辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「久しぶりだな、元気だったか?」
「この間会ったばかりだろうに……」
「だってお前何も話さずにさっさと帰っちまっただろ。」
「謁見中に私事で話す騎士がいるか。」
「それでも私は話したかったんだよ!乙女心を理解しろ!」
テレジアの乱から約二週間。
アマツカゼの館にクラウディアとラインハルトが訪問していた。
伴は他になく、王位継承権を持つ者にしてはやや不用心といった道程であったが過去にアンジェやリズベットが同様の歳を迎えた時には単身で来ていた。
今回が寧ろ武人としての教育を受けていなかったクラウディアの為の対応と言える。
「モフモフだ……」
「ワン。」
「それで殿下は何をしているのだ?」
「アマツカゼで飼ってる犬だ。王家は猫を好んで飼育している分、犬と触れる機会も少ないだろうからな。儀式の前に可能な限り心を鎮め、邪念を祓う必要もある。」
「それは見れば分かる、分かるが……いつも思ってたのだがなマサムネ。」
「何だ。」
「犬っころにしちゃデカすぎないか?」
遡って二十二年も昔。
アマツカゼ家の長子たる私が生まれたその日。
我が父であり王弟であるレイン・フォン・グランマリスは庭で傷付いた仔犬を保護した。
そして良き友となるだろうと見込み、私に与えたのだった。
以降妹が生まれ、母を失い、父もまた流行り病に伏してしまったが、我が友はずっと共にあった。
年齢は恐らく私と同じ、体躯は我が巨体さえ凌ぎ優に3mはあろうという巨獣であった。
小柄なクラウディア殿下の傍にいるとその大きさは更に際立つ。
事実として流石に私は無理だが、我が妹を背に乗せて駆ける事さえ出来た。
「犬……というか狼……いや、にしてもデカいな……」
「そうか?大型のものならば人の背丈にも届き得ると言うぞ。」
「お前を基準にするんじゃねぇ。まぁそれはどうでも良い、で肝心の泉は何処だ?」
「引き返した山岳地の中だ、色々と手順がある故どの道向かうのは数日後よ。」
「そりゃ良かった、合法的にサボって市場を回れるとは。しかも有給で。」
「……貴殿、まさかその為に志願したんじゃないだろうな。」
「偶然だよ偶然。だからこそツイてるのさ。」
バシバシと私の肩を叩くラインハルトは既に役目を放棄する事を画策していた。
こういった時、何をどうしても無駄であるというのを私は理解している。
彼女は、ラインハルトは『する』と決めた事は絶対に成す。
強い目的意識を持つ時の働きには目覚しいモノがあるのだった。
問題はそれが大抵の場合、騎士としての責務でなく自らの私欲にしか向かぬこと。
「さて、いざゆかん!行こうかテレジア殿!!!」
「……私もか?」
「少しばかり貴公には聞きたいことがあったのでな。何、悪いようにはしない。」
「戦場となれば背中を預ける。仲を深めるのも良いだろう。どうだ?」
「まぁ……そういうのなら……」
「良し、じゃあ殿下のことは頼むぞ。夕前には戻るからな!!!」
そしてテレジアを掻っ攫い、瞬く間に街へと消えていく。
一欠片の落ち着きさえなく、我の強い嵐のような女である。
とはいえ私はそのようなラインハルトの気質は嫌いでなかった。
目下の問題はというと……
「ふわふわ……」
「どうしたものか。」
良かれと思って連れてきたのだが。
思っていたよりもずっと効果覿面である。
私はダメ人間の様相を為す殿下を引き剥がす術を持ち得なかった。
「仕方ない……行くぞポチ、そのまま運んでくれ。」
「ワン。」
ポチは苦もなく背中に殿下を背負うとトテトテと歩み出す。
発育の悪い殿下はなるほど、事実として妹よりも軽いのだろう。
「兄上、クラウディア姉さんは?」
「見ての通りだ、もふもふの誘惑に負けてしまった。」
「いや、何してるの……」
「モミジちゃん、私ここに住む……」
「馬鹿な事言ってないで、ほら毛だらけだし……取り敢えずお風呂行くよ。」
「あぁ………」
微笑ましい………のだろうか?
