辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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サンバルト編、一先ず完結。


喧嘩葬儀というもの

「来たか愚娘よ。」

「……参りました。」

 

先の騒動の後、冷静になったテレジアは身だしなみを整え母の元へ赴く。

正直なところ、どのような面で母と話せば良いのか分からない。

というより、ここ数年はマトモに話した記憶さえない。

 

母の姿は記憶のそれよりも小さく見え、纏う気配を推し量る事は出来ぬ。

その姿は今まで見た事のないモノであった。

私にとって母アレサンドラとは、サンバルト侯である。

生まれたその時には既に、彼女はサンバルトの長たる運命を受け入れていた。

だからこそ私は初めて見たのだ。

猛き海獅子。海賊アレサンドラを、初めて。

背中に担ぐ大剣は、私が担いだそれよりも更に分厚く大きい。

獣憑きである私と違い、母は人間である筈だが……

 

「……そんなに畏まるなよ、親子なんだから。」

「しかし、私は……」

「反乱の首謀者であり、サンバルトに反旗を翻したエレン・シュラインとその家の者は皆粛清された。それが結論だ、お前に直接の罪を問う事は出来ぬからな。」

「それでも事実として、私は国に逆らった身です。」

「まぁ……確かにな。それはそうだ、お前は内乱を起こし、国を乱そうとした。それは事実だ。」

 

そう言って母は大剣と曲刀を抜き此方へ歩み寄る。

なるほど手づから断罪するつもりだろうか。

それなら納得である。私は俯き、跪いたまま思案する。

古今東西全てに於いて、国を覆そうとした者が許される事はない。

当たり前の事実である。

白刃を受け入れるつもりであった。

死を望む心は既に揺らぎつつある。

あのグランマリスの騎士によって。

より壮絶な死の為に、私は生へ執着しつつあった。

 

しかし自らの罪科から逃れるつもりもない。

しでかした事に対して確かな責任を負う。

そうでなければ彼に報いる事は出来ない、そのように感じていた。

 

「何をしているのだ?」

「……覚悟を決めていたのですが。」

「馬鹿か、しっかり見ていろ。一度しかやらないからな。」

 

そう言うと母は大剣を虚空へと振り下ろした。

しかし、決して地に叩き付けるなどはしない。

落下の勢いを直前で手首を翻す事で変換。

自らの重心すら投げ出す独特の剣技により推進力へと変え、逆手の曲刀へと繋げる。

グランマリスの、それこそマサムネがそうしたような。

力強く、一刀の元に敵を粉砕する剛胆な剣ではない。

まるで舞い踊るかのように剣を振るい、敵を血祭りに上げる。

大剣は敵を切り伏せる武器であると同時に鉄壁の盾。

曲刀は敵の護りの隙を突くと同時に絡め取るように攻め手を翻弄する防壁。

大剣と曲刀、攻めと護り、武と舞。

相反する二つを戦う術として成立させるのが、サンバルトの剣術である。

 

そう言っていたのは確か、今は亡きエレンであった。

正式に師事した訳ではない。

私の剣技はあくまで書物で見たサンバルト剣術を、独学で形にしただけの我流。

それでも何度か、我が剣を見物した彼女は私に告げていた。

当時はまるで理解出来なかった、然し。

こうも美しく修めた完成を、至上たる技を見ればなるほど。

私はようやくその言葉を理解したのだった。

 

「……テレジア、お前は追放処分とする。以降サンバルトへ立ち入る事は許さぬ、その名を語る事もだ。」

 

罰にもならぬような判決。

寧ろ犯した罪を考えれば甘過ぎるとしか言いようがなかった。

 

「甘過ぎやしませんか。」

「サンバルトは新たに国として生まれ直したばかりだ。その混乱は治まらず国内の歪みは止まらぬ。帝国からの間者も一掃出来たワケではないだろう。やるべき事は山積し、その中でお前を処断する猶予はない。」

 

サンバルトは未だ燃えている。

民の中にも叛意持つ者がいないとも限らぬ。

今更国交を絶った所で、獅子身中の虫はどうしようもない。

そんな過渡期に、国家主君の後継が国を裏切ったなどと知られるわけにもいかぬ。

知られてしまえば内政への不安を招く。

最良の手段として何もかも()()()()()にするしかないのだった。

 

「一つ尋ねても宜しいでしょうか。」

「……構わん。」

「母様は分かっていたのですか?」

 

何、とは言わない。

それは今は亡きエレンの事である。

旗揚げ戦からの盟友、サンバルト一の忠臣であった彼女はエギルラーンの間者であった。

正確には、彼女の一族皆がサンバルト侯家を監視する役割をしていた。

 

しかし、冷静に考えてみれば違和感がある。

あれ程執心していたエレンの事を、サンバルトの王が何も知らぬのはおかしい。

母は全てを知っていたのではないか?

