辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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タイトル付けんのめちゃくちゃ難しいんだな……


安酒と喧嘩と

「此度の槍働き、見事であった。褒賞の方は其方の願い通り取らせよう。」

「有難く受け取ります。我が配下の腕も一層磨かれた事でしょう。」

「それと別件だが……アマツカゼ卿、個人として何か望みは無いのか?」

「今のところ満ち足りております。」

「……そう言うな、随一の武功を挙げた功労者に褒美は無し、では全体の士気に関わる。」

「功労者、というなら伯爵殿でしょう。少ない手勢で見事あの大軍を押しとどめた。

しかし少なくない犠牲を払ったはず、私などより先に彼女に報いるが筋でしょう。」

 

その大軍を薙ぎ倒したのはお前であろう。

言葉を女王はそっと飲み込む。

恐らくは言っても聞かないだろう。

 

「それは卿が気にする事では無い、全て手配済だ。」

「なるほど、差し出がましい言葉でした。」

「良い。ならば……そうだな……これは女王としてでなく、お前の叔母としてだ。

お前も良い歳であろう。私の方で相応しい嫁など見繕う事も出来るのだが……」

「ハハハ、謹んでお断りします。この様な醜男、誰なりとも困るだけでしょう。 」

「……ウチの娘は随分と執着しているようだが。」

「何、気の迷いというモノでしょう。女子にはある程度の歳になるとそういった事に興味が向いて仕方ない時期があると聞きます。殿下は単にそれが少しばかり長いだけでしょう。」

「ううむ……」

 

これは駄目だな。

娘たちには悪いが、まるで脈が無い。

人伝に聞く限りでも相当過激なアプローチをかけているようだが、それでこれか。

 

「お前にその気が無いなら仕方ないが、アマツカゼの当主としての立場もあるだろう。」

「妹はもう12です、あと数年で家督も全て譲り渡すつもり故。」

「本当に望みはないのか?」

「強いていうなら、闘争でしょうか。戦いだけが、闘いこそ我が人生だと思っております。」

「……全く母に良く似ているよ、お前は。」

「それに勝る言葉はありませぬ。それでは失礼致します。」

「もう帰るのか?」

「いえ、殿下達との約束がありまして。そういえば、二人の姿が見えないようですが。」

……どう説明したものか。

先程ここで起こった顛末を子細に話したところで彼を困惑させるだけだろう。

かといって、二人が失神している事をわざわざ言うのもおかしな話である。

 

「気にするな、二人には私の方から頼み事をしていてな。暫く戻らないだろう。」

「なるほど……なら馬の労りがてら少し王都を回りましょうか。」

 

辺境領までは馬や徒歩で三日程。

我が愛馬はその距離を二時間で踏破する。

先に帰還させた領民らとの位置関係を考えたら、明日の夕頃出るのが適切だろう。

 

「それが良い。どうせまともに路銀も用意していないだろう?

今回の武功に対する褒賞として幾らか持たせよう、剣以外に何か趣味を探せ。

お前は母に似ているとは言ったが、お前の母はもっと俗物であったぞ。」

 

女王は一人、かつての家臣を想う。

強く気高く、しかしながら低俗でもあり、人懐っこく笑う女であった。

少しばかり不本意ながら、愛しい弟をくれてやったときを思い出す。

あの馬鹿は何食わぬ顔で弟の身体の具合を語り出した。

ロクデナシの、助平な女であった。

それでも友であった。

 

その忘れ形見が去って尚、少しの間女王は目を細めて昔を懐かしんだ。

 

 

 

 


 

「アマツカゼ卿。」

 

後ろから呼び止められる。

その声は低く、凛とした武人らしさに満ちていた。

瞬間、絶対的な殺意に満ちた気配が襲い来る。

 

勝敗を分けたのは、リーチの差。

長身の女騎士の拳が到達する前に、巨躯の男騎士の回し蹴りが顔面を捉える。

めきりと骨が軋む音を鳴らし、壁まで一直線に蹴り飛ばされた。

 

「痛っっっつつ!?」

「さっきはよくも見捨ててくれたな、ラインハルト。」

「私と卿では立場が違う、王女殿下に正面から逆らえる生まれではない。

それが例え代々王家に使えてきた近衛と言えどもな。」

「正論が聞きたいのではない、友人として期待していたのだが。」

「アマツカゼ、お前たまにすごい暴論を言う自覚あるか?」

 

