辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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逆もまた然り。


歳が近けりゃ弟妹は敵

「期間としては短かった筈なのだが、嫌に懐かしく感じるな。」

「ここがアマツカゼ領か。なんというか……」

「なんだ?」

「思ったより随分とのどかなとこだな。」

「ここはまだ領との境界付近だ。港に近くなればなるほど、お前には馴染みある様子だろうさ。」

 

宴の終幕から約十日後、アマツカゼ領境。

ゆったりとした歩みで我々は帰参する。

延々と続く二日酔いに苦しむテレジアを引き摺るようにサンバルドを出発し、まずはグランマリス王都へ。

報告を早々に済ませた後、クラウディアの治療を受けて二人はは一先ず自領へ向かう事にした。

 

辺境伯としての責務を放棄し、国命の為に出向して一月。

元よりマサムネは政の内務が得意ではない。

それゆえ正直なところ、気楽で都合が良かったまであった。

 

「……マトモに国を出るのは初めての経験なんでな。」

「そういえばそうだったな……増してやここ数年は引き籠りと。」

「その言い方は辞めてくれ、何かすごく辛い。」

 

グランマリスでも随一の駿馬たる野分がその気になれば、サンバルド、グランマリス王都、アマツカゼの屋敷までを半日もあれば容易く走破出来ただろう。

しかしながら、長らく引き籠っていたテレジアに新鮮な体験をさせるべく一般的な隊商程度の速度でゆるりと向かう事にしていた。

 

「あとどのくらいで着く?」

「この速度ならまぁ、半日足らずといったところか。」

「遅いな……飛ばせよ。」

「私は構わないが、大丈夫か?」

「二言はない。」

 

腕を組み、胸を張るテレジア。

……そういえばアンジェやリズベットも同じような感じであった。

この後に起こり得る悲劇を先んじて予測し、一度下ろして座り方を変える。

テレジアを前に、そして私が後ろから覆い被さるような格好だ。

 

「……何か変な気分になるな。」

「安全を鑑みた最適な体勢だ、少し我慢してくれ。」

「いや、別に嫌というわけではないが。」

 

テレジアはそこまで言って気がつく。

野分……騎乗する怪馬が深く、深く力を蓄えている事に。

凡そ馬がする構えではない。

人間の、それも極々短い距離を走る者が好んでする構え。

それを馬がどうやってか為している。

 

「さて、許しも出たし。行こうか友よ、存分に走れぃ!!!」

「待て、やっぱり無」

 

その言葉を置き去りにして、雷のように巨馬は踏み切った。

一歩、二歩、三歩。

数を数える度にみるみる加速し、気が付く頃には音すら置き去りにして。

向かう道に存在する一切合切を薙ぎ倒し、或いは粉砕して走る。

そして無事に半日の距離を数分で走り切った馬は、到着の合図とばかりに一度嘶いた。

 

「流石我が馬、ありがとう。さてと、着いたぞテレジア。ここがアマツカゼの館、そして私の街だ。」

 

運んでくれた野分を労わるように頭を撫で、胸の中の同行者に声を掛ける。

……完全に硬直しているな。

とはいえこればかりは誰もがそうなるのだろう。

我が愛馬の迅きは冬告げる暴風の如し、戦場では数多の敵を飲み込んだ嵐そのもの。

人は災害の前に無力なモノだ。

それにしても反応が鈍い、顔色もだいぶ……

 

「……大丈夫か?」

「……………悪い。」

 

それだけ告げて、テレジアは体内から込み上げたソレを解き放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「………すまん。」

「気にするな、戦場で返り血や臓物は浴び慣れている。」

「吐瀉物をぶちまけるのとは違うだろ……」

「まぁ、それはそうだが。大したことでもあるまい。」

「死にたい……」

 

流石に本心ではない、羞恥心からの言葉である。

恐らく以前ならば何も感じることは無かっただろうに。

この男に絆されて私にも人らしい感情というものが芽生えつつあった。

 

「すぐにそうやって言うのは良くないぞ。」

「違うわ馬鹿め。」

 

乙女心というのを理解しない愚か者め。

忌々しく思える程に鈍感で、純然たる馬鹿者。

それがアマツカゼ・マサムネという男だ。

 

色々と言いたい事はある、罵倒も思いつく。

それはそれとして、それが心からの言葉でない事も理解する。

惚れた弱みであった。

元々はその強さと豪胆さに惚れ込んでいた筈だが。

ほんの数日共にしただけでもう駄目。

ありとあらゆる所全てが愛おしくなってしまった。

あまりにチョロ過ぎる自分に嫌気がする。

かといってどう足掻いても今更嫌う事など出来ようも筈もない。

 

「兄上、一先ず汚物塗れになった服は洗いに出しました。」

「手間を取らせるな。」

「いえ、多分兄上が無茶をさせたであろうとは分かっております。」

「……同意したいような、庇いたいような不思議な気持ちだ。」

「改めまして、ようこそアマツカゼ領へ。テレジア殿。」

 

