辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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もう一度あの頃に

テレジアを斬り伏せた体勢のまま、前のめりに倒れる。

頭から地面に突っ伏す直前で辛うじてリズベットが滑り込み、事なきを得たが。

 

「……助かった。」

「馬鹿め、無茶し過ぎだ。」

「無茶もするさ、そうでなくては守り切れぬ。」

 

止まらぬ血を拭うようにリズベットは必死に傷を癒す。

しかしながらリズベットの癒しの力は微弱。

小指を痛打した時の痛みを少し減退させるのがやっと。

当然これほどまでの深手を治すには至らない。

 

「クソ、私じゃなくクラウがついていれば……!」

「ありゃりゃ、魔法に頼り過ぎじゃあない?」

「ッ!?」

 

気が付けば気絶したエレンがすぐ側に立っていた。

あまりに自然で、音もなく迫っていた軽装騎士にリズベットの反応が遅れる。

咄嗟に転がっていたエストックを取ろうとするも今の姿勢では手が届かない。

非常にまずい状態であった。

 

「はいはい、そういうのは後でね。」

「ぬおっ!?」

 

せめてマサムネだけは……庇うように覆い被さるリズベットをエレンは転がす。

そして地に臥すマサムネの傷をまじまじと診断する。

 

「無茶したねぇ、自分で切ったの?」

「急ぎ排毒せねばならなかった、今まで受けた事のない猛毒だ。」

「この大陸にはいないカエルの毒なんだ、初めて使ったけどね。」

「我が部下の教導の元、ある程度の毒物には耐性を付けていたのですが。」

「まぁ多分次は効かないだろうから……少し沁みるよ。」

 

そう言ってエレンは傷口に小瓶の液体を振り掛ける。

彼女の行動に困惑するリズベットを他所に、マサムネは落ち着き払っていた。

一片として殺意や敵意を感じなかった、そしてなにより。

エレンからは既に死の香りがしていた。

 

「これで毒は何とかなるでしょ、毒はね。あとは回復力次第だよ。」

「感謝致す……私としては寧ろ其方の傷が気掛かりですが。」

「心配しなくても大丈夫。全身バッキバキ、内臓もグチャグチャ、間違いなく致命傷だよ。私自身意識を保ててるのに正直驚いてるくらいでさ、多分あと数分で死ぬかなぁ。」

 

殴り飛ばされて地に叩き込まれる刹那、弾性の付与が間に合わなければそのまま肉塊と化してただろう。

冗談めかして気丈にカラカラと笑う。

恐らくはその実、呼吸一つさえ地獄の苦しみだろう。

エレンの体格でマサムネの全力殴打を受けて原型を保つ事さえ奇跡的なのだ。

 

「それからもう一つ、貴女のお陰で久方振りに母と話せた。それも感謝したく。」

「……私は君がよく分からないよ。あんなに猛り狂い、憤怒のままに暴れたと思ったら急に正気に戻る。」

「それはそれ、これはこれという事です。殿下がお許しになるかは別にですが。」

「いや、私はそこのエレン殿から直接何かされたワケではない。お前が良いなら良いのだが……」

 

何よりの被害者であるお前がそうするなら責められないだろうが。

これで下手に怒り散らし、断罪を叫べば此方が悪者だ。

いくら返り忠の者だとしても騎士の最後の尊厳を邪魔したとなれば非難は避けられまい。

別に無知蒙昧なる馬鹿共からの非難などどうでも良いのだが、マサムネに嫌われるのは御免だ。

 

「あー……死にそう、視界が明滅してきた。」

「臨死の予兆ですな、私も先程同じ目に逢いました。」

「笑えないぞ二人とも……だが、何があって急に心変わりしたのだ?」

「いや別に、大したことじゃないんだよ。本当に些細なことでさ。」

 

夥しい血を流しながらそれでも談笑するような朗らかさで頬を掻く。

まるで晩餐時に語らうように穏やかに。

 

「やりたくない事を無理してするのが馬鹿らしくなっちゃって……二人が戦うのを見てたらね。」

「やりたくない事、ですか。」

「私だって後ろから刺したり国を裏切ったり、そりゃやりたい訳じゃないし。」

「そこもだ。国を裏切る程の理由とは如何程に?」

「まぁ……良いか、勝者には聞く権利もあるよね。」

「待った!私も聞かせてもらおうか!」

 

