辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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一気に動かせるようになったぞ


私たちだけが歳をとる

小競り合いの後、私は銃を持って館へと帰還した。

全身余すことなく血と臓物の欠片に塗れていたが故、要らぬ心配をかけたが。

 

正直なところ、私や弓や槍、戦鎚のような単純な武器しか分からない。

なのでこの銃がどれほどのモノなのかはサッパリである。

一方で、頭脳明晰たる我らが王女はこれに大喜び。

サンバルドとグランマリスを取り巻く現状を整理すべく、一度国へ引き返すようだ。

確かにこのままこの国にいたとして出来ることは限られる。

兵卒たちにグランマリス流の剣を教え始めて半月。

一先ず……本当に、一応といった具合だが。

最低限、『人を殺せる技術』の基礎は出来上がった。

これがグランマリス剣術の強みである、雑兵を促成栽培して戦線へ迅速に補給可能。

身一つから国を興し、生涯を闘争に費やしたとされる初代王マリス。

その彼女が一つ一つ書き記した堅実かつ実用的な戦法であった。

 

「私はもう少し。気になる事がある為残りたく思います。」

「何だ?お前の勘に引っかかるというなら何かあるのだろうが。」

「いや……大した事ではないのですが。」

 

マサムネは結局、真相をリズベットに語らなかった。

というよりも、語れなかった。

南からの厄災に対抗する為、二国が協力しなければならぬというのに。

下手な事を言えばその前に戦争になってしまう。

それは何よりも避けねばならぬ事態だ。

 

可能であれば内密に、出来ることならサンバルド王にのみ打ち明けられれば良い。

グランマリス側の人間に、これを漏らす訳にはいかなかった。

殿下がサンバルドを離れるのは少なくとも私にとっては都合がいい。

一方で何もかもが上手くいくワケでもなし。

当のサンバルド王は海賊らと兵の大半を率いて海賊狩りを行っていた。

小規模な船団を撃破し、自らの傘下に取り込み急速に勢力を拡大していく。

『海獅子』の異名に相違なしの暴れっぷりであるが……館に戻らぬ日が多かった。

本来、彼女は清廉潔白な王などよりあのような生き方が合っているのだろう。

サンバルドには国防に必要な最低限の兵と騎士だけを残すのみ。

 

エギルラーンが実際に攻め入って来るまで最低でも三年。

サンバルド王はそう確信しているが故、このように苛烈な攻めを敢行出来るのだが。

国内が完全に統一されたとは未だ言い難く、分断の危機は常にある。

尚更に私がサンバルドを今離れるのは不味い。

騎士一人一人は強い、しかし手が足りないのは明らか。

 

 

 

 

とまぁ、思う事は沢山あるのだが。

私の頭であれこれ思い悩んでも答えが出ようもない。

とにかく機会を待つしかない。

遠征といってもそう長らく国を留守にはしまい……

出来ることをしなければ。

 

「マサムネくん。」

「む……エレン殿か。」

「そんな畏まらなくて良いって、おねーさんって気楽に呼んで欲しいかな……今暇?」

 

少し前、比武にて顔を合わせた騎士。

『弾性』の魔法を持つサンバルドの騎士エレン殿だ。

 

「特に急用はありませぬ。」

「なら良かった、お話したい事もあってさ。ちょっと歩けるかな。」

「御意に。」

 

そう誘われて二人の騎士は街へと歩く。

帝国からの独立宣言から既に一週間程。

街は変わらず栄えている、少なくとも余所者のマサムネにはそう見えた。

 

「でも幾らか活気は減ったよ、仕方ないけどさ。」

「人口で一割以上も一度に減っては無理もない。我が領地はこの国と在り方ではよく似ておりますが……仮にそれ程の民が一斉に転出したならば暫し都市機能を失う事は想像に難くない。」

「元々商人の街だからねぇ、人が出入りするのには慣れてるのよ。」

「騎士の中でもエレン殿は随分とその……」

「どしたの微妙な顔して。」

「言って良いのか分かりませぬが、随分と小柄なように感じまして……」

「……あっははははははは!!!何だ、そんな事気にしてたの!?」

「生憎とこの図体なモノで。」

 

マサムネの身の丈は250cm。

生まれ故、そして育ち故。

騎士階級の者は平民と比較して長身で恵体の者が多い。

例えばラインハルトやアンジェならば優に190を超える。

生まれながらに肉と骨の質が違うのだ。

その一方で、エレン卿は精々が150。

いや……実数で言うならば140の方が近いのではないだろうか?