やや小柄な少女はぺこりと頭を下げる。

未だに頭の中はぐるりと掻き回されたように微睡んでいるが状況から考えて……

 

「なるほど、妹殿か……聞いてはいたが、まるで似ていないのな。」

「だろうな。」

「そうでしょうか?」

「女の私から見ても可憐そのものといった可愛らしい妹に対しお前は……」

「歯切れが悪いな、何だ。」

「殆ど人の姿をした暴そのものだ、体格も顔立ちも厳つ過ぎるぞ。」

「ハハ、まぁ事実だ。こんなんだから婿の貰い手もいない。」

 

私は『本気で言ってるのか?』と露骨に顔に出しただろう。

短い付き合いでもリズベットがマサムネに惚れているのは明らかである。

そして話を聞く限りライバルは一人ではない。

 

立場や今までの付き合いの長さ的には不利だ。

しかし私は奴らと違いアマツカゼの客将として傍にいる事が出来る。

この圧倒的なアドバンテージを活かさねばなるまい。

母アレサンドラの激を無駄にしてはならぬ。

……一方で、母直伝の男の口説き方はまるで役に立たないと思うのだが。

 

『お前に惚れた、子を孕みたいから抱かせろ。』そう言えば間違いない___

やはりというか、母は馬鹿である。

マサムネに悪しき影響を与えたのは言うまでもないのだろう愚か者であった。

そのような馬鹿らしい口説き文句を使うのは精々が、野蛮極まりない北方の民どもくらいだろう。

北方の男たちでさえ余りの直球具合に困惑するのではないだろうか?

母は当時、住み込みで庭師をしていた父をこのようにモノにしたのだと。

こう告げ、困惑していた父を部屋に押し込み有無を言わせぬ既成事実としたのだと。

馬鹿である。

普通に強漢であろう。

 

「起き上がれるようなら結構、早速だが道場に来て貰おうか。」

「少し待て……あー……よし、覚めた。」

 

寝台から飛び跳ねるように起き、私はその場に立ち上がった。

余計なモノを吐き出してしまったからか、嫌に身体が軽い。

なんというか、身体に纏わりついていた重荷が解かれたようだ。

実に快い気分である。

 

「稽古場という話だが、一体何をするのだ。」

「お前の剣は我流が過ぎる。我が師母に基礎の基礎から矯正して貰わねばなるまい。」

「サンバルドの剣術にも有効なのか?」

「グランマリス、サンバルド、ログマルム、極東、何処でも変わらぬさ。自らの内々に真直ぐとあるブレない強固な芯を据えねばならぬのはどの剣術でも変わらぬ。」

 

なるほど、それもそうだ。

手負いの、瀕死と言って差し支えないマサムネにさえ届き得ぬ我が刃。

それは今まで磨き得ぬナマクラであった。

既に死んでいたはずの命、二度目の生。

届き得るその限界まで研ぎ澄まし、この男の役に立ってやろう。

私は密かにそう決意し、自らを奮起した。

 

「やる気は十分なようだ。」

「無論。まだまだずっと先がある、更なる高みがあると知れたからな。」

「何よりだ……後は……」

「どうした?急に吃るようにして。」

 

マサムネはそこまで言って一度口篭る。

どうやら何かを考えているようだが……

私としては早く動きたかった。

何やら妙に肌寒い。

アマツカゼ領はサンバルド程ではないにしろ、冷涼といった程でもない。

だと言うのに先程から部屋に吹き込む風が素肌を冷やすように感じる。

体調不良により身体が弱っているのだろう。

 

「…………うーむ。」

「だからどうしたんだよ、ずっと目を逸らしてるが。」

「直視する訳にもいかないだろ、そりゃ。」

「何故だ、人と話す時は目を見て話すのは普通だろうに。」

「……その、だな。多分気が付いていないのだろうから、仕方なく直接伝える事にするが。」

 

マサムネは未だに思い悩むような顔を浮かべていたが、諦めたように肩を竦める。

そして意を決したように初めて私と目線を合わせ、事実を告げた。

 

「……………取り敢えず、服を着ろ。」

 

硬直する。

頭の中が真っ白になり、一度世界が止まる。

そして言われた言葉の内容をゆっくりと、確実に咀嚼していく。

そうか、服を着るのか。服をな。

見たくない、気付きたくない心境を無理やり捻じ曲げ、自らを確認する。

ギギギと軋む首を下に向ければ、色白で豊かな胸が存在した。

痩躯でこそあったがあの第二王女にも勝る密かな自慢である。

その下に痩せた身体に薄らと筋肉を被せた腹。

母が『私似だ!』と下品に笑った無駄に大きな尻が続き……

もう一つの秘め事。ほんの僅かな悩み。

稚児のように無毛で滑らかなそれが、外気に晒されていた。

 

「……………」

「……………忘れろ!!!!!」

「おい馬鹿!?足を上げる奴が居るか!?」

 