知った上で、サンバルトの事を選んでくれると考えていたのではないか。

事実としてエレンは自らの親族を皆殺しにしている。

サンバルトへの……否、母アレサンドラへの忠義と恋慕故に。

 

「……まぁな。その事実自体は遙か昔から聞き及んでいたよ。その上で私は知らないフリをした、国を治める者としてあってはならぬ事だというのに。」

「それは何故?」

「簡単な事よ、恐れていたのだ。国の行く末を案じていながら同時に私は、友を失いたくなかった。もし仮に誰も欠けることなく、今もアイツらが共にいたなら或いは……そう思わざるを得なかった。私の弱さだ。」

 

母は何処か遠くを見るように目を細める。

実際彼女には見えているのだろう。

かつての旧き日々、若き栄光の日々が。

忘れられぬ美しい青き時代が。

 

「……結局私だけが歳をとる、私だけが大人にならなきゃならないか。」

「母様。」

「すまんな、ババアになると在りし日を思う悪癖がつく。ほら餞別だ、受け取れ。」

 

そう言ってアレサンドラは私に双剣を投げ渡す。

急な行動に面食らいつつも咄嗟に両手を突き出し、辛うじて取り落とさず二刀を保持した。

大剣よりも更に大きな特大剣はずっしりと重く、小さく見えた曲刀もまた、奇妙な重心である。

先に行くほど細くなる構造をしているのに、全ての箇所が均等に重い。

不思議な武器であった。

 

「聞いたぞ、奴の攻撃を防ごうとして武器諸共切られたとな。」

「……サンバルト剣術の教本ではそれが正しいと書かれていたのですが。」

「実戦と訓練は違う、ましてやあの戦鬼が相手なら尚更な。それなら耐えうるだろうさ。」

「この剣は?業物なのは確かでしょうが。」

「私のだ、海賊だった頃のな。海獅子の娘であるなら使いこなせるだろう?」

「この先も戦いは続くというのに、宜しいので?」

「構わん、もう既に()()も持っている。これ以上は持て余すだけよ。」

 

再び母を見て、ようやく気付く。

腰の左右に大振りなサーベルを携えた姿は、誰もが知るサンバルト王の姿。

侯爵であった時からその拵えは変わらない。

そして今、左の曲刀の直ぐ下。

東の国の侍がそうするように、やや小ぶりな曲刀にて二本差ししていた。

さしものテレジアもそれで理解する。

それぞれの曲刀が何を意味するのかを、察してそれ以上何も言わなかった。

 

手渡された武器を握り直し、その瞬間を再び想う。

力と力が真っ向からぶつかり合い、呆気なく私は負けた。

半歩引いて加減していたとはいえ、致命たる一撃の元に敗北したのだ。

こうしていれば良かったとか、ああやれば勝てたとか。

一切の言い訳なき完全なる敗北。

生殺与奪の権利を奪われ、力で捩じ伏せられる感覚。

普通であれば背筋を凍らせ青ざめるべき恐怖。

 

「そしてお前の面倒はマサムネの奴が見てくれるそうだ、客将としてコキ使うと。」

「願ってもない事です。」

 

私はそれにどうしようもなく興奮していた。

堪らない気持ちになるのだ。

より苦しく、より凄惨な地獄のような戦場で生命を削る。

人ならざる怪物の膂力持つあの男と。

その気になれば私の命など塵芥のように吹き飛ばせる強者の近くに。

 

「何だ、思ったより素直だな。」

「そうでしょうか。」

「……なるほど。さては惚れたな?」

「まぁ……どうでしょうか。」

 

正直なところ、そういう心はよく分からぬ。

少なくとも、私は彼の強さと狂気に情欲を向けている。

一方で自分の抱いている感情が恋慕であるかというと、分からぬ。

何せ経験がない。

引き篭って燻っていた私には情緒が育ち切っておらぬ。

 

「生憎と、お前とマサムネを婚約させる話は破談になってしまったからな。」

「私の知らぬ間にそんな話があったのですか……」

「ま、良いさ。幸いにもマサムネと縁が切れたワケでもない。それに……」

 

寧ろ国元に居るよりもいっそう長く時間を共に出来るとさえ言える。

そう思えばそのまま話を進めるよりずっと良いのではないか。

 

「欲するならばは何であれ手にいれる、それでこそサンバルトの女だ。」

「如何にもというか、海賊らしい在り方ですね。」

「必ずモノにして来い。孫は早ければ早い程良いからな。」

「……善処します。」

 

そもそも、この物言いを否定しなかった時点で語るに落ちているのだが。

テレジアがそれに気が付くのはずっと先の話である。

 

 

 


 

「次!!!誰か居ないか!」

「よしきた私だ!!!勝負!……クボェァ!?」

「おいおいこれで何連勝だよ!?誰かあの化け物を止めてくれ……!」

 

二人が館を出ると、傘下に加わった木っ端の海賊共や兵卒らが大騒ぎしていた。

騒動の中心にいるのは件の大男。

よく見れば周りは死屍累々、気絶した者や酔い潰れて失神した者など様々である。

数百人はいただろうに、今や二、三十人を残して皆倒れ付していた。

 

何があったのか?