マサムネはかつて騎士学校で寝食を共にした友人に声を掛ける。

 

「過ぎたことは良いとして、何用だ。」

「何、先程幾らか臨時収入があったようだったからなぁ。」

「なるほど、タカりか。」

()()()()()と呼んで欲しいね、少しくらい辺境伯様からお恵みを頂いても良いだろう?」

「そういえばこの間ウチの港に居たそうだな、また変な武器を買ったのか……?」

 

王家付きの近衛ならば、並の騎士以上程度には羽振りが良くてもおかしくないのだが……

我が旧友は浪費癖があった。

一族揃って異常な程の武器愛好者であり、蔵には古今東西の武具が眠っているとか。

……彼らが領地を与えられないのはそれのせいでは無いだろうか。

領地騎士になどしたら余剰予算……どころか全ての金銭を費やしかねん。

故、王家自ら監視している__なるほど、納得出来るな。

 

「変とは何だ変とは。」

「使いもしない武器を溜め込んで何とするのだ……」

「今度のは凄いぞ、縄で三本の棒を連ねたヤツと持ち手の付いた鈍器だ。」

「鎧の上から効かせられぬのでは意味が無いだろうに。」

「美術品のようなモノだ、持っていることに意味があるんだよ!

それはおいおいとして、金持ってるだろ。飲みに行くぞ。」

「北方蛮族でももっと理知的な誘い方をするんだろうな。」

 

案の定、自分で出す気はさらさら無いのだ。

この馬鹿はウチの港まで武具を買い付けに来ては路銀まで使い果たす事も少なくない。

そしてウチにタカりに来るのだ。

まぁ、もう慣れたものなので気にはしないのだが……

人として大切なモノを幾つか母君の胎内に置き忘れてしまったのではないか。

そんなふうにくだらぬ事を思案しながら城下へと引っ張られて行った。

 

 


 

 

 

「これなら殿下達も誘えば良かったなぁ。」

「……公務があるのではないか?我らのような暇な騎士とは違うのだろう。」

「ああ、そういう事になってるんだった……卿は少し人を疑った方が良い。」

「どういう事だ?」

「言葉通りの事が事実とは限らないということよ。」

「話が掴めないのだが……」

「貴公のそういう所は美徳だと思っているが、知らなくて良い事もある。」

「ならやめておく。」

「そうしろ。お、着いたぞ。」

 

辿り着いたのは喧騒響く安酒屋。

どう考えても一門の身分の者が立ち入る場所ではない。

 

「言いたい事は分かる、分かるがここは私の顔を立ててくれ。頼む。」

 

マサムネ個人としては別に問題ないのだ。

ないのだが、二人とも対外的な顔というものがある。

だが、甘さが災いし押されるがままに入店。

表現するなら、そうだな……動物園だろうか?

ゲラゲラと下品な笑い声と猥談が聞こえてくる。

そんな中をラインハルトは慣れた手付きで通り抜けると女将にエールを二つ注文する。

 

「女将!とりあえずエールを二つ、冷えた奴!」

「一昨日来なさいっての!それよりもツケはどうなってんだい!?」

「ツケなんてそんな薄情な……私と女将さんの仲だろう?

それに金の切れ目が縁の切れ目とも言うじゃないか、私はまだ仲良くしたいんだよ。」

「金が切れてるんだろうがい!」

 

そういって荒々しくジョッキ二つを置く。

なるほど、これだけ荒れた場所を切り盛りするだけあって中々の偉丈婦であるようだ。

 

「ご婦人、友の非礼を謝罪する。代わりにツケの分は私に払わせてくれないだろうか?」

「ん……なんだ、良い男じゃないの。どうしたんだい?」

「そうだろう、女将には世話になってるからな。ウチの旦那を紹介しておこうと思って。」

「アンタ、辞めときなよ?まだ若いんだから幾らでも出会いがあるさ。」

「ご婦人。卿の戯言を真に受けても仕方あるまいよ。」

「それもそうさね。」

 

 

酒を入れつつ時折ラインハルトの頼んだよく分からない料理をつまみ、数杯開けた頃。

 