不意に視界の外から威勢の良い声が響く。

死屍累々の帝国兵の骸を踏み越えて、巨躯の獅子が顔を見せる。

 

「ありゃ、思ってたよりずっと早いや。流石()()()()()仕事が早い。」

「……その呼び方も、最早久しい。やはりこうなったと言うべきなのか。」

「成すべきは成さねばならぬ、大人って辛いよね。」

「二人だけで会話を成立させるんじゃない!外野の我々にも分かるように話してくれ。」

「そうだな……聡き王女リズベットよ。お前が諸国を支配する帝王となったとして、いかようにして支配域の末端の末端にまで忠誠を要求する?どうやって治める?」

「どういう事だ?」

 

突然の質問に一瞬面食らうも、こういう時のリズベットは早い。

天才でなく秀才、故に手堅く、常に最善手を考える事が出来るのが彼女の強みである。

 

「……国家に大恩ある者、或いは国に従う事で深い利益を見込める者を僻地に、逆に関係の浅い者程近くに置くだろうか?近くの者には国そのものによる監視を光らせ、信の置ける者は例え遠く離れても国を叛意を抱くとは考えにくい。」

 

尤もこれは理想論。

国本体に周囲の外様の家臣を轢き潰せる程度の武力が必要である。

また、世代を超えてまで忠誠を誓える程の利が必要だ。

 

「惜しい、だが悪くない解だ。サンバルドの場合、それに当たるのは侯爵家ではなかった。」

「私もずっと昔の昔、御伽噺のような時代の話だから詳しくは知らない……私の先祖はエギルラーン王家にそれはそれは深い恩義があるんだってさ。だから侯爵にこの飛び地を与えた時、同行させた。遠く離れたサンバルドが、もし帝国に叛逆したその時、速やかに排除し得る伏兵としてね。」

「それで此度の凶行に至ったと。」

「グランマリスとサンバルドの関係性を悪化させる、それだけが指示だった。まぁ私の母や叔母たちは馬鹿だから、アレちゃんを始末しようと躍起になってたけどね。」

 

サンバルド建国から最早どれほど経ったのか。

それさえすぐに答えられる者は少ないだろう。

にも関わらず、彼女と彼女の一族はただ自らの役割を淡々とこなそうとしている。

狂気としか形容出来ぬモノがそこにはあった。

 

「ああ、他のは皆始末しておいたから大丈夫。今率いてた帝国兵を皆殺しにしたら残党はいないよ。」

「始末……!?」

「だってアレちゃんの事殺そうとするんだもん、余計な事されるくらいなら先んじて消すよね。」

「そこまでサンバルド王に執着しているのに、一つの忠義で裏切る程なのか?」

「『やらなきゃいけない』ような気持ちになったんだよ、命令の書面を見た瞬間にそう思ってしまった。」

「なるほど、仔細は分からぬがそういった魔法の類いが帝国の強みか。」

「多分ね。マサムネくんに思いっきり殴られて……目が覚めた気分だよ、死にそうだけど。催眠というか、強制力が強いモノではなかった、あくまで心の中で考えていた事を実行に移させるような。アレちゃんを死なせるワケにはいかなかったから、身内も始末したしグランマリス側の人員を襲撃した。言い逃れ出来ないくらい関係が悪化するように。」

 

結局失敗しちゃったけどね……

力なく呟いて、エレンの瞳が濁る。

瞳孔は開きかけ、焦点さえ定まらぬ。

 

「やべ、死ぬなこれ……」

「馬鹿、死ぬな。帝国への反攻作戦はあくまでお前もいるのが前提だぞ。」

「そうはいってもこれだけの事をやらかした以上、良いとこ縛り首でしょ。」

「……私が何とかする、だから死ぬな……死なないでくれ。」

「だったらテレジアちゃんを使いなよ、優しいマサムネくんに感謝してね。」

「どうだろうか、死なぬ程度に加減したつもりだが切りはした。本人の気力次第としか言えぬ。」

 