それはサンバルトの女である以上、引きこもりの私にも辛うじて分かった。

 

ラウゼンバッハ……古語で確か『喧嘩別れ』という意味。

言葉からはネガティブさを感じこそするが、その実態は狂気そのもの。

サンバルト海賊らが広く用いる葬儀の作法であり、宴。

死者の棺を取り囲み酒盛りをするのだ。

それだけならばまだ、他の文化圏にも珍しくはないだろう。

だが、この祭りはここからが本番である。

まず参加者全員は、適当な相手を見つけねばならない。

二人一組一対一となったら、新しい酒瓶を一息に飲み干す。

酒の種類は様々だが、その殆どが可燃性さえ伴う強い火酒。

それを飲み干すのだから堪らない。

その時点で新たな棺が増えてもおかしくないのだが……

先に飲み干した者が勝者となり、敗者は自らの酒の残りを棺にぶちまける。

そして勝者は力の限り目いっぱい敗者を殴り飛ばす。

殴られて意識の飛んだ者、酒に呑まれて前後不覚に陥った者。

ここまでを一連の流れとして、最後の一人になるまで続ける。

 

私は一つ思う。

 

「頭がおかしいのか?」

「なんて事言うんだ、これでも長い歴史のある送別のしきたりだぞ。」

「最初に考案した者は絶対に脳が蕩けている、馬鹿だろ。」

 

葬式で新たに死者を出してどうするのだ。

故人を偲ぶ思いが果てまで行きつき、進路を違えて山に登っている。

 

「死別の悲しみを酔いで誤魔化し、海賊らしい喧騒で送るのだ。」

「モノは言い様というか……」

 

嘘は言っていないのだろう。

それはそれとして頭はおかしい。

 

「おお来たかドラ娘、私とやろう!」

 

酒臭い吐息混じりに肩を掴むのは因縁のあるリズベット。

見るからに相当出来上がっている。厳密にはテンションが異様に高い。

 

「いや、私は酒は……」

「ああ"!?私の酒が飲めないってのか!?」

「……飲んだ事ないんだよ。」

「何だと!?人生の14割は後悔しているぞ!!!」

「全くだ。」

 

気がつけば母もまた、その太い腕と同じ程に大きな小樽を呷っていた。

最悪の空間である。

 

「酒が入った時の殿下は止まらん、グランマリス一悪質な絡み酒をしてくる。」

「マサムネ、お前が放任したら私は誰に頼れば良いのだ。」

「飲めば良い、ひと口で死に至る事もそうそうあるまい。」

「…………うむ。」

 

意を決して差し出された酒瓶を掴む。

鮮やかな緑であったのだろうはその瓶は、残念ながらドス黒い酒で澱んで濁る。

焦がした黒糖のような甘ったるい香りと消毒のキツい香りが同時に鼻腔を焼くようだった。

 

口を付けてひと口。

香りそのままに舌がザラつくような甘さを感じる。

ふた口、甘さに遅れてキツいアルコールが喉を焼く。

さん口、食道を通って我が体内に入り込んだ酒が燃えている。

よん口目には全て飲み干してしまった。

 

「おお早いな、流石は獅子の子。」

「マジか……マサムネ以外に負けるとは思ってなかったのだが、まぁ良い。では殴れ。」

 

飲みかけの酒を棺にひっくり返し、頬を差し出すようにリズベットがにじり寄る。

彼女の方を見て、拳を目いっぱい振り上げ、真っ直ぐに伸ばす。

その途中で地面が急に起き上がり、私の身体に叩き付けられた。

世界が回っている。

マサムネが剛力のままに大地を持ち上げて振り回しているとでも言うのだろうか。

どうにか落下する身体を留め、地を足で踏もうとしても踏ん張れぬ。

ずり落ちて再度地が身体に衝突する。

なぜだ。

藻掻く私を皆が笑っている。くやしい。

 

 

 

そうして私の初飲酒は醜態を晒しただけで終わった。

送別の宴が終わったのは二日後。

私が三日目の二日酔いに喘ぎ苦しむ頃であった。

 




グランマリス王家は全員酒癖が悪い。
リズベットはアルハラ上等の絡み酒。
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