モミジは歳の近い彼女の事を姉と慕っており、殿下もまたそれを良しとしている。
それ自体は良く見知っている所であったから今更驚く事ではないのだが。
思ったよりずっと殿下がダメになってしまっている。
聞くところ、ここ数日は此度の儀式に向けて詰め込み教育の日々であったと。
本来ならば成人まであと少しばかりの時が残されていたが、いつまた戦火が襲うやも分からぬ情勢を鑑みて前倒しで成人の禊を執り行う事となり__伴ってその他の教育も加速した。
恐らくは相当忙しかったのだろう。
思い返せば凛として美しいアンジェやリズベットも、激務の後は人が変わったように緩くダラけるような面があった。作画が変わったのかとさえ錯覚するような、奇妙な姿となる。
そういう意味では三人は実に姉妹らしい。
「どの道明日からは忙しくなるだろうからな。」
一先ず私は日課である素振り三千回をこなしに道場へと向かう。
アマツカゼと王都の間に存在する山中、そこに儀式の泉はある。
成人の儀などと仰々しく言うがする事と言えば沐浴である。
かつて母祖マリスがログマルムの礎となった蛮族らと激戦を繰り広げた後。
泉の水で傷を洗い流せば瞬く間に傷が癒えて行き、全身疲れば内々の邪気を溶け出させていった。
そして泉の精霊はマリスの武勇を讃え、類いまれな癒しの力を与えたのだと。
由緒正しき泉であった。
……泉には他にも秘密が隠されているのだが、それは当日その場まで本人に語ってはならない事とされている。儀礼を自らの力で乗り越えねばならないから。
一応、王族の血を引く私も経験はしている。
殿下は克服出来るだろうか。
私や上二人の姉と違い、戦う術持たぬ殿下に。
「よし買った!勘定はアマツカゼ家にツケておいてくれ。」
「毎度!いつも助かるぜ。」
「ラインハルト卿。」
「敬称など要らん、気安くラインハルトと呼べよ。歳も近いだろ?」
「なら、ラインハルト。さっきから一銭足りとも金を払ってないが。」
「私の代わりにマサムネが払う、何の問題もない。」
「いや、あるだろ……何故奴はこの暴挙を咎めないのだ。」
否、咎めている。
事ある毎に金銭をタカり、勝手に名前を出してツケを増やす。
客観に見て、ラインハルトという女は最低であった。
根が真面目なマサムネは無論これを咎めている。
だが、マサムネは身内に甘かった。
初陣から死地を共にし、義姉弟の誓いまで立てた彼女に強く出れなかった。
閉鎖的な国家で生きるアマツカゼの、ひいては極東の民がそうであるように。
マサムネは外様に厳しく、その裏返しに身内に甘いところがある。
そしてもう一つ、此方も致命的。
マサムネは馬鹿である。
最初はラインハルトに対し怒っていても、口の上手い彼女にあれよあれよと丸め込まれてしまい、気がつけば払う事になっている。
アンジェやリズベットでさえ軽蔑した詐欺師の才である。
仮に貧しく卑しい生まれならば、果ては男衒などやっていただろう。
皆が口を揃えてそう評する女であった。
「それにだ、論理的に思考してみろ。」
「今のところ理論が正当な瞬間すら見受けられないのだが……?」
「未来の夫の財産を妻である私が使う事に何の問題があるのだ。」
「………………いや、あるだろ。」
一瞬、ほんの一瞬だが納得しそうになってしまった。
その事に私は恐怖する。
あまりに意味不明な暴論でありながら、それを正当と誤認させる語りと声色。
天性の詐欺師である。
「クソ、意外と真面目だな。簡単に騙せそうだったが……」
「やはり本心だと虚言だと理解してるではないか。」
呆れると同時に冷静になり、先の言葉をようやく噛み砕けるようになった。
未来の夫、そう言った。つまるところ、やはりそうなのだ。
「まぁ、まどろっこしい事を言っても仕方ないだろ?単刀直入に聞く。」
「答えられる範疇なら。」
「___何人産みたい?」
あまりに飛躍した発言に私は横転する。
「うお危ないな!私の武器が地面に落ちるだろ!」
「……人に持たせておいてそれかよ!」
勢いよく転がった私に手を差し伸べる……等といったことはなく。