戦場で生死を分けるのはいつだって、生への執着。生きようとする意思。

テレジアを蝕む悪性と既死感念は力づくで断ち切った。

後は気楽な死よりも辛く苦しい生を本人が選ぶかどうかだ。

 

「……本当に死ぬのか?」

「うん。」

「そうか……」

 

不安げに尋ねた後、サンバルド王は一度虚空を眺める。

そのまま数秒見えない何かを見つめると、意を決した表情で告げる。

 

「すまない二人とも、少しだけ二人にしてくれないだろうか。」

「問題ありませぬ、元よりそのつもり。何よりも」

 

私は丁度限界なので。

その言葉を噛み殺し、マサムネは再び意識を失う。

慌てて支えるリズベットともども手の空いた部下に命じて運ばせる。

 

「ふふふ。」

「どうした急に。」

「いや……ほら、あったろ。探検家が小人の国を冒険して……」

「ああ、なるほど……確かに、そんな風に見えなくもない。」

 

異様な巨体を十人ほどの兵が必死に担ぐ様は、笑えないのに何処か滑稽であった。

それは遙か昔、我々が未だ何も考えぬ子供であった頃。

やはりというか、私は勉強が嫌いであった。

退屈だったのだ。この国と同じように。

 

それよりも、時折街頭で開かれる紙芝居なんかの方がずっと好きであった。

物語の中の登場人物は縛られた私と違い自由で、生き生きとしている。

当時はそれが心底羨ましかった。

 

海へ出たのもそれが始まりである。

まだ見ぬものを見たい、知らぬものを知りたい。好き勝手暴れたい。

若気の至りであった。

あまりに愚かであまりに眩しい。

かつての良き過ちであったのだ。

 

「ずっと考えちゃうんだよね、仮に、もう一度あの頃に戻れたら___馬鹿やって船を沈めてさ、偶然通りがかった海賊船を奪ったりしたような、あの頃に戻れたらなって。」

「そう願ったとしても、現実にそうはいかない。前に進まねばならないのだ。」

「あはは、やっぱりアレちゃんの方がずっと大人だ、私よりずっと。」

「お前よりふた月も早く生まれているのだ、当然だろ?」

「……あー、好きだなぁ。」

「急にどうした。」

「いや、私女好きだからさ。アレちゃんの事ずっと好きだったんだよね。」

「初めて聞いたぞ。」

「初めて言ったからね。」

 

男が少なく、実体として自由恋愛などという言葉は形骸化して久しい。

それゆえに、女好きという性的趣向は珍しいものでもない。

娼館通いなど出来ぬ薄給の末端の兵などは、特に陥り易かった。

 

「……このタイミングで言うことか?」

「今しか言えないよ、そりゃ。」

「考えたこともなかったよ……」

 

子供を欲する気持ちはあったが、どうも男が嫌いであった。

それよりずっと前から、たった一人の主の事だけを見ていた。

尤も、例外のような精悍な男を一人ばかり知ってしまったワケであるが。

粗暴で豪快、戦いは鬼神の如く。そして何より飛び抜けた馬鹿である。

幼少からサンバルド王の影響を強く受けた彼はあまりに眩い。

あと十程若ければなぁ……などと、本気で思うくらいなのだ。

 

「別にだからどうって訳じゃないよ、もう私は死ぬしね。」

「……もう一度だけ言うぞ。死ぬな。」

「大丈夫だよ、サンバルドは強くなる……きっと大丈夫。」

「違う!そういう話をしてるんじゃないわ馬鹿め!」

 

素知らぬ顔のエレンに対してアレサンドラは慟哭する。

ああ、やはり何も分かっちゃいない。

何も、何も……

かつて二人を喪ったあの時から、ずっとそうだった。

誰もか分かっていないのだ。

 

 

 

 

 

「私は………寂しいよ。置いていかないでくれ。」

「……ごめんね。」

 

腕から力が抜け、ゆっくりと瞼が閉じていく。

そして僅かな呼吸が止まるその時までじっと、その顔を見つめていた。

泣き顔を気取られぬよう、粗雑に顔を拭いながら。




ガールズラブタグってこの程度なら必要ないよな……?と思う作者
必須タグだから難しいところだよね
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