辺境伯は狙われている 作:彼岸花
テレジアは二刀を操る、故に手数が多い。
剛刀を諸手で振るうマサムネに比較すれぱ明らかな事だ。
舞い踊るような連撃は、不規則かつ迅速であり、防ぐ事は叶わぬ。
負わせた傷は多く、押しているのは自分の方である。
その筈だ。
そう自分に言い聞かせるのも無理はない。
幾ら切りつけたところでほんの少し薄皮を切り裂くだけ。
拭えば塞がるほどの出血しか与えられず、此方の体力ばかりが削れていく。
……硬い。あまりにも身体が堅牢過ぎる。
百の斬撃のうち九十を防ぎ、防御を通り抜けた十も身体に食い込まない。
そして向こうの攻撃は大振りだ。
防ぐ事は容易いように思える。
しかし実際に対峙してみれば、受け自体が悪手だと気付く。
頭上に掲げた大上段の振り下ろしを受け止めれば、身体の奥で何かが砕けた。
剣にばかり執心していれば、不意に繰り出される打撃が筋肉を貫き臓腑を抉る。
腹筋の奥に隠れる脆弱な内臓。
最早防御などと言っていられぬ。
避けて、避けて、避け続け___一太刀で即死する規格外の膂力に晒され、私は集中力を削がれる。
最初は苦もなく避けられた攻撃を、今では毎度大きく、全力で回避している。
乱れた息を整える間もなく、疲労が更に動きを鈍らせていく。
今のところ、私は辛うじて刃の直撃を避け、傷一つなく立つことが出来ていた。
一方のマサムネは血濡れ。
細かい出血に、腹を切った大量の出血は未だ留まることなく。
通常ならばとっくに気が遠のいて絶命してるだろう傷でも尚、マサムネは倒れぬ。
知らぬ者ならば、私が優勢なように。そう思うのだろう。
実際に打ち合う私は、いい加減現実に向き合う必要があった。
「お前は、何故疲れん!!!」
肩で息をする私に対し、マサムネは未だ刀を真っ直ぐに構えた姿勢を乱していない。
そしてその動きにも一切の陰りはない。
「……そうだな、私と貴公の最も大きな違いは何だと思う?」
「何の話だ……?」
「同じく獣憑きであるにも関わらず我々は、我々の暴力は圧倒的に違う。何故か?」
ズオッ…………
離れた私にさえ聞こえる程の音を立てて、マサムネが一息に空気を蓄える。
たったその一度だけで太刀を握る手に更なる力を与え、双眸が輝く。
『息吹』と呼ばれる、アマツカゼの技。
派手な秘剣でも、必殺というわけでもない。
戦場で、決闘で、無傷でも瀕死でも、動けぬ程の疲労でさえ戦う為の術。
傷を癒すワケでも、苦痛を紛らわす事も出来ぬ。
ただ如何なる時でも呼吸をし、死の瞬間まで戦い抜く技。
アマツカゼに弱兵なし。
遠征を許された精鋭は皆これを習熟する。
例え腕を切り落とされようが、脳天をカチ割られようが、呼吸を乱さぬ限りその武に陰りはない。
そして最期の時まで渾身の力を振りかざし、笑いながら死んでいく。
「練り上げたか否か、それが一つ。私もまたこの剛体を持って生まれた。生まれながらの強者として、強靭な体躯に鋼の精神を備え持つ修羅として……だが。」
そこで一度切ると、僅かに言葉を選び止まる。
「我が鬼はそれで満足しなかった、より迅く、より堅く、より強く……私はそう望み、我が身体もまた、それを受け入れた。強き生まれに留まらず、弛まぬ鍛錬を経て更なる力を欲した。」
テレジアの暴はあくまで、その生まれに起因するモノ。
戦場を知るでもなく、また技を磨く鍛錬を行ったわけでもない。
一方のマサムネのそれは練り上げたモノ。
天性の肉体に、鍛え続ける事が出来る精神。
二つが揃ってこそ、真の強者たりえる。
「そしてもう一つ、軽過ぎるな。貴公の剣には信義がない。」
そう言って横薙ぎに振り回した大太刀を両手剣の腹で受け止める。
受け止めてしまった。
ベリリッ……メキリッ……!