私から荷物をひったくるように奪うと大事そうに庇った。
当然私はそのままに頭から地に突っ伏し、酷い痛みを受けることとなる。人の心というのはないのか。
この女、マトモな倫理観というのを母親の胎に置き忘れてしまったのではないか。
「控えめに言って頭がおかしいぞ。」
「お、素が出てきたな。それで良いんだよ、下手に畏まるよりな。」
「やかましいな……というか、それで良いのか?」
「何がだ?」
「一人の男を複数人で共有する……それ自体はよくある事で、男の少ない世界でこそ仕方のないと言えるだろう。だがそのように大いに受け入れんとする者は少なかろう。」
「ま、価値観の相違というやつだろうな。」
ラインハルトは平然とした様子でヘラヘラと笑う。
複数人で、は仕方ない。
誰しも意中の男を我が物に、自分だけの物にしたいと願う筈である。
「殿下たちはちと考えが浅いんだよな……」
「浅い?」
「そもそも、我が物にしようという考え方が生温い。マサムネはマサムネで一人の個人だ、それをあたかも所有物のように欲して取り合うというのはあまりに当人が可哀想だろ?」
「……急にマトモな事を言い出すんじゃない、気持ち悪いな。」
「あー!あー!言ったな!自分だけはマトモみたいなツラしやがって!私には分かってんだからな!お前が私と同類であると!真性のドマゾであるということを理解してるんだぞ!」
「なんて事を言うんだ!」
売り言葉に買い言葉。
キーキーと盛りのついた猿のような奇声を挙げながら取っ組み合いになる。
良い歳をした大人の女としてあるまじき無様さであった。
「お前たちはそもそもの考えが間違ってる、マサムネが私たちのモノなのではない。私たち
「…………ああ、なるほど。」
「理解したか?」
「そう言われれば流石にな。」
「私はマサムネが好きだよ、その強さ、心意気、所作の一つに至るまで全てが愛おしくて堪らない。だからこそ、マサムネは私一人などで留まるべき器でないとも理解している。殿下らには分かって貰えないが。」
アンジェはアレで脳内が
皆で共有する事には同意しているが、内心は自分一人を選んで欲しいと思っている。
リズベットは理知的だが、同時に独善的で野心的だ。
共有するとなっても、隙あらば抜け駆けをして独占を試みるだろう。
ラインハルトという女はその中で唯一、極めて真っ当な視点でモノを見ていた。
「で、実際どうだ?好きだろ?」
「…………まぁ、多分、そうなのだろう。」
「少なくとも私は歓迎するぞ、リズベット殿下も快くはなくとも拒みはしないだろう。アンジェ殿下などは露骨に嫌そうな反応をしていたが、些事であるから気にしなくて良い。」
謁見の時感じた殺意はそれか。
刺々しく、白刃のような濃密な敵意を伴った視線に刺されるようであった。
伝承の石化の呪い持つ蛇かのように。間違いなく二、三人は睨み殺している。
「同志と分かれば話は早い、まだ空は明るいが酒の時間と洒落込もう。」
「酒はやらん、それに夕には帰るんじゃなかったのか?」
「酒を飲まない!?人生の十八割は損しているぞ!?!?!?」
「お前もそのタイプか……」
「帰るのはまぁ、大丈夫だろ。私が何とかするさ。」
「アテにならないのだが……」
「ゆっくり語り合おうぜ、普段どういったシチュで抜いてるかとか。」
「……………はぁ。」
私は露骨に肩を落とす。
マサムネと結ばれるという大目的には大きく近付いた。
その点に於いてのみこの女は役に立つだろう。
一方で……あまりにもロクでもない友人が出来てしまったのもまた事実。
改めてこの生命体と関係を深められたマサムネの器に驚嘆するばかりであった。
翌朝。
アマツカゼの館の前に仁王立ちするマサムネの姿に戦くテレジア。
それを一笑し「私なら大丈夫だ」と気さくに声を掛け、通り過ぎようとし___
致命的なアイアンクローを食らい、瀕死の重傷を負う事になる事をラインハルトはまだ知らない。
作中随一の狂人、ラインハルト
首絞めリョナプレイ好きなツルツルのドマゾ女が常識を語る側