持てるほどに縮小した武器であった。
「ピストルですか。」
「流石に知っているか。」
「我が領地に出入りする商人も数人、もしもの時のために隠し持っている事を申告してきた事があります。
「そうだ、サンバルドの商人たちは多くがこれを隠し持っている。生涯一度も撃つこと無い者が大半であろうが、引鉄一つで敵を殺傷せし得る。恐ろしい兵器だ、だが。」
そう前置きした上でふうと溜息を吐く。
引き継ぐようにリズベットが語る。
「精度が酷い。取り敢えず弾を放つので精一杯といったところだ。」
「肝心の威力も鎧を纏わぬ雑兵ならともかく、甲冑騎士には無力といった具合だ……とはいえ帝国は騎士を、正しくは鎧を纏う文化がない。海から襲い来る襲撃者故に護りを想定した武装ではない。」
「何より容易いからな。数を揃えて斉射すればある程度の効果は見込める。」
精度と射程を確保する為にピストルよりも銃身の確保されたマスケットが好ましい。
その上でただ構え、引鉄を引く訓練に絞って仕込むのならなるほど。
素人である市民も兵力として数えられない事もないかもしれぬ。
「あくまで自衛の為だがな、可能な限り先手を取っての攻勢と海戦で戦力を削り落とす。それで打ち倒せるか、諦めるならそれにこしたことはない。」
「銃の改良計画も急速に進める、グランマリスが抱える鍛冶師たちの知恵を借りたい。」
「無論だ、帝国軍も銃の配備と改良を進めていると聞くが。」
「鎧を貫通し得る威力と精度に絞って研究している……筈だ。私も仔細は分からぬ。」
ここまで少し黙っていたマサムネは熟考し、一つの答えを得る。
頭が足りず、直感的だからこそ辿り着く迅速な解決策。
「……実際に攻め入って、武器を鹵獲するのが最も早いのではないだろうか。」
「一理あるが、研究中のモノをそう簡単に前線に持ち出さないだろ。」
「ううむ。」
しかし浅慮過ぎた。
マサムネという男はやはり頭脳労働が苦手である。
大抵の困難は天与の剛体にて悉く粉砕出来てしまうが為に。
時折急激に知性の光が目の奥に灯ることもあるが、基本的に彼は脳筋であった。
「お役に立てないようなので取り敢えず日課の素振りに出て参ります。」
「……少し可哀想な気がするな。」
「事実、こういった地味な仕事は奴のいる場ではない。良いさ。」
少し酷い言い方になってしまうが、マサムネにそのような頭脳は求めていない。
寧ろ無駄とさえ言える。
ただでさえ多くはない脳のリソースを余計な思考に費やさせる事自体、国益を損なう。
マサムネ・アマツカゼは戦場でこそ力強く輝くのだ。
ならばそこまで導くのが私の役割。
正直な所、私は未だに戦場に出ないで欲しいという気持ちがある。
しかし彼自身がそう望み、そこでしか存在意義を見出せないというのなら仕方ない。
せめて万全な状態で送り出してやるしかない。
ある種の諦観を綯い交ぜにして私は考えている。
国防の為には何がなんでもマサムネを戦わせねばならぬのを理解しているから。
アンジェなどは本気で、本心からアイツを束縛しようとしているが……
現実にそれは不可能である。
とはいえそれを悪いとは思わない。
未来のグランマリス王たる長姉には理想を語る事が許されている。
王として彼女が理想を描き、私がそれを現実に落とし込み、マサムネらが実現する。
繰り返しだ。
だからこそ、私が地味な役割をこなさねばならない。
誰が欠けても円滑に回らぬ、その中間として。
自らの責務を再確認しなければならない。
「地道にやるしかあるまい。兵站に楽な道はない。」
「ハハ、違いない。」
「擦り合わせからやっていこう、海戦となれば流石に船が足りぬ……」
追い出された(わけではないが)マサムネはトボトボと歩いていた。
見た者全てが肩を落としてションボリした大型犬を幻視する程に。
「……ん?」
いつだかと同じだ。
視界の端に白い影が写る。