軽い音と共に景気よく骨が折れていく。
受け止めた腕、肩、肋骨と衝撃が波及し次々と。
私も一応は、人の域を超えた超人である。だというのに。
あまりに生き物としてのスペックが違った。
一撃くらえば小枝のように吹き飛ばされる。
獅子は然して生まれたての小獅子。
化生とは相対する事すら叶わぬ。
「敵意がある、殺意がある、内に秘めた殺戮衝動を吐露したような良き暴力である。あるが……貴公からはそれしか感じぬのだテレジア。
「ぐお……それが何だというのだ!」
「分からぬか死にたがりめ。死にたくないから命を捨てるのだ、生きたいから決死になるのだ。生へ執着あってこそ、必死の戦いには意味がある。命を投げ打つ覚悟となる。」
たった一度の被弾で勝負は決定付けられてしまった。
受け止めた右腕は最早動かぬ、呼吸をすれば肺に折れた肋骨が突き刺さる。
波及した衝撃が脳を揺らし、今にも意識さえ飛んでしまいそうで。
「それがどうした!まだ終わってない。終わるわけにはいかぬのだ!」
「良き気合、良き気迫だ。なればこそ、次なる一太刀で終いとしよう。」
そうだ、まだ終わっていない。
まだ、この程度では__
マサムネは構えを変える。
グランマリス両手剣術の基本、雲の構え。
更に太刀を上方へ、頭上高く掲げる。
「何のつもりだ?」
「見ての通りだ。あれこれと言ったが正直な事を言うと私も限界でな、失血により身体から熱は奪われ、毒が四肢の先から痺れさせている。こうなる前に決着させられると思っていたが……そちらが死力を出し尽くすというのなら、全霊にて応えるが筋。我が身体に残る全ての力、全ての生命、何もかもを載せて太刀を振り下ろす。」
「それを伝えてお前になんのメリットがある、ハッタリだとしてもあまりに拙い。」
「ハッタリなどじゃないさ、誓いだ。ただ愚直に真っ直ぐ振り降ろし、貴女を打倒する。」
「お前、馬鹿と言われることはないか?」
「よく言われるよ。」
苦笑しつつ、その瞳に揺るぎはない。
一切の油断も、慢心もない。
それを見ていたら、何だかおかしくなってしまった。
「……負けたよ。応えよう。」
「応!」
右手、もうマトモに動かない。
膝は震え、立っているのがやっと。
視野は霞み、夢か現かさえ最早分からぬ。
虚ろな視界で敵を見据える。
上段、大上段……掲げるというよりも、担いでいる。
それ程までに引き絞っていた。
勝てないな。
正面からでは千回やったところで、千回負けるだろう。
なら、勝つ為に策を講じる?
生き延びる為に搦手を交える?