神速で放たれる延髄切りを紙一重で躱し、勢いのままに後ろに飛び退いて距離を取る。

そのまま部屋を飛び出し、決死の逃走を開始したマサムネを追う。

 

「逃げるな!死んでけ!」

「服着ろって言ってるだろうが!!!」

「うるさいうるさいうるさい!お前を殺して私も死んでやる!それでチャラだ!」

「……いっそう騒がしくなりそうですね。」

 

モミジは大騒ぎになりながら館中を走り回る二人を放置し、他人事のように目を細めると手付かずの茶をじゅるりと啜るのだった。おいしい。

 

 


 

「やれー!殺せー!」「今日ので負け分を取り戻すんだ……」「隊長顎です顎!顎狙っていきましょう!」

 

グランマリス王城、第一王女親衛隊詰所。

今日も今日とて最悪の野次が飛び交う。

その輪の中心は無論、主たる王女たち。

 

「グェッ……!待て……!ガホォ!?待てと言ってるだろう!」

 

まぁ、そろそろ言い分くらい聞いてやっても良いか。

私とラインハルトは足蹴にしていたリズベットから一度足を退ける。

 

「……あぁ全く、加減を知らない馬鹿どもめ。」

「お前が抜け駆けしたのが悪いだろうが!」

「あのなぁ、お前たち分かってるか!?私は普通の人間なんだよ!お前らと違って延々と殴る蹴るされたら普通に死ぬんだよ!!!それでも私をこれ以上虐げるのか!?」

 

やれやれといった具合に上体を起こす。

リズベットはボロ雑巾のようにボコボコにされていた。

その理由は勿論、協定に反し抜け駆けを画策したから。

三人の内で交わされた淑女の誓いを破る者に慈悲は無いのだ。

 

納得いかないように文句を考えているリズベットの姿に、二人は顔を見合わせる。

そして了承したように頷くと、どちらからとも言うことなく。

ラインハルトは顔面に膝、私は鳩尾に爪先を叩き込み、愚かな義姉妹を足蹴にする作業に戻るのであった。

 

「まぁ私はすぐにマサムネに逢えるんで良いですけどね。」

「またサボりか?」

「違いますよ、クラウディア殿下のアレですアレ。」

「……ああ。だか少し早くないか?」

「いつログマルムやエギルラーンと戦いになるか分かりませんからねぇ。先倒しで行うそうで。」

「そうか……クラウディアももうそんな歳か……」

 

目を細め、過去を懐かしむように微笑む。

『ねえさま、ねえさま』

とちとちと何処に行くにも短い足で追いかけて来た愛しい妹。

今まさに足蹴にされ、潰れたカエルのような呻き声を吐き出している可愛げのない一つ下の妹と違う。

八つも下の妹をアンジェは溺愛していた。

歳の近い弟妹と、離れた弟妹。両方を持つ者ならば誰もがそうであるように。

近い姉妹とは即ち、『敵』である。

姉の威厳を跳ね除け、叛逆し、愛しい男を取り合う。

リズベットを憎んでいるワケでは無論ない。

大切な妹であり、家族だと思っているのは間違いない………が。

同時に敵であるというのも矛盾しない。だいたい姉妹とはそういうモノだ。

 

そんなクラウディアも少ししたら十五。

グランマリスに於いて成人の歳である。

 

成人。

飲酒や喫煙、商いの開業許可……

この国でもその資格を得ることが可能な歳である。

その中には当然……婚姻も含まれる。

 

思い出されるあの日。

マサムネを色街に連れ込もうとして見事に爆散した妹の姿を。

 

()、か。

 

一瞬その考えが頭を過ぎり、蹴り足に力が篭もる。

 

「ハヒュッ………!?」

 

いけないな、らしくもない。

くれてやるつもりは毛頭ないが、私は長姉。

皆で分け合うのならば許してやらない事もない。

ラインハルトやリズベットらと交わしたあの誓いに混ぜてやるのも吝かではない。

……そう言えばマサムネが連れてきたあの女。

客将という話であったが、やはりマサムネは鈍い。

アレはどう見ても惚れている、そういった風情だ。

 

余所者に盗られるなど有り得ない話だ。

尚更に我々姉妹の連携を確かにし、マサムネを囲わねばならぬ。

十人は産まねばならぬ事を考えれば、あまり時間もないのだった。

 

「ん…………?」

「………………」

「ヤベ。殿下、殿下一回ストップ!ストップ!!!」

「何だ?そんなに慌てて。」

「やり過ぎた!息してない!!!」

「マジか!?バカタレなんで早く言わない!?」

「アンタが蹴り続けてたんでしょうが!私はクラウディア様呼んできます!!!」

「うお、心臓も止まってやがる……死ぬなリズベット!!!!!」

 

ドアを派手にぶち抜き、私室で支度をするクラウディアを攫いにいくラインハルト。

それを背中で感じつつ、私はリズベットの肋骨を粉々にして心肺蘇生に励むのだった。

 

 




弟妹ってそういうもの。
作者は下に四人弟妹がいます。
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