それを確認したマサムネは風のように速きその影を音もなく追う。
隠密に於いてマサムネの体躯、250という巨体は極めて不利。
故に不意に振り返ったのならば間違いなく露見するが、相手は急ぐ気持ちからか進み続ける。
そうして追う内に港の外れ、比較的貧しく治安の悪い……有り体に言えばスラムの一角。
一応王女という身分になった彼女には相応しくない薄汚れた街。
着物を整えながら闇の中で誰ぞと話している。
努めて姿を見せぬよう__どうやっても巨躯がはみ出しはするが。
身体能力同様に超人じみた聴力で話を伺う。
『想定外だ……グランマリスがここまで早く動くとは。』
『本土はどうなんだ?』
『新型の開発が難航している、量産も考えたら早くとも三年。』
『もっと急げないのか!?』
『無茶を言うな、甲冑を貫く威力と射程を確保するのは難しい。』
ふむ。
なるほど。
私の足りない頭ではよく分からないがどうやら……エギルラーンの内通者だろうか。
そしてその一人がテレジア殿であったと。
なるほど、なるほど。
殺すか。
いや落ち着け。
今殺したら確たる証拠も無しにサンバルドの後継者を殺害しただけになる。
私はこういう時すぐに結論を出そうとするのが良くない。
テレジア以外は数人、力量を推し量るには少し遠いが……
その気になれば取り巻き共を鏖殺するのに数秒。
即座に彼女の意識を奪い、誘拐する。
可能なように思える。
後は機を伺うことだ。
やるならば一人の目撃者も生かしておくわけにはいかぬ。
背負う大太刀に手をかけ、いつでも抜けるように控える。
『……動くな!』
後ろから不意に声をかけられる。
全く気配を気取れなかった。
隠密、諜報を主とする特殊な訓練を受けているのだろうか。
足音は勿論、呼吸、鼓動。生き物にとって避け得ぬ音でさえも極めて緩やかであり、銃を構える動作でも衣擦れの音一つ上がらない。
松明片手に短銃を突きつける兵に、諸手を上げてゆっくりと振り向く。
兵の声に反応してテレジア達の集団も此方に気付いた。
……今から抜刀したとして、数も不明の集団を確実に皆殺しに出来るか?
失敗した場合のリスクは甚大だ。
一方で、今すぐ逃走した場合……
幸い、顔を見られたのはこの隠密だけだ。
向こうの連中には私の姿さえまだ見えていないはず。
即座に判断し、突き付けられた銃口を弾いて逸らす。
突然の反撃に戸惑った一瞬の隙を狙って巨大な手で隠密の顔を鷲掴みに。
さらに腕を取って体勢を崩し、勢いよく頭部を地に叩き付けた。
元より、人の頭蓋を生卵のように握り潰し、殴打で容易く人体を抉る筋力。
そこに異常なまでの体重さえ乗せた投げの威力は絶大。
隠密は自らの身に何が起きたのか、それさえ理解することなく頭を砕かれて死んだ。
血と脳漿とが混ざり合ったどす黒い液体が飛び散るが構う暇はない。
だが、これは貰っていく。
隠密が取り落とした短銃を拾い、脱兎のように駆ける。
馬なしでも戦場を駆け回るマサムネならば、数歩で視界から完全に消え失せる事は容易い。
轟音に気が付いた雑兵共が駆けつけた時には頭を砕かれた無惨な骸が転がるのみであった。
走りながらマサムネは考える。
これを報告すべきか否か。
先々を考えるのならば、無論報告すべきだ。
しかし、確たる証拠はない。
リズベットは非情ではないが合理的だ。
テレジア殿の裏切りを知れば即座に殺そうとするだろう。
一方、サンバルド王は……情の深いお方だ。
幾ら帝国と内通していたとしても、娘を切れるだろうか?
最終的には王として、断罪するのだろうが……
親が子を殺すというのは気分の良い話ではない。
そして何より。
私がテレジア殿を犬死にさせたくないと思っていた。
同情や憐憫などでは断じてない。
ただ、感じたのだ。
私と同じ、人外のそれを。
彼女の纏う雰囲気から確かに感じ取ったのだ。
進捗がヌル過ぎるわね……