『酒が遅せぇぞ!どうなってるんだこの店はよ!!!』

「随分と威勢が良いな……格好からして何処かの娘か?」

「だが私たちよりも若い、というより幼さがあるな。まだ騎士学校も出てないんじゃないか?」

 

酔いの勢いで荒れる一団が目に入る。

戦場でもないのに皆が手甲具足、鎖帷子に帯剣までしていた。

 

『私たちは将来国防の要を担う騎士ぞ!女将もそんな怪しい風貌の者は捨ておけ!』

「先に言っておくが、止めとけよ。酒の席の戯言に本気になることもあるまい。」

「わかっている。言い方はアレだが将来共に国の盾となる人材を徒に殺したりしないさ。」

「場合によっては殺す気なのか……」

 

物騒な女である。

かつての我々が酒に酔って問題を起こした事が無いような言いぶりだ。

それに、騎士学校は私にとってさえ地獄としか言いようがない場所だった。

百姓の子、騎士の子、王族諸侯の後継。

その全てに等しく価値が無い、そう言い切り全員の人格を否定する教官。

厳しさは若人が苛烈な戦場で生命を散らさぬようにという慈愛である、

そう気が付いたのは初陣の後___厳密には、初めて生死のやりとりをした時だが。

 

『しかし、聞くところによれば、我が国で最強の騎士は男だと言うでは無いか。』

「ふむ、自分の事だろうか。」

「他にいないだろう……」

 

それもそうである。

家庭を守る手慰み程度に剣技や武術を習得した男子は確かにいる。

それ自体はこの国でも寧ろ好まれる気質なのだが。

 

『直接見た事はないが、2mを超える醜い筋肉膨れの巨漢だと聞く。

全く、そのような醜男に国防を担うほどこの国の戦力は追い詰められているのか?』

 

その言葉に一同はゲラゲラと下品に笑う。

実際には更に50cm程大きいのだが、そんなふうに伝わっているのか。

当の本人は目の前に居るのだが、酔って狭ばまった視界には入っていない。

公の場なら侮辱とも取れる発言だが、酔っ払いの言葉に一々目くじら立てるのもな。

 

「………」

「ラインハルト?」

 

不味いな、目が据わっている。

こうなると何をどうやっても止まらないぞ。

酒瓶を持って音もなく立ち上がる友人を、しかし私は止めなかった。

酒の席での妄言は聞き流すが、酒の席での狼藉も見逃すつもりなのだ。

 

「女将、奴のツケを払う話だが、また今度で良いだろうか?

先払いという事になるが……これは迷惑料として受け取って欲しい。」

「迷惑料なんて良いんだよ。こんな商売なら良くある事さね。」

 

そう言って銀貨の詰まった袋をカウンターに置く。

女将もこの後どうなるのかを察したようでカラカラと笑った。

やはり肝が座っている。

結果論であるが良い店を知れたな。

 

『そもそも男子が前線に立つなど不条理ではないか、国内へのアピールでしかなかろう。

北方の蛮族共が好むような偉丈夫など、王家は何を考えて……』

「貴公。」

『ん?』

 

そう言ってラインハルトは酒瓶を振り抜いた。

若騎士は未開栓の硬く重い瓶を頭に叩き付けられ酒と相まって膝から崩れ落ち。

突然の蛮行に皆が響めく中、憤怒の表情と共に吠える。

 

「お前は二つ過ちを犯した。1つは王家を嘲った事、もう1つは我が戦友を嗤った事。

殺しも知らぬ処女共が戦を語るなど笑止。切り捨てないだけ温情と心得よ。」

 

歴戦の猛者が放つ気迫に、殴り倒された騎士の取り巻きは硬直する。

ああ、駄目だ。本当にまだ実戦を知らぬ若者なのだな。

一度でも命のやり取りを経験した者ならばそれを知っている。

戦場において、恐怖は大敵である。

故、皆恐怖を我が物とする為に努める。

身の震いを笑い飛ばし、吠え、駆け、自らを奮い立たせるのだ。

 

「どうした、そのまま呆けている気か?」

 

その言葉に我に返った取り巻き共が各々食卓の上から武器を掴み、殴り掛かる。

酒瓶は先程の一撃でヒビ割れている、武器として使うのは厳しいだろう。

 

