辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「ああくそ!何てタイミングの悪い……!」
カトラスを振りかぶった軽装の兵を刺殺しながら私は叫んだ。
考えられる限り最悪のタイミング、最悪の盤面を突かれた。
サンバルド王や、主だった騎士は不在。
国内の不安が広がった事による守備兵の分散。
そしてグランマリス使節団が帰還準備をするに当たる配置の不備。
そんな中に突如出現したら反乱軍、数さえが不明。
否……寧ろ、彼女らからしたら母国から離反した此方が反乱軍なのだろうか。
そんな事を考えつつ、私は頭を働かせる。
サンバルド王は恐らく今日中に帰ってくる、帰ってくるだろうが……
それがいつになるかまでは分からぬ、海模様や戦況に左右されるだろう。
そのいつかまで、防衛は出来るか?
否、不可能である。
反乱軍共は事実上、民を人質に取ったも同然だ。
我が身を守り、グランマリスへ敗走するだけならば恐らく可能である。
なれど、民を脅かされたままでは共同戦線どころではない。
出港済みのサンバルド軍は帰港する場を失い、逆にエギルラーンは弄せず侵攻の足掛かりを得る。
それだけは避けねばならぬ。
「……マサムネがいれば何とでもなったのだが。」
「現在集められるだけ情報を収集しておりますが、行方知らずとなっております。」
「分かっている、奴の事だ。何処かで敵を蹴散らしている事は間違いない。とはいえ合流しなければマサムネの圧倒的な暴も活かし切れん。攻めにも守りにも転じれぬ……」
手元に在るのはサンバルドの新兵らが三十そこらとグランマリスから連れてきた精鋭十数人。
練度があまりに違う故、同時での運用は現実的でない。
何より脅威なのは___
バァンと乾いた音が響いた後、一拍おいてサンバルド兵が倒れる。
私は音が発せられた方向へ即座に走り、次弾を放とうとする兵の胸を貫く。
刺突して貫いた胴から刀身を引き抜き、諸手で力いっぱい振り抜いて別の兵の首をへし折る。
あのような人外じみた力はないが、私も騎士の端くれだ。
雑兵如きでは相手にならぬ……だが。
襲撃者の銃撃によって大きな被害が出ている。
サンバルド兵らも新兵らしかぬ奮戦を見せているがやはり経験が浅い。
撃たれた兵を下がらせ、更に下がらせる為の兵で一度に二人減る。
幸い我が配下も数回撃たれたが甲冑を穿つ威力は今はない。
辛うじてサンバルド王の館を死守出来てはいるが、そこが最終防衛線である。
何より敵の総数が不明な以上、いつまで持つのか……
「全軍止まれ、数で押しても越えられぬ。」
「アレは……テレジア殿下か。成程、道理でタイミングが良過ぎるワケだ。」
敵は内々のさらに内にいたという事である。
マトモに顔すら合わせていないとはいえ、反乱の首謀者が王女であるなど誰も疑いようもない。
理由は不明だとしても……とにかく敵であるこもは間違いないのだ。
「お初にお目にかかる、テレジア殿下。単刀直入に聞く、貴公は敵なりや。」
「言うまでもないだろう。」
「そうだろうさ、故は知らぬ。しかしこれだけの事をしでかしたのだ。覚悟は有るのだろうな。」
武器を構えるテレジアと向き合う。
華奢だ、少なくともそう見える。
絹糸のように白い肌、長身だが現実の範疇な身長、痩せぎすにさえ見える骨格。
全てに於いて__全てが武人のそれではない。
母であるサンバルド王、アレッサンドラ。
その良く日に焼けた、厳のような体躯とは似ても似つかぬ風貌。
だが、対峙して漸くそれが擬態に過ぎないという事を理解する
右手に長物、左手に曲刀。 サンバルド騎士の極めてオーソドックスな、良く見られる姿。
得物はその身の丈すら超えるような両手剣である。
刀身と柄を含めて2mを超える巨剣であり、それ自体は別に珍しくもない。
しかしそれを片腕で……小枝を振るように弄べる者は殆ど居ない。
心当たりがあるとするならそれは、私の知る限り最も猛き騎士。
奴ならば容易く、何不自由なく可能なのであろうが。
アンジェやラインハルトでさえ難しいのではなかろうか。
少なくとも筋力に於いてはあの二人さえ凌駕しているかもしれぬ。
内なる恐怖を誤魔化すように、私は小刻みなステッピングを繰り返す。
後退と前進、それを繰り返しつつ機を伺う。
そして後ろに下がり、僅かに相手の警戒に隙が生まれたところで踏み込み。
威力よりも速さとリーチを重視した片手での刺突。
虚を突いたハズの素早い一撃だったが、余裕を以て大剣に止められる。
巨大な刀身は武器であると同時に盾。
なら次に来るのは……
私は咄嗟にエストックを両手で持ち、壮絶な打ち下ろしに耐えた。
重い。
片手で振るう曲刀から繰り出された一撃にしてはあまりに重い。
全力で戦鎚を振り下ろされたような、凄まじい衝撃に背筋が凍った。
諸手を掲げるように受け止める私に対し、向こうは片手。それさえ押し負けそうになる。
その時、独楽のように錐揉み回転する影がテレジアを襲う。
超人めいた反応速度で曲刀を返し、峰でそれを弾き飛ばすも、飛ばされた影は即座に体勢を整える。
「リズベット殿下!私も加勢します!」
「レナーテか……よし、お前ならばある程度は問題なかろう。」
「心配はご無用、もし死したならば我が骸を盾として戦われると宜しい。」
「マサムネが来るまで凌げればそれで良い、死ぬんじゃないぞ。」
災害の如く剛力の騎士に、二人は真っ向から立ち向かう。
近距離ではどうやっても抗えぬ。
受けも、弾きも通じず力だけで押し切られる。
故に一撃離脱を心掛け、細かい傷を与えていく。
言うは易し、されど行うは難し。
大きく動く分、体力の消耗は著しい。
テレジアもそれが分かっているから焦らない。
薄皮を切るような手傷を無視し、一撃必殺の瞬間を狙っている。
舞踊のように剣舞を放つレナーテはそれまで器用に攻撃をすり抜けていたが、経験不足がここで祟った。
空に飛び上がり、立体的な軌道での攻撃を試みてしまった。
閉所、或いは自らが優勢ならば強力な奇襲。
しかし空では軌道を変えることが出来ない。
大剣の腹で打ち落とされ、全身の骨という骨が軋んだ音が響く。
だがその分、大振りの隙が生まれた。
地に伏すような極端に低い姿勢から、一息に斜めに突き上げる!
心臓を穿つよう狙ったが、すんでのところで間に手を捩じ込まれた。
しかし刺突はそのまま左手を切り裂き、テレジアは曲刀を取り落とす。
お互いの得物すら届かぬ極限の至近距離。
テレジアも咄嗟に武器を離し、私の肩と腰を掴む。
万力の握力で握り潰すつもりだ。
自らの身体強度が疎ましい、私は天性の強者ではない。
だからいつだって、頭を回すのだ。
腰に差した銃。
使い方は十分見て覚えた、そしてその威力も。
距離があっては不十分、しかし完全な接射なら。
掴み合うような距離でなら、最大の威力のまま放てる。
腹に銃口を押し付け、躊躇いなく引鉄を引く。
極端な程の爆音が続けて響き、腹からドス黒い血を吹き出してテレジアが転がった。
マサムネと同じように、テレジアもまた人ならざる素質の持ち主である。
その身体は強靭無比、本来ならば銃弾程度では深手たりえない。
だがテレジアは今日に至るまで、自室に引き篭っていたのだ。
マサムネのそれと違い、練り上げられていなかった。
故に腹筋を貫き、怯ませる程の手傷を与えるに至る。
奇襲には成功するも、リズベットの身体も無傷ではない。
掴まれた数瞬で骨が数箇所砕けた。
内臓も捻れ、見てくれだけで。
刺剣を支えに辛うじて立っているといった具合だ。
「レナーテ、無事か?」
「……辛うじて。肋骨が殆どと左腕が砕けました。」
「一撃でそれか……嫌になるな……」
「あらら、随分こっ酷くやられたねぇテレジアちゃん。大丈夫そ?」
「戦闘に差し支えはない。止血は後でする。」
突っ伏したテレジアの元に、小柄な騎士が語り掛ける。
「これはこれはリズベット殿下、まだサンバルドを発ってなかったようで。」
「よく言う……それを狙って反抗を起こしたのだろうに。」
「まぁ、それはそうなんだけどさ。」
カラカラと笑うエレンの姿を見て、私は内心を悟られぬよう必死だった。
二対一でも圧倒的に不利だと言うのにこのタイミングでか……
とはいえ予測出来なかったワケではない。
予測した上で最悪のケース故に除外していた。
その場合、どう足掻いても勝ち目がないからだ。
「マサムネくんがいなけりゃ大した戦力じゃない。分断は上手くいったね。」
「……そのマサムネは今頃一直線にここに向かっているだろうよ。勝ちの目を逃したな、速攻を仕掛けてもっと素早く我らを始末する、それだけがお前たちの勝機であったというのに。」
「この状況でそれ言う?……まぁ、随分とあの子を信頼してるみたいだけどさ。」
エレンはカリカリとバツの悪そうに頭を掻いてから冗談めいて呟く。
「頼みのマサムネくんは死んだよ、街外れの墓所でね。良ければ見に行く?」
「……戯言だ。貴公如きに殺せるほどマサムネは甘くない。」
「傷付くなぁ……確かに正面からじゃ分が悪いけどさ。後ろからグサッとするくらいなら私でも出来るんだよ?」
ハッ、ハッ、ハッ……
呼吸が荒くなる。負った傷によるモノ……だけではない。
ハッタリだ、ゆさぶりを掛けているだけだ。
自分にそう言い聞かせても、どうしても不安になってしまう。
今に至るまで姿を表さないマサムネが心配で仕方ない。
私はいつだって恐れている。
あの日あの時、血溜まりで立ち尽くす奴の姿を。
噎せ返る程の血の香り、切り落とされた腕、虚ろな眼。
ずっと、ずっと恐れている。
もしかしたら目を離した隙にまた____
その風景がどうやっても私の思考に入り込む。
当時の私は正直、楽観的であった。
アンジェと二人して死に掛け、殿を務めたマサムネを残して尚……
頭のどこかで『マサムネが負けるはずがない』、そう考えていた。
だからアイツは死に掛けた……全て私の責任なのだ。
次代の王たるアンジェ。
至高の癒しを司るクラウディア。
そしてグランマリス随一の武勇を誇るマサムネ。
皆、国の未来に必要な人材だ。
誰一人欠けても立ち行かぬ。
…………私以外は。
ずっと悔いていた。
死ななかったのも、結果論に過ぎぬ。
私は選択を誤った。
私は……私が死ぬべきであったのだ。
それでも生き長らえて、今も恥を晒している。
だからこそ、与えられた務めは果たさねばならぬ。
膝が震える、喉の奥に血が溜まって鉄の味がする。
視界は既にボヤけ、今にも横倒しに眠ってしまいたい。
「無理しない方が良いよ、苦しいだけだって。」
「ハハ、何を言う。まだまだこれからだろ。」
「骨はボロボロ、内臓はズタズタ、よく立ってるって褒めたいくらいだよ。」
多分それは事実なのだろう。
一歩でもここを動いたらそのまま糸が切れたように死ぬ。
そんな確信すらあった。
ゆっくりと此方に近寄ってくるエレンを、それでも双眸で睨みながら威圧する。
極限の最中、私の耳が音を拾う。
悲鳴だった。
何かがひしゃげる鈍い音と、破裂するような水音。
三つは凄まじい速度で迫ってきていた。
異質な雰囲気に、テレジアとエレンも漸く気付き……
次の瞬間、雑兵共の包囲から飛び出した何かがエレンを殴り飛ばした。
『弾性』を使う間もなく吹き飛ぶエレンはたまらず気絶する。
恐らくは何が起きたのか、それすら知覚出来ず。
飛び出してきたそれは血塗れであった。
そしてその背後には包囲を貫く穴が。
強靭なその五体にモノをいわせて貫いたのだ。
衝突したのではなく、轢き潰した。
包囲の外から猛烈な速度で突入したソレに轢かれたモノは皆人の姿を保っておらず。
腕が千切れた者、臓物を撒き散らして喚く者、最早肉塊しか残らぬ者。
阿鼻叫喚の地獄であった。
壮絶な光景であるが、不思議と私は安心していた。
緊張の糸が解けたからか、そのまま意識を手放してしまいそうになる。
まだだ、まだ何も言えていない。
言いたい事が山ほどあった、伝えるべき事も幾らでもある。
「………遅いぞ。」
いや違う、もっとこう、言い方があるだろう。
寂しかったとか、愛してるとか、何か……
私の内から溢れるこの感情を、どうにか言語化出来ないものか。
「申し訳ない、少しばかり眠っていたようだ……後は任されよ。目覚めた時には全て終わっている。」
「待て、まだ私もやれる。」
「休め、義弟として命令する。お前にこんな所で死なれては困るんだよ、リズ。」
「………なら、頼んだ。」
「ああ、頼まれた。」
ふふふ。
マサムネはたまにこういう所がある。
基本的に受け身で、常に私たちに振り回されている男だが……
時折こうやって、語気が荒くなったり、押しが強くなる。
グランマリスでは好まれない気質。
一般には育ちが悪いなどと、冷笑される事さえある。
私は好きだ。
そういうとこも、何もかも。
どうでも良い事を考えつつ、私は地面に転がった。
なんで復活したかは次回で、長くなり過ぎた。