騎士としてというよりも、民の平均すら優に下回っている。

並んで歩くとその分身長差が際立つ程に。

 

「まぁ、気になるのは仕方ない。随分苦労したからね……でも案外、船上じゃ小柄な事も有利に働いたりするんだよ。甲冑を着た騎士もいない海戦なら、あの子らみたいな長物も要らないしね。」

「あれほどの短剣術は中々見ることが出来ませぬ……私は苦手でした。」

「ダガーファイトは急所に刃が当たったら負けだからなぁ、君じゃその巨躯が邪魔になる。」

元より、私の戦い方とは大きく違うのだ。

強靭たるこの身と鎧に任せて剛剣を強引に振るう。

グランマリスの新兵から騎士まで広く教えられる捨て身の剣。

防御諸共、鎧諸共敵を叩き割るのだ。

一方でサンバルドの剣術は流麗。

流れるような連撃でもって敵を切り刻む。

鎧を着ない敵なら無駄な力は必要ない。

数多の傷を与え、あとは出血でじわじわと敵を追い込む。

 

船上の乱戦を想定すれば実に理にかなった技術だ。

 

「それでも、この身体で何度も死線は潜ってきてるよ。」

「死線ですか……」

「ふむ、何か悩んでる?」

「……その死線、死闘というのが私には理解出来ぬのです。否、言葉としての意味は分かりますが。」

 

頭に浮かぶ内容を上手く言語化するのに苦心する。

 

「22になるまで、歳の割には多くの戦場を経験してきたとそう思っております。然しながらその戦いの中で死の淵に。辛うじて永らえる程の戦いというものを、私は一度のみしか経験しておらぬのです。」

 

師に曰く。

百の勝利以上に一度の敗北が武士を育てると。

無論、そこから生還する事ありきだが。

事実として、かつての北方戦役。

我が生涯で初めての圧倒的で、徹底的な__もしもの余地すらない敗北。

経験で劣り、技術で劣り、唯一上回り得る膂力すら満足に振るえぬ完敗。

私は死にかけた……というより一度死んだようにさえ思える。

我が人外の治癒能力すら追いつかず、世を去る刹那、クラウディア殿下により蘇生された。

以降、我が武勇はかつての比でない程に磨かれている。

若年の折、初めて剣術を習ったあの時のように。

長らく蓋をされていた成長の限界を一息に打ち破った実感があった。

 

母に与えられ、父に育てられたこの剛体。

この身体こそが我が強みであり、我が弱みであった。

強弱を問わず、殆どの敵はただ剛力で刀を振れば容易く絶命し。

死力を尽くして突き出された刃は触れれば土塊のように砕け散る。

この短い人生に於いてあまりにも__あまりにも苦戦というものが足りなかった。

 

「贅沢な悩みだ……」

「なれど事実です。敵は強大なる帝国に、いずれ再来するだろう北の狼王。最早二度と敗北は許されぬのです。だからこそ、停滞しているわけにはいかぬのです。」

「あはは、可愛いねぇ。」

 

エレンは近くの塀に登りマサムネの頭を撫でようとする。

それだけの段差を利用し、目いっぱい手を伸ばして尚届かぬ。

少しの間ぴょんぴょんと跳ねるエレンを見たマサムネは、空気を読んで頭を下げた。

 

「……よしよし、立派だねぇ。」

「エレン殿、一応私は良い歳なのですが。」

「知ってるよ。見た目が見た目だけどさ、これでもアレサンドラとは同い歳なんだよ。」

「存じております。旗揚げの時から戦場を共にした仲であると。」

「だからまぁ、自分の子供が居たらこんな感じなのかなって。そう思ってね。アレサンドラが可愛がるのが良く分かった気がするよ、真面目で、素直で、それでいて誰よりも強い。」

「ご息女はいらっしゃられないのですか?」

「何となく、良い相手に巡り会えなくてさ。気がついたらもうこの歳だよ。」

「そういうものですか、グランマリスでは四十程で子宝に恵まれる家もなくはないのですが。」

「……今更、みっともないじゃん?お、着いた着いた。」

 

そう言ってエレンが案内したのは小高い丘であった。

サンバルド王の館を左方に、右に大海原と間に美しい街並みを映す緩やかな丘。

その頂上に墓があった。

名も刻まれておらぬ、そんな小さな墓が二つ。

 

「最初は四人だった。レネイちゃんとかは後から入ったからね。」

「なるほど……美しい場所ですな。」

「一人は次代の領主、後は一応騎士の娘だった女に、商人の子と生まれも知らぬ流民の子。身分も違うし、そもそも出会いようもなかった……そんな四人の小娘が集まってさ、色々とくだらぬ事を話した。」

 

エレンは目を細め、昔を懐かしむように語り出す。

恐らく彼女には未だその日々が強く焼き付いているのだろう。

 

「領主とはいえ支配下、遥か彼方の顔も知らぬ帝王の傀儡。その身分とそんな国への失望。騎士の家柄だというのに、小柄な体躯、身につかぬ作法、将来への不安。戦いへの渇望あれども平民に生まれた。それだけで跡継ぎとしての未来しか選べぬ不自由。まつろわぬ民の血を引いていただけで貧しさから抜け出せぬ怒り。集まって吐き出してたよ。」

「身分に縛られるのは、今も昔も、何処も変わりませぬか。」

「……だから海に出たんだ。死ぬも生きるも、殺すも生かすも自分の力次第。分かりやすいでしょ?そうやって馬鹿やって、好きに生きてさ、好きに死んでいったよ。」

 

 

聞くだけならば、嘲るような声色。

だがその顔を見ればそれが真でないことは明白である。

 

心から馬鹿だと思っていた。

死を悼み、泣き、笑い、羨んでいたのだ。

 

「そうしてまた、私たちだけが歳を取る。私たちだけ大人になるんだ。」

「……そう思える貴女の心が、私には美しく見えますがね。」

 

偽りはない。

本心からの言葉を紡ぐ事が出来る友だったのだ。

 

自分はどうだろうか。

アンジェが、リズベットが、ラインハルトが。

もし戦場で散り、残されたならどうだろうか。

……有り得ぬ話だ。

 

誰一人として死なせぬ、死なぬ為に私は力を与えられたのだ。

仮に誰かが死ぬとしたならば。

それは間違いなく私であろうから。

だからこの思考に意味はない。

 

並んだ墓に手を合わせ、深々と礼をする。

生前は烈火の如く苛烈な生き様を刻んだ勇士なれば。

死後の安寧を祈るのが筋である。

 

「聞いてくれてありがとね。何故だか無性に、誰かに聞いて欲しかったんだ。」

「いえ、貴重なお話をありがとうございます。」

「うん……これで、思い残す事はないかな。」

「……?」

 

含みのある言い方に、マサムネは首を傾げる。

何かあったのだろうか。

気の抜けたその疑問は……脇腹に灼熱が迸る事で遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短剣が、深々と突き刺さっていた。

 

「これは……ガホッ……何故……」

「君に怨みはないんだけど……大人にならなきゃならないんだ、私もね。」

 

踵を返し、街への道を歩まんとするエレン。

鋼のような筋肉の、僅かな隙間。

エレンの細腕でも貫き得る急所を貫かれていた。

血反吐を吐きながらマサムネは膝を着く。

その目に未だ光を灯したまま。

 

脇腹の短剣を一息に引き抜く、刃に塞がれていた傷が一気に開き、更に出血が加速する。

それさえ厭わず、渾身の力を込めて短剣を投擲。

それは背を向けたエレンを捉え__ギリギリで回避された。

 

「……ホント丈夫だね。でも、もう手遅れだよ。」

「何のこれしき……!!!」

 

震える身体に鞭打ち、手を付いて立ち上がる。

しかしその途中で力が抜け、顔から地に突っ伏す。

四肢に力が入らぬ。

慣れ親しんだ筈の身体が、まるで鉛のように重い。

 

「!?ヒュッ、ヒュ-ッ!!ヒュッ……」

 

呼吸が出来ぬ。

肺へ空気が入っていかない。

 

「体格に劣る私でも、殺すべき対象を逃さぬように。ちょっと毒を仕込んであったんだ……症状は、四肢の痺れ、呼吸困難に始まりやがて臓腑が機能を停止する。」

 

這うように身を捩り、飛びかからんと身体をバネのように軋ませる。

既に身体の殆どから感覚がない。

腹部に走った灼熱は、今や凍てつくような冷気となって身体を縛り付けていた。

それでも、双眸から光が消える事はない。

破れかぶれの一撃でも、その超人的な膂力故、そこらの人なら殺傷し得る体当たり。

最期の力を振り絞ったそれは、彼女の魔法により柔らかく受け止められて転がる。

 

「待て……!」

「……最後には全身の血管がズタズタになって、死に至る。」

「!!!」

 

視界が赤く染まる。

街も、人も、空すら真っ赤に。

喉の奥から焼けた鉄のような、血の濁流を吐き出して。

身体から全ての熱を奪われてしまった。

そう自覚したと同時にマサムネの意識は遠ざかっていった。

 

 

 

 

血溜まりに倒れる巨躯の騎士を見遣り、エレンは溜息を吐く。

 

「……………ごめんね。」

 




塗られていたのはゲキヤバスゴイドクドクカエルの毒。
一滴で象数頭を殺せる、とてもヤバい。
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