「女将、何か手頃な棒状のモノは無いか?」

「あー……麺棒で良いかい?」

「感謝する、十二分だ。ラインハルト!」

「応!」

 

全身に渾身の力を込めて投擲した麺棒を後ろ手に受け取るラインハルト。

正眼に構え、敵のあらゆる関節を強かに打つ。

筋肉はその大小を問わず衝撃を大きく減じる。

打撃を効かせるには骨を捉える。骨に響く痛みは、如何に鍛えようと防ぎ得ぬ。

 

最初こそ威勢の良かった取り巻き共も、酒を呷るたび減っていく。

そして丁度飲みきったところで最後の一人が顎を揺らされ、地面に力強く接吻したのを見える。

 

「……殺してないだろうな?」

「まさか、暫く転がって貰うだけさ。良い教訓だろ?」

「酒に酔った上喧嘩に負けたとなっちゃ、教官殿はさぞお怒りだろうなぁ。」

 

新しいジョッキを差し出し、友の労を労う。

刃傷沙汰にならないだけマシか。

少なくとも酔っ払い同士の喧嘩で済む。

 

「だからやめたまえよ貴公、剣を抜いたら後に引けなくなるぞ。」

「今更止められるか!陛下に直接叙勲されし男爵家の末娘たる私の名誉を損なったのだぞ!」

「そう思うなら尚更だ、抜いたら決闘だぞ。私は貴公を切る、躊躇いなくな。」

「ならぬ!ここで引いたら誇りが消える!祖霊に申し開き出来ぬ!」

「ふむ……どうやら私の見当違いか、非礼を詫びよう。

ただの酔っ払いにしては気骨がある。良き騎士だな、貴公。」

 

抜剣した若い騎士の前に割って入り、口頭で謝罪する巨躯の男。

言葉の通り、心から詫びているのだろう、何処か罰が悪そうな心持ちであった。

 

そしてそんな気配を男は一言でバッサリと切り払った。

 

「謝意と敬意を持って__切って進ぜよう。」

 

刀を抜く。

 

それだけの行為である。

ただそれだけで、その場の全員が悟った。

圧倒的な殺傷力、狂おしい程純粋な『暴』の存在を。

 

あくまで戯れ、見物に徹する為に押さえ込んでいた気迫が抜刀と共に解き放たれる。

それに当てられた若騎士は泣きそうだった。

既に酔いは覚めていた、自らの過ちを自覚していた。

しかし、どうやっても生き残る道が見えないのだ。

戦うとして、如何なる攻撃も防御も、一太刀の元に無に帰すだろう。

逃げるとして、あの暴力が形をなした様な存在から逃げられ様もない。

 

濃密な死の気配に、動けずいた。

 

 

 

 

 

だが、それも一瞬。

目を瞑り、歯を食いしばって若騎士は踏み込んだ。

死神の吐息を首筋に感じながら、それを振り払った。

 

「……良し!」

マサムネはその覚悟を認め、刀の柄をくるりと回し、強かに額を打ち付けた。

理外の一撃に〆られた魚のような声を挙げて沈黙する若い女。

その顔は地面に叩きつけられる刹那でマサムネに支えられ、優しく転がされる。

 

「ほんと、甘い奴だよお前は。」

「ハハ、良き騎士ではないか。或いは共に馬を並べる事もあるやも知れぬぞ?」

「どうだか、一人前の騎士になる前に教官殿に殺されてそうだ。

とはいえキリも良いし、頃合いか。女将!お勘定!……屋敷まで送ろうか?」

「そこまで呑んでないさ、明日は第三王女殿下と約束がある。」

「忙しいな……まぁ良いさ。次会った時にはまた飲もう、お前の奢りでな。」

 

勘定を済ませた後、そうケラケラと笑って女騎士は夜の街に消えていった。

程よく身体が温まる程度の飲酒が一番心地好い。

やや肌寒くなってきた空気を感じながら、王都の屋敷へと向かう。

 

 

 

 

 

 

自然とまた奢る事になっている事に気付いたのは寝台に入ってからであった。




割と公の場以外だとチンピラ騎士らしいムーヴをする。
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