否。
真っ向から受け止める。
この凄まじい騎士が私程度の策でどうにかなるわけもない。
ならば勝てなくとも、例え死のうとどうだって良い。
この先惨めに生き恥を晒すくらいなら、全身全霊で抗って死んだ方がマシだ。
それが望みだった。
幼少の折、気が付いてしまった。
自分は人とは違うのだ。
他の子の手を握れば容易く手首を砕いた。
慈しむべき小鳥さえ、手中に収めれば無惨な姿を晒した。
忌み子、鬼の子とされる化け物の膂力が我が身には備わっていた。
心無い言葉を受け、やがて私は館に引き篭るようになった。
自身の異形で誰かが傷付くのをこれ以上見ていられなかったのだ。
内なる狂気に耐えて、耐えて、耐え続けて……しかし、我が身を焼く燎原の火は止まらぬ。
私の正気がどう思おうが、この身体は血に飢えていた。
殺戮を望み、我が心を蝕み続ける。
ある日、誰とも知られずに街へ出た。
誘われるように何故か足が動いていた。
そしてスラムとなっている区画と街との境目で、ぼうっとしていた私に声を掛ける者がいる。
……最早顔さえ思い出せぬ、ただ明らかに裏街道を歩んできたような。
ロクでもない人間であったことは間違いない。
目の焦点は定まらず、口からは薬物の甘ったるい香りが漏れ出ている。
呂律も回らず、ガタガタの歯で何か叫んだ。
そして刃物を引き抜いて突き立てようとした。
ポケットに収まる程の、果物すら切れぬような刃だった。
私は咄嗟にその身体を押した。
押しただけだった筈で……だというのに……
肩と腕の接合が外れ、叩き付けられた勢いで首が捻じ曲がって死んだ。
支えを失った振り子のようにダラリと揺れる。
血を吐いて崩れ落ちる屍が睨んできた気がした。
私は嘆いた。発狂し、泣いて、苦しんで……そして、悦に浸っていた。
その時だ。ヒトとして最後の矜恃が崩れた。
私は狂った。どうしようもない程に狂ってしまった。
一度殺戮の甘美を味わってしまった身体は最早我が制御を離れる。
夜ごと街に繰り出し、狂奔のまま闇に紛れて人を殺めた。
そんなある日殺害したのは帝国からの間者であった。
少数で潜入、工作を行う程度には腕のある筈の相手を私は一方的に虐殺した。
その姿を認められ、生き残りの間者が私に接触する。
やれ世界を帝国の元に従えるだの、サンバルドを落とすだの、奴らの宣う論説などどうでも良い。
ただ戦えればそれで良かった。
心のままに斬り、好きに殺し回れれば……それで良かったのだ。
本当か?
本当にそれが望みだったか?
そうだ。
私はずっと殺したかった。
人として生きられぬ、人として在ることが出来ぬ。
私は私を殺したかった。
砕けた右腕に力を込める。
骨は砕け、感覚も怪しいが、肉で締めればまだ少しだけ動く。
二度と剣は握れないだろうが、構わぬ。
どの道あと一太刀の命。
残った全ての生命を刹那に燃やし尽くさん。
「いざ!!!」
「来い!!!」
選んだのは迎撃の型。
両手の武器を逆手に持ち、切り上げることで反撃を狙う。
最大威力となる距離まで半歩。
地を砕けんばかりに踏み込み、交差する斬撃を放つ。
確実に我が生涯最大最高の一撃である。
そして天から破滅が降り注いだ。
あまりに絶望的な現実に反して、私は笑っていた。
そうかお前か。お前が私の死だったのか。
自死を選ぶ勇気などなく。
ただ我が身を蝕む狂気に苛まれた私。
殺したくても殺せぬ。
死にたくても死ねぬ。
誰かに止めて欲しかった。
幼少の折に読んだ御伽噺。
乱暴でどうしようもなく破壊者としてしか生きられぬ怪獅子を、神話の英雄が討つお話。
幼い私は、英雄の姿に憧憬を抱いていたはずであるが。
違うな、私はずっと獅子に焦がれていた。
思うがままに暴れ、戦い、最後には更なる暴によってねじ伏せられる。
私はまさにあの獅子そのものであった。
その末路こそ、怪物のあるべき姿だ。
武器が辛うじて鍔迫り合うも、恐らく数秒の後に砕け散り私は死ぬ。
それが分かったからこそ妙に清々しい気分であった。
「感謝する。」
拮抗が破れた。
そして万物を断ち切らんとする壮絶な一撃を、迎え入れた。
これで良かったのだ。
投稿が遅れた理由として一話を加筆修正していました(3000文字くらい)
描写を増やした程度で大きく何か変わったワケではないのでお暇な方のみ読み返して